おばけの国、9
「わ~!」
「きゃ~!」
チェロとピアノは、クルンクルン、コロンコロンと転がって、ようやくペシャリと床に落っこちました。
「うう~ん」
「あう~」
ふたりともすっかり目を回してしまい、大の字に寝転がったまま起きられませんでした。
「ピアノちゃ~ん。だいじょうぶ~?」
「らいじょうぶ~。れも、おめめが、ぐぅぐぅすーよ」
「わたしも~」
しばらくそのまま寝転がっていたふたりでしたが、ようやく目が開けられるようになってくると、フラフラ立ち上がって、ぼーっと辺りを見回しました。
なんだか不思議なお部屋でした。
窓がありません。
薄暗いですが、なんとか色の違いが分かるくらいの明かりが、どこからか差し込んでいるようです。
ベッドに机と椅子、壁際には棚が二つ並んでいます。
普段は当たり前に、大人のサイズで作られた空間で過ごしているふたりにとっては、妙に狭く感じる部屋ですが、でも家具も部屋そのものも、チェロやピアノが使うとしたら、ちょうどいいサイズのものでした。
棚には色んな木の実がきちんと整理されて置かれ、壁には落ち葉を標本にした額縁が何枚か掛けられています。
机の上には、大小さまざまなドングリが、仕分けの途中のように置かれていました。
部屋中に木の実や落ち葉から放たれる、どこか甘い乾いたにおいが満ちています。
チェロが、机の上のドングリに手を伸ばしたとき、どこからか子どもの泣く声が聞こえてきました。
ふたりは顔を見合わせると、泣き声の主を探しました。
部屋には扉がふたつあって、そのうち片方の扉の向こうから聞こえてくるようです。
チェロは少しだけ扉を開き中を覗いてみました。
そこはキッチンのような空間でした。
作業台がひとつ向こうに水場が見えます。
「あ~んあ~ん」
お部屋の中では、ぼんやり光る白くて丸いものが、フニュフニュと動きながら泣いていました。
「ぽっくい、いた」
ピアノがそっと囁きました。
「お口が痛いよ~。あ~んあ~ん」
見れば、口とおぼしきところが、ぷっくりと膨らんでいるように見えます。
「お鼻もいたいよ~」
鼻の場所はよく分かりませんでした。
なんだかとっても痛そうで、チェロは可哀想になってきました。
でも、なにしろ相手はオバケです。
――どうしよう。
チェロがそう思ったとき、
「ぽっくい~」
ピアノが控えめに呼びかけました。
するとぽっくいは「ヒャッ!」と叫んで飛び上がり、天井にボヨンと頭をぶつけてしまいました。
ふあふあと落ちてきて、風船みたいに床でポヨンと跳ねます。
「ピアノらよ~。こあくないよ~」
ピアノは、精一杯優しい声で話しかけましたが、ぽっくいは床に伸びたまま「わあ~」っと、か細い悲鳴を上げました。
ふたりは伸びたままのぽっくいまで駆け寄ります。
ぽっくいは、両手と足なのか尻尾なのかよくわからない部分をヒラヒラ動かしながら、ギュッと目を閉じて「わあ~」「わあ~」と繰り返しています。
チェロは、安心させようとそっとぽっくいの頭を撫でましたが、目を開けたぽっくいは、「キャ~」っと叫んで今度は壁際までコロコロ転がっていきました。
チェロを見てブルブル震えています。
ピアノが駆け寄って助け起こしました。
「ぽっくい。らいじょうぶらよー。こあくないよー」
ぽっくいは涙目でピアノを見上げると、震える手でチェロを差しました。
「あの子が辛いアメ食べさせたの・・・」
「え?」
チェロは、なんのことだかわからず、ショックを受けてその場に固まりました。
「辛かったから、お水飲んだの、そしたらお鼻も痛くなったの・・・」
そういうと、またグシュグシュと泣き始めます。
「あ・・」
思い当たるといえば、たったひとつありました。
教会で配られるおかしは、信徒の人たちが作ってくれるのですが、祭司さまの娘のマレットお姉さんがアメを作ると、時々大人でも飛び上がるような、激烈にミントの効いたのが混じるらしいのです。
もちろん、マレットお姉さんに悪気はないし、材料のミントだって教会の敷地で採れたものです。
なぜだか、みんな同じように作っているのに、年に一粒、二粒くらい、そういうアメができてしまうのだそうです。
見た目も匂いも他のアメと区別できません。
大人たちは「神さまのいたずら」と呼んでいますが、子どもたちは「爆弾アメ」と呼んでいます。
でも、不思議なのことに、このアメに当たると、必ず願い事が叶うのだそうです。
なのでみんな、怖がりながらも嬉しそうに、そのスリルを楽しんでいるのですが・・・。
「ごめんね。気がつかなかったの。でもね・・」
チェロは、事情を説明しようとしましたが、その間にもぽっくいの両目にググッと涙が盛り上がりました。
「わあん! お口がいたい~!」
チェロは困ってしまって、泣きそうになってきました。
ピアノは、心配そうな顔を、チェロとぽっくいの間をいったりきたりさせましたが、急に何か思い出したようにポシェットを探り、さっきウルルさんにもらったキャンディと、小さな缶を取り出しました。
前にカッパのみんなからもらった「カッパの妙薬」です。
取り出したキャンディに指で妙薬を塗りました。
「あい。おくしゅいのアメらよ~。これれいたいのなくなるよ~」
ぽっくいの前にキャンディを差し出しましたが、ぽっくいはイヤイヤと全身をくねらせて泣き続けます。
ピアノは、問答無用とばかりに、その口にキャンディを捻じ込みました。
「んんむぐっ!」
ぽっくいは目を白黒させました。
ですが、急におとなしくなって、そのままきょとんとキャンディをくわえています。
チェロもピアノも心配そうに、ぽっくいを覗き込みました。
「あれ・・・いたくない」
そういって目をパチクリさせます。
チェロもピアノもほっと息をつきました。
「おくすりのアメすごいねえ」
ぽっくいは嬉しそうに、口いっぱいにキャンディをほお張りながらニコニコ笑いました。
「じゃあ、これもあげる。ごめんね。そんなに辛いアメだなんて気がつかなかったの」
チェロも、ウルルさんからもらったキャンディを差し出しました。
ぽっくいは、ちょっと上目遣いにチェロを見て、おずおずとキャンディを受け取ります。
「でも、あの辛いアメを食べるとね、お願い事が叶うんだよ」
「お願い事が叶うの・・・」
ぽっくいは、キョロリとチェロの目を見ました。
「じゃあ・・嬉しいな・・辛かったけど・・」
そういうと、今度はピアノを見つめていいました。
「ぼくね。ピアノちゃんにお願いがあってお家にいったの・・ピアノちゃんに助けてほしいの・・」
急に深刻そうに声を落として、すがるような目をピアノに向けます。
「でも、キャンディ食べてからお願いするね~」
そういうと、またニコニコしながらキャンディを食べ始めました。
チェロとピアノは顔を見合わせて、あははと大きな声で笑いました。
もうふたりとも、ぽっくいがオバケだなんてこと気にしなくなっていました。




