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おばけの国、8 ★

 ぽっくいはとても慌てているようでした。

 街頭にぶつかりそうになったり、角を左へ曲がったと思ったら右に戻っていったり、飛び方も不安定です。


 よく見ると種の両側から半透明の手を出して、ワッセワッセと空中を泳ぐようにグルグル回しています。


挿絵(By みてみん)


「まってー」


「ぽっくい~」


 人の増え始めた通りでは、空を飛んでいく大きな種と、それを追いかけるふたりの女の子に「なんだなんだ」とみんなが道を空けます。

 事情を察した人が、ジャンプして種を捕まえようとしましたが、スルリとその手をすり抜けてなおも飛び続けます。

 チェロもピアノも一生懸命追いかけましたが、だんだん息が上がってきました。

 お腹の横がキュウーっと痛くなってきます。

 ですが、ぽっくいは意外なところへ入っていきました。

 チェロが通っている小学校です。

 校庭を抜けて校舎の裏側へ周ると風通しのいい裏庭にでます。

 真ん中に建っている百葉箱に、カツーン!とぶつかると、そのままポトリと下に落っこちました。

 ふたりは、ハアハア息を切らして、やっとのことでぽっくいの種を捕まえました。


「つかまえた!」


 チェロは両手で種を持ったまま、ぺたりと膝をつきました。


「あえ~?」


 同じようにチェロの隣に膝をついたピアノが、怪訝そうに顔を寄せます。


「ぽっくい、いない」


「え?」


 チェロは、手の中の種を見つめました。


「ぽっくい、いなくなっちゃた」


 ピアノはもう一度いいました。






 ピアニカさんは、ロングスカートの裾を持ち上げながら、必死でふたりを追いかけていました。

 なんだか今日は朝から走ってばかりですが、そんなことも言っていられません。

 それにしても、ふたりの足が速いのか、ピアニカさんが遅いのか。

 角を曲がるたびに、ふたりとの距離が離れてしまいます。


「ピアニカさん!」


 どこからきたのか、なんだか妙に息を切らせて、サロンさんが追いついてきました。

 

「ごめんなさい、わたしがついていながら」


 サロンさんは、左手を鼻筋に沿わせ、そろえた指先を額に当てます。


「ピアノちゃんの場所はトレースできます。お任せくだ・・」


「任せてください!」


 その声の主は、美しい金髪をなびかせて、ふたりの脇を風のように追い越していきました。

 ウルルさんでした。

 全く無駄の無い、野生の鹿を思わせるフォームで人の間をすり抜け、あっという間に先に行ってしまいます。


「なっ!」


 サロンさんは一瞬で激昂しました。


「なによあんた~!」


 

 サロンさんがウルルさんに追いついたのは、小学校の校庭に入ったときでした。

 どうやらふたりを見失ってしまったようです。

 サロンさんは内心「ププっ」とザマミロ笑いをすると、キョロキョロしているウルルさんを無視して校舎の方へ走ります。

 

「どこにいるのかわかりますか?」


 すぐにウルルさんが追いついてきました。

 サロンさんは、得意そうに「ええ」とだけ答えると先に行こうとしましたが、ウルルさんは楽々ついてきます。


「どうぞわたしにお任せください。ピアノちゃんはわたしの生徒ですし、チェロちゃんは妹みたいなものですから」


 ウルルさんは怪訝そうに眉根をよせました。


「はあ・・」


 ――そんなのどうでもいいけど・・。


 なんだかツンとして、取っつきづらいサロンさんの態度に疑問を覚えながらも後に続きます。

 校舎を周り込み、裏庭らしきところに出ると、ようやくふたりを見つけました。






「ろこ、いっちゃたかな~?」

 

 ピアノがキョロキョロと辺りを見回します。

 チェロは、首を傾げながら、背伸びして百葉箱の扉を開けてみました。

 前からこのちっちゃいお家の中がどうなっているのか気になっていたので、ちょうどいい機会です。

 背を伸ばしても、箱の底にようやく視線が届くかどうかという高さでしたが、チェロはなんとか中を覗き込みました。

 

 なんだか真っ暗でした。

 扉を開けているのですから、外の光で箱の中はちゃんと見えそうなものですが、なんにしても真っ暗です。

 

「?」


 チェロは箱の中にそっと手を差し入れてみました。

 すると・・


「え? わっ! わ~!!!」


「ちゃおちゃん!!」


 チェロは、慌ててその足にしがみついたピアノごと、百葉箱の中に吸い込まれてしまいました。




 

 走りながらその様子見て、ギョッとしたサロンさんは、反射的に索敵意識を展開しました。

 

 ――転移!? 罠!?


「チェロちゃん! ピアノちゃん!」


 一瞬立ちすくんだサロンさんを越えて、ウルルさんは躊躇なく百葉箱の扉に、頭から飛び込みます。


「あ! また! ちょっと待ちなさい!」


 慌てて百葉箱に取りついたサロンさんもしゅるりと吸い込むと、扉は勝手にパタンと閉じてしまいました。

 

  


 校舎を周りこんだところで、その光景を目にしたピアニカさんは、悲鳴をあげて百葉箱に突進し、乱暴に扉を開けました。

 中には温度計と乾湿計が据えてあるだけで、他にはなにもありません。

 それはただの百葉箱でした。 


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