おばけの国、11 ★
真っ青になって今にも泣きそうだったチェロでしたが、ぽっくいの話を聞いて少しだけ安心しました。
「その・・あな?っていうのはなんだかわからないけど、今日はおばけの門がひらく日なの。おばけの門を通ると人の街にも行けるからお家に帰れるよ」
元々、ピアノが良いよっていってくれたら門を通って来てもらうつもりだったし、さらには、まさかおばけの道から人が入ってこられるなんて思いもしなかったそうです。
チェロはすぐにでもお家に帰りたくなりましたが、まずはピアノを守ってあげなくてはいけません。
それにお願いがあるというからには、ぽっくいも何か困っているのでしょう。
まずは、落ち着いて話を聞くことにしました。
「あのね・・。一緒に、変な団扇を探して欲しいの」
「ヘンなウチワ?」
「ウチワってパタパタする団扇?」
チェロの問いにぽっくいはコクリと頷きます。
ぽっくいが夜に星のしずくを拾っていた時に見つけたそうです。
「なんかね。大きな鳥の羽でできてる団扇でね。森に落ちてたから持ってきたの」
妖気があったからニンゲンのものではないとわかったけれど、落としたおばけが困っていたら大変だと思って拾ってきたそうです。
いつもならすぐにお兄ちゃんに見せるのですが、ちょうどお仕事で遠くに行ってしまったばかりだったので、ジャックオという他のおばけに預かってもらったのだそうです。
ですが、それから段々とそのジャックオが暴れん坊になってきたというのです。
「ここ一月の間にね。ジャックオさんとその仲間たちが、いうこと聞けって暴れだしてね。それでみんなに、ニンゲンは悪いヤツラだから街にいってニンゲンたちのごはんを全部盗って来いっていうの」
「そんなのらめらよ! ピャーノ、おなかすいちゃう! らめらめ~!」
ピアノがパシンと机を叩いて立ち上がりました。
その目は怒りに燃えて、ほっぺはパンパンに膨れています。
ぽっくいはゆっくりと頷きました。
「ぼく、その団扇を取り返そうとしたんだけど、どこに隠したかわからないの。だからピアノちゃんに手伝ってもらいたいの。ピアノちゃんは次の巫女だから団扇の隠し場所わかるかなって思って・・・」
立ち上がったピアノは腕を組んでウンウンと大きく頷きました。
そしてジ~ッとチェロを見ます。
チェロは体を前後に揺らして膝の上を両手で二回ほどこすると、鼻からンフ~と溜息を吐きました。
「しょ~がないなあ」
「やった!」
ピアノは両手を挙げて、その場でピョコリとジャンプしました。
「手伝ってくれるの?」
おずおずとふたりの顔を見るぽっくいに、得意気な顔のピアノは、
「しょ~がないな~」といいました。
「ヘンナところらねー」
「ホントだね。どうなってるのかな?」
「そんなにヘンかな~?」
黒い道の上を三人の小さなおばけが、ぽしょぽしょと話しながら進んでいます。
ぽっくいが先頭でその後ろに、目と口のところだけくりぬいた布を体にスッポリかぶったチェロとピアノがヨタヨタついていきます。
「おばけに化ける」なんてヘンな感じでしたが、ここまでくる間にすれ違った何人かのおばけたちには全然気づかれませんでした。
成功してるみたいです。
おばけの国は変なところでした。
ぽっくいの部屋を出たあと、何回かおばけの道をシューッとすべり降りて、今歩いているのは不思議な感じで開けた空間です。
なにしろ広いのか狭いのかわかりません。
空はのっぺりしたオレンジ色で、ちらほら見える木や建物は全部影絵みたいに真っ黒に浮かび上がっているのです。
近づいてみると確かに木は木だし、建物や柵なんかもそこにあるのですが、少し離れるとみんなペタリとした影のように見えます。
劇で使うセットの中のを進んでいるようでした。
「ヘンテコリンだね」
「ヘンテコリン!」
チェロの台詞が気に入ったのか、ピアノはヘンテコリ~ン、ヘンテコリ~ン♪と、妙な節をつけて歌いました。
「おばけの国は夕方と夜しかないの」
ぽっくいがいうには夜の時間は、ニンゲンの夜と同じだけあるけれど、後はず~っと夕方なんだそうです。
おかげで今が何時くらいなのかさっぱりわかりませんが、ずっと向こうに影になっている山の上に、紙みたいな白い満月が昇っています。
そういえばチェロがピアノと出会ってカッパ淵の騒動に飛び込んだのは、ふたつ前の満月の日でした。
―― 満月の日にはヘンなことが起こるな~。
そんなことを考えていたら、ピアノがピョッコピィッコとスキップしながらチェロの前に回りこんできました。
「ほあ! ちぇおちゃんみて、お月さままんまるらよ! ピャーノ、アイスクリームほしい。お月さまのアイスクリーム!」
「うん。後でね」
「やたーっ!」
ピアノが飛び跳ねると、その勢いでおばけの布がバサバサ広がります。
「お月さまのアイスクリーム~?」
「あのね」
不思議そうに振り向いたぽっくいに、ピアノはカッパ淵の冒険を話し始めました。
「 ―― それれね~」
「すご~い」
さっきまでポショポショ遠慮がちに話していたことなんてすっかり忘れて、三人の楽しそうな声が、おばけの国の不思議な景色の中に響いていきます。
広いのか狭いのかわからない空間はいつのまにか終わって街の路地裏を登ると、行く手に天まで届くほど大きな岩の柱が見えてきました。
「ぼくピアノちゃんの話は森のフクロウおじさんやカラスさんに聞いたけど、チェロちゃんもすごい子だったんだね~。知らなかったな」
「えへへ。そっかな~」
「そうらよ! ちぇおちゃんはしゅごいんらよ~。 おむしゅびもとぅくれるし!」
「おむしゅびってな~に?」
三人は、あんまり楽しくおしゃべりしすぎていたせいで近づいてきた影に気がつきませんでした。
「おい、お前ら」
びっくりして振り返ると、そこには全身にボロボロの包帯をグルグル巻きにした大きなおばけがのっそりと立っていました。
「なんだ、ポップリじゃねえか」
「はっ・・はい!」
ぽっくいはビクビク小さくなっています。
チェロは慌ててピアノを背中に隠しましたが、おばけを見上げて震えてしまいました。
ぽっくいや、さっきまですれ違った他のおばけは、みんなチェロとおんなじくらいの大きさだったので、なんとなくおばけはみんなちっちゃいんだなって思っていたのに、急におっきなおばけが出てきたのでビックリです。
それに、このおばけはとっても怖いのです。
チェロは泣きそうになるのを一生懸命ガマンしました。
「ミーラさん。こっ・・こんにちわ。いい天気ですね! なにか用事ですか・・?」
ぽっくいはプルプル声を震わせながら、それでもアハハ~っと笑いました。
「おお、なんでもな。この大事な時にニンゲンの子どもがふたり迷い込んでるって話があってな。探し出すようにおふれが出てんだがなあ・・。おい、なんかニンゲンのにおいがするなあお前ら」
ミーラと呼ばれた大きなおばけは、ズイーッと覆いかぶさるように三人を見下ろして、フンフンと鼻を鳴らしました。
「こ・・この子たちはずっとニンゲンの街に隠れて暮らしてたの。きょ・・今日連れてきたばかりなの。だから・・」
ぽっくいは、ふたりの前に出て、なんとか言葉をつなげますがミーラは体を振ってチェロの方を疑い深く見ています。
「んん~。なんか変だな~」
チェロは、被った布の端をギュッと握りしめてガマンしました。
でももう本当に泣き出してしまいそうです。
―― どおしよう! どおしよう!
その時でした。
「おばけらゾーっ!!!」
チェロの後ろに隠れていたピアノが、甲高い声で叫びました。
「べぉべぉ~! コワイゾー!!」
ミーラの前に飛び出して、被った布を左右にブワンブワン振りまくります。
チェロもぽっくいもビックリして固まってしまいましたが、ミーラも驚いたようです。
「お、おお・・そうか・・」
そういってヨロリと後ろに下がりました。
「そ・・そう! おばけだぞー!」
チェロも真似をしてブワンブワンします。
ぽっくいはオロオロしてふたりとミーラをキョロキョロ見ていましたが、ミーラはさらに後ずさります。
「お、おう、わかった。今夜はニンゲンの街を襲撃するからな、お前らもしっかりやるんだぞ、じゃあな」
そういって二人に背を向けると向こうへいってしまいました。
「やったよ! もう大丈夫だよ!」
ぽっくいは、まだブワンブワンやってるふたりに弾んだ声をかけました。
「やったー!」
ピアノはピョンピョン跳ねますが、チェロは布を広げてくらげみたいにへたり込みました。
「すごいねふたりとも! ぼくもうどうしようかと思ったよ」
ぽっくいは尻尾をフリフリしながらチェロに手を貸しました。
立ち上がったチェロは、おばけの布がずれてしまい横向いたヘンな顔になっていますが、それでもなんとか大丈夫みたいです。
「・・コワイおばけもいるんだね・・・ああ、こわかったあ。ピアノちゃんありがとう」
「ろーいたしましてー」
ピアノはご機嫌にクルクル回っています。
ぽっくいは、チェロのおばけ布の位置を戻して土を払ってあげました。
「でもね、ミーラさんはあんな感じじゃなかったの。ぼくがヘンな団扇を持ってきてからね、物化けたちはみんな乱暴になっちゃったの」
「モノバケ?」
「うん。古くなった道具とか、捨てられちゃったおもちゃとか、そういうのがおばけになったのがモノバケだよ。あと、食べ物を捨てちゃうとモッタイナイおばけっていうモノバケになるの。最近はいっぱいいるなあ」
チェロはまだ踊ってるピアノの手を取ると、一度周りを見回してぽっくいを先へ促します。さっきのはいなくなったとしても、他のおばけに見つかりたくないからです。
三人は少し早足で歩き始めました。
「そうかあ、いろんなおばけがいるんだね。ね、ここにおばけはどれくらいいるの?」
「う~ん。はっきりわからないけど街にいるニンゲンよりは多いんじゃないかなあ」
「そんなに! じゃあホントに街中の食べ物なくなっちゃうかも!」
正直「大変そうだからお手伝いしてあげよう」くらいにしか思っていなかったチェロでしたがミーラの出現で、急に真面目に驚いてしまいました。
「タイヘンら!」
ピアノはおばけ布のお口のところからスポっと頭が出てしまいました。
今日、街で開かれている豊穫祭は、今年の作物の取入れが終わったお祭りなのですから、そんな数のおばけたちが出てきたらホントに飛んでもないことです。
冬に食べるものが無くなってしまいます。
これは街に戻って大人たちに知らせなくてはいけません。
「街にもどらなきゃ! ぽっくい、ほかに街に戻る道はないの?」
「う~ん。ニンゲンの世界にいくおばけの道は夜にならないと決まったところにつながらないんだよ。今、一番確実なのはやっぱりおばけの門を通ることかなあ」
「なら、急いでいこう!」
その時です。
道の先から女の子の悲鳴が聞こえてきました。
そういえばミーラが、ニンゲンの子どもがふたり迷い込んだって言っていました。
「あれ~? ニンゲンの声だよねえ?」
のんびりしてるぽっくいは置いておいて、チェロとピアノは顔を見合わせると「うん!」と頷き合います。
そしてワタワタと走り出しました。




