お洗濯屋さんの空
「ちぇおちゃ~ん」
お店のドアを、頭が入る分だけ開けて、ピアノは控えめに呼びかけました。
前に来た時に、おっきな男の人がいたので、ちょっと慎重になっています。
「は~い」
すぐに聞こえたチェロの声に、安心して、そっとドアの隙間をすり抜たピアノは、ちょっぴり居心地悪そうにお店の中を見回しました。
「入っていいよ~」
奥からチェロの声がしました。
声の方へ、たっと走ります。
お店を抜けて、チェロの声を手繰っていくと、チェロは台所で、コンロから薬缶を下ろしているところでした。
台所に、香ばしいお茶のにおいが、広がっています。
「ちょっと待ってねー」
真剣そのもので薬缶を手繰るチェロの姿に、ピアノは、ぽーっと見とれてしまいました。
――お台所使ってる・・。
ピアノは小さな拳をつくって、チェロの動作に見入っています。
お家では、なんにもお手伝いさせてもらえないのに!
チェロは、下ろした薬缶のお茶を水筒に移します。
その危なげない姿を見てピアノは。
「しゅご~い!」
「ん~?」
チェロにしてみれば、お茶を水筒に移しているだけなのですが、なにが凄いのかもわからず、ただ手先は真剣極まりない動作で、お茶をこぷこぷと注ぎます。
その間にも、ピアノの目は、キラキラ光ったままでした。
ふたりは、手を繋ぎながら、チェロのお家の裏手にある岡の上に、並んでちょこんと座っています。
雑木林の先の、街を一望できる小高い岡の上です。
チェロは、どうしてもピアノに見せたい景色があったのです。
「はい、ど~ぞ」
チェロは、肩から下げたカバンから、おむすびを取り出して、ピアノに手渡しました。
「ありあと~」
ピアノはニコニコしながらそれを受け取りました。
「コップはひとつしかないから一緒に飲もうね」
そういってチェロは、水筒の頭についていたコップに、湯気鮮やかな、ほうじ茶を注ぎました。
ピアノは、チェロの一挙手ごとに感激して目を輝かせています。
「ちぇおちゃんは、おねーさんみたいらねえ」
「え~。そっかな~」
チェロは頭に手をやり、えへへと照れて笑いました。
お昼を前にして、眼下に広がる街並みは、喧騒と活気に膨れ上がっています。
いろんな街角に、いろんな人たちが行き交う姿が見えます。
チェロとピアノは、そんな街の雰囲気と、はるか頭上でホカホカ笑ってるお天道様の下で、ゆっくりと小さなおむすびを手に構えました。
「いただきま~す」
「いたらきま~しゅ」
あんむり
もくもく
「おいしい?」
「おいし~!」
「よかった~」
チェロがパアっと笑いました。
その顔を見たピアノは、キョロキョロ。
おむすびとチェロの顔を行ったりきたり。
「ちぇおちゃんが作ったの?」
「そおだよ~。今日は鮭のおむすびだよ~」
ピアノは「ハアっ!」と息を飲んで、まじまじと食べかけのおむすびを見つめました。
「ちぇおちゃん、しゅごい~!」
「えへへへ~」
チェロは、くすぐったそうに、くにゅくにゅ体を動かしましたが、ハッとその動きを止めて、街の方を指差しました。
「ピアノちゃん、あれあれ!あれ見て!」
ピアノが、チェロの指を、追っていくと、街中に立ってる煙突の先に、ぷくりと変なものが膨らんでいるのが見えました。
見ているとそれは、ぷくりぷくりと膨らんで、ポンワと煙突から離れました。
それは、おっきなおっきなシャボン玉に見えました。
おっきなシャボン玉は、ふんわふんわと風に揺れながら、空へ昇っていきます。
さらに、その次。
またその次と。
気がつけば街の色んな煙突から、次々に虹色に光る大きなシャボン玉が空へ飛び出しています。
ふわふわ
ふわふわ
アナ街の上に、すごい数のシャボン玉が浮いて、きらきらとお天道様の光を虹の色に変えながら、浮かんでいます。
「わあ~!」
ピアノはおむすび片手にピョンピョンと飛び跳ねました。
「しゅご~い!しゃぼんだま~!」
チェロはふふんと得意気に目を閉じて、腕を組むと、それでも笑いたくてむずむず口の端を動かします。
「あれはね、お洗濯したスライムの『核』だよ。汚れを落として自由にしてあげると、膨らんでお空に飛んでいくの」
「しゅご~い!」
きゃっきゃとピアノはチェロの腕に取りすがってきました。
チェロは頑張って、お姉さんってこういう感じかな?と得意気にすましていましたが、ニコニコうずうず分の方が簡単に上回ってしまいました。
「すごいでしょ~?うちのじいちゃんも、お洗濯名人なんだよ。わたしも大人になったらお洗濯屋さんになるんだ~」
「お洗濯屋しゃん?」
「そおだよ~。いろんなお洋服とか鎧とかね、み~んなピカピカにしちゃうの!お洗濯するとみ~んなニッコリニッコリになるんだよ」
「ニッコリニッコリ~?」
「そおだよ~!」
ピアノは、チェロの腕にくっつきながら、嬉しそうに、ふわふわきらきらお空に昇っていくスライムシャボン玉を見ています。
「ちえいね~」
「キレイだね~」
スライムシャボン玉は、次から次へと、お空に吸い込まれていきました。




