こまったちゃん ★
チェロの家では猫を飼っています。
鮮やかな黄色い毛並みが、とてもきれいなオス猫です。
夕方になるとお家に戻ってきますが、お昼の間はいつもどこかに出かけています。
どうやら、いつもいろんなところに探検に出かけて、遊んでいるようなのです。
北のお山の天辺にしか生えない、ソロソロ松の真っ赤な松ぼっくりや、東のコーダイ山地の、ポッコリ竹のたけのこをくわえて帰ってきたこともあります。
大変な冒険家なのです。
その日、チェロは公園のベンチにちょこんと座って、ポカーンと空を見上げていました。
くるくると、形の変わる雲を見ているのが面白いのです。
今日は学校が早く終わったので、早速、公園にきてみましたが、まだ誰も現れません。
でも、そのうち誰かやってくるでしょう。
何して遊ぼうかなー、なんてチェロはのんびり考えているのでした。
そのときチェロは、トットコとこちらへ走ってくるお家の猫・・・ベジタローの姿に気が付きました。
首に真っ赤なスカーフを巻いているので、すぐにわかります。
「ベジ~!」
手を振るチェロに、ベジタローは「まおー」と鳴いて擦り寄ってきました。
「いいところにきたね~。ちょうど遊ぶ人がいなかったんだよー」
ベジタローの頭に抱きつきました。
ベジタローの耳が嬉しそうにパタパタ動いて、その度にチェロの頭にパサパサかぶります。
ベジタローは、野菜や果物しか食べない草食性の猫、『ベジキャット』です。
体の大きさは子牛くらいありますが、とってもおとなしくて優しい猫なのです。
ちょっとの間、甘えていたベジタローでしたが、するりとチェロの後ろに回りこむと、頭でひざの後ろを、ぐいぐいと押し始めました。
これは『背中に乗ってくれ』という合図で、『いっしょにいきたいところがある』という意味なのです。
でも、今日はなんだかいつもより力が強くて、『早く早く』っていってるみたいです。
前にこれがあったときには、遠い南の街からきていたパイナップルの行商の露店で降ろされました。
その前は、北の街の物産展の『ずんだもち』のお店の前でした。
昆布だしが自慢のうどんの屋台の前だったこともあります。
チェロは、「しょうがないなー」と、いいながらベジタローに跨り、首にきゅっとつかまりました。
ベジタローは「ちゃんと乗ったかな?」と確認するように一声、「にゃー」と鳴くと、来た方向とは別の方へチェロを乗せてトットコ走り出しました。
てっきり、街の広場の方へいくものだと思っていたのですが、ベジタローは通りから一本裏手の住宅街の方へ向かっています。
ときどき地面に鼻をつけて、においを確認しながらトットコ走り、やがて一軒の家の前に来ると、また「にゃー」と鳴いて止まりました。
「ここにご用なの?」
ベジタローから降りると、チェロはそのお家を見上げました。
白い柵に囲われて建つ小さなお家は、壁も屋根もキレイな空色で、とってもかわいいお家です。
突然、ベジタローはその白い柵をヒョイと飛び越えました。空色の玄関扉の前に進み、前足の爪で「コンコン」と器用にノックします。
「あ! ダメだよベジタロー! 知らない人のお家だよ! ほら、こっちおいで!」
―― どうしよう!
チェロは、慌てました。
ベジタローを外に引っ張ってくるにしても、勝手に人のお家に入ってしまうことになってしまいます。
いつもはおとなしいベジタローですが、今日はさっぱり言うこと聞いてくれません。
柵の扉には鍵がかかっていないようなので、こっそり入ってしまおうかと思ったとき、「はあい」と明るい声が聞こえて、空色のドアが開きました。
淡いみどり色の服を着た、キレイな女の人が出てきました。
その女の人はベジタローを見ても特に驚いた風もなく、ニコニコしています。
「遊びにきてくれたの?」
ベジタローは女の人に向かって、ゴロゴロニャムニャムと何か話しかけるように言うと、くるりとチェロを振り返りました。
「あなたがチェロちゃん?」
チェロは、突然名前を呼ばれてびっくりしました。
「あっ! ハイ! チェロです! えと・・えっと・・」
女の人は驚いた顔を見て、楽しそうにクスクス笑っています。
「こんにちはチェロちゃん。どうぞお入りになって」
そういってその女の人は、手のひらを上にして腕を広げ、ゆっくりと会釈しました。
とっても優しいその仕草に少し安心したチェロは、それでもドキドキしながら門を開けて、ベジタローの横まできました。
女の人は、膝をかがめてチェロに目線に合わせると、にっこり笑います。
「はじめましてチェロちゃん。わたしはピアニカといいます。来てくれて嬉しいわ」
ピアニカと名乗った女の人は、チェロの右手に手を伸ばすと、握手の形にして優しく上下に動かしました。
やわらかくてスベスベしていて、ひんやりと冷たいピアニカさんの手の感触に、チェロは、ドキドキしてしまいました。
「は、じめまして・・チェロといいます! えっと・・急にきてしまってごめんなさい、ベジ・・うちの猫が・・」
「うん。大丈夫。ベジタローくんとはこの間お友達になったの。今度、是非遊びに来てくださいってお願いしていたのよ」
そういいながら、ピアニカさんは、べジタローの背中をゆっくり撫でました。
ベジタローは『その通り』とでもいうように、「あおー」と一声鳴きました。
「お友達?」
チェロは、首をかしげました。
――どうやって? それに、わたしの名前も知ってたし・・お店のお客さんかな?
チェロの不思議そうな顔を、楽しそうに見ながらピアニカさんはいいました。
「わたしは『通訳』なの。動物とお話ができるの。チェロちゃんのこともベジタローくんに聞いたのよ」
ピアニカさんのキレイな緑色の瞳が、優しく光っていました。
チェロは、びっくりしました。
目を丸くしながら、ちょうど「ポコ」って言った時の口の形で固まっています。
「動物とお話できるの!?」
ピアニカさんはクスクス笑いながら、「そうなの」とうなずきました。
「だからこの前ベジタローくんとお話したときにお友達になったの。チェロちゃんのことも色々聞いたのよ」
「・・・どんなお話したの?」
「そうねえ・・ベジタローくんは、チェロちゃんとおじいさんと一緒に住んでいて、とっても楽しいって言ってたよ。それから・・」
ピアニカさんは、楽しそうにちょっとだけ肩をすくめました。
「チェロちゃんはお菓子が大好きで、おせんべいの取り合いで一度ケンカになったことがある。っていってたかな」
チェロは、またまた驚いてしまいました。
その話はおじいさんにも話していないことなのです。
だって本当は、ベジタローの分のおせんべいだったのですから。
「でも、後でチェロちゃんがキャンディをくれたから仲直りしたんだよって教えてくれたの」
これも、チェロのほかにはベジタローしか知らないことでした。
「ほっ・・ほかには? ほかにはどんなお話したの?」
どんどんワクワクしてきたチェロは、ピアニカさんに一歩、近寄りました。
ところがそこへ、ベジタローが文字通り頭から、二人の間に割って入ってきたのです。
はじめにチェロの方をみて「にゃー」と鳴き、それからピアニカさんの方を向いたベジタローは、本当に話をしてるようにしか見えない様子で、にゃんにゃん、にゃむにゃむと鳴きはじめました。
「ん・・うん。うん。・・」
ピアニカさんも、普通にお話しているようにうなずいています。
するとだんだん、ピアニカさんも、ベジタローも、まじめな雰囲気になってきました。
――むずかしいお話なのかな?
そう思ったチェロが、ちょっとだけ後ろに下がると、開け放ったお家のドアの向こうに、女の子がひとり、壁からこちらをのぞいているのが見えました。
チェロより、少し小さな女の子でした。
右手に、ぬいぐるみの人形をぶら下げて、怯えるような感じでこちらを見ています。
チェロは「こんにちは~」と挨拶しながら、手を振ってみました。
ですが、女の子は、奥の方へサッと引っ込んでしまいます。
チェロは、少しがっかりしました。
その様子に気がついたピアニカさんは、一旦ベジタローに手のひらをむけると、チェロの方を見ました。
「チェロちゃん、ごめんなさい。あの子はわたしの娘でピアノといいます・・」
そして、とても悲しそうな顔をしたのでした。