おばけの国、15
チェロたちは広場に着きました。
意外と大変でした。
ピアノはサンダ・バードのヒヨコをつれて帰るといいますし、騒いでいるとどんどんおばけたちは増えてくるし、早くしないとおばけたちにごはんを盗られちゃうんだよって言って聞かせてようやくここまでやってこられましたが、まだピアノはプーっと膨れたままです。
「おばけの門までこっそりいこう」
ぽっくいが振り返ってぽしょぽしょ言いました。
おばけたちも全然チェロたちを怪しんではいないようですが油断は禁物です。みんな声を立てずにうなずきました。
ぽっかり広がったオレンジ色の空の下、広場は明るいドームの中にいるみたいで、アナ街の中央広場やよく遊びに良く芝生公園よりももっともっと広く感じました。
草も木も生えていなくてあちこちに大きな岩がごろりごろりと見える他には、池の近くに舞台のような一段高くなった設えがあるきりで、ぐるーッと全体が見渡せます。
中央にあるまんまるの池は、近づいてみると大きな金魚鉢のように下が透けて見えました。
ゆらゆら揺れる水の向うにさっきまで登っていたお城の縦穴が虫眼鏡で見る時みたいにボワンと広がって見えます。さっきぽっくいが言っていた「お日様の光を薄めてる」というのはこの池の力なのでしょう。
広場ではたくさんのオバケたちがワイワイとなにやら準備をしています。
ぽっくいのようなフワフワしたオバケの方がたくさんいますが、大声であれこれ指示を出しているのはみんなモノバケみたいです。
でもフワフワおばけたちはお手伝いになっているのかいないのか、色んなところで小さな輪になってお話ししていたり、楽しそうにピョロピョロ飛び回っているのばかり目立ちました。
進みながらそっと周りをみてみるとオバケたちは大きな布の袋の束をどっさり並べて、それをすぐに配れるように配置しているようです。本当に街中の食べ物を盗ってこようとしてるみたいです。
―― いそがなくちゃ。
おばけ達の間を抜けてオバケの門を正面に見ると、門は見上げるほど大きくて、すごく重くて頑丈そうです。
「あんなのどうやって開けるの?」
チェロはぽっくいに小声で聞きました。
「だいじょうぶ、鍵を開ければ開くの。鍵は持ってるよ」
そういってどこから出したのか、ビー玉そっくりな綺麗な玉を見せてくれました。
「これを門の横にある穴に入れれば開くの」
「そうなんだ・・でも大丈夫かなあ」
門を見上げながらチェロは小さく息を吐きました。
少し離れているとはいっても、広場から門は丸見えです。おまけに周りにはフワフワおばけ達が飛び回っているので門が少し開いただけでもすぐにわかってしまいそうでした。
「どうせ今日は日が落ちる前に門が開き始めるからちょっとくらいわからないと思うの」
なのになんとも大雑把な答えが返ってきました。
おばけはあまり細かいことを気にしないのでしょうか。
だといいけど・・チェロはつぶやきながらそっと後ろを振り返りました。広場は相変わらずな様子で誰にも怪しまれてはいないみたいです。
ですが視線を前に戻した途端、ビクッと足を止めました。みんなも一斉に止まったのは門の方から大きなモノバケがふたり、のしのしと近づいてきたのに気づいたからです。
大きな大きなピーマンの顔をしたおばけでした。
めったに物怖じしないピアノが「やっ!」と小さな悲鳴をあげてチェロの後ろに隠れました。
ピアノはピーマンが大の苦手なのです。
その肩を守るようにサロンさんが後ろからピアノをキュッと抱きしめ、ウルルさんが手に持った枝を細かく震わせながらチェロの隣に並びました。
「おい、ポップリ探したぞ。ジャックオさんが呼んでるんだ、すぐにきな」
ぐうっと立ちふさがるなり片方のピーマンおばけが怖い声でいいました。
ところどころ茶色に変色していて頭の片側がベッコリ潰れています。
ぽっくいはバンザイしたままプルプル震えていました。
「でも、でもぼくご用事あるの。だから・・」
「これからニンゲンのとこへ攻め込もうって時に用事もクソもあるかよ」
もう片方のピーマンおばけは表面が妙にぼこぼこしていて虫食い穴が空いています。
どっちもなんだかカサカサした感じで、それにとっても嫌なにおいがしました。カビのにおいと水が腐ったようなにおいが混じっています。
チェロはおばけ布の中で思わず鼻に皺を寄せました。
「早くしろ。おまえはニンゲンの街に詳しいんだろ?食いモン隠してそうなところを全部教えるんだ」
そういうと枯れ枝のような長い指をした手でムンズとぽっくいを捕まえました。
「わああ!離してー!」
ぽっくいはウネウネ暴れましたがピーマンおばけの細い指はぽっくいをガッチリ掴んだままビクともしません。
「へえっへへ。楽しみだろう?ニンゲンどもの慌てふためくザマぁ早くみたいもんだぜ、なあ」
「その通りよ。やつら冬場に飢えてこごえて懺悔の歌でも歌いまくるんだろうなあ、俺らを粗末にしやがって、ザマアミロだぜ、ククク」
低い声で笑いながらチェロたちを無視して広場の方へ歩き始めます。
その前にウルルさんがぴょいと立ちふさがりました。構えた枝がブルブル震えていますが、キッパリ大きな声でいいます。
「その子を離して!」
ボコボコピーマンおばけはキョトンとした顔をすると、ぽっくいを掴んだのと反対の手をサッとウルルさんに伸ばしました。
「ぐーっ!」
「おいおい、遠くに投げ飛ばす・・んん? なんだこいつやけに重ぇぞ。ホントにおばけか?」
「なに? おいお前ら!」
茶色い方のピーマンおばけがぬうっとチェロたちに手を伸ばしました。
「やらー! ピーマンきらい~ぃ!」
「な・・・」
思わず叫んだピアノの声にピーマンおばけは固まります。
一瞬ですが、チェロにはおばけたちが息を飲んで、傷ついたような顔に見えました。
「なんだとてめえ!」
一拍遅れて茶色いピーマンおばけが凄い勢いでピアノに掴みかかりました。
「やーっ!」
チェロはピアノをかばって地面に丸くなり、サロンさんはさらにそれをかばうように一歩前に出ました。おばけ布の下から両手を出して胸の前で合掌し、震えながらも必死になにか呟いています。
「・・・戟鳴りよ 延びつのえ ら、らいめーよ きたれ・・『天韻怒号!』」
そしてパチンと手を叩きました。
そのパチンという音が聞こえたかどうかの刹那、真っ白な閃光のように轟音が弾けました。
音のショックでポカンと突っ立っていたチェロが何度目かのまばたきの後、ようやく正気に戻ってくると、最初に見えたのはボコボコピーマンおばけの手の中からなんとかウルルさんを助けようとしているサロンさんの姿でした。えぐえぐ泣いている声が随分遠くにボウっとして聞こえます。
すぐ隣でキョロキョロしていたピアノと目が合うと、その瞬間にお互い無事に安心してホッと溜息をつきました。
おばけたちは驚いた顔をしたままカチカチに固まっています。
まるでチェロたち以外の時間が止まっているんじゃないかと思ってしまうくらいです。少し離れたところではフワフワおばけたちがむこうの方までたくさん地面に落っこちているのが見えました。
ぽっくいも掴まれてバンザイしたまま、おめめをバッテンにして固まっています。
ウルルさんはおばけの手から抜けようとサロンさん一緒にジタバタしていました。なのでみんなでおばけ布を引っ張ったりピーマンおばけの指を引っ張ったりしてるうちに、おばけ布がビリリと破れてなんとかウルルさんを助け出しました。
ウルルさんはサロンさんに抱きついてお礼をいい、サロンさんは顔を真っ赤にしているのがおばけ布越しにもわかるくらいでしたが、黙ったまま嬉しそうにうつむきました。
さて、今度はぽっくいを引っ張ります。
引っ張りながらチェロとピアノはやっとサロンさんにお礼を言えました。
「サロンさんありがとう。さっきのはおばけが固まっちゃう魔法なの? まだ耳がキンキンするけどすごい威力だね」
「ムヤムヤ~っていって、ドーンってなった! しゅごいね~」
「・・・魔法っていうか・・わたしたちは法術っていうの・・今、勉強中なんだけど・・はじめて成功・・したの・・わたしもビックリした・・・」
サロンさんはうつむきながらグギューっとぽっくいを引っ張って、他のみんなが一瞬たたらを踏むほど伸ばしました。照れると力が出るのでしょうか。
「ほうじゅつ? わたしでも習えるのかな~? いいなあーすごいなー」
ウルルさんが素早く口角を上げて笑いかけるとサロンさんはもっとうつむいてしまいましたが、小さな声で「きっと・・ダイジョウブだよ・・」といいました。
よっぽど強く掴まれているのか、ぽっくいの体は引っ張れば引っ張るほどにビヨーンと伸びるばかりでちっとも抜けません。それでもみんなでウンウンやっていると、ズルゥウ~のパチーンと抜けてみんなは「キャーっ」とコロコロ転がりました。
「うう~ん」
ぽっくいは片一方ずつパチリパチリと目を開けてからゆっくり浮かび上がると、フラフラしながらクル~っと一回転しました。もう一度確認するように今度は反対周りに回るとサロンさんにゆっくり笑いかけました。
「すご~い。サロンちゃんがやったの~? すごいね~」
サロンさんはモジモジとうつむきましたが、今度はハッと不安そうに顔をあげました。
「・・術が・・・切れてきた」
「え!」
チェロがあわてて周りをみると広場の方ではおばけたちがプワリプワリと浮かび上がりはじめているのが見えました。見る間にその数が増えていっています。
近くで落っこちていたおばけ達も「うう~ん」と身じろぎをはじめました。
「急ごう」
ウルルさんは破れたおばけ布を被り直そうと拾い上げました。ですがそれを上からひょいと摘み上げる者がいます。
咄嗟に前に飛んだウルルさんは起き上がりながら木の枝を拾い上げて構えます。
ボコボコピーマンおばけがゆっくり頭を振りながら、指に摘んだおばけ布を揺らしました。
「こんなもんで騙されちまうもんだなあ。ニンゲンってえのはたいしたもんだ」
憎々しげに呟きながらヒョイと後ろに放り投げます。
「どうやって入ってきたのかしらねえが、ポップリよお。お前ずいぶんとニンゲンと仲良しなんだなあ。オイ」
じろりとぽっくいをにらみつけます。
ぽっくいは怯えたようにスススっとチェロの方に下がりました。
「そっちの三匹もみんなニンゲンだな。気がつきゃこんなニンゲンくせえもんな」
茶色ピーマンおばけものっそりと立ちふさがります。
「え~。いや~、なんでしょうね~アハハ~」
ぽっくいは左右にフラフラと落ち着きなく飛びながら後ろ手に隠したものをそっとチェロに渡しました。さっき見せてもらったおばけの門の鍵です。
「なんでニンゲンなんかがいるのかぼくにもわからないの~。でもせっかくだから捕まえた方がいいと思うの~」
そういいながらフワフワとピーマンおばけの方へ近づくとニュ~っと腕を左右に伸ばして「あ~」っとぼんやりのんびりした声を出しました。
一呼吸。
その場で止まったぽっくいは突然ピーマンおばけたちに飛び掛って両腕を巻きつかせました。
「にげて~!」
そして大きな声で叫びました。




