おばけの国、19
グルグルにしばられていたぽっくいのロープをほどくと、ぽっくいは倍くらいの長さににょ~んと伸びていました。ロープの跡がくっきりついてなんだかおかしな美術品みたいにも見えます。
「ぽっくい! ぽっくい!」
チェロはそっと体を揺すりましたが揺すった分だけにょにょっと体が伸びてしまいました。うどん捏ねてるみたい、と思わず考えましたがぽっくいは目を覚ましません。
口から空気を入れたら風船みたいに膨らまないかな? なんてことまで想像してしまいましたが、今はそれどころではありません。
「ピアノちゃんお薬お薬」
かっぱの妙薬のことを思い出して隣のピアノに声をかけると、いつの間にか姿が見えません。あれ?と首を巡らせると、倒れたジャックオの影からピアノが顔を出しました。
「ちぇおちゃん、みっけたよ~ウチワ~!」
「ホント?」
パタパタ手招きするピアノのそばに駆け寄れば、「あそこらよ」とジャックオの頭を指差します。
大きなかぼちゃであるところのジャックオの大頭。
見ればチェロの背丈の倍くらいのところにあるヘタのところから黒い鳥の羽のようなものがワサワサと生えています。すこしの間それがなんだかわからなかったのですが、ウチワだと思って見てみれば確かに。
どうやら団扇の柄の部分がヘタの頂点に刺さっていて、だから生えているように見えるのでしょう。
思い切り跳ねてもまだまだ遠くて、ピアノはジャックオの頭によじ登ろうとしますが、取っ掛かりもなにもなくて登れそうにありません。
みんなと相談してウルルさんにチェロが肩車してみようとなったとき、遠くからワイワイと大勢がやってくる気配がしました。
慌ててジャックオの頭に隠れ、そっと覗いてみると「おいおい」「どうなってんだ」なんていいながら新しいおばけの一団がぞろぞろと近づいてくるところでした。
「一度さっきの結界のところに戻ろう」
ウルルさんの提案に頷いたみんなはワタワタとおばけ布を被りなおし、長くなったぽっくいを小脇に抱え、こっそりと広場を後にしました。
ぽっくいを担いで結界まで戻ってきたチェロたちは、ホッと息をついたものの目の前で大きく開いたおばけの門を見上げてゴクリとつばを飲み込みました。
門の向こう側は暗いオレンジの光がゆらゆらとまだらに揺れて、いかにも「おばけの門」という不気味な雰囲気です。
もし今すでに街に繋がっているのだとしても正直くぐっていくのがためらわれました。
ですがここで弱気になっていても仕方がありません。チェロは気を取り直して、とにかくぽっくいをなんとかしようとピアノにカッパのお薬を出してくれるようお願いしました。
「あい」
ピコンと片手を上げたピアノがポシェットを開けると、中から白いふわふわがポヨンと出てきました。
「あ!」
「ん?」
ふわふわはフロフロとゆっくり地面に降りると、もう一度ポヨンと浮かび上がってピアノの頭にチョコリと乗っかります。あんまりにものんびりした動きだったので、みんなふわふわの動きに合わせて頭を上下させ、そのままピアノに視線をとどめました。
ピアノはいまさらながら頭を押さえてふわふわを隠します。
「また変なコつかまえたの?」
しょーがないなあとチェロが笑います。
ピアノはパッと顔を輝かせました。
「変なコらないよ。おいれーっていったらきたんらもん! いいコらよ」
頭の上のふわふわをつかまえたピアノは、みんなの前でそっと手を開きます。
ふわふわはピアノの手の上で呼吸をするように小さく伸び縮みしながら、つぶらなおめめでゆっくりみんなを見回しました。
「かわいい!」
「えー! かわいい!」
「・・・かわいい・・」
チェロもウルルさんもサロンさんも、一斉に顔を近づけます。
ふわふわは怖がるそぶりもないまま、チョンチョンと瞬きしました。
「えとね~、このコはわたあめおばけのポンポンらよ~」
「ポンポン!」
「こんなかわいいのにおばけなの?」
「・・ポンポン・・」
ふわふわに夢中になる女の子達を尻目に、文字通り地面で伸びているぽっくいは、なんとなしにカサカサ感を増しながら尚、そこで伸びているしかないのでした。
ぽっくいにお薬を塗ると、みるみる元の大きさに戻ってぷるりとツヤを取り戻しました。少しして目を覚ましたぽっくいは、ふわわっと呑気にあくびをします。
「助けにきてくれたんだね。ありがとう、でも・・逃げなくてよかったの?」
ちょっと緊張感が足りないですが、とにかく元気そうなのでみんなは笑顔で微笑み合いました。ですがおばけの門を見て「あれ? なんで行かないの?」とキョトンとするぽっくいに今度はやれやれと苦笑します。
そこでサロンさんの話してくれた、街の側にある門は5時にならないと開かないという話をすると、なんとぽっくいは、「そーなの?」なんて驚く始末です。
「ぼく、鍵を開ければ行けるとばっかり思ってた。いつもはお兄ちゃんが開けてたから・・」
チェロは、ふうと溜息をつきました。
近所の友達もそうですが、なんだって男の子ってのはいつも自分勝手に思いこんで、簡単に周りを振り回すんでしょう?
「もう少し考えたらいいのに!」ってすごく思ってしまうチェロでした。
それにしてもこれからどうすればいいのでしょう?
もう5時になっているのなら、ちょっと怖くても門を通って街に帰りたいとも思いましたが、ぽっくいに時間を聞いてみてもわからないって言いますし、広場の方を見れば倒れていたおばけたちはサロンさんの術から回復しつつあるようで、ちょろちょろと宙を舞う姿が見られるばかりか後からきたおばけたちと一緒になって、パラパラとこっちへ近づいてきているのです。
「ねえ、どうしようぽっくい?」
「え~。え~とえ~と」
そんなことをいっている間におばけ達はどんどんやってきて、あっという間に周りはすっかり囲まれてしまいました。
チェロたちは両手で口を押さえて声を出さないように必死で耐えました。なんのおばけかわからない大きな毛むくじゃらが結界の壁に無造作に手を置いたからです。座布団くらいの大きな手です。
なのに、なんともないようにそのおばけは行ってしまいました。
「?」
どうなってるの?とチェロはサロンさんに目で訴えました。
サロンさんは、「さあ」というように首を傾げますが、そうして身を寄せ合って息を殺している間におばけたちは増え続け、もうどうにも身動きできなくなってしまいました。
門の前に殺到したおばけ達が
「おい、はやくいけよ」
「なんか通れないんだって~」
「門は開いてるじゃん、はやく~」
と、ブーブーいいながら押し合いへし合い始めます。
結界の周りにもおばけが押し寄せるせいで、中はすっかり暗くなってしまうくらいです。
それでも不思議なことにおばけ達は誰も結界には気がつかないようです。
ふわふわおばけたちなんて、透明な結界の半球の上に鈴なりに座って楽しそうにキャッキャと笑っています。なのに下にいるチェロたちのことは全然気づきもしない様子です。
「法術ってすごいんだねー」
ウルルさんが足を投げ出してペタンと座ったまま、あきれたようにおばけ達を見上げています。
結界の中にいればおばけたちは気が付かないと聞いてはいましたが、まさか結界に触っているのに気が付かないなんてこともあるんでしょうか? 今はみんな普通の声で話していますがやっぱりおばけたちは気づく素振りもなく、ただ結界の周りで押すな押すなと騒いでいます。
「おばけからはどうゆうふうに見えてるのかしら? もしかしたらわたしたちが普通はおばけが見えないことの反対コになってるのかなあ」
「・・そう・・かも・・」
ウルルさんもサロンさんもすっかり結界を信頼して、今ではもう「いろんなおばけがいるなあ」なんて見ていられるくらいには落ち着いています。
ですがチェロはひとり、そわそわと心配そうに門の向うに目をやりながら、なにかじっと考えているようです。
ウルルさんがふーっと息を吐いて、投げ出した足をお膝抱っこしました。
「もう、仕方がないよ。門が繋がったらまたおばけのフリをして門を通りましょう」
「・・うん・・戻れば・・おししょーさまに・・お話する・・なんとかしてくれると思う・・」
「でも・・でも、まだ門は繋がってないよ・・そうだ! ねえ、ぽっくい!」
チェロはポカンとして結界の外を見ていたぽっくいに辛そうな目で言いました。
「ぽっくいの探してた団扇見つけたんだよ!」
「え、ホント!」
ピョンと飛び上がったぽっくいにコクリとうなずきます。
「ジャックオの頭のてっぺんにくっついてたの。あれを取り返せばおばけたちは元に戻るんだよね? 今はこんな大騒ぎになってるんだからこっそり行って取ってこられないかな? ぽっくいは空飛べるでしょう」
「そうなんだ・・そっか・・でも、ぼく・・怖いなあ・・」
ぽっくいは、しゅんと下を向いてしまいました。
ジャックオたちにヒドイ目にあわされたばかりです。無理もないかもしれません。ですが・・。
「食べ物も心配だけど、それより街の人たちとおばけたちでケンカになっちゃうよ。そんなことになったらタイヘンだよ!」
話しながらもだんだん泣き出しそうになっていくチェロの必死の顔を見て、ギュッと顔を上げました。
「うん! ぼくいってくるよ! みんなここで待ってて!」
いつも垂れっぱなしの眉毛をシュンと持ち上げ、みんなに決意の眼差しをむけます。チェロ、サロンさん、ウルルさん、ピアノ・・ちゃん?
そういえばいつも元気なピアノが、丸めた背中をずっとこっちにむけてなにやらやっています。
みんなの視線に気づいたのでしょう、ニッコリ笑って振り向いたその腕の中に白いふわふわをもっそり抱え上げました。
白いふわふわが、ギョッとするほど大きくなっています。
「え?え? ポンポン?」
「そうらよ~」
たじろぐチェロの前に笑顔で腕を掲げるピアノの手から、次から次へふわふわがこぼれ落ちます。
「あのね、ポンポンがね。『いっぱいになりま~しゅ』ってね、言った!」
「ええ~!」
大きくなったのではなく、数が増えていたのです。
どんどん増えていきます。
どんどん、どんどん増えていきます。すごい勢いです。
「このコ・・たち・・。結界の神力を吸ってる!」
「えええ~!」
サロンさんの台詞に驚く声に、「ヒィっ!」という息を飲む音がかぶさりました。
ぽっくいが結界の壁の内側に精一杯背中を引っ付けてガタガタ震えています。
そこへピアノが嬉しそうに両手を差し出します。
「ほあ!みてみてぽっくいー。ポンポンらよ~」
ですがぽっくいはさらに身を引いて壁の内側でヒラぺったくなって、「あわあわわわ~・・」なんておかしな声を上げています。
そして身をよじって叫びました。
「うわあ! ポワポワだー!」
その叫びに反応したのか、白いふわふわは一瞬動きを止めると次の瞬間爆発的に増え始めました。
「わわわわ!」
瞬く間に結界の中はふわふわで埋め尽くされていきます。そして、
結界は「ポン!」と明るい音を立てて爆ぜてしまいました。




