意外と頑固ちゃん ★
ベジタローにはお願い事があったのです。
ピアニカさんは、チェロにもわかるように少しずつ訳して話してくれました。
「湖の近くを散歩していたら子どもの泣き声を聞いた」
「何の子どもかわからないけど、苦しそうな声だった」
「姿が見えなかったから声をかけてみたけど、どうも水の中から声が聞こえる」
「なにやら必死だったけど、言葉がわからない」
「僕は水に入れないから困ってしまった。ともかく泣いてる子どもを放ってはおけない」
「だから一緒にいって助けてはもらえないだろうか?」
と、いうことだったのです。
「たいへん!」
すぐに助けにいかなくちゃ!とチェロはピアニカさんに振り向きましたが、意外にもピアニカさんは、とても困った顔をしていました。
「ごめんなさい・・・一緒にいってあげたいけど・・」
そういって、チラリと家の中を見ます。
「ピアノを一人にすることも、外に連れ出すこともできないの・・本当にごめんなさい」
ピアニカさんは痛そうな、悲しそうな顔をしました。
「でも大丈夫。すぐに助けを呼びますから」
そういうとピアニカさんは一旦家の中に戻り、手にストローのようなものを持って出てきました。
ストローのようなものは「鳥笛」です。
これを吹くと、『録鳥』という鳥が来てくれるのです。
録鳥に伝言を伝えると『伝話』ができます。
目的の人のところに飛んでいって、伝えたい用件を言葉として歌ってくれるのです。
ピアニカさんが鳥笛を吹くと、シロハトの録鳥がやってきました。
録鳥の首にかかった袋に、小さなクッキーと銀貨を一枚入れて、一言一言ハッキリと区切りながら、シロハトに向かって話しはじめます。
話終えると、人差し指でシロハトのアゴを二回、ちょんちょんとつつきました。
シロハトは、ぱっと飛び立っていきました。
「これで大丈夫よ」
ピアニカさんは、ホッとした顔でチェロに笑いかけました。
話を聞いていたチェロの耳には「動物愛護協会のだれそれ」とか「獣医師学会のうんぬん」とか「王立ナントカカントカ・・」とかいう単語が残っています。
残ってはいますが、チェロはなんだか心配になってしまいました。
「つーやくの人も来てくれるの・・」
「・・・・・」
少し、言いよどんだピアニカさんは、「そうね・・。専門家に連絡したからちゃんと対処してくれるはずよ」と、歯切れ悪く答えました。
―― よく、わからないけど・・・。
チェロは、心配しながらも、がんばって納得することにしました。
大人のやることは、時々よくわからないのです。
―― 助けてほしいひとがいるなら助けに行けばいいのに・・。
チェロはなんだかションボリして、帰りたくなってしまいました。
せっかく素敵な人に会えたと思ったのに、とても残念な気持ちです。
これなら、誰もいなくっても公園で空の雲を眺めているほうがよっぽど楽しいです。
「ベジ。お家帰ろうか・・」
隣にいるベジタローに声をかけました・・・ですが、ベジタローがいつの間にかいなくなっていました。
「ベジ・・? ベジーっ! ベジタロー! お家帰るよー!」
キョロキョロしながら呼びかけると「にゃー」とお家の中から返事がありました。
ベジタローは知らないうちにお家の中に入っていたのです。
チェロとピアニカさんが、ハッとして同時に玄関の方を見ると、そこへベジタローがトコトコと出てきました。
ところが、その背中にさっきの女の子・・ピアノちゃんが乗っていたのです。
「ピアノ!」
「ベジ!」
「あおー」
ベジタローは苦しそうに返事しました。
背中に乗っているピアノちゃんは、乗っているというよりも、無理やりへばりついているという感じでした。腕はベジタローの首に、足はお腹のほうにギュウッと回してくっついています。
「ピアノ! 降りなさい!」
駆け寄ったピアニカさんが、ピアノちゃんの体に手を回して抱き上げようとしましたが、ベジタローのうなじの辺りにぴったりと顔をつけたまま、イヤイヤ!と首を振ります。
「ピアノ!」
ギュウー!
「に゛ゃー」
「ピアノ!!」
ギュギュー!
「んぼーー」
たまらない!といった感じでベジタローは玄関先にへたりこみましたが、ピアノちゃんは顔を埋もれさせたまま、イヤイヤを繰り返しています。
チェロは、そばに寄ってその横にしゃがみこむとピアノちゃんの頭を優しくなでました。
「ベジタローは逃げないからだいじょうぶだよー」
するとようやく、ゆっくりと顔を上げたピアノちゃんは、チェロの顔をじっと見つめ、次にピアニカさんの方を見ました。
「ね? ベジタローくんどこにも行かないって。さあ降りなさい」
ピアノちゃんは、ゆっくりとベジタローから降りました。
ですが今度は、ててーっとお家の中に駆け込んでいくと、紙とクレヨンを持ってすぐに戻ってきました。
不思議そうに見守るピアニカさんとチェロの前にしゃがみこんだピアノちゃんは、紙になにやら書いて、それを二人にばっと見せました。
「たすけにいく」
大きな字でそう書いてありました。