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おばけの国、3

 朝の仕事を終えた、コントおじいちゃんは、お店のドアに「お向かいのお店におります」と書かれた看板を下げました。

 ようやく朝ごはんの時間です。


 土曜日です。

 そして、今日は、その年の収穫を祝す『豊穫祭』の日です。

 街が立ち上がってくる感覚は、緩やかでのんびりしていますが、いつもよりゆっくり登ってきたように感じるお日様の光の中で、なんだかワクワクした気分が広がっていくようです。


 朝方は少し肌寒い日も増えてきた頃ですが、そんな街の雰囲気に、コントさんはほんのりと笑顔を浮かべました。

 そんな優しい空気を深呼吸していると、こちらへちょこちょこと駆け寄ってくる小さな人影があります。


「おい~ちゃん! おあようごらいましゅ!」


 つやつやに上気させた顔に、真剣なまなざしのピアノが、わたわたしながら、ちょこりと頭を下げました。


「おはようピアノさん。今日は随分早いね、チェロならまだ奥に・・」


「ちぇおちゃ~ん!」


 コントさんが、チェロを呼ぼうとドアを開けた途端、ピアノはサッとお店に飛び込んでしまいました。


「あれあれ」


 きょとんとしていると、今度は肩で息をしながら、髪も乱れたピアニカさんが、ハアハアいいながらやってきました。


「おは・・よう・・ござい・・ます・・。ハアハア・・。どうも・・すみません・・どうしても・・チェロちゃんに会いにいくって・・きかなくて・・」


「いえいえ、大丈夫ですよ。ちょうど一息ついたところですからね。どうです?ご一緒に朝ごはんでも?」


 ピアニカさんは、両手を膝に当てたまま、ニッコリと笑顔で返事をしました。





 チェロたちは、お向かいのカフェのオープンテラスに座っています。

 コントさんのお店に、いつお客さんが来てもわかるように、この時間は優先的に取っておいて貰える席です。

 焼きたてパンの匂いが、周りいっぱいに広がっていて、とってもおいしそうです。

 みんなが座ったテーブルの上には、大きなカボチャの種が置かれていました。


「それれね! ピャーノがキャーっていったらね。オバケもキャーっていってね。お部屋の中をゴチーン、ゴチーンっていっぱいぶつかってね。この中にシューって入っちゃったんらよー!」


 パタパタと両腕を動かしながら、ピアノは昨夜の出来事を話します。

 ピスピスと鼻を鳴らして、種を指でチョイチョイ突きました。


「れてきてーっていってもね。ずっとはいったままなの! らからね。ぽちぇっとに入れてね。しまっておいたの!」


 ピアノの肩からは、カッパのミルさんから「お守りに」ともらった、『神皮』で作った小さなポシェットがかけられていました。


「らのにね! おかーしゃんにお話したら、焼いておかしにしちゃおっかっていうの! らめらよねー!」


 ピアニカさんは、笑いながらピアノの頭にそっと手を乗せました。、


「ごめんね~。こわいオバケかと思ったのよ」


「こあくないよっ!」


 コントさんは、顔をしわしわにして、うんうんと話を聞いています。

 チェロは、ピアノの熱に簡単に同調して、ふんふんと鼻息も荒く、目をキラキラさせています。


「どんなオバケだったの?」


「あのね。しおくてね。まあるくてね。フワフワしてたの!『ぽっくい』っていうお名前なの」


「ポックイ!」


「ポックイらないよ。『ぽっくい』らよ!」


「ん? ポックイでしょ?」


「も~!」



 キャッキャとにぎやかな二人の前に、コトリとお皿が置かれました。


「朝から楽しそうだねえ! こっちも元気になってくるよ。お礼に玉子は大盛りサービスだよ。熱いうちにおあがりな!」


 カフェのおかみさんのティンパニさんが、大きな体を反らせてわははと笑いました。

 テーブルに並べられたモーニングプレートには、湯せんでつくったふわふわスクランブルエッグがポッテリと山になって、隣には朝採りの生野菜たっぷりのサラダがピカピカ鮮やかです。

 バターのいい匂いが溜まらないクロワッサンが、クロスを敷いた篭にどっさり乗っています。

 大きな深皿に、コーンスープがなみなみと注がれて、コップには搾りたての牛乳まであります。


「ワー!」


 チェロとピアノは、声を合わせてお皿に詰め寄りました。


「いただきまーす!」


「いたらきまーしゅ!」


 同じタイミングで手を合わせ、ぺこりと頭を下げると、二人は目の前のご馳走に突進しました。





 

 その様子を、かなり離れた街路樹の影からじっと窺う視線がありました。

 白いブラウスに、白いジャケットと白いハーフマント。

 膝丈の白いスカートに白いブーツ。

 どこかの制服のようでも、そういう趣味の私服のようでもあり、フォーマルともカジュアルともとれる、白一色でコーディネイトされたその人物は、隠れている木の樹皮にそっと指を立て、顔半分だけ外に出しています。

 メガネの奥の黒目がちな瞳を、情感たっぷり潤ませて。

 上気した頬に蓄えられた吐息で、凛とした唇を溶かすように、ひそやかな溜息をもらしました。

 

 ――ああ・・・。


 ――ピアノちゃん・・おいしそうに食べてるわ・・よかった・・。


 優雅に垂らした艶やかな黒髪が、そわそわと揺れます。

 木に体を預けるように軽く踵を立て、モジモジと内股になった膝をこすり合わせています。

 本人は隠れているつもりなのかもしれませんが、通りからは普通に丸見えで、道行く人々はその姿に不思議そうな目を向け、首をかしげたりしていました。

 

 国家教導騎士団 聖域守護第一隊 副隊長。

 通称、ミズーミ・レンジャーの聖騎士サロン。

 その人でした。

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