雨の御使い ★
今日は日曜日。
雨降りです。
チェロは雨が嫌いではありません。
あっまつっぶ ピッチョン♪
まった ピッチョン
いっちごも おっこめもゴックリコ
さっかなも かえるもごーっくごくっ♪
お気に入りの赤い傘と長靴でご機嫌です。
働き者揃いのアナ街の住人たちは、自分たちが働き者なのをよくわかっているので、その分、日曜日はしっかり休みます。
でも日曜だろうと休めない人たちもいます。
チェロが今しがた行ってきた、農場のハモニカさん家もそういうお家です。
畑の作物や牛や豚なんかの面倒をみなければならないからです。
とくに日曜日は街のお店もみんなお休みなので、ご飯の材料をを分けてもらうためには直接、農場まで買いにいかなければなりません。
いつもはおじいさんと一緒にいくのですが、今日はチェロひとりです。
長雨が続くと、時折ため池まわりに『悪いスライム』がわくことがあるので、街の役員でもあるおじいさんは仲間と見回りにいっているのです。
雨の中、ひとりで来たチェロのことを、ハモニカさんのおかみさんは随分と誉めて、できたてのバターをおまけしてくれました。
なのでさらに嬉しくなったチェロは、ぴょこりぴょこり、泥はねを気にした控えめなスキップで街に戻ってきました。
家の近所まで来ると、道端に小さなまあるいものが落っこちていました。
近づいてみるとそれは、泥で汚れたてるてるぼうずでした。
「どこから落ちてきたのかなあ」
ぐるりと上の方を見回してみましたが、たくさんの軒を連ねた街中のことです、どこから落ちてきたのかわかりません。
手にとって見てみると、にっこり笑った顔の背中側に、たどたどしい字で、
「にちよう はれますように」と書いてありました。
チェロは空を見上げました。
雨雲のうっそりとした灰色がどこまでも続いています。
―― お出かけしたかった子がいるんだな・・
もちろんチェロだっててるてるぼうずを吊るしたことくらいあります。
吊るしたてるてるぼうずに一生懸命晴れを祈りました。
――あの時はどうだったっけ?・・・そうだ! 雨は止んだけど、水溜りで転んじゃったんだ!
チェロは、手の中のてるてるぼうずを見ながらエヘヘと笑いました。
ですが、ふと。
きっとこのてるてるぼうずだって今日を晴れにするために頑張ったんだろうな・・そう思ったチェロは急に、笑っているはずのてるてるてるぼうずが、随分と悲しそうな顔に見えてきました。
「よーし!」
なにかを決めたチェロは、雨の中、タッと走り出しました。
家に帰ると早速、チェロは拾ってきたてるてるぼうずをほどきはじめました。
頭の部分に詰まっていた布と一緒に水洗いすると、内側に銀を貼ったおぼんの中に重ねて広げます。
それから、聖水の瓶を取り出すと、人差し指にちょんとだけつけて、布のてるてるぼうずが笑ってる目と口の線と「にちよう はれますように」と書かれた字の上を丁寧になぞりました。
そして店の隅の大甕から、柄杓でちょっぴりだけスライムを掬い取りました。
銀のスプーンで柄杓の中をくるくると混ぜまわし始めます。
あめはザーザー みちはどろんこ♪
てーるてーるぼーずが落っこちたー
はーれたーら やっほー
あーめだーと ぐっすん
はーれてぴっかぴっかてんきになーあれー♪
歌に合わせて柄杓の中のスライムは、ぬんぬん にょきにょき回りながら踊ります。
ですがそのうち、元気よく動いていたスライムの動きがだんだんゆっくりと重そうになってきて、やがて透明な蜂蜜のようになって動かなくなりました。
チェロはそれをスプーンで、おぼんに広げた布の真ん中辺りにとろーりと落としました。
このおぼんはスライムの『核』の様子を見るときに使うものですが、大きさもちょうどいいし、銀の内側はスライムがとってもおとなしいのでぴったりです。
そして歌を続けながら、指先で布の上にくるくると円を描き始め、スライムを伸ばしていきます。
しばらくすると。
布の端から、じわり・・と茶色い泥水が出てきました。
みるみるうちに、てるてるぼうずの布は、顔と字の部分だけを残してピカピカの真っ白になってしまいました。
あっりがっとスライムさーん
今日もいい仕事っ♪
最後に、チェロが布にふーっと息を吹きかけると、さあっと布が乾き、後には四角い形の泥のラインだけが残りました。
今度はその布でてるてるぼうずを括ると・・・。
「できたー!」
泥にまみれてぐしょぐしょだったてるてるぼうずが、パキンと元気になりました。
悲しそうに見えた顔も今やニッコニコです。
チェロは後片付けを済ませると、早速てるてるぼうずが落ちていた場所へ走っていきました。
どこのお家から落ちたのかわからないので、街路樹のチェロの背が届く枝にてるてるぼうずを吊るします。
「早く天気になりますように」
そして一生懸命お祈りしました・・・すると・・・。
みるみる雨の勢いが弱くなり、そろそろと雲が薄くなってくると、ぱっかりと雲が割れてお日様が顔を出しました。
チェロはぽかーんと空を見上げます。
「すっご~い!」
てるてるぼうずの方をみてキャッキャと飛び跳ねます。
「すごいね、てるてるぼうずさん! 魔法みたいだよ!」
さきほど自分も別の魔法を使っていたことなどさっさと忘れて、チェロはまだ飛び跳ねています。
チェロはまだこのとき、嬉しさのあまり気づいていませんでした。
てるてるぼうずを吊るした街路樹のはるか頭上に、大きな鮮やかな虹が燦然と現れたことに・・。
次の日。
学校へ向かうチェロは、昨日のてるてるぼうずが気になってちょっとだけ回り道しました。
ところが昨日のてるてるぼうずが見当たりません。
代わりに街路樹の幹に小さなメモが貼ってありました。
たどたどしい字でそこには
「てるてるぼうず ひろてくれて ありがと きのう たのしかたよ」という言葉と、
にっこり笑っているてるてるぼうずの絵が描かれていました。
チェロはびっくりしてしまいましたが、とっても嬉しくなりました。
いつも嬉しいときはピョンピョン飛び跳ねるチェロでしたが、今日はなんだか胸やお腹がポカポカしてくる不思議な嬉しさです。
カバンの筆箱から鉛筆を取り出すと、メモの余白に、
「どういたしまして」と書きました。
チェロはちょっとだけ恥ずかしそうにエヘヘと笑うと、カバンを振り回しながら元気に走り出しました。
今日もいい天気です。