おばけの国、12
「いや~! うわ~ん!」
「あ、あっちいけ! あっちいけーっ!」
少し町を回りこんだ高い崖の下の開けた場所で、ふたりの女の子がおばけに囲まれていました。
切り立った崖の間際でうずくまって泣いている子を守るように、木の枝を振り回している女の子は、必死の形相でオバケたちを睨みつけます。
妙にブカブカの服を着た、金髪の女の子です。
「おいー。なんでニンゲンがいるんだよー」
「そうだそうだー。ここはおばけの国だぞー」
おばけたちは素早く左右にフラフラ飛びながら、囃したてています。
「なあ。こいつらモノバケのとこに連れて行こうぜー。なんかゴホウビもらえるかもー」
「ホント!? そうしよー、つれてこー!」
楽しそうにキャッキャと騒ぎ立てるオバケたちは、わざと女の子に近づいたり、お尻を向けてフリフリしたりしました。
「やーい、やーい。へへ~んだ」
「あっちいけったらー!」
女の子は悔しそうに涙目になりながらも、絶対に引こうとしません。
手が真っ白になるほど木の枝を握り締めて、一生懸命泣くのをこらえています。
崖下にうずくまっているもうひとりの女の子は、泣きすぎて過呼吸を起こしそうになっていました。
「なあ、どうやってつかまえる~?」
「そーだなー、ロープでぐるぐる巻いて引っぱっていこ~」
「そっか~、そうしよっか~」
「じゃあ、ロープさがしてくる~」
オバケがひとりフワフワと離れようとしましたが、向うからすごい勢いで走ってくるヘンなオバケを見つけて首を傾げました。
「こら~!」
「こ~あ~!」
そのヘンなオバケは、枝を構えた女の子の前でオバケたちに立ちふさがります。
チェロオバケとピアノオバケです。
「女の子いじめたらダメ!」
「らめーっ!!」
オバケたちは揃って首をひねりました。
顔はニコニコ笑ってるのに、すごく怒ってるみたいな声を出す本当にヘンなオバケです。
おまけにモノバケでもないのに足があるのです。
「なんだよ~、おまえら~。ニンゲンの味方するのか~」
「女の子いじめちゃダメっていってるでしょう!」
「そうらよ! らめらよ!」
ピアノオバケはドシドシと地面を踏み鳴らします。
「なんだよ~、後からでてきて邪魔するなー」
ひとりのオバケが、ピアノオバケにボヨ~ンと体当たりしました。
「わあ」
ピアノオバケがよろよろと後ろに下がって尻餅をつきます。
「ああーっ!!」
チェロオバケが大声を上げながらピアノオバケに駆け寄ると、キッとオバケたちを睨みつけました。
「いじめるなー!」
なにかを察したのか、オバケたちは一斉に距離を取ります。
「なんだこいつら~。なんかヘンだぞ~」
「そうだ~、なんかヘンだ~。ニンゲンの味方するし~」
「こいつらもつかまえちゃえ~」
オバケたちが遠巻きに半円になってチェロたちを取り囲みました。
ジリジリと包囲を狭めます。
そこへ「まって~」と、ぽっくいが飛んできました。
「なんだ~? ポップリじゃないか~、なにしにきたんだ~」
「そうだ~、おまえまでニンゲンの味方するのか~」
オバケのひとりがぽっくいに飛び掛りましたが、ぽっくいは「わあっ」とそれをかわして包囲の真ん中に飛び込むと、両手を広げてオバケたちに向き合いました。
「ちょっと待ってみんな。このニンゲンは特別なの」
「なんだ~、特別って~」
「ホラ、今夜はニンゲンの街に食べ物を取りにいくでしょ! でもニンゲンたちだってタダじゃくれないでしょ! だからその~・・・ヒ、ヒトジチ? なんだよ!」
怪しげにつっかえつっかえ話すぽっくいに、オバケたちはグッと詰め寄ります。
「ヒトジチ~? ホントか~」
「ホ・・ホントだよ。今、ぼくのおにーちゃんお仕事でいないから、代りにぼくが頼まれたの。ホラみて!」
そういうとぽっくいは、体をごそごそして、大きなキャンディを取り出しました。
「ちゃんとヒトジチ捕まえたからもらったんだよ」
「うわ~! すごい~」
「ホントだ! い~な~」
「でもね、ジャックオさんのところに連れてく途中で逃げちゃったの。だからみんなが捕まえてくれて助かったんだ。でも逃げちゃったことがわかると怒られちゃうからナイショにしてほしいの。もしナイショにしてくれたらみんなにもおかしをあげるよ」
「するする~!」
「ウン、ナイショにするよ~」
ぽっくいはゆっくりオバケたちを見回しました。
「じゃあ、これからお城にいくけど、もし誰かに聞かれても知らないっていってね」
「うん、わかった」
「わかった~」
ぽっくいは口に手を当てて、キュッと口をつぐむ動作をしました。
慌ててオバケたちも両手で口を押さえます。
「じゃあ、ヨロシク」
ひそひそ声でぽっくいがいうと、オバケたちはコクコクと頷きました。
木の枝を握り締めた女の子は枝を構えながら、かばってくれたオバケの格好の子どもを涙目のまま用心深くにらんでいます。
なにやらオバケたちは本当にこの子たちをオバケだと思っていたようですが、女の子にはどう見ても布を被った人間の子どもに見えます。でも・・。
「ピアノちゃん大丈夫!?」
「うん、らいじょ~ぶ。ビックリした~」
「よかった~」
被ってる布のオバケの顔が変わらないので、なんだか変な感じのやり取りに見えます。
「なに! あなたたち!」
女の子がキツイ調子で言いました。
チェロとピアノは、「ん?」と顔を見合わせると、そういえばオバケの格好をしていることをお互い思い出しました。
後ろのオバケたちにばれないようにポショポショ話します。
「わたしたち人間だよ、助けにきたの」
「らいじょ~ぶらよ~」
ピアノが布の口の部分を広げて顔を見せます。
女の子はホッと息を吐いて、肩を振るわせ始めました。
今にも泣き出しそうに顔をゆがめます。
チェロは前に立って、後ろのオバケたちに見られないように、そっと女の子の手を取りました。
「こわかったね・・」
女の子は、うん。うん。と小さく頷きます。
「わたし・・おねえちゃんだから・・泣いちゃダメなの・・。わたしが泣くと・・リーもメイも泣いちゃうから・・だからわたし・・・がんばったの・・」
そういいながらも、女の子はギューっと顔をゆがめて、ポロポロと涙をこぼしました。
ちょっと押しただけで大声で泣き出しそうな雰囲気です。
本当にがんばったのでしょう。
チェロも思わず泣きそうになりました。
そこへぽっくいが「おーい」と、片手を上げながらフヨフヨ飛んできました。
「!」
慌てて枝を構え直した女の子に、チェロがそっと囁きます。
「大丈夫。あのオバケはいいオバケだから。いっしょに街に戻ろう」
そういって、女の子の手をギュッと握りました。
女の子は、洟をすすりながら「うん」と小さく頷きました。
なんとなく様子を見ていたぽっくいは、ニッコリ微笑むと、チェロの横を通り過ぎてそのまま崖の岩肌に手を当てます。そこに突然、扉が現れました。
「さあ、いこう」
ぽっくいはヒョイと扉をくぐります。
女の子は涙を拭いて、チェロと一緒にグッタリしてる子の両脇を支えました。
ピアノはどうやってお手伝いしようかと前に後ろにちょろちょろしましたが、そのままみんなでなんとか扉をくぐりました。
扉は勝手に閉まると、そのままスウッと消えてしまいました。
扉をくぐった先は小さなお部屋の中でした。
「ふー。なんとかなったみたい」
ぽっくいが両手を投げ出して床に倒れました。
お部屋の中は、ほんのり明るくてさっきまでいた夕方の世界よりも色がはっきりして見えます。小さなベッドと小さな窓があるきりで、他には何にもありません。
「ここはお城の中のぼくのお部屋だから安心してね。あんまり使わないからなんにもないけど」
そういってるぽっくいは、よほど安心したらしく床にぺちゃ~んと広がりました。
チェロはグッタリしてる女の子をそっとベッドに寝かせると、広がってるぽっくいの、たぶん首の辺りを掴んで持ち上げます。
ぽっくいの体は、びよ~んとお餅みたいに伸びて、プルンと床から離れました。
「なに~」
「ぽっくい、お水持ってきて。安心するのはあとだよ」
「ん~、わかったの」
ぽっくいは窓際にあった扉を開けて、フラフラ外へ出て行きました。
チェロは寝かせた女の子をジッと見ました。
ピアノも、金髪の子も心配そうに見ています。
多分、怖すぎて気絶してしまったのでしょう。チェロは女の子のおでこにそっと手を当てました。熱があるかどうかを見るくらいしかできませんが、少しでも助けてあげたかったのです。でも、他になにをしてあげたらいいのかわかりません。
―― おじいちゃんならわかるかな? でも気絶した人なんてみたことないし・・。
「あ」
チェロは小さく声を出してピアノに目をやりました。
気絶した人に心当たりがあったのです。思い出した途端、連鎖的に解決策に辿り着きました。
「ピアノちゃん! お薬! カッパのお薬出して!」
薬を受け取ったチェロは、女の子のおでこに丁寧に塗りつけました。
さらに、こめかみや頭のてっぺん。目蓋の上、耳の穴。きっと怖いと感じてしまったであろうところ全部に塗ってみました。
前にカッパ淵で大変な冒険をした時、カッパのみんながチェロたちを助けてくれたことを思い出したのです。この薬は『こわい思いをした心の傷』にも効くはずでした。
―― あと怖いと思ったところ、どこかな? あ、そうだ。
チェロは心臓の上にも塗ってみようと服を脱がせはじめます。
この子たちはどうしてこんなブカブカの服を着てるのだろうと、不思議に思ったのですが、あと回しにしました。
「しゃおんしゃん、らいじょーぶかなあ?」
ピアノが心配そうに眉を寄せます。
「ピアノちゃん、知ってる子なの?」
顔をあげたチェロに、ピアノが「なにいってるの?」って感じで首を傾げました。
「ちぇおちゃんもしってる人らよー。ねえねえ、うーるしゃんもなんれ子ろもになっちゃったの?」
「なんでわたしの名前知ってるの?」
金髪の女の子が不思議そうに答えます。
―― うーるしゃん? しゃおんしゃん? 子ども・・?
ブカブカで触りにくい上に細い鎖なんかも絡み付いていたボタンをやっと外しながら、チェロは考えます。ブラウスのボタンも外して襟を開くと、妙なものが紐に続いてお腹の辺りまで垂れ下がっていました。
全体は黒くて、複雑なレースをあしらったポッコリしたものが二つ並んだ変なものです。
・・・・・?
・・・・・。
・・・・・!!
「え! サロンさん!?」
驚いて顔をあげたチェロの勢いに、さらに驚いたピアノがコクコクと頷きます。
「ええ!? ウルルさん!?」
「は・・・はい」
金髪の女の子も驚いて、目をパチクリさせました。
「なんで!」
チェロはすごいスピードで、サロンさんとウルルさんの顔を見比べます。
いわれてみれば確かにそう見えます。サロンさんとウルルさんです。子どもになちゃってますが・・・。
「うう~ん」
その騒ぎに気づいたのか、ちっちゃなサロンさんが目を覚ましました。
目をこすりながらゆっくり体を起こします。
「んん~?」
眩しそうに目を細めながら三人の顔を見て、お部屋を見回して、脱がされかけている自分を見ました。
「キャーッ!」
「どっ! どうしたの!? 大丈夫!?」
ぽっくいが扉を開けて飛び込んできました。
「キィ・・ヤアァァァァァァー!!!」
城中に悲鳴が響き渡りました。




