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第1話 ‐祈りの夜‐ ~トランスペアレンツ・ニュー・ムーン~

「そういえば、きみと僕がふたりっきりで話すのは、あの時以来だね」


僕をお姫様抱っこしながら、走るリンドウが言う。

僕に配慮してのことだろう、そのスピードは、音速並みの特急列車である彼女にしては、やや控えめだった。


「……そうだったっけ?」


僕は、あからさまに機嫌を損ねながら、投げやりに返した。

何が悲しくて、美しさだけが取り柄のこの僕っ子・変人へんじん年増としま女に、お姫様抱っこされないといけないのか。


僕は、思い返す。……あのクソッタレな出遭であいを。



そうだ、ここで、カミングアウトしておこう。


「施設」こと、東京府認定の児童養護施設、「青少年保護育成協会」において、僕は、筆頭管理官。

ようするに、バケモノに取りつかれた、哀れなペットたちの飼い主だった。


チカ達呪われた子どもたちを、家畜かちく奴隷どれい呼ばわりしたのも、なんてことない、本当のことだった。


リンドウも、それを知っている。


そして幸せな子ども達に、ワクチンとしょうして、ぬえの血液を摂取せっしゅさせ、ヒトでない化け物へと変質させ、大人たちは奴隷にして操り、そのうえで天王てんおうの正式な跡取りである有月……鮫島有姫を殺し、日本国を牛耳ぎゅうじる僕の計画。


<チェンジリング・ネクロマンサー計画>を僕はあの頃、実行に移そうとしていた。


当時、僕は小学3年生。今から、二年前の夏だった。

そして、それを阻止しようとしてきたものが、たったひとりだけ、いたのだ。



「あのころ、きみはひとりぼっちだったね。でも今は、僕がいる。千夜達もいる。きみはこんなにも、たくさんの愛に囲まれているんだ」


幸福なことだね、とリンドウは囁くようにいった。


「幸せなもんか。千夜は僕を愛していないし、僕のペット<チカ>は千夜に夢中で、僕のことなんかまるで眼中にない。君だって、僕なんか愛していないくせに」


僕はすねるように、だだをこねるように、唇をとがらせた。その膨らんだ頬をリンドウが愛おしげにつつき、笑った。


「そうかな。千夜はきみと寝所を共にしてから、きみのことがほっておけないみたいだよ。それにチカも、千夜や自分に好き放題したきみを憎んでいる。ねえ命。憎しみっていうのは、愛の裏返しなんだ。人は、どうでもいい人間を憎んだりしない。きっとチカは前世のきみのように、きみが彼に優しくなるのを待っているんだ。きみが少し素直になれば、すぐに解決する問題だよ」


「どうだか」

僕はその手を払い、吐き捨てるように、悪態をついた。


「そして、命。僕はきみを愛している。この世で一番、きみのことを愛おしく思っているよ」


リンドウは、僕の瞳をのぞきこむと、今度はまぶたにキスをした。


「うえっ……。君ってば、趣味悪すぎでしょ。もしかして、少年愛好者<ペドフィリア>? 警察呼ぼうか?」


僕はこれみよがしに、嫌な顔をしてみせた。

そのすこぶる正直な態度に、リンドウはどういうことか、ほんとうに嬉しそうに笑った。


「……照れることないのにな?」

「――照れてないから。頭沸いてんの?」


僕はまたもや、露骨ろこつに顔をしかめた。


「まあ、そんなきみだから僕は愛したわけだけど。そろそろ、素直になってもいいころじゃないかな?」


「そんな日は永久に来ないね。おとなしく、首をつって死になよ」

「それもいいかな」


リンドウは、冗談か本気かわからないいたずらっぽい微笑みで、からから、と笑った。


「あの時のきみは、本当にかわいかったな。ねえ、命の目には、僕は、どうみえていた?」




――僕はリンドウ。通りすがりの、花守はなもりだ――


あの日、リンドウは言った。


それはちょうど、<チェンジリング・ネクロマンサー計画>も大詰おおづめで、呪われた子どもたちとぬえ、それに悪夢の木馬<ナイトメア>を使って、夜の遊園地<ミッドナイト・ネバーランド>を、建設しようとしていた時だった。


屈強くっきょう下僕げぼくたちを、まるでドミノ倒しかなにかのように一瞬で打ち倒し、その美女は長いぬばたまの黒髪をたなびかせ、遊園地のシンボル、嘆き<バベル>の塔のてっぺんから突如とつじょ、姿を現した。


「よくもやってくれたね。何者かな? 返答によっては、君の生首が転がることになるよ」


白い袈裟けさ錫杖しゃくじょうを鳴らし、僕はその乱入者らんにゅうしゃをにらみつけた。


「きみが、天津命朔夜あまつのみこと・さくや? この遊園地は、きみが作ったもの?」


女は、みがき上げられた黒瑪瑙<オニキス>のように美しすぎる双眸そうぼうに、冷徹な光を宿し、こてん、と可愛らしく小首をかしげた。


「――そうだと言ったら?」


僕は、異様いようすぎる女の言動げんどう怖気おぞけを覚えながらも、目をそらさず挑発ちょうはつするように言ってのけた。


「だったら、その計画、僕がこっぱみじんにしてあげるね」


女は、とう屋根やねから飛びおり、僕の頭上に音もなく降ってきた。


「させるか……!」


僕は錫杖しゃくじょうをかまえると、その祝詞のりとを唱えた。


立法りっぽう如律令にょりつりょう――さんノ段……“迅雷じんらい”!!」


叫びながら、錫杖しゃくじょうを振り上げる。

その先端から天を裂くんばかりの激しい雷がはなたれ、女を激しく打った。


女が墜落ついらくする。


「よし! 仕留しとめたぞ!」


僕は意気揚々(いきようよう)と、女の落ちていく地面に向かって駆けだした。

女が地面に激突げきとつする様を見物けんぶつしようと、特等席に立ったところだった。

女の瞳が開かれ、薄紅色に光った。



(( ――蓮華れんげ―― ))



まるで、美しい金糸雀カナリアがさえずるように言って、女はその全身に薔薇色ばらいろの花を咲かせ、器用に躰をひねり軌道修正きどうしゅうせいすると、僕へ向かって、まっすぐちてきた。


「くっ……」


思わず受け身が取れず、僕は女に押しつぶされた。


しなやかな腕が、僕の華奢きゃしゃからだにからみ、柔らかな双丘そうきゅうが、この顔に押し付けられた。


「――みぎゅっ……」


情けない声をあげ、僕は意識を失った。


目が覚めると、遊園地は跡形あとかたもなく消滅しょうめつしており、僕は女の膝の上に寝ていた。



「……目が覚めた? 朔夜さくや


いつの間にかなれなれしくファーストネームで呼んでくる女に、僕は悪態をつきながら、そのスレンダーな躰を、押しのけた。


「その名で呼ばないでくれる? リンドウだか、尿道にょうどうだか知らないけど、豚はおとなしく、人間様に調理されてればいいんだよ」


「あは。思ったより、口が悪いんだね。想像よりずっと、可愛らしいひとだ」


女……リンドウは、僕お得意の毒舌をまったく意に介さず、さらりと微笑んだ。


「頭大丈夫? こんなことをして、おんに着せる気? 悪いけど、僕は借りなんか返す気ないから」


僕は立ち上がると、すぐさま再び、臨戦態勢りんせんたいせいに入った。


「どうかな。朔夜さくやでダメなら、みことと呼ぶよ。きみも僕のことを好きに呼んでくれていいよ」


リンドウは、腰をあげると、こちらにその手を、差し伸べた。


「はじめまして、命。……いや、天津命あまつのみこと一夜いちやくん?」


「どうして、その名を……」


僕は、目を見開いた。……だって、その名前は。


「きみのことは、よく知っているよ。天王の直系の男子であり、天津家の長男。破壊神スサノオの血を継ぎし、高貴なるの子。きみは正式な後継者である女ではなく、男として生まれたことで両親に捨てられ、うら若い乳母うばに育てられた」


恐怖と驚きに緊張を隠せない僕に気づかないかのような涼しい顔で、リンドウは続ける。


一夜いちやという名前は、彼女がつけた、“わたしの一番星、はじめての宝物”という意味だね?」


「なんで、それを……」


どくん、と心臓が嫌な音を立てた。


「だが、可愛い小鳥をお遊びで殺めたきみの頬を、ただの端女はしためで使用人にすぎない、彼女が打ったことで、彼女は無残むざん処刑しょけいされた。以来、きみをその名で呼ぶものはいなくなり、きみを愛するものも、この世から消えた。それがきみに秘められた過去、いまだえない生傷だ」


「それが、どうしたって言うんだよ……っ!?」


僕は、瞳を憎悪ぞうおで煮えたぎらせ、みつくように叫んだ。


「でも、きみはまだ、知らない。朔夜さくや。……<月がみえない夜>。<光なき絶望>。そんな呪われた名前がほんとうは、まるで違ったことに」


「なにを……」

僕は思わず、聞き返した。


「きみを腹に宿やどしたきみのママはパパと一緒に、生まれてくるきみの名前を一生懸命いっしょうけんめい考えた。命。きみの本来名づけられるはずだった名前は、呪われた夜<さくや>じゃない。きみの、本当の名前は……」


リンドウは、花びらを、一面にいた。

地面に落ちた花びらが文字となり、その名をしめす。


その名前とは……。


「祈夜<イリヤ>……?」

僕は、茫然ぼうぜんとその名をつぶやいた。


「そう。祈りの夜。暗黒の世界に祝福をもたらす、はじめての月。きみは呪われたなんかじゃない。この世で一番、愛された仔だったんだ」


「だって、あいつらは……」


そう、パパもママも僕が生まれるなり僕を捨てて、勝手に姿を消したんだ!!


「それは違うよ、命。平安時代の高貴なる男の子、あかつきにうりふたつだったきみは、呪われた施設の人柱ひとばしらにさせられようとしていた。きみの両親はそれを、必死で止めたんだ。愛するわが子にそんな宿命は背負わせられない、と、命がけでね」


「じゃあ、まさか……」


「そうだよ。当然、施設の重役共からすれば、彼らは目障めざわりだった。ふたりは、きみの誕生と同時に殺された。そう、きみのパパとママは最期まで、きみをまもって死んだんだ」


「嘘だ……っっ!!」


そんなの、聞きたくなかった。そんな真実、知りたくなかった。

今まで憎んで、見下していたパパとママが本当は、僕を愛してくれていたなんて。そして、ふたりが死んだのは僕のせい、だなんて。


耳をふさぎしゃがみこんだ僕に、リンドウは触れた。


「いやだ!! さわるな……っ!!」


僕は、その手を振り払おうとした。

その時、僕のひたいになにか、とてつもなく柔らかいものが触れた。

それがリンドウの唇だと知った時、僕は思わず、顔を上げた。


リンドウは予想に反し、必死な顔をしていた。そして、もう一度しっかりと口づけると、僕を優しく抱いた。


「……命。もう、きみは、泣かなくていい。僕が、きみを愛するから。……きみの失ったすべての、代わりになるから……」


言ってリンドウは僕を離すと、その唇に、唇を重ねた。


――ちゅ……っ。


唇を離したリンドウは、泣いていた。



「これは、きみの涙だ。花蓮宗かれんしゅう花守はなもり古城ふるしろ凛灯りんどうは今から、きみのものになる」


……だからもう、僕を離さないで。

言ってリンドウは、僕にすがりつくようにこのちいさな胸に、その頬をこすりつけた。


何がなんだか、わからなかった。だが僕はいずれ、知ることになる。


リンドウの前世ぜんせ、女神・花蓮かれん眷属けんぞく……新芽あらめの生涯にまつわる、真実の物語を。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Transparents ~トランスペアレンツ~

「透明な、透き通る」


Trance Parents ~トランス・ペアレンツ~

「催眠状態の親」


New Moon ~ニュームーン~

「新月、三日月」


“Trans(ce)parent New Moon”

~トランスペアレンツ・ニュー・ムーン~


※新月の夜に願い祈ると、満月の夜に満ち、叶うとされる。


「透き通る新月(三日月)」

「眠れる父母の祈り」




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