おばけの国、24
チェロたちは、おばけの門の一番近いところで岸に上がりました。
お池に振り返れば、フワフワおばけがポコポコと次々に空へ浮かび上がっていきます。
改めて見てみると凄い数です。
キョトンとして周りを見回しているおばけが多いのですが、キャーキャーはしゃいでるのも結構います。
「おもしろかったね!」
「すごくグルグルしたー!」
「えっと・・・なにしてたんだっけ?」
「うーんと・・忘れちゃった!」
どうやらみんな正気に戻っているみたいです。
お空いっぱいに広がったフワフワおばけたちは、みんなツルンとピカピカしていて、夕日の光を様々に反射しています。
チェロはホッと安心しながら、「キレイだなー」って思いました。
少し遅れて岸へあがってきたモッタイナイおばけたちも、なにやら一様にピカピカしていました。
どのおばけも採れたて新鮮な雰囲気で、正直ちょっとおいしそうにみえるくらいです。
ポカンとした顔でお互いの様子をキョロキョロ見比べていますが、さっきまでのような怖い感じはなくなっていました。
「まいったか!」
チェロは高々といってやりました。
「まいったか~!」
ピアノも足をドシドシ踏み鳴らしながらいいました。
モッタイナイおばけたちは曖昧な笑みを浮かべたり、深く溜息をついたりしました。
なんだか疲れてる様子のおばけたちをみながらチェロは少し不思議に思いました。
モッタイナイおばけたちは上がってくるのに、道具のモノバケたちはちっとも上がってこないのです。 浮いてこられないのでしょうか?
ぽっくいに訊ねましたが、ぽっくいも地面に広がってグッタリしています。
お船でいるのがタイヘンだったみたいです。
とにかくとにかくお洗濯大成功です。
チェロはもう一度ホッと息を吐きました。
「ね、今のうちに門のところにいこうよ、もうすぐ時間だよね」
チェロの裾をウルルさんがチョンチョン引っ張りました。
チェロはうなずくとピアノの手をとります。
本当はもう少しお洗濯の結果を見ていたかったなーっと、そんなことを考えていたチェロの前にジャックオの巨顔がザバーンと浮かび上がってきました。
「キャー!」
門の方へ下がってしっかり距離をとります。
ウルルさんは前に出ると、油断なく枝を構えてジャックオをにらみつけました。
フワフワおばけたちは「なんだなんだ」とフワフワ寄ってきて、チェロたちの周りでワクワク楽しそうにしています。
ジャックオはフラフラしながら岸へ上がってくると、大きな口をパカーンと開けてブツブツつぶやきました。
「なんで・・・あれ?・・・もう・・ちょっと・・なにが?・・・えっと・・あ・・ああ・・そおだ!」
グリンとチェロに顔を向けました。
「このチビニンゲン! よくもやってくれたヌぁ!」
「ジャックオさん、もうやめてー!」
ぽっくいがジャックオの前に飛び出しました。
ですがジャックオは、団扇を大きく振りかぶるとブワーンと大風を起しました。
「わー!」
「きゃー!」
その一振りでぽっくいも周りにいたフワフワおばけたちも風に巻かれて散り散りに吹き飛ばされてしまいました。
チェロたちも飛ばされそうになりましたが、なんとかみんなで地面に丸まって耐えます。
でも地面には何にも掴むところがありません。
お互いの服を必死に掴んでギュッと目をつぶりました。
また黒い風でおばけたちにいうことをきかせようというのでしょうか。
―― せっかくお洗濯したのに!
チェロがなんとか薄目を開けて見てみると、目の前でモッタイナイおばけたちが固まっているのが見えました。
「もうやめてくれ!」
「そうだジャックオやめろー!」
風の中、切れ切れにそんな声が聞こえてきました。
―― あれ?
風が止んで、ようやく顔を上げるとやっぱり目の前でモッタイナイおばけたちが集まってお互いに手を組んでいました。
おかげで飛ばされずにすんだようです。
ジャックオは不思議そうに団扇を見ていました。
「あれ? なんでだよう? 壊れちまったか?」
「おい、ジャックオ! お前その団扇を使ってなんかやってやがったな!」
「そうだ! なんかおかしいぜ!」
モッタイナイおばけたちは口々に抗議の声を上げていました。
そういえば黒い風が通った後の嫌な臭いがしません。
空気も澄んだままです。
のそりと大きな大根おばけがジャックオの前に立ちました。
「なあ、ジャックオ。 確かに俺たちはニンゲンに仕返ししたいと思ってる。お前が街の食い物を取ってこようって意見にも賛成だ。 だけどな、勝手に気持ちや考えを無視して無理やりやらせようとするのはいただけねえ」
「そうヨ! それにアンタはこれ以上アタシたちみたいなできそこないのおばけを作らない為にって、そういったよ・・アタシも不思議と納得してたけど、だけど元々の気持ちはただ食べてもらいたかったって事でしょ? なのに捨てられちゃったってことがくやしかった。でもそれを思い知らせようってことと好き勝手に暴れようってこととはちょっと違うんじゃナイの? ついでにアタシはできそこないジャないのよ!」
冬瓜のおばけが体をクネクネさせていいました。
「な~んだかさっきので身も心もすっきりヨ~、なーんであんなに怒ってたのかしら~ン」
そういってチェロたちを振り返ります。
「だから~、このコたちに伝えてもらえばすむじゃない。食べ物大事にしなさいってネ」
そして右肩をチョイと上げて、「ウフン」とウィンクしました。
チェロはビクンと体を揺らしましたが、固まっていたおばけたちが一斉にこっちに目を向けてザワザワと声を上げはじめたのを見て、きゅっと拳を握ります。
「そんなんで伝わるか?」
「スッキリしてるから、もういいんじゃない?」
「それでも俺らぁ、もう食ってもらえねえんだよな~」
「いやそんなことよりジャックオが勝手にいうこと聞かせようとしてたってことのが問題だろ?」
「そ~~だ~~! ジャックオがおかしい~!」
よく見るとお米やお豆のモッタイナイおばけたちも下の方でピンピン跳ねていました。
「え~い! もういい~っ!」
ジャックオが一際大きな声で叫びました。
「とにかくそいつら捕まえろ~! 考えンのはそれからにしやがれ~い!」
モッタイナイおばけたちは、みんな顔に疑問を浮かべながらもノソノソとチェロたちに近づいてきました。
「走ってぇ!」
チェロはピアノの手を引きながら走り出しました。サロンさんがすぐ後に続きます。
ウルルさんはしんがりを努めるべく、モッタイナイおばけたちの動きを見ながら少し遅れて走り出しました。
その時、おばけの門から、ガラ~ンゴン ガリ~ンゴン と、遠く鐘の音が聞こえてきました。
大鐘楼の鐘の音です。
おばけの門が繋がったのです。
「わあー!」
チェロは必死に走りました。
ですが、おばけたちも足が速いのです。その差はどんどんなくなってきました。
おばけの門まであと少し。
さっきは不気味なまだらに光っていた門の向こう側はただの暗闇になっています。
その暗闇に向って全力で駆けました。
「ピアノちゃん、がんばって!」
「うん!」
ですが、前を向いたチェロの目が、門の中の暗闇にギラギラと光るものを捉えました。
凄い勢いで上下に揺れながら、無数の金色の光がどんどんこっちに近づいてくるのです。
―― なにあれ!
他にもおばけがいたのでしょうか。
このままでは挟み撃ちになってしまいます。
チェロはキュッと唇を噛むと、スプーンを咥えて口の中を聖水で満たしました。
―― 最後までがんばる!
ほっぺをパンパンにしながら、キッと暗闇をにらみます。
次の瞬間、おばけの門から大きな毛玉が飛び出しました。
次々にチェロたちを飛び越えて、追いかけてきたおばけたちに飛び掛ります。
ほんの一瞬の出来事でしたがチェロにはわかりました。
一番先に飛び出していった大きな毛玉は、黄色い毛並みに赤いスカーフをつけていたのです。
振り返って叫びました!
「ベジー!」
「なおーっ!!」
チェロの家の猫。
ベジ・キャットのベジタローがきてくれたのです。
「ベジ・キャットだあー!」
モッタイナイおばけたちは大混乱におちいりました。
ベジ・キャットは草食性の猫で野菜や果物しか食べませんがとっても食いしん坊なのです。
体も仔牛くらい大きくなりますが、優しい気性でめったなことでは怒りません。ですが・・。
街のベジ・キャットたちのボス「猫番長・サイ」の大親友で、多くの尊敬を集めているベジタローの声に集まったみんなは、生まれてはじめて味わう狩りの興奮に酔いしれて大暴れしました。
モッタイナイおばけたちもその勢いに震え上がって逃げ惑いますが次々に捕まっては片っ端からバリボリかじられて、でもなんだか幸せそうな悲鳴をあげました。
ある程度かじられると観念したように目を閉じて、そのうち体の部分はスライムになってドロリと流れ落ち、頭の部分は野菜に戻っていくのです。
その後にはぼんやり光るモヤモヤしたものがお池に向って飛び出して、フワフワおばけになって出てきました。
ベジ・キャットたちは一欠けらの食べ残しも残さずどんどん食べ進みました。
「わー、すごいー!」
「ほんと・・・」
ウルルさんとサロンさんは、ほわあっとお口を開けて見ています。
「がんばれベジー!」
チェロはすごく嬉しくてピョンピョン跳ねました。ですが、
「あれ? ピアノちゃんは?」
気がつくとまたピアノがいません。
慌てて周りを見回すと、大蹂躙の繰り広げられている広場の中にある岩影にちょこんと隠れているのが見えました。
「ピアノちゃん!」
ピアノは岩の向うの何かをジッと伺っているようでした。
チェロはまだモッタイナイおばけたちが逃げ回っているのも気にせず走り出します。
ピアノはチェロの声にも気づかないくらい集中しているようで、岩の向うに緑色の影が見えた瞬間、岩を登って飛び出しました。
「あーっ!」
「うぎゃー! なんだオマエエー!」
チェロが岩を回り込んでみると、ピアノはうつ伏せに倒れたピーマンおばけの頭に後ろからかじりついていました。
さっきのピーマンおばけのひとりでした。
さっと立ち上がったピアノは腕を組み、なんだか怒ったような顔で斜め上を見上げながらモグモグ口を動かし、やがて大袈裟にゴクリと飲み込みました。
「おまえ・・・」
倒れたままそれを見ていたピーマンおばけは、フッと満足そうに笑うとジワーっと溶けていきました。
後にはぴくぴく動くスライムの塊りと可愛い歯形のついたピーマンがひとつ。
ピアノはそれを拾い上げてポシェットにしまいました。
チェロはピアノの手を引いて岩の陰に隠れます。
「ピアノちゃん! 危ないことばっかりしないで!」
チェロは両手でしっかりピアノの肩を掴んでしかりつけました。ですがピアノは、
「これれピャーノもおねーさんらよ!」
と、ニッコリ笑いました。
「ピアノちゃん・・・・」
チェロは右手でこめかみを押さえました。
「別にピーマンは、生で食べなくてもいいんだよ・・・」
チェロが岩陰から周り様子をのぞいて見ると、向うにベジタローと猫番長・サイを含めた五頭のベジ・キャットたちに囲まれたジャックオがいました。
モッタイナイおばけたちの半数以上はすでに食べられてしまい、ほかのおばけも相変わらず逃げ回っています。全滅も時間の問題でしょう。
「お~のれ~、お~んどれぇ~、こ~んニャロが~い。こーなりゃなあ!」
ジャックオはおもむろに団扇をかかげると、大口を開けてそのままパクリと食べてしまいました。
その動きに釣られて一斉にベジタローたちが飛び掛ります。
巨大な頭にしっかり爪を立てて思い切り噛み付きました。
ですがジャックオはかじられるままに虚空をにらみつけ、そして恐ろしい声でいいました。
「チビニンゲンども~! おまえらだけはゆ~るさねー!」
ボハアっと凄い息を吐きます。
急に巨大な頭が一回り大きくなり、ベジタローたちを弾き飛ばすと細長い両腕がビュルビュルとしなりながら長く伸び始めました。
そしてその腕をブウンブウンと水平に振り回し始めます。
逃げ回っていたモッタイナイおばけたちも弾き飛ばしながら回る腕は、チェロたちの隠れていた岩に迫ります。
「危ない!」
チェロは咄嗟にピアノをかばって地に伏せましたが、岩を吹き飛ばして戻ってきた手がチェロの体を掴みあげました。
「きゃー!」
「ダーハハー! 捕まえたぞー! コンニャラー」
チェロを捕まえた手が高々と上がります。
ジャックオは上を向いてガパアっと大きな口を開けました。
「どーれサービスだぜ! 食われる気持ち良さを知るがいい!」
ピアノがジャックオの前に飛び出しました。
「やめてー! ちぇおちゃ~ん! ちぇおちゃ~ん!!」
巨大なジャックオの足元でピョンピョン飛び跳ねます。
「ちぇおちゃんはなして! はなしてー! うわああ~ん ちぇおちゃ~ん!!」
ビャー!っと取り乱して大声で泣きじゃくりながら、ジャックオの細い足首に取り付いてポカポカ両手を振り回しました。
「ちゃおちゃんいじめたぁ、らめらんらよ! はなしてー! ちぇおちゃんはなしてー!!」
「チェロちゃん!」
走りこんできたウルルさんが枝を振り下ろします。
サロンさんも必死の顔で法術を唱え両手を打ち鳴らします。
チェロは掴まれた手の間で必死に体をよじっていました。
ベジタローも他のベジ・キャットたちも次々にジャックオに噛み付きます。
ですがですが、ジャックオは全部を無視して口を開けたままアガアガと笑いました。
「うわあ!! うわああああん!!!」
ピアノは渾身の力で体をバタバタさせながらひたすら大声で泣き喚きました。
ぺたりと女の子座りで膝をつき、バンバン地面を叩きます。
顔中、涙と鼻水でグシャグシャになりながら、それでもピアノは叫びました。
「わあああっ!! おかあしゃあ~ん!!」
その叫びとほぼ同時に、ピアノのかたわらを疾風が駆け抜けました。
リンスの香りがほのかに香りました。
「キェーっ!!」
白い影が上を向いたジャックオの下あごに突き刺さりました。
ジャックオの巨体がもんどり打ってひっくり返り、チェロの体は宙を舞いましたがベジタローが器用に背中で受け止め見事に着地しました。
「うちの子を・・泣かせたな・・・・」
倒れたジャックオの顔の上には、美しい金髪をメラメラと逆立たせ、長い麺棒を握り締めた、鬼の形相のピアニカさんが立っていました。
「おかあしゃん・・」
ピアノがキョトリと目を見張ります。
ピアニカさんの全身からは怒りのオーラが火柱のように立ち昇っていました。
足元をギリギリにじりながら麺棒を大上段に構えると思い切り振り下ろします。
両側に取っ手のついた太くて丈夫な麺棒がしなりました。
ゴズン!と、すごい音が響き、ジャックオの首から下がビゴンと上に跳ね上がりました。
ピアニカさんは再び麺棒を持ち上げながら、ズフ~っと音を立てて息を吸うと今度は高速の連撃を振り下ろします。
「いや・・あの・・ちょ・・やめ・・やめろー!」
ジャックオは切れ切れに抗議しながら長い両腕を振り回して必死にガードしていました。
ですが暴風のようなストロークで振り下ろされる麺棒の打撃音でジャックオの声は誰にも届きません。
堪りかねたジャックオはごろりと顔を転がせてピアニカさんから離れると、オネエ座りでワタワタと後ろへ下がり、慌てて距離を取ります。
「ちょっと待てよー! なんなんだコラぁ、オメエらホントめちゃくちゃ・・やりすぎだろーガー!・・・いやほんとマジ痛い・・・。いってえわー・・・」
ですがピアニカさんがつかつかつかと間合いを詰めます。
「いやちょっとまてまてまてまてってー! ホントまて、ちょっとまて少し話そ! ネ!」
「話す・・・? 食材の声ならいつも聞いてるわ・・・これからブチ砕いて煮付けにするんだから・・・・」
「え? え? 煮付け? 俺さまを? え?」
ぼさぼさに乱れた髪に中からピアニカさんの緑色の瞳が怒りの炎に彩られて、なんとも美しい狂気の色に輝きました。
「そう・・・みりんと黒砂糖とお醤油で、こっくりおいしく煮付けてやる・・・・そうされたいんでしょ・・わかってるわ・・・ちゃんと聞こえるもの・・」
ジャックオはオネエ座りのまま両手を咥えて、「え~っ!」と悲痛でありながら、どこか期待のこもった悲鳴を上げました。
「そんな・・。俺さまは・・冥府の王たちも天界のひらひら共も硬くて喰えないっていわれたほどの・・・すごい食材なのだぞ! それを・・・ニンゲンごときが・・・」
「母親なめんなよ・・・」
ピアニカさんが麺棒を持ち上げます。
両足の親指の付け根から、足首、膝、腰、背骨、肩、肘、手首、そして緩んだ手の平にバランスだけで麺棒を乗せて、スルリと・・・・完全にまっすぐ持ち上がりました。
ジャックオは、自分が断ち割られるのを理解しました。
味わったことのない恐怖と、味わったことのない歓喜を伴って・・・。
ピアニカさんの吸う息が頂点に向かい、刹那の停止を向かえるその時でした。
「双方、そこまで」
おだやかな声が優しく響いてきたのです。
光が降ってきました。
温かさや、優しさや、愛を、目に見える形にしたらこんな風になるのだろうと思える小さな光の粒が、雪のようにふわふわと降ってきました。
ベジタローの背中につかまっていたチェロは、ゆっくり首を巡らせます。
暮れかかった景色の中、広々と延々と光が降ってきます。
どこから降ってくるのかと空を見上げたチェロは、大きな大きな光の塊りを見つけました。
―― 天使さま?
目を細めて見てみれば、光の中ほのかに輪郭らしきものが見えます。
それは天使に見えました。
大きな光翼を広々と空一面に広げ、光の服と、光の体と、光の顔をした人がゆったりと微笑みながら降りてくるのです。
「おーい!」
声の方を見てみると、光の翼にびっしりとフワフワおばけたちが乗っているのが見えました。
一際大きく手を振っているおばけがいます。
「ぽっくい!」
チェロは思わず大声を上げました。
おばけたちが歓声を上げて一斉に翼から飛び降り広場に殺到します。
「チェロちゃーん!」
ぽっくいが飛びついてきました。
チェロも両手を広げて迎えます。
「ありがと、チェロちゃーん! ほら、お兄ちゃんがきてくれたんだよ!」
「おにいちゃん?」
「うん!」
ぽっくいが顔を向けた方を見ると、いつの間にそこにいたのか、白く輝く狩衣を着た背の高い人が、ふんわりと笑いながらこちらを見ていました。
長い黒髪を頭の高い位置でポニーテールにした、一瞬女の人かと思えるくらいたおやかな雰囲気の凄い美人で、その背中には大きな八枚の光の翼が輝いています。
チェロは目をパチクリさせると、ぽっくいに目を戻し、もう一度その人を見ました。
「おにいちゃん?」
「そうだってば」
光の人は呆けているチェロに嬉しそうな目礼を送ると、涼やかに目線を上げました。
手の平を上に軽く肘を曲げたまま、緩やかに胸の高さまで持ち上げると、素晴らしくよく通る花薫るような美声がするすると空気にすべりはじめました。
「お騒がせいたしました。 わたしは、この国の世話役を仰せつかっております タケミ・・・」
「おかぁ、しゃ~ん!!」
「ピアノー!!」
渾身の力で抱き合ったピアノとピアニカさんが大声で涙の合唱をはじめた向うから、ガシャンガシャ!と鉄の擦れる音が響いてきました。
「チェロぉ~!!」
「え? じいちゃん!?」
鉄でできた酒樽みたいなサイズの合わない不恰好な鎧を着込んだコントさんが、崩れるようにチェロを抱きしめました。
「おい、タケミー! テンメエ、な~んで邪魔しゃーがったー!」
腰でも抜けたのか、後ろ手をついて膝を投げ出したジャックオが首を左右に振りながらガアガアとがなります。
サロンさんは膝立ちで両手を組み、光の人を見ながら祈るように号泣しています。
「わー! すっごーいい! 天使さまだわ! 本物ー!」
しっかり者のウルルさんは、意外にもミーハーにキャーキャーと目を輝かせながら光の人を色んな角度で覗き込んでは嬉しそうに跳ね回ります。
「タケミーさま~!」
「おかえりなさ~い」
「ねえねえお土産は?」
「え~! お土産~!」
フワフワおばけたちもワーワーいいながら、光の人にまとわりつきます。
ベジ・キャットたちは残り少なくなったモッタイナイおばけたちを追いかけてニャーニャーいいながら走り回りますし、ぽっくいは光の人の隣で両手を口にあて、「みんな~お兄ちゃんのお話きーてー! ねーったらー!」と、遠慮なく声のヴォリュームを上げました。
光の人はみんなの真ん中で、なんだかポツンとしている自分を感じました。
寂しさも手伝ったのか、せめて自分に目を向けてくれているサロンさんとウルルさんにニッコリ微笑みかけましたがすぐに、おや?と首を傾げました。
ふたりの前に進み出て地面に片膝をつけるとそっと手を伸ばします。
するとほんのりした光が両手から流れ出し、ふたりを包みました。
光に包まれたウルルさんとサロンさんは、パアッ明るく輝き、そのままニョキニョキ大きく伸びていきます。
「いたたたた!」
「痛いです! なにこれ!」
光が収まると、大人に戻ったふたりはシャツの上からワタワタに腰の横に手をやっていました。
子どもサイズに調整したおパンツの締め付けがキツイのです。
ついでにウルルさんは、ボタンの取れてしまったシャツを無理にしばって直していた結び目がパンと解けてしまい、思い切りはだけてしまいました。
慌てて前を合わせます。 ですが、
「あ、おっぱいあった」
正面から見ていたぽっくいが、ニッコリ笑っていいました。
「おっぱい?」
「なになに~?」
おばけたちが集まってきます。
ぽっくいは両手を自分の脇に回して、内側からニュッと前に突き出しました。
「あのね、こおゆう風にね、ポヨンとしてるの」
「え~! なにそれ~」
「おっぱいってゆうの~?」
「みたいみた~い!」
「おっぱいみ~せて~!」
おばけがウルルさんとサロンさんに殺到します。
ウルルさんには、「ね~ね~」とおねだり攻撃が。
サロンさんには、「あなたもおっぱいある?」と期待に満ちた眼差しが集まりました。
はじめて慌てた顔になった光の人がサッと手を上げると、またもやふたりは光に包まれ、今度は白い布をゆったりと巻きつけた衣装で現れました。
「なんだよ~タケミーさま~!」
「おっぱいみた~い!」
「お土産あるの~?」
「おかし食べたいよー!」
おばけたちはギャーギャー騒ぎ出しました。
「あーあー、もーもーなんじゃいナーこりゃあー!」
突然お空から、呆れたような大声がどーんと聞こえてきました。
驚いてお空を見上げたチェロは、うっすらと星が瞬き始めた天空に大きく赤く光る星を見つけましたが、星かと思ったその光は見る見るうちに大きくなると、ギュンと落ちてきてジャックオの大口の中にドカーンと飛び込みました。
「ゲアゲー!!」
ジャックオはゴロン、ゴロンと縦に転がってドタンバタと激しく暴れ、やがてプシューっとおとなしくなりました。
「よっこいしょ」
そしてジャックオの口から変な人が出てきました。
おかしな黒い着物を着ていて歩きにくそうな変な下駄をはいています。
びっくりするほど真っ赤な顔をしていて、その赤い顔の真ん中からミョーンと長いお鼻が突き出していました。
チェロはハッとしました。
絵本で見たことがあります。
―― えっとえっと、なんだっけ? テング? テンゴ?
テングテンゴは、右手にジャックオが持っていた団扇を、左手の指先にピョンピョン跳ねるちっちゃなおばけを摘んでいました。
カツカツと下駄の音を鳴らしながら近づいてくると、右手の団扇を不思議そうに見ながらいいました。
「はて? 浄化が済んでおる。どーしたことじゃ?」
裏や表とピラピラひっくり返しながら、ためつすがめつ眺めます。
「とんでもなく穢れまくっとったはずじゃがなー? うーむ? ま、いっかー! ラッキー!」
そういうと、ワハハ!と朗らかに笑いました。
「ハハッハ・・は?」
みんながジッと見ていました。




