おばけの国、10
岩をくりぬいて作ったストーブの中で、何を燃やしているのか分からない、ピンク色の炎が勢いよく燃えています。
その上で白いポットが、シュンシュンと鳴り始めました
薄暗い部屋の中で、柔らかいピンク色の光彩が、壁となく天井となく、ゆらゆらと暖かく彩っています。
チェロは、うっとりと光の動きを眺めていました。
ぽっくいが、お茶の用意を進めています。
チェロとピアノが座っているテーブルも椅子も、ふたりにはぴったりのサイズなので、なんだか嬉しくなってお互いにニコニコしています。
いつもは当たり前に大人サイズのテーブルや椅子を使っているので、自分にぴったりの家具が気持ちいいのです
ぽっくいは、お茶を蒸らしている間に、チェロからもらったキャンディを、大きな葉っぱで包んで「お兄ちゃんにあげるの」と嬉しそうにいいました。
「はいどーぞ」
いい匂いのするお茶をテーブルに置いて、ぽっくいはお盆をお腹の辺りに抱えると、ふたりにぺこりと頭を下げました。
「ワッフル食べちゃってごめんなさい。あんまりおいしそうだったからガマンできなかったの・・・」
チェロもピアノも笑顔で許してあげました。
でも、チェロはちょっと不思議に思いました。
「オバケもおかし食べるんだね。ごはんも食べるの?」
そう言ってキッチンらしいお部屋を見渡します。
水場もストーブもあるけれど、ポットとコップ以外には食器らしいものも、食材も見当たりませんが・・・。
ぽっくいは、照れくさそうにモジモジしながら頭を掻きました。
「・・うん・・。おかしは大好きなの・・。でもごはんも食べるよ、いつもは『星のしずく』を食べるけど・・。」
「星のしずく?」
チェロは、ぽっくいの入れてくれたお茶をゆっくり飲みながら聞きました。
とってもいい匂いがするその不思議なお茶は、一口飲むと、甘くってフンワリしていて優しい気持ちになれる味がしました。
手の中にあるのは、大きなドングリを逆さにして作ったコップです。
「うん。あのね、流れ星ってあるでしょ? シューって飛んで消える星・・あれが『星のしずく』だよ」
「ええ! お星様食べるの?」
「おほししゃまたべうの?」
チェロは驚いて。
ピアノは興味深そうにテーブルに身を乗り出しました。
ぽっくいは、ふたりの勢いにちょっと仰け反りながら「う、うん・・」と答えます。
「ニンゲンの人たちは星のしずく食べないの?」
「う~ん。食べたことないかな~?」
「ピアノ! おほししゃまたべたい!」
テーブルに乗っかる勢いのピアノに、ぽっくいはさらに体を後ろに反らせました。
「こ・・このお茶・・星のしずくだよ・・」
「ええ!」
ふたりは、ほわほわ湯気の立つコップの中を覗き込みました。
湯気が邪魔でよく分かりませんが・・・。
「あ!」
ピアノが声を上げました。
チェロは、さらにジッとコップを覗き続けます、すると。
コップの底の方、くらーく見える辺りが、小さくたくさんキラキラ光っているのが見えました。
まるで夜空をそのまますくい取ってきたみたいです。
「すごい! コップの中にお空があるみたい!」
「おほししゃまいっぱい!」
「うん! 星のしずくをお湯で溶かすと、そういうふうになるの。そのままでも食べるけど、お茶にすると味が変わっておもしろいの・・」
ぽっくいは嬉しそうにいいながら手を腰の後ろ辺りにまわすと、なにやらごそごそと取り出しました。
ふたりの前に伸ばされた手の上には、ゴマみたいな大きさの光の粒が、みっつ乗っています。
「これが星のしずくだよ」
「わ!」
「ぴかぴかしてる!」
星のしずくは、夜空の星と同じように静かに瞬いています。
ぽっくいは、器用に一粒摘むと、ポイと口に入れました。
「よかったらどうぞ」
チェロは、指先でそっと摘み上げると、一粒を自分の口に、もう一粒をピアノの口に入れました。
口に入れた瞬間。「シャン!」という鈴の音のような冷たさがありました。
だんだん舌が温ためていくとフワフワした甘さがのぼってきて、呼吸といっしょにさわやかな香りが抜けていきます。
「おいしい!」
「おいしいぃぃ~」
ピアノはピョコン!と。
チェロはとろりと。
同時に同じ言葉を違う形でいいました。
しばらく味の余韻にひたっていたチェロが、フワフワの顔のまま、ぽっくいに聞きました。
「ねえ、ぽっくい。『星のしずく』はどうやって見つけるの? 捕まえるの?」
「うん。あのね。夜に拾いにいくの。今度教えてあげるね。それから・・ぼくの名前。ぽっくいじゃなく・・」
「ピャーノもいく!」
ピアノが元気よく言いました。
「ろこに落ってるの? ピャーノも、おほししゃま拾いいく!」
ぽっくいは迫られるたびに仰け反ってしまいます。
「う・・うん。あのね色んなところに落ちてるの、屋根の上とか森とか公園で拾ってくるの・・お仕事の途中で・・」
今度はチェロが詰め寄りました。
「ぽっくい、お仕事してるの?」
自分も仕事も持っていると自覚しているチェロは、興味深く目をキラリとさせています。
「うん。ぼくのお仕事はね。迷子のオバケたちをここに連れてきてあげることなの」
「ここ? このお部屋?」
チェロは改めて部屋の中を見回しました。
―― そういえば・・ここ・・どこだろう?
百葉箱に吸い込まれて転がり落ちてきたのだから、どこかの地下なのだとは思いますが、ということはもしかして・・。
「もしかして、ここ『あな』の中なの!?」
チェロはびっくりして叫びました。
――どうしよう!?
絶対に『あな』入ってはいけない。近づいてもいけないと、小さい頃からずっと教えられてきました。
おじいちゃんからも、学校でも教会でも街の人たちからもです。
ですが『あな』の入り口には必ず門があって、そこを通らなければ入れません。
なので「入っちゃダメって言われても入れないよね」なんて、子ども達は話し合ったりしていたのです。
でも怖い噂もあるのです。
「時々、思いもしないところに突然『あな』の入り口が開く。その入り口は誰も知らない場所だから、そこから『あな』に入ってしまうと絶対に帰って来られない」
チェロは青い顔で小さく震え始めました。
ピアノとぽっくいは、驚いて心配そうにチェロを見ます。
「人間の人たちが、ここをなんて呼んでるのかわからないけど・・」
ぽっくいが、おそるおそる説明します。
「ここはオバケの国だよ?」




