第21話 ‐神のみぞ知る‐ ~ワールドエンド・ダンシング~
あたしとチカは、再び離ればなれになった。
胸がじくじくと痛んだが、約束したからにはあいつを信じないと。
明らかにイライラしているあたしに対し、リンドウは無言だった。
「それにしても千夜。なんだか、暑くない?」
「うるさい。黙れ」
「やれやれ、お姫様はご立腹のようだね」
リンドウは、ニヒルな笑みで、肩をすくめた。
その言動が、やたら癇に障る。
このリンドウという女、味方ぶってはいるが、本心がみえない。ふたりっきりで、大丈夫か。
そう思いながら足を進めていると、ふいに、足元が、すかっ、と空を切った。
「あ」
そこは、切り立った崖だった。
やばい。
そう思った時にはもう、まっさかさまに墜ちていた。
「――千夜!!」
リンドウの、焦ったような声が、遠くなっていく。下には、マグマのように、煮えたぎった海があった。
……あたし、ここで、死ぬのかな。
ふと、チカの、あの、まばゆい笑顔が、思い浮かんだ。
……死ねない。――こんなところで、あたしは、くたばれない!!
あたしは、かっと目を見開いた。
<< ――リン――。 >>
灼熱の海に溺れゆくなか、澄みきった鈴の音が木霊した……。
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僕は、目を見開いた。
目の前の千夜の姿が、掻き消えた。必死で探すも、どこにもいない。
やがて、足元ががらり、と崩れた。
慌てて、足を引くと、そこは断崖絶壁だった。
――どうして。さっきまで、ここは確かに陸地だったはず……!
下を覗き込むと、ちいさくなった千夜が、マグマの海に、吸い込まれてゆくところだった。
声をからし、手を伸ばすが、届くはずがない。
僕はそのまま、愛しい女神様が溺れて、沈んでいく姿をただ、眺めていた。
足元の、絶壁を叩く。
「……くそ……っ!! 僕がいながら……!!」
唇を噛みしめ、身を投げようとした。
「――何してるの!!」
その背中に取りすがった、ちいさな体躯があった。
「……早まらないで!! とうとう頭がいかれたの、年増!!」
「……命……」
僕は、命の、薄っぺらい胸に、しがみついた。
「僕は……また……」
「何言ってるの、千夜はまだ死んでいない。僕ですらわかるんだ、君にもわかるでしょ」
よくみてみなよ、と命は、その白魚のような指を、つい、と伸ばした。
命の指先から、透明な水滴が、溢れ、一瞬で、丸い水鏡となった。
そこに、千夜が映っている。
千夜は横たわり、荒い息をしている。彼女が寝ているのは、マグマの海の底だった。
「――助けないと……!!」
「待って。千夜は、血闇に、護られてる。それに、あそこは魔女の檻のなかだ。僕達ではとうてい、辿りつけない。どころか、女神の加護のない僕達では、あっという間に骨まで溶けておしまいだ。迂回して、ほかのメンバーと合流するよ」
「命……」
僕は、情けない声を出して、涙に濡れそぼった頬を、彼の華奢な胸に、こすりつけた。
「しっかりしなよ。大人でしょ。僕がエスコートしてあげるから、君はついてきなよ」
命は、僕の手を引き、来た道を引き返した。
「うん。ごめんね、命。僕は、千夜の守護者失格だ」
「なに、メソメソしてんの。君らしくないよ。くだらないこと言ってるヒマがあったら、さっさと歩きなよ。僕と君では、歩幅が違うんだから」
「そうだね。最初から、こうすべきだった」
僕は、命を持ち上げ、横抱きにすると、その額に口づけた。
「――うわっ! なにす……っ」
「命。じっとしててね。僕の首につかまって」
言って、僕は返事も待たずに、駆けだした。
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「チカ、あれでよかったのか」
「ああ。現時点では、あれが最善だ。オレはもう二度と、千夜を失いたくない」
オレは雷門の肩に乗って、周囲を見渡していた。
霊体であり、たくましい体つきの雷門なら、オレの華奢で軽いカラダなど、文字通り、軽々載せられる。
「まあ。俺がいうことじゃねえが。ただ、あのリンドウとかいう女、本当に信用できるのか」
「あいつの言うことに、嘘はなかった。なにか隠してはいるだろうが、とりあえず、千夜を護るという意味では、オレ達の目的はひとつだ」
「それにあいつは、女神・花蓮の眷属だという。その霊力は、恐らく、オレや命の比じゃねえ。悔しいが、現時点で千夜の騎士<ナイト>にふさわしいのは、あいつのほうだ」
「お前がそういうなら、そうなんだろうな。――だが……」
雷門が、口を閉じた理由は、すぐにわかった。
鵺の群れが、すぐ近くまで、迫ってきていたのだ。
「ワンパターンなんだよ、クソッたれ」
オレは、静かに雷門の肩から降りた。
「チカ。俺が……」
「お前はじっとしてろ。こいつらは、オレがやる」
オレは、息を吐くと、指を、銃の形にした。
「<<ゴースト・シューティング>>」
瞬く間に、霊力をこめた弾丸が、オレの指先から放たれた。
鵺のひとつに命中し、そいつはもんどり打って、暴れだした。
暴走した一匹のせいで、やつらは大混乱だ。もみくちゃになり、オレ達を襲うどころじゃない。
オレは薄く笑うと、両手を広げ、ひらりと舞った。
「――踊れ。」
オレの言葉と共にぼこぼこと、地面から死体が這い上がり、鵺に迫って行った。
そのまま、共食いがはじまるのを、オレは黙って眺めていた。
雷門が、真っ青な顔で吐き気をこらえているが、気にしなかった。
終焉の死舞踏<<ワールドエンド・ダンシング>>
死体を無制限で操る、狂気の能力。
この墓場ステージにおけるこれが、オレの最終奥義だった。
「チカ、そのへんにしておけ」
雷門が、オレの目をごつい両手で隠した。オレをかばってのことだろうが、オレには、無意味だ。
こんな茶番、今まで潜り抜けてきた地獄に比べれば、子どものお遊びでしかない。
「雷門。オレはいい。それよりお前こそ、覚悟はできてるんだろうな。これからオレ達は、今まで到達したことのない領域へと踏み込む。場合によっては、オレも千夜も、それどころか全員が死ぬ。お前にそれをすべて、見届ける覚悟はあるか」
オレは、雷門の両手に、手を添えた。オレの瞳を包む、雷門の両手は、死地へと向かう緊張のためだろう。わずかに汗ばんでいた。
オレが与えた、疑似的な生命活動。
こいつは死んでいるが、ここにいる。
生きている。
死にながらも、生き続けている。
――ただ、オレの、オレだけのために。
「ああ。もとより、そのつもりだ。お前と一緒なら、俺はどんな地獄でも潜り抜けてやる。墓の中までお供するぜ」
「そうか」
オレは、雷門の両手をどけると、その筋肉質な躰に抱きついた。
「なあ、この戦いが終わったら、お前のお願い、なんでも聞いてやるよ」
「その言葉、忘れんなよ」
雷門もまた、オレをしっかりと抱きしめかえした。
やがて鵺達は、残らず生ける屍に喰らいつくされた。
オレは、その残骸を無感情な瞳で、ねめつけると、雷門に掃除を命じた。
無数のハリケーンが、へばりついた肉片や、ねばついた血液を綺麗に巻き上げ、遥か彼方へと運んで行く。
「行こうぜ」
オレは、再び雷門の肩に乗ると、前を見据えた。
――この戦い、絶対負けらんねえ。
おう、と返事をすると、雷門は、台風を背にして、疾風轟雷のごとく、駆けだした。
行き先は、天国か、地獄か。その結末は、神サマだけが、知っている。
“World End Dancing”
~ワールドエンド・ダンシング~
「世界終末の舞踏」




