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迷宮〔あな〕の洗濯屋さん 【 スライムワールド 】  作者: 弥竹 八
カッパ淵の冒険
12/49

ピアノの夢

 ピアノちゃんは夢を見ていました。




 椅子に腰掛けたピアノちゃんの傍らで、お母さんが泣いています。

 どこからか知らない大人の声が聞こえました。


 「残念ですが・・これ以上、私どもも手の尽くしようがありません。とにかく様子を見ることしかできませんね」


 ――おかあさん・・

 

 不安になってお母さんを見上げるピアノちゃんの口からは、小さな息が漏れるだけでした。


 ――「おかあさん!」

 

 ――「おかあさん!」


 ピアノちゃんは、とても息苦しくて、一生懸命お母さんを呼びました。

 ですがやっぱり、ハアハアヒューヒューと、風のような音が漏れるばかりです。


  お母さんは、ピアノちゃんを見ながら泣いています。


 ――「おかあさん!」


 ――「声が出ないよ!」

 

 ――「おかあさん!」


 ――「おかあさん!」


 やはり声になりません。


 ――「おかあさん!!」


 ピアノちゃんは怖くなって泣き出してしまいました。






 ピアノちゃんはお母さんに手を引かれて街の中にいます。

 

 街の大通り。

 透き通るように晴れた空の下、露店が立ち並ぶ通りは人波にあふれ、楽しげでにぎやかな雰囲気が勢いよく立ち昇っています。


 カラフルな風船を配るキツネの獣人のおばあさん。

 真っ白な顔に大きな口を描いた、おかしな化粧の道化師さん。

 黒いスーツでそろえた音楽隊の人たち。


 ピアノちゃんは少し緊張しながらも、わくわくドキドキしてお母さんの手をギュッと握り締めました。

 往来の周りを子供たちがキャーキャーと楽しげに走り回っています。

 お菓子のにおい。お料理のにおい。

 街にはいろんないろんな楽しい雰囲気にあふれていました。


「はい、いらっしゃいよ~! アイスクリーム! アイスクリームはいかがですか~!」


 お母さんの手を引いてその声に近づきました。

 赤白ストライプのパラソルの下で、中年のおばさんが人のよさそうな顔で笑っています。

 

「あら、お嬢ちゃん。アイスはどうだい?」


 繋いだ手をぐいぐい引っ張っておねだりすると、お母さんは笑って銅貨をピアノちゃんに手渡してくれました。背伸びしてその銅貨を屋台の上に置きます。


「はいよ! ありがとうね、お嬢ちゃん!」


 アイスクリームを受け取ったピアノちゃんは、お母さんにニッコリ笑いかけ、早速アイスに舌を伸ばしました。ですが・・。


 ――ったく。ありがとうくらい言えないもんかね。


 頭の中に声が響きました。

 ピアノちゃんはギョッとしておばさんを振り返りましたが、おばさんは、ニコニコ笑って手を振っています。


「・・・・」

 

 ピアノちゃんは、なんだか急に、街が色を失くしていくような気がしました。

 大人のひとに叱られたことはありますが、文句を言われたのは初めてだったのです。

 

「・・・・」


 なんだか、あんなに美味しそうだったアイスクリームがとってもまずそうで、泥でも食べろと押し付けられたような気がしました。

 

「・・・・」


「どうしたのピアノ?」


 おかあさんがキョトンとした顔で覗き込んできます。

 ピアノちゃんはどうしていいかわからず、さしとてアイスクリームを舐める気にもなれず、ただうつむきました。


 うつむいてジッとしていると、いろんな声がじわじわと頭に沁みこんできました。

 顔をしかめて、目だけを動かします。

 一体なにが起こったのかわかりませんが、ひどく嫌な気分です。


「あーりがとうございましった!」

 ――くっそ、いい女連れやがって、馬鹿面さらしてるくせによう。


「どうぞー! イカ焼き焼けたよー! いかがっすかー!」

 ――こいつ買うなら買えよ、へなちょこが! めんどくせえ・・


「ねえねえ、次どこいく?」

 ――何でこいつの色目に付き合わなきゃならねえんだよ。とっとと帰ろう。


 

 ――お、いい女、あの尻たまんねえ。

 ――祭りなんぞにきてる暇あるか! こっちゃ仕事があるんだ!

 ――さっきの男、ホント最悪! 

 ――なんかパッとしねえな、何で屋台ってこう高けえんだろうな!

 ――・・・・・!

 ――・・・・・!!

 ――・・・・・!!!


 ちょっと意識したら、洪水のようにいろんな言葉が降ってきました。

 言葉の乱流がぎゅうぎゅうと折り重なり、小さな針の塊りのように襲い掛かってきます。


「!!!」


 ピアノちゃんは思わず、アイスを投げ出して、お母さんの足にしがみつきました。


「ピアノ!どうしたの!」


 人混みの中、おかあさんはピアノちゃんを抱きしめてくれました。

 ですが、ピアノちゃんにもわけがわかりません。

 悪い言葉。そして悪い思いが、ドロドロと迫ってきます。

 怖くて怖くて必死にお母さんにしがみつきした。


 でも・・。


 ―― どうしてこの子はこうなの? 本当に・・疲れてしまう。


 とても悲しい声がピアノちゃんの頭上から降ってきました。

 驚いて顔を上げると、お母さんがゆっくり髪をかきあげて、微笑んでいました。

 

「どうしたの? 大丈夫よ」


――「おかあさん・・?」


 驚いてもやはり声は出ません。 

 手を離し、後ずさったピアノちゃんは、人ごみの中に駆け出しました。

 

「ピアノ!」



 おかあさんの声が聞こえました。  

 でも、でも、でも!

 

 小さな手足を懸命に動かしてピアノちゃんは走りました。

 走って、走って、走って。

 人混みを掻き分け、足の間を縫って走りました。

 その間にも、たくさんの言葉がピアノちゃんを打ちます。


 ――なんだこのガキ。

 ――チョロチョロすんな。

 ――親はなにやってんだか・・。


 ピアノちゃんはその言葉の雨から夢中で逃げました。

 走って、走って、走りましたが、ついに石畳の隙間に足を取られて思い切り転んでしまいました。

 体を起こした途端、ジワリと痛みがかぶさってきます。

 右の膝からいっぱい血が流れ始めました。


 ――「いたい。 いたい。 いたいよう!」


 ぽろぽろ涙があふれます。


 ――「いたいよう!」


 声にならない叫びが、誰の耳にも届かないまま、晴天の虚空に消えていきました。






 ピアノちゃんは、ギュッと顔をしかめながら、しきりにパクパクと口を動かしています。

 時々苦しそうに首を反らせたりして、ポロポロとこぼれる涙がずっと止まりません。


 チェロは、ピアノちゃんを抱いて霊泉につけている『ミル』と名乗ったカッパ族の女官を心配そうに見上げました。


「大丈夫よ。治療の最中はいろんな思いが出てくるの。それをもう一度体験して乗り越えるのよ。ちゃんと泉が助けてくれるから安心してね」


 ミルさんはそう言ってゆっくり笑いました。

 その間にもピアノちゃんは、ビクビクと強く震えています。

 チェロはおくるみの上から、ゆっくりとピアノちゃんをなでました。

 しばらくそうしていると、だんだん落ち着いてきたのを感じられました。

 やがてゆっくりと瞬きしながら目を開いていきます。

 

「はあ!」

 

 チェロはパッと顔を輝かせてミルさんを見上げました。

 ミルさんもニッコリ笑うと「もう大丈夫」と嬉しそうです。

 チェロの後ろにいたアイラさんも、そっとチェロの肩に手を置きました。

 

「クカカ! クアカカ!」


「キュー!ウキュイー!」


「まーおー!」


 そばに来ていたイルカちゃんも、首長竜も、ベジタローも嬉しそうに鳴きます。

 シマシマイルカは、ピアノちゃんの足元にテシテシとアゴを打ちつけました。

 首長竜はそおっとそおっとピアノちゃんに頬ずりしまして、チェロはきゃっきゃと飛び跳ねます。

   

 「ピアノちゃんが助けにいくっていってくれたから、この子たち助かったんだよ。よかったねピアノちゃん!」


 ピアノちゃんは、ぼんやりとしながら、顔を寄せてきた首長竜のほっぺたの辺りに手を置いて、なんだか不思議そうに撫で回すと、そっとその顔を遠ざけました。

 シマシマイルカに目を転じ、ミルさん、アイラさんの顔を見てからチェロのほうに向き直ると、フルフルと首を横に振りました。


「?」


 チェロたちは顔を見合わせます。

 その間にピアノちゃんは、もそもそと器用におくるみの布のすきまから両脚を出すと、ミルさんの手から離れて、すぐ隣にいたピアニカさんに近づきました。


 ピアニカさんにはふたりの女官がついていましたが、まだ目覚める気配はないようです。

 少しの間ピアニカさんの顔を見つめていたピアノちゃんは、ザボザボとスライムを掻き分け、よじよじ泉の縁を登りはじめました。

 

「ピアノちゃん! どうしたの?」


 あわてて追いかけますが、ピアノちゃんは濡れそぼったままベジタローに近づくと、その背中をぺんぺん叩きました。

 どうやら背中に乗せろと言っているようです。

 ベジタローは濡れるのを嫌がって、するりと後ずさりましたが、その後をトコトコと追いかけます。

 そこを乾いた布を持ったミルさんが捕まえました。

 途端におとなしくなったピアノちゃんは、まかせるまま体を拭いてもらっています。

 

「だめよ。治療が終わった後は、しばらくゆっくりしないと」


 

 その時でした。

 

 ズズズズズズズ・・・・・。


 突然、周りが重い低音を伴って振動しはじめました。

 カタカタカタと、小さく地面が揺れています。

 

「なに!?」


 チェロは慌ててアイラさんに飛びつきました。


 地鳴りが続きます。 

 アイラさんはチェロを抱き締めて、キョロキョロ周りを見回していましたが、その目に、泉の中からヒョコっと飛び出した二つの頭が映りました。ブルさんの車を引っ張っていた二匹の大王トカゲです。

 大王トカゲはスルリと泉の縁を越え、そのまま凄いスピードで走って行ってしまいましたが、さらにその後に黄色い毛皮が続きます。


 ぎょっとしてチェロが叫びました。

 

 「ベジ! ピアノちゃん!」


 体を拭いていた布を体に巻きつけたピアノちゃんが、ベジタローの背に乗って飛び出していったのです。

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