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迷宮〔あな〕の洗濯屋さん 【 スライムワールド 】  作者: 弥竹 八
迷宮〔あな〕の洗濯屋さん
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今日もいつもの今日の朝!

 


 ガランゴ~ン・・・


 ガリンゴ~ン・・・



 大鐘楼の鐘の音が街に、朝を知らせます。


 ようやく伸びを済ませた太陽が、街のすみずみにまでホッカリホッカリ温かい光を届けはじめました。 

 朝からとってもいいお天気。


 お店の前の石畳の上に看板を立てたおじいさんがひとり、ニコニコしながらお日様に顔を向けました。

 看板には、


『コントの店 洗濯物 承ります』 

 


 

 ここは『アナ街』。

 本当はもっと立派で長ったらしい名前があるのですが、みんながみんな「アナ街」と呼びます。

 なぜかというと、この街の下には深くて広い大きな迷宮が広がっていて、街の人たちはそこを「あな」と呼んでいました。

「あな」の上にある街だからアナ街なのです。 


「あな」がいつできたのか、どうやってできたのかは誰にもわかりません。

 元々あった巨大な岩盤の下に穴ができたという人もあれば、大きな穴の上に平地ができたといういう人もあって未だに調査中なのですが、その「あな」に入って、探検したり調査したり採掘したりする人達のことを『冒険者』と呼びます。


 コントさんはその冒険者のための特別な洗濯屋さんなのです。


  

「じいちゃーん、ただいまー」


 片手に青いビンを持った小さな影が、広場の向こうからパタパタ駆けてきました。

 コントさんの孫のチェロ。

 今年七歳になる元気な女の子です。

 チェロはクルクルとよく回る大きな瞳を開いてニッコリ笑いました。


「まだお客さん来てない?」


 チェロは朝早くからお店のお手伝いをしているのです。


「もういらっしゃっとるようだよ」


 コントさんが顔を向けた方をみると、お向かいのカフェにいつものお客さんたちが座って手を振ってくれました。

 チェロも大きく手を振り返します。


「おはよーございます! すぐに準備しますね~。 ほら、じいちゃん早く!」


「ほいほい。慌てるとのび(・・)にムラができちまうよ」


 チェロはお構いなしにコントさんの手を引いてお店に入っていきました。





 

 

 お店の端には大きな(かめ)が据えてあります。

 大人が三人手を伸ばしてようやく届くほどのうんと大きな甕で、子供なら五人くらいは楽に入ってしまえそうです。  

 吹き抜けの天井には大きなプリズムが吊るしてあって、お日様が昇ると一日中、七色の光が甕のガラス蓋から中へ差し込むように作ってあります。 

 中にはとろりとした透明な液体がタプタプと満ちていました。


 スライムです。


 スライムというのは不思議なものなのです。

 自分で勝手にうにょうにょ動くから生き物だといわれていますが、魔法をかけると薬になったり、肥料になったり、ガラスになったりするのです。

 どろどろして襲いかかってくる悪いスライムもいます。

 偉い人たちが頑張っていますが、まだ誰もその正体はわかりません。

 調べれば調べるほどどんどん不思議になっていくのですから。


 でも、街の洗濯屋さんはこのスライムを使ってお洗濯するのです。

 チェロはスライムに魔法をかける仕事をしているのでした。



 



 コントさんが銀を貼ったひしゃくで甕からスライムを汲み取ります。

 それを同じく銀を貼ったタライに移すと、タプリタプリと揺れていたその表面が、やがてざわざわ、うにょうにょと動き始めました。

 だんだん水飴みたいドロドロになって、ぐぐっと盛り上がったり、ピョイピョイとすばやく伸び縮みしたり始めます。


 さあチェロの出番です。


 チェロは手に持っていた瓶の中身をサーっとスライムに回しかけると、棒でゆっくりとかき混ぜはじめました。



 

 と~ろとろ~ スライムさーん♪

 

 きれいなお水はおーいしいかな~


 どーおでーすか~?


 きょーをもおひさまにっこにこ~

  

 ことりもぴっきぴっきわらってるー♪


 

 歌いながらタライの底をコツコツと打ってリズムをとったり、フリフリと腰を動かしたりしながら、かき回します。

 

 この歌が魔法の呪文なのです。


 日によってメロディも歌詞も違いますし、鼻歌だけのときもあります。

 その日の気分によって毎日かわる魔法の歌です。

 生まれたときに水の精霊に護られた子どもにだけ使える魔法なのです。

 

 スライムにかけた瓶の中身は聖水です。  

 教会で朝一番に汲んだ水に、加護の祈りと神さまの寵愛を戴き水の精霊との契約で綴じたものですが、それを魔法の力でスライムに組み込ませるのが「のばし」という作業なのです。


 だんだんタライのスライムに変化が出てきました。

 重そうに混ぜられていたスライムがゆらゆらと波打ちはじめました。

 タライの縁に沿って王冠の形のようになったり、伸びたり、くねったり、クルクルとなんだかとても楽しそうに歌に合わせて踊ります。

 やがて歌がゆっくり小さくなっていくと、タライのスライムの動きもゆっくり小さくなっていきました。

 歌声が囁くように小さくなってそっと棒を引き抜くと、タライの中はゆっくりと回るただの水にしか見えないものになりました。


「できたよー」


 チェロは寝た子に遠慮するかのように、ニッコリと囁きました。






 お店の外からわーっと拍手が起こりました。

 驚いたチェロの肩がピョンと跳ね上がります。

 お客さんたちが、チェロの魔法をこっそり見ていたようです。


『コルネット探索社』の冒険者達でした。


「おはようございます、さあどうぞ!」


 コントさんがお店のドアを開けると、剣やハンマーやツルハシを背負ったお客さんたちはニコニコしながら入ってきました。


「おはようチェロ。すばらしい仕事ぷりだったね」


 社長のコルネットさんがそういうと、チェロの頭をガシガシ撫でました。他の冒険者さん達もウンウンとうなずきます。

 チェロは照れてモジモジしていましたが、それでも元気に顔を上げました。


「あの・・ありがとうございます!」


 ですがやっぱり照れくさかったのか、「わたし・・・準備します!」とペコリと頭を下げて、テテーっと奥へいってしまいます。  


「準備も何も、道具はみんなここに揃っとるじゃないか」

 

 コントさんの言葉に、みんなは朗らかに笑いました。



 コントさんが戸棚から洗濯済みの服やらヨロイやらを出してカウンターへ並べていくと、冒険者たちはそれぞれの服を手にとってガヤガヤと着替えの部屋に入っていきます。

 タイミングを計っていたのかやっとチェロが戻ってきました。


「みんな見てたんなら教えてくれてもよかったのに・・・」


 横を向いたままブウッと口を尖らせます。

 

「ハハハ、すまんすまん、わしもチェロに見とれていて気がつかなかったんだよ」


 コントさんは笑いながらチェロの頭にポンポンと手をおきましたが、チェロは腕を組んで「フンだ!」と言いました。


「まあまあ、お客さんがチェロの仕事を誉めてくだすったんだ、嬉しいことじゃないか。さあ準備しよう」


 チェロはまだブーっとしたまま、のしのしとコントさんの前を横切って次の用意にかかりました。

 先ほど作ったスライム水は『つなぎ』とか『継ぎ水』などと呼ばれるもので、洗濯用のものとは少し違う魔法でできています。

 それをひしゃくで銀のジョウロへ移します。

 コントさんはチェロのために作った丈夫な脚立を店の真ん中へ置きました。


 そこへ着替え終わった女の人がひとり、先に出てきました。

 街でも珍しい女冒険者のウルルさんです。

 裾の長いジャケットを頑丈そうなベルトで留め、分厚い皮の鎧と、手甲付きのグローブ、足にはロングブーツ。

 金髪を頭の上でまとめて右腕にフルフェイスの兜を抱えています。


「チェロちゃんよろしくお願いします」


 ウルルさんはチェロに頭を下げるとにっこり笑いました。


「はい! よろしくお願いします!」

 

 チェロも慌てて頭を下げました。 

 少し緊張しているようです。


「では、はじめます!」


「はい」


 ウルルさんは軽く足を開き襟元を開くと目を閉じました。


 チェロがまた歌いはじめます。



 かーみさまー せいれーいさーん♪


 おまもりー くだーさーい~


 どーんなに くらいよるーもー♪



 魔法の歌です。


 歌いながらジョウロを傾け、ウルルさんのつま先からだんだん上にむかって回しかけていきます。


 

 このーこのーむねーにー


 ひかりがあるこーとをー♪



 背伸びをしても届かなくなると、脚立に上って背中も濡らしていきます。

 頃合を感じたウルルさんが、かかりやすくなるように反転したり腕を上げたりして全身くまなく濡れていきます。 

 これは全身を護るための魔法なのです。

 『つなぎ』と魔法の歌で、体と衣服・装備ごとコーティングして『親和性』を高めているのです。



 状況にもよりますが、基本的に「あな」の中はとても不衛生です。

 地下深い場所なので当然光も射さなければ風もありません。

 人間やモンスターや虫たちの排泄物や或いは死骸なども残っており、それらから発生するガスが滞留しています。

 長い時間をかけて堆積した塵は簡単に舞い上がり、カビの胞子なども充満しているので、そういったものから体を守るためのコートを張っているのです。

 極小のスライムの粒が、薄い膜のように対流しながら表面に付着した汚れや塵だけでなく汗や皮脂や古い角質なども拭い、それを分解しながら放散してくれるのです。

 効果は環境によって大きく変わりますが、例えば通常の生活空間であれば一ヶ月。迷宮内の苛烈な環境でも一週間くらいは体がまっさらに保たれます。

  ついでに精神攻撃や物理攻撃にも少しは耐性があります。

  ですが限度を越えると汚れを絡め取っていたスライムの『核』が動きを止めてしまい、衣服や装備にだんだんと目詰まりをおこしてきます。

 こうなると普通の洗濯のやり方ではどうやっても汚れは落とせなくなってしまうのですが、そこでコントさんのような専門の洗濯屋の出番になるのです。






 頭のてっぺんまで全部濡れたのを確かめたチェロは、最後にウルルさんの額に軽くキスをしました。


「どうか。すべてご無事でお帰りください。しゅくふくのうんめいで満たされた、ごじしんであることを、おわすれなきよう」


 途端に全身濡れていたウルルさんの体が服も鎧も全部、さあっという勢いで乾きました。

 




 魔法が終わるとウルルさんはその場に立ったままグスグスと泣きだしました。

 チェロは「またか」と言わんばかりの困り顔になりました。

 はじめてウルルさんに魔法をかけた時にもウルルさんは大声を上げて、わんわん泣き出してしまったのです。

 チェロは自分が何か間違えたのだと勘違いして、ウルルさんと同じようにわんわん泣き出してしまいました。

 ウルルさんは「あんまりにチェロちゃんが優しいものだから感激してしまった」と泣きながら弁明したのですが、火がついた二人は一向に泣き止まず、落ち着くまでそれは大変だったのです。


 そんなことがあったので今日もチェロは困っているのです。

 なにしろチェロちゃんには「感激して泣く」とか「嬉しくて泣く」という泣き方の意味が、まだ理解できないのです。

 コントさんは「大きくなるとそういうことで泣くこともある」と何度か説明してみたのですが、やっぱりチェロにはまだ難しいみたいです。

 

 ウルルさんはチェロを抱きしめて、しきりに「ありがとう」と繰り返しています。

その肩越しに覗いたチェロの顔は困り過ぎてクシャクシャになっていました。

 でも、いつかチェロにもそういう感覚を理解できる時期がくるのでしょう。


―― ゆっくりでいいからの。 ゆっくりでの・・・。


 コントさんは優しい目でチェロを見ていました。






「いってらっしゃ~い!!」

 

 見送りに出たコントさんとチェロに、コルネットさん一同が振り返って手を振ってくれました。

 チェロも両手をブンブン振りながらピョコピョコと跳ねます。


「さあご飯にしよう。今日は遅くなってしまったね」


「やった!」


 チェロとコントさんは顔を見合わせてニッコリ笑いました。

 チェロは「ふわふ~わ~、たまご焼き~♪」と歌いながらお向かいのお店に駆けていきます。


 すっかり昇ったお日様は、キラキラとやわらかく輝いて空はすっきり晴れています。


 やっぱり今日もいい日になりそうです。

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