おばけの国、4
カッパ淵での一件の後、サロンさんがかつて修行していた教会へピアノを連れて行くと、教会中が、上へ下への大騒ぎになりました。
ピアノの『感応』としての素質は、あまりにもずば抜けたものだったからです。
なにしろ、王国内で、次代の巫女候補が見つかったのは、実に八年振りのことでした。
すぐさまピアノの能力を抑える措置が何重にも施されたのはもちろんのこと、対外的にも対内的にも、すみやかに緘口令が敷かれ、王市から大司教が飛んできたくらいです。
来月には、現在の国巫女であるコンサートさまが、直々に謁見することにまでなりました。
母親であるピアニカさんの出自が、他国の王族であったことまで知れると、王政府にまで話が及び、ピアノの身柄はピアニカさんと共にそのまま王国預かりとなる方向でさっさと話は進みました。
ですが、ピアニカさんの必死の懇願によって、一時的にという条件付で保留扱いになりました。
それでも、数千万人に一人という巫女候補に対する措置として、常に監視を兼ねた護衛が置かれる事になったのです。
サロンさんは、一も二もなくその役に立候補しました。
神妙かつ厳粛な会議の最中、子どものように、
「はい! はい! は~い!!わたくしがそのお役目お引き受け致します!」
と、大声で手を挙げ、周りを唖然とさせました。
すっかり拍子をなくした教会の重鎮たちは、それでも元・巫女候補のひとりであり、現・聖騎士で、すでにピアノともピアニカとも既知を得ているサロンなら適任であろうと、そのように決まったのです。
サロンさんにとっては、次代の巫女候補を護るという大儀もあったのですが、もうどうしようもなくピアノが愛しくてたまらなくなっていたのです。
カッパの隠れ里での朝。
なんの奇跡か、声を取り戻したピアノが、まだしゃべるのが恥ずかしいという面持ちで、それでもほのかに口にした舌足らずな声。
「しゃおんしゃん、ありあとー」
その声を耳にした途端、サロンさんの中でパキリと何かが弾けたのです。
――この子の師になりたい!
あの可愛らしい笑顔。
あんなに小さいのに、一直線に進む優しさと勇気。
一生懸命にたどたどしく話す仕草。
もう!
もう!
サロンさんの中で、どんどんと質量を増す妄想が、映像と音声を生々しく生んでいきます。
笑顔で駆け寄ってくるピアノ・・・。
『しゃおんてんて~!』
しゃおんてんて~・・
てんて~・・
てんて~・・・・
うふふふふ。
あはははは。
「ぐふふふふふ」
サロンさんは、声が出ている事などまったく気がつかないまま、幸せそうに、しかし不気味に笑いました。
揚々と任務をもぎ取ったものの、そもそもエリート街道を進んできたサロンさんには、護衛のノウハウなど持ち合わせません。
別に堂々と一緒に行動すればいいものを、そういうこともわからないサロンさんは、かつて物語で見聞きした「陰ながら姫を護る騎士」という設定に、簡単にはまり込んでいるようです。
――ああ、ピアノちゃん! 私があなたを護り、導くの!
街路樹に抱きついて、クニクニと身をよじるサロンさんの姿は、それはそれは怪しくて気味が悪く、遠巻きにザワザワと人垣ができあがる程でした。
「ぐうふふふふ」
それでも、サロンさんは幸せそうでした。




