おばけの国、20
結界の破裂の勢いに、ふわふわおばけたちはポップコーンのように散り散り弾け飛び、モノバケたちは次々に将棋倒しになって広く広がりました。
空を散っていくおばけたちの中にひときわ大きくてまんまるなのがひとつ。
お池の近くに落ちたまんまるはボヨン、ボヨンと跳ねてゴロンゴロ、ゴロコロとしばらく転がってようやく止まり、プシュリと小さくなりました。
四人のニンゲンの女の子たちが倒れていました。
みんなすっかり目を回してしまい、大の字に寝転がったまま起きられないようです。
「ピアノちゃ~ん。だいじょうぶ~?」
「らいじょうぶ~。れも、おめめが、ぐぅぐぅすーよ」
「わたしも~」
寝転がって動けないみんなのまわりを、なんだか心配そうにポンポンたちがピンピンと跳ね回っています。
結界が破れる瞬間、ぽっくいが精一杯広げたお口でみんなを飲み込んで体を膨らませクッションになってくれたのです。ポンポンたちはそのとき一緒に飲み込まれていたみたいです。
そのうちの一匹がチェロのおでこの上で盛んに跳ねています。まるで早く起きろっていってるみたいでした。
「あう~」っていいながらもなんとか四つんばいで起き上がろうとしたチェロの耳に、おばけたちの声が届いてきました。
「あれ?ニンゲンだぞ!」
「ほんとですね、ニンゲンですね」
「捕まえろっていわれてたやつじゃないか?」
頭を上げるとモノバケたちがグルングルン回りながら近づいてくるのが見えました。
「みんな~にげて~」
チェロはふらふら立ち上がりますが、足は右へいったり後ろへいったりヨタヨタもいいところです。
「わあ~」
チェロの声にみんななんとか逃げようとしますが、てんでバラバラでフラフラよろよろしてしまいます。
サロンさんは立ち上がっては尻餅をついてひっくり返ります。
ピアノなんかは地面にめり込もうとするかのようにズリズリと頭を擦って斜め下へ進んでいました。
そんな中、ウルルさんはやけくそ気味にグルグル回りながら枝を振り回してモノバケに向っていったのです。
「やあ~、この~、わっ!」
ですがやっぱりつまずいて倒れてしまいました。
「なにやってんだコイツ?」
頭が湯たんぽのモノバケが倒れたウルルさんに手を伸ばしました。が、ウルルさんは下からその手をピシリと叩きました。
「いいってええ!」
湯たんぽバケが悲鳴を上げてひっくり返ります。
「あぎゃあ!」
「おでー!」
ウルルさんは倒れたまま地面を転がって、近くにいたおしゃもじバケとダンベルバケの足も叩きました。立てないのなら立たずに戦うまでと、寝転がったまますごい気迫で枝を構えます。
騒ぎを見て他のおばけたちもどんどん近づいてきました。ふわふわおばけもモノバケたちも一緒になって、じわりとチェロたちを囲みます。
なんとかお互い手を貸し合ってようやく立ち上がったチェロは、懸命に前を見ようと顔をしかめました。
まだ頭がグラグラしますが体にしっかり力を入れて、んむっと唇を噛みました。
「おい、おとなしくしろ! ニンゲン!」
潰れた空き缶のおばけが、どこかしら空気の抜けるような声でいいました。
周りのおばけと一緒に一歩、一歩と近づいてきます。ですが急に、その空き缶おばけが急にビクリと体を強張らせました。
「なあ! おいあれって・・」
なぜか包囲をせばめるおばけたちの方へ、ひとり後ずさります。
近づいたから気づいたのか、チェロたちの周りをピョンピョン飛び回っているたくさんのポンポンたちを見てガタガタ震え始めたのです。そしてギョッとする声で叫びました。
「ポ・・・ポワポワだー!」
「な?」
「うわ、ホントだ!」
突然おばけたちは悲鳴を上げて逃げ出しました。
押されて倒れたおばけにも気づかずドンドン踏んづけながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。ポンポンたちはそのあとを追いかけていきます。
あっという間にまわりのおばけたちはいなくなり、残されたチェロたちはお互いにパチクリと目を瞬きました。
「ぽわぽわ?」
枝を構えたままキョトンとするウルルさんは転げまわったせいかシャツのボタンがちぎれてしまって、埃まるけになっています。
チェロはまだキョロキョロと警戒しながら服を直してあげました。
「ポンポンのことかな?」
「このコらちはポンポンらよ~! ぽあぽあらないよ~!」
ピアノがピョコピョコ跳ねながら抗議の声を上げましたが、もう辺りにおばけの影は全くありません。
逃げていったおばけのたちの後を辿るようにようやく周りを見回したチェロは、少し驚いて「ほわーっ」と息を吐きました。
目の前にあるお池の対岸に、おばけの門が見えます。
どうやらお池の反対側まで飛ばされてしまったようです。
そしておばけの門の辺りでは、なにやら凄い騒ぎになっているようで、たくさんの叫び声がこっちまで届いきていました。さっきのポンポン爆発のせいでしょうか?
なぜだかわかりませんが、おばけたちはポンポンをとても怖がっているようでした。
そのポンポンが、おばけの門の前に大挙して押し寄せていたおばけたちのど真ん中で文字通り爆発的に増えたのですから、それが原因かもしれません。
そう思ってフと見てみれば、さっきまで回りを跳ね回っていたポンポンたちがいつの間にかいなくなっていました。
ぽっくいもポンポンを怖がっていましたから、もしかしたらポンポンたちがいればおばけ避けになるかもしれないと思ったのですが・・。
「ポンポン? どこいっちゃったかな?」
すぐ隣に居たピアノに問いかけた時、「・・チェロ・・ちゃん・・」と少し離れたところでサロンさんがもじもじしながらチェロを呼びました。
呼ばれるままに顔を向けてみれば、
「あー!」
あわててサロンさんに・・・正確にはその足元にみんなで駆け寄ります。
「ぺっちゃんこになっちゃった・・・」
ピアノのつぶやきそのままに、たくさんの足跡をその身に刻んだぽっくいが、いびつな平面になって地面に広がっていました。
「やあ~ヒドイ目にあった」
本日三回目。
カッパのお薬に世話になったばかりのぽっくいが、リズミカルにストレッチをしています。
ポンポン爆発の際、みんなを包んで飛び出したのが割りと大変だったようです。
「サロちゃんのおしりが重かったのかなー?」
ウルルさんがクスクス笑いながらそういうと、サロンさんは「ハッ!」と顔を強張らせ、たちまち両目を潤ませました。
「そんなことないよ・・ サロンのおしりはふつうだよ・・・」
うつむきながら顔がくしゃくしゃになって、下唇がニュウと前に伸びていきます。
「えっ! ごめんね、ごめんね! そうだよね! サロちゃんのおしりはふつうだよね!」
慌ててウルルさんがサロンさんをハグして背中をポフポフしました。
サロンさんはウルルさんの肩口で小さくむせびながら、「ウン、ウン」と頷きます。
チェロもサロンさんの反応にちょっとビックリしながら、「きっとサロンさんはきずつきやすいんだなー」なんて思いました。
ほんとうはおとななのに、きずつきやすい子どもというのが、ちょっとチェロには難しいのですが、今はやっぱりそれどころではないのです。
「ああ、まただよ!・・」
みんなで隠れたお池のほとりの岩場の影から、そっと様子を覗き見ながら、ぽっくいがいいました。
「わー! 離せー!」
すこし向うでおばけが叫びました。
ポンポンがおばけを掴んでお空に浮き上がっていくのです。
そのままずっとずっと昇っていって見えなくなりました。
「ポワポワはああやっておばけをどこかに連れて行っちゃうんだよ~。そうしたらもう戻ってこないんだー!」
あわわー!っとぽっくいが両手を口に咥えます。
今や広場は大混乱です。
国中のおばけたちが街へ行くためにこの広場に集まってきているのですが、どんどん広場へ登ってくるおばけたちとポワポワから逃げ出そうとするおばけたちとが入り乱れて凄い騒ぎになっていました。
「ポンポンはおばけじゃないんだね・・」
「ニンゲンたちはポンポンって呼ぶの? ポワポワはおばけじゃないよ、なんだかわからない怖いヤツだよ。急にどこからか出てきておばけをさらっていくんだよ。しかもあんなにいっぱいいるー!」
ぽっくいはガタガタ震えました。
あっちでもこっちでもポンポンに捕まったおばけたちが空へ浮かんでは消えていきますが、チェロには正直全然怖いものには見えませんでした。もしかしたらおばけたちにとってはポンポンこそが「おばけ」のようなものなのでしょうか?
とっても可愛かったし、おとなしそうだったし少なくとも悪いものには思えません。
ですがおばけの入ってこられない結界の中にいても平気だったばかりか、結界の神力を吸っていたっていいますし、一体なんなのでしょう?
「あれ? そういえばぽっくいはなんで結界に入れたの?」
「え? けっかい? なに~?」
さっきは何も考えずに結界に隠れましたが、おばけは入れないはずの結界の中で、ぽっくいは普通にしていました。全然気づいていなかったようですがどういうことでしょう?
「ほらさっき門の近くで隠れてた場所だよ。あそこは・・」「あー! ニンゲンみつけたー!」
チェロは驚いて声の方へ顔を上げました。
隠れていた岩の上からフワフワおばけが覗いていました。
「お~! ニンゲンここにいたよー!」
「みつけたー!」
「コ・ラー!」
サロンさんがおばけたちに向けてパチンと手を叩くと、岩の上にいた三人のおばけはカチンと固まって下に落ちました。
ですが、その声を聞きつけたおばけたちが混乱のなかにあってもこっちに気が付いたようです。
「ニンゲン?」
「この騒ぎもそいつらのせいか?」
何人かのフワフワとモノバケたちが近づいてきます。
「サロちゃんさっきのもう一度使える? こうなったらもう門に飛び込もう!」
ウルルさんが枝を握り締めてみんなを見ました。
サロンさんはコクリと頷くとピアノを招き寄せ、合掌した腕の内側に抱え込みます。
「ムヤムヤ~ってすうの?」
詠唱しながら頷くサロンさんは、近づいてくるおばけたちをにらみすえると手を叩きました。
「コ・ラー!」
雷鳴が響きました。
ですが、さっきと比べると随分と音が小さかったのです。
近づいてきていたおばけたちと周りにいたフワフワおばけたちは固まりましたが、驚いてこちらを見ているモノバケたちもたくさんいます。
「コ・ラー!」
慌ててもう一度手を叩きましたが、今度は手を叩いた音がしただけでした。
サロンさんはハッとして空を見上げました。
さっきまでのっぺりしたオレンジ色の空でしたが、いつのまにか地上と同じような夕焼け空に変わっていました。おばけの門の方角からじわりと夜の雰囲気が湧き出しています。
真上にあった白い満月もまたグンと輝きを増して大きくなっているようでした。
「走ろう!」
不発と見るや、ウルルさんが飛び出し一番近くにいた洗濯ばさみのモノバケに斬りかかりました。
モノバケは悲鳴を上げてひっくり返ります。
チェロたちも咄嗟に走り出しました。
「どうしたの?」
チェロはピアノの手を引きながらサロンさんに尋ねます。
サロンさんは悲しそうな顔でもう一度空を見ました。
「・・かんしょーどき・・・どうしよう、しばらく法術使えない・・」
「え?」
「・・満月の日の夕方は・・月と太陽の力がぶつかり合って・・法術使うの難しくなるの・・夜になるまで・・使えない・・」
そういってサロンさんは「ごめんなさい」と小さな声で謝りました。
チェロはキュッと唇を噛みました。
サロンさんの法術をたよりに飛び出しましたが、もう隠れるところも逃げる場所もありません。
それに言われて気がつきましたが確かに空は夕焼け空、おばけの国の騒動を知らない街の人たちが門を開けて「通路」が繋がってしまうのもきっともうすぐです。
チェロたちに気づいて捕まえようとするおばけたちもいますが、ほとんどのおばけたちは混乱したまま走り回っているばかり、まだ間に合うかもしれません。
通路が繋がったらおばけたちより先に街に戻って、門を閉めてもらえばいいのです。
チェロは首に下げたスプーンのペンダントをはずし、ギュッと握り締めました。
―― おかあさん、守って!
そして走りながらサロンさん手を取ってニッコリ笑いかけます。
「だいじょーぶだよ! きっとダイジョーブ!」
「そうらよ、らいじょーぶ!」
ピアノも明るく笑いました。




