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第4話 ‐喪失の血液‐ ~ザ・プレグナンシー・オブ・ザ・タブー~

夢を、みていた。


パパとママの胸に穴が開き、血だまりに落ちる。


僕は、震えていた。


ただ震えながら、ベッドの下で、うずくまっていた。








助けられなかった。

助けられなかった。


ごめんなさい。

ごめんなさい。


僕のせいで。


パパ。ママ。


こんな僕でごめんなさい。


僕は、嗚咽おえつを押し殺し、泣きじゃくった。



そんな僕を、助けてくれたひとがいた。


しわくちゃの手足に、毅然きぜんとした後ろ姿。


彼は、老師ろうし様は、僕の光となってくれた。



彼は、僕を、彼の光だといった。


欲望と欺瞞ぎまんあふれる世界で、

それでも、僕の存在だけが、正しい道を指し示す、


たったひとつのたいまつで、羅針盤らしんばんなのだと。


でも僕からしたら、彼のほうが、希望の光だった。



彼は、僕を、よく抱きしめた。


頬に、額に、口づけた。


それは、他の子ども達や、弟子、

恵まれない人々へのそれとは、少し違っていた。



優越感があった。


僕は、愛されている。


僕だけが、彼の唯一の家族なのだと。



そう、気が付けば、彼こそが、僕のお父様になっていた。


父というにはあまりに年老いた、でも、愛しいひと。



だが、彼は、あっという間に、僕のもとから去った。


共に過ごした時間は、まるで、一瞬だった。


それでも、そのかけがえのない交わりを永遠だと信じ、

僕は、ここまで、歩いてきた。




……ああ。

でも、そうだ、きみがいるじゃないか。


みこと


僕の宝物。


僕のお星さま。夜空に輝く、尊いお月様。



きみのその生意気な態度、

素直じゃないくせに、照れ屋なところ。


度を超えた、天邪鬼あまのじゃくで、


ほんとは、誰かに甘えたくて、

愛されたくて、仕方がないところ。


意地悪いじわるな態度の裏の、いつくしみ深さ。


すべてが、愛おしかった。



そうだ。命。


きみがいれば、もう、僕は、なんにも、怖くない。


きみのためなら、僕は、空だって飛べるし、

どんな禁忌きんきも犯そう。



ねえ、命。


……命?



僕は、両手を持ち上げた。


その掌に、赤いものがしたたっている。



……命?


ああ、寝ているんだね。


僕が、起こしてあげよう。



――命?


なんで起きないの?


なんできみは、血まみれなの?


その胸に開いた穴はなに?



……命?


うそでしょ、と僕は、顔をおおった。


いや。

いや。いや。


いやだ!!


僕は、髪を振り乱し、命を揺さぶった。


命の頭が、ごとり、と落ち、

その目玉が、とろり、とこぼれ落ちた。


僕は、ひきつった顔で、命を、突き飛ばした。



命が。


ああ。


どうして。


なんで。



僕のせいだ。


僕の、僕の、ぼくのせいだ。



助けて。だれか、たすけて。


パパ。ママ。


おとうさま。



だれか。


――誰か!!




僕は、はっとなって、身を起こした。


夢……?


額をぬぐうと、汗がにじみ、前髪が張り付いていた。



「やだな……なんであんな夢を……ねえ命……」



言って、今度こそ、言葉を失った。


命がいない。


隣に寝ていたはずの、命が。


喉がひゅっ、となり、たちまち、呼吸ができなくなった。



「みこと……?」



僕は、ばっと身を起こすと、あたり一面を見渡した。


見渡すばかりの海、海、海。


どこにもいない。


砂浜には、足跡すらない。



一気に、血の気がひいた。


僕は、駆け出した。


砂浜中を、めちゃくちゃに探し回る。


いない。



木の影や、植物の裏をのぞきまわる。


いない。


――いない、いない、どこにもいない!!



ふと、恐ろしい考えが、頭をよぎった。


もしかして、波に流されて、海の中に――!?



僕は、一瞬も迷わず、海の中へ飛び込んだ。


ふと、自分が、カナヅチだということを想いだし、

パニックになりかけるが、そんな場合ではない。


僕は、全身の力を、無理やり抜き、

なんとか、海面に浮き上がった。



げほ、げほ……っ!!


荒い息で、のどに入った海水を吐き出す。



ふと、腹のなかに、違和感を感じ、手をやった。


なにか、おかしい。


そう思った瞬間、

喉から、すっぱい液体が、せりあがってきた。



また、海水か。


いや、違う。


酸性さんせいの液体。


もう一度、腹に手をやる。


そして、今度は、しっかりと、触診<スコープ>した。



……どくん、どくん。


脈動が、ふたつ、聴こえる。



……ふたつ?



目の前が、真っ暗になった。


この感覚には、覚えがあった。


懐妊かいにんした、女性特有の現象。


つわり。


まさか。

まさか、まさか、まさか!!


慌てて、全身の龍脈りゅうみゃくを、確かめる。



ない。


聖なる純潔の力が、どこにも。


僕は、海岸に、へたりこんだ。



なんで。


いつ?


僕は、処女だったはず。



寝込みを襲われた?


酒の勢いで?



両眼から涙があふれ、顔を覆った。


どうしよう。


もう僕は、二度と、

禁忌きんきを犯しては、ならなかったのに。


これでは、命を探せない。


嗅覚も触覚も、五感すべてがぼんやりとして、

世界中を探しても、命の息遣いを、どこにも感じない。



いやだ。


命。


いや。


命を失うのだけは、いやだ!!


パニックになった僕に、

そっと、ささやきかけてきたものがいた。



「可愛そうな子。

 あたくしが、なんとかしてあげましょうか?」



――ああ。神様、女神様。


とうとう、助けに来て下さったのですね。


もし、あの子が手に入るなら、僕は、どんな罪でも犯せます。


命。僕の宝。僕の命。


どうか、二度と、僕から離れないで……。

“taboo” ~タブー~


「物忌み,タブー,(社会的に禁止される特定の行為や言動)


禁忌 《ポリネシアや南太平洋の原住民の間で,

特定の人やものを神聖または不浄として触れることや口にすることを禁じる風習》」



「禁制,法度(はつと)


「タブーの; 禁制の」


“pregnancy” ~プレグナンシー~

「含蓄,意味深長」 「妊娠」


“The pregnancy of the taboo”

~ザ・プレグナンシー・オブ・ザ・タブー~


「禁忌の懐妊」

「禁じられた受胎


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