おばけの国、6 ★
注文を取りにきたピアニカさんに、挨拶と自己紹介を終えたウルルさんは、さっきまでピアニカさんが座っていた席につきました。
すぐに運ばれてきた紅茶のポットとワッフルに嬉しそうに肩をすくめます。
「ねえねえウルルさん。昨日、ピアノちゃんのお家にオバケがきたんだって。ウルルさんはオバケこわい?」
「オバケ!? ん~、そおねえ・・可愛いオバケならこわくないかなー」
ピアノはパッと顔を輝かせました。
「ピャーノといっしょらー! あのね、ぽっくいは、こわくないオバケなんらよ」
「へえ。ポックイっていうオバケなのね」
「ポックイらなくて『ぽっくい』らよ~」
「ええ~」
ウルルさんは紅茶を注ぎながら楽しそうに笑いました。
「どんなオバケだったの? その・・『ぽっくい』は?」
三人はさっきと同じ話題でキャッキャと盛り上がりはじめました。
――なんなのあの女!
サロンさんは、樹皮にプルプルと爪を立てました。
『天耳通』の能力で、離れていてもハッキリと会話は聞き取れます。
お店からは100mくらい離れていますが、あまり得意ではない『天眼通』の能力でもそのくらいの距離は無いに等しく見ることができます。
王国全土を見渡しても稀有な力を、盛大に無駄遣いしながら静かで重い地団駄を踏みました。
――会ったばかりなのに、なんて馴れ馴れしい!
三人はそれぞれのワッフルに、ちょっぴりずつ色んなトッピングをして食べていました。
ジャムに、チョコに、生クリーム。
砕いたナッツにドライフルーツ。
すると、その馴れ馴れしい女であるところのウルルさんは、メイプルシロップをかけた一片を「あーん」とピアノに差し出しました。
「おいし~」
「でしょー。わたしはメイプルシロップが一番好きだな~」
いいながらチェロにも「あーん」と食べさせています。
すると、今度はピアノが、ジャムを乗せたワッフルを「あ~ん」といいながらウルルさんに差し出しました。
「おいし~」
「れしょ~!」
ピアノはニッコリ笑いました。
――なんだ、あのおんな~ぁ!!
ギリギリと、サロンさんの小ぶりな上下の歯の間から、信じがたい音が漏れました。
メキメリと、樹皮が手の内側に寄せられていきます。
「・・・あの・・」
「あぁん!」
サロンさんの肩をチョイチョイとつついたのは若い警察官でした。
もし今、振り返る前に魔法の術式を乗せていたら、彼の顔はその視線で横にパックリ両断されていたでしょう。
それほど座りまくられた目で睨まれ、警察官は「ヒッ!」と喉の奥で悲鳴をあげました。
「なんでしょうか!」
「いえ!・・あの・・」
気がつけば遠巻きにざわざわと人垣が形成されていて、みなが怯えた不審げな目でサロンさんを見ていました。
「・・・あれ?・・・」
キョトリと目を瞬きます。
「ん! んー! んふんふ!」
サロンさんは、急に大儀そうに咳払いすると、警察官と人垣に言い放ちました。
「みなさん。お騒がせして申し訳ありません。これは公務であります」
内心。「あら~」と思いながら、それでも雄弁に続けました。
「なので何もご心配には及びません!」
一瞬止まったざわざわが、次の瞬間にはさらにボリュームを上げました。
「公務?・・あの・・できれば詳しく・・その・・詰所までご同行願えますか・・」
警察官がヒクヒクと笑顔を作りながら、やっとという感じでサロンさんに近づきます。
サロンさんは、風のように逃げ去りました。
近くで警笛のような音が聞こえましたが、ウルルさんはお祭りの笛だろうと、気にしませんでした。
「ふたりとも朝ごはん食べたんでしょう? 元気なお腹だねー。」
「そうだよ! おかしは・・しまうところが違うの。」
「そうらよー。ピャーノ、もっと食べれるよー」
―― やっぱり女の子は、ちっちゃいうちからベツバラ持ってるのね・・。
ウルルさんは、いろいろ思い出しつつ苦笑しました。
「じゃあ、今日はお祭りでおいしいものいっぱい食べられるね。」
「あい!」
「わたし、たこ焼き食べるんだぁ。ウルルさんも一緒にいこうよ!」
チェロの提案に、ウルルさんは嬉しがりながらも、わざと神妙な顔をしてみせました。
「たこ焼き・・・。それはとても危険な食べ物です。」
「え?・・。」
「きけんなの・・?」
急にトーンの下がったウルルさんに、チェロとピアノは表情を固くしました。
「そう。たこ焼きを食べ過ぎると、たこ焼きみたいにまんまるになっちゃうんだよ」
チェロとピアノはワッと弾けました。
「まんまるになるの!?」
「そうだよ~。コロコロ~って転がっちゃうよ」
「コオコオって、こおがっちゃう!」
ピアノは、よほど面白かったのかケタケタ、キャッキャと笑いました。
「じゃあ、わたあめ食べ過ぎたらフワフワになっちゃうの?」
チェロの言葉に、ウルルさんは「ふ~む」と腕を組んで、真面目な顔でいいました。
「もちろん、フワフワになります」
さらに深刻そうに顔をうつむけます。
「でも気をつけてね。うっかりおならしちゃうと、プーって飛んでっちゃうからね」
「プーっ!」
「プーってしゅるー!」
三人とも、あはははと朗らかに笑いました。
その声は、澄み渡った秋空にすんなりと響いていきました。
「ウルルさん。ちょっと来てください」
「あ、はーい」
お祭りの話で盛り上がっていたところへ、道の反対側からのコントさんの呼びかけに、ウルルさんが席を立ちました。
チェロはお仕事のことで何かあったのかと、そちらに目を向けます。
その間にピアノは、さっきからみんなで試していた色んな味をミックスさせたワッフルに、キャンディ味を加えたらどうかと、ウルルさんにもらったキャンディを取り出しました。
ですが・・。
「あええ?」
気がつけば、まだちょっとは残っていたはずのワッフルが、きれいに無くなっていました。
ピアノの分だけではありません。
チェロのお皿も、ウルルさんのお皿も、きれいに空っぽになっていました。
ワッフルの横に盛ってあった、ジャムもチョコもクリームもすっかり残っていないのです。
「?」
ミックスナッツもドライフルーツの小皿も空っぽです。
キャンディを握ったままのピアノは、不思議そうにテーブルを見渡しました。
そして見つけました。
テーブルに置いてあったカボチャの種。
その種から半透明な腕がニュッと出ていて、カサコソとテーブルの上をまさぐっていたのです。
ピアノは半透明な腕の動きから目を離さないまま、チェロの肩に手を当てました。
「ちぇおちゃん・・・」
ピアノは囁き声で、そっとチェロに呼びかけました。




