おばけの国、22
いつの間に何万という数になったポンポンの群れは、チェロたちをぐるりと囲んだまま歩くスピードにあわせてピョンピョン跳びながらついてきます。
まるで白い波の中にいるようです。
ぽっくいは「ぼく、男の子だから」と先頭を歩いていますが、周りのポンポンに怯えて震えながらのエスコートはあんまりカッコよくありません。
おばけたちはポンポンの群れから10mほど離れたところでどうしようもなく攻めあぐね、仕方なしにチェロたちを囲みながらゾロゾロとついてきています。
おばけの門まであと少し。
後はなんとかなりそうですが・・・。
チェロはおばけの門とついてくるおばけたちを見比べながら、どうかまだ五時になりませんようにと必死に祈りました。
その時、ふとチェロは足の裏に振動を感じました。 ピリピリ、ピリピリと震えています。
そしてだんだん振動が強くなってくるとともに、耳にもゴーっと何かが近づいてくる音が聞こえてきました。
「なんかくるよ!」
チェロたちの行く手、おばけの門の方から大きな黒いものがモウモウと土煙を上げながら転がってくるのが見えました。
おばけたちから歓声が上がりました。
「親ビン!」
「おいお前ら道あけろー!」
「あはは、見てー、転がってるよ~」
「シー、シーっ! 怒られるよ」
チェロたちの前で後ろ向きに進んでいたおばけの壁がサッと割れて、そこに大きなカボチャが現れました。
「ヘイヘイ、チビニンゲンども! やってくれたじゃねえか!」
ジャックオです。
ジャックオが顔を横にしたままこっちをにらみつけました。
巨大な顔の横側からヒョロリとした体が生えているようにしか見えない姿で、その足はかろうじて地面に届いているくらいの頼りなさですが、表情はなんとも偉そうです。
「みんな・・」
ウルルさんがみんなを集めてぽしょぽしょとナイショ話をはじめました。そして「うん」とうなづきます。
「まったくまったく! えれえこったぜまったく! 俺たちゃあなぁ、いっそがしいんだよホント! はええとこニンゲンの街で大暴れしてえのよ、ねぇ。わかるう! 三百年ぶりに俺様をスっ転がしたのも、ポワポワのワタボコリを撒き散らしたのもみ~んなオメエらだっちゅうじゃねえの? たまんねえのよ。腹立ってんのよ、って! ああっ! いってるそばからなんなのオメエら!」
ひとりで勝手にしゃべりまくるジャックオを放っておいてチェロとピアノ、ウルルさんとサロンさんのペアに分かれ、そこら辺にあった漬物石よりちょっぴり大きいサイズの石をよいしょよいしょと運び始めました。
じっと待っていたぽっくいは、みんなの合図と一緒にジャックオの体にシュルリと巻きついて両手の動きを封じます。
その隙に前後からジャックオの頭の下に石でつっかえをしました。
「ちょ・・ちょっと、ちょっとぉ・・ちょっとこれじゃ!・・オメエ・・・動けねえだろうがっ!」
ぽっくいに縛られたジャックオは首を支点に体だけビコンビコンと派手に動かしました。
チェロは、「首強いなあ」って思いましたが、感心してる場合ではありません。
「ぽっくい、今のうち! あなたはちょっとおとなしくしてて!」
「んなんだとう~」
ぽっくいはジャックオから離れて頭の上に回りこむと、「あった!」の声とともに、ジャックオの頭に刺さった団扇を引っ張り始めました。
「あ! あ! てんめェ ポップリ! んなにしゃーがる!」
ジャックオは頭の上のぽっくいを捕まえようとニョニョ~ンと両手を伸ばしましたが、その手をウルルさんがピシリと叩きます。
「ぃいってえってんだ! オメエめちゃくちゃすんな。 それホントいてえんだよ? なんなのそれ? どうなのオメエ?」
「もう! 今、頭の変な団扇はずしてあげるからジッとしてて! その団扇のせいであなたもほかのオバケも暴れん坊になっちゃったんでしょ!」
チェロは腰に手を当てて仁王立ちしながら、首だけはコテンと倒してジャックオに合わせました。
いつも「相手の目を見てお話しなさい」って教わってるからです。
「その団扇をはずしてみんなフツーになったら、フツーに街に遊びにきたらいいでしょ! そうすればみんな楽しくお祭りで遊べるでしょ!」
「やかましいチビニンゲン! 俺たちゃあな、こんな団扇があろうがなかろがニンゲンどもが大嫌いなんだよ! さっきも言ったろうが、育てて捨てるくらいなら最初から育てるなってんだ。 ニンゲンどもが勝手にやるってんなら俺たちだって勝手にやるんだよ。 それのどこが悪い!」
「だからそんな人たちばっかりじゃないよ!」
「それはオメエの勘違いだってえのよ! へっ! ホントにそんなジェントルなニンゲンがいるってんならよぉ、俺たちゃとっくの昔にお星様になってお空で笑ってんだろうよぉ。だが俺たちゃここにいる! それがなによりの証拠だっての。 それともなにか? オメエらが成仏でもさせてくれるてぇのか? なら是非ともお願ぇしてもんだぜぇ、ハッ!」
ジャックオはおどけた仕草でポンと合掌してみせました。
その途端、周りにいたポンポンたちがジャックオの体に殺到しました。
「あうおわっ! なんだオメエら!」
すると、おかしな悲鳴を上げるジャックオの巨体・・というか巨顔のついた体がゆっくり浮かび始めたのです。
「えええ!? なにこれ? どーなってやがんだコラぁ!」
ジャックオはジタバタ手足を動かしましたがポンポンは簡単に押さえつけます。
「わああー! なになにー!」
団扇をつかんでいたぽっくいも吊られていきます。
「ぽっくい、団扇離して!」
チェロは慌てて、浮かんでいくぽっくいのしっぽに飛びつきました。
「ダメだよ~、これ落し物だもの。ちゃんとぼくが返してあげなきゃ~」
そんなことを言ってる間にもジャックオの体はどんどん逆さに直立していきます。
「それにこの団扇を取っちゃえばみんな元に戻るかもしれないし~」
言われてみれば確かにそうです。
チェロはキッと顔を引き締めて踏ん張りました。
ですがジャックオの体は凄い力で浮かんでいくのです。
団扇は一体どれだけ強く刺さっているのでしょう。
掴んでいるしっぽからも、ぽっくいが全力で頑張っているのが伝わってきました。
「チェロちゃん!」
踏ん張っているチェロの腰をウルルさんが抱きとめました。
さらにその腰をサロンさんが、さらにサロンさんの腰をピアノが抱きとめました。
そこで一瞬、浮力と重さが拮抗しましたが、またゆっくりと引きずられていきます。
「みんな頑張って!」
チェロが檄を飛ばします。ですが・・
「ピャーノ知ってるよ! あのね、みんなれ 『うんとこしょ』 っていうんらよ~」
「ピアノちゃん、それどころじゃ・・」
「 『うんとこしょ』 ってしよ~。 しぇーの! うんとこしょ! ろっこいしょ!」
いきなり緊迫感の緩んでしまうピアノの掛け声に、みんないっぺんに気持ちが和らぎました。
思わずクスっと笑ったあと、「よーし!」と声を合わせます。
「うんとこしょ! どっこいしょ! うんとこしょ! どっこいしょ!」
声を合わせただけで足の裏に地面がグッと近づいた気がしました。
さらに力を込めて、さらに大きな声で引っ張ります。
「うんとこしょ!! どっこいしょ!! うんとこしょ!! どっこいしょ!!」
引っ張ってぽっくいの体が伸びてしまっているとしても、少しづつ引き寄せている手ごたえがあります。
ぽっくいも声に加わって、みんなは一丸になりました。
「ぐおわー! イカンよ! アカン! もげる! もげるってぇ~!」
ジャックオが空中で悲痛の叫びを上げます。
「待って! マジ待って! ちょと待って! これホント! ホントダメなヤツ~!」
「ラメらない!」
ピアノが、はりきった良い顔で一喝しました。
「親ビ~ン!」
「おい! 白フワども、飛んで助けにいけよー!」
「あはは、見てー、逆さまになってるよ~」
「シー、シーっ! 怒られるってば」
おばけたちは遠巻きにワイワイ騒ぎながら、好き勝手に色々言っていました。
ジャックオを助けに行こうとするモノバケもいるようですが、残っていたポンポンたちが一斉に飛び跳ねて威嚇すると、「へへへ」と笑いながら後ろへ下がりました。
ポンポンへの恐怖心もどこへやら。大半のおばけがこの騒動をイベントとして見ているようです。
そしてなんと・・。
「ねえねえ、ぼくも引っ張ってい~い?」
ふわふわおばけがひとり、ちょっともじもじしながらチェロたちに近づいてきたのです。
チェロもウルルさんもサロンさんもビックリしましたが、ピアノはニコニコしながら、「い~よ~」と答えてしまいました。
「やった~」
嬉しそうなフワフワおばけは、ピアノの腰に手を回すとさっそく掛け声に乗ってきました。
「あ~いいな~。わたしも~」
「ぼくもやる~」
次々にフワフワおばけが飛んできては後ろへ後ろへ繋がって、列はあっという間に長く長くなりました。
そして一斉に、
「うんとこしょ!! どっこいしょ!! うんとこしょ!! どっこいしょ!!」
広場中に楽しげな声が響きました。
そしてぽっくいの手元に、ミシリ、と新鮮な手ごたえがやってきました。
ミシ、ミシ、ミシミシミシ――。
「わああー!」
ついにジャックオの頭から団扇が引っこ抜けました。
ぽっくいを先頭に長く伸びた列の最後尾まできれいなドミノ倒しになりましたが、みんなすぐに起き上がると口々に歓声を上げました。
「やったー!」
チェロたちは抱き合って喜びます。
おばけたちもどんどん喜びの輪に加わってみんなで手を取り合って飛び跳ねました。
ピアノはもちろん、チェロもウルルさんもおばけたちと一緒に喜びました。
サロンさんだけはおばけの正面にならないように真っ青な顔でウルルさんの後ろに隠れていましたが、それでもちょっとだけぎこちない笑顔を浮かべられるくらいにはなったみたいです。
ジャックオはスッポ抜けた勢いでグルングン回りながら、くっついていたポンポンを撒き散らして、広場の隅に落っこちました。
モノバケたちが駆け寄っていましたが、見ている限り落ちたところから全然動かないみたいです。
ちょっとだけ向うの様子が気になったチェロでしたが、それよりおばけの門の通路が開く前になんとか団扇を取り戻すことができました。
チェロはニッコリ笑って、ホッと息をつきました。




