第20話 ‐最後の誓い‐ ~メテオライト・サイレント・プレイヤー~
あたしは、夢をみていた。
それは、遠い昔の物語。
その頃のあたしは、やんごとなき名家の姫……。
などという、レベルではなく、
女神アマテラスの血をひき、
その母、創世の女神、花蓮の生まれ変わり、
「血闇」という名の、世にも美しい娘だった。
本来なら、成人していたあたしは、ちょうど婿をもらう年に、
神隠しに遭い、以来、少しも、年を取らなかった。
可愛い弟君、今の命である、暁はどうに成人し、
たくさんの愛人を囲っていた。
あたしは、そのことに焦りを感じながらも、
どうにかこうにか、日々を過ごしていた。
そんなある日、
……そう、あれは、満月が美しい夏の晩だった。
目の前に現れたそれは、ちょうど見た目にして、
あたしぐらいの男の子だった。
いや、たぶん、としかいいようがない。
みすぼらしい身なりをしたそれは、
妖と見まごうほどの美しさで、
歴史に残る名月が、かすんでみえるほどだった。
あたしは、それに触れたい、と思った。
なぜだかわからないが、胸が苦しくなって、
暴れだしたくなるほどの、感情に飲まれた。
それが歓喜だと知るころには、あたしは、それと契っていた。
あたしは、この愛しい君に、名をつけてやることにした。
“誓炎‐ちか‐”
夏に誓い、炎に誓う、約束のひと。
あたしは、それに、はじめての恋と、永遠の愛を捧げた。
叶うなら、この躰といわず、魂までも、喰らってほしかった。
あたしは、それと夫婦になれないなら、心中する気でいた。
やがて、あたしの胎には、チカの子がやどり、
それを知った家の者は、
高貴なる御子を孕ませた大罪人として、チカを殺めた。
チカが、奴隷でなかったのなら。
あるいは、あたしが、天王の直系の姫でもなければ。
そんなもしもは、まるで意味をなさなかった。
自害しようとしたあたしを止めたのは、
神隠しで行方不明になったあたしを、
あちらの世界に行ってまで取り戻してくれた、
最愛の姉、小月こと、有月だった。
あたしは荒れ狂う心のまま泣き、そして、決めた。
“わらわは、そなたを取り戻す。
たとえ、何と引き換えにしてでも――!!”
新月に誓ったあたしは、自らの血液を使って、
チカを蘇らせた。
だが、それもまた、失敗に終わった。
チカを脂ぎった薄汚い瞳でみつめる男、
相之宮双馬、
……そう、今の双子坂によって、再び、殺められたのだ。
退魔の名刀によって、
無残にくし刺しにされたチカの屍体は、
無数の蝶となって、天空に消えて行った。
チカの肉体なき今、彼を再び呼び戻すことは、不可能だった。
あたしは、再び、新月に誓った。
もし、次があるのなら。
あたしは、お前を、今度こそ、離しはしない。
あたしだけのものにして、二度と、取り逃がしたりはしない。
それは、醜い独占欲で、
みっともない所有欲だ。
でも、なんだっていい。
お前のいない世界など、意味はない。
あたしは、実の弟、暁と契り、
その役目を、未来のあたしにたくした。
それが、たとえ、愛しいお前にそむく大罪でも。
あたしは、だるい倦怠のなか、目を開けた。
「ちか……?」
ふと、柔らかい感触に、あたしは目を見張った。
あたしをかばって、チカが下敷きになっていた。
頭からこめかみまで、つう、と赤いものがしたたっている。
「チカ……?! チカ!!!」
あたしは、夢中で揺さぶった。
目の前が、真っ暗というより、真っ白になって、
あたしは、無我夢中で、その名を呼んだ。
「待って。千夜。僕にまかせて」
いつの間にいたのか、リンドウが、チカの額に手を当てた。
「大丈夫。
龍脈は切れていないし、
命の珠も、失われていない。
龍脈のバックアップを再インストールし、リカバリすればいい。
――チカ、ごめんね」
リンドウは、チカに口づけ、舌を差し入れた。
「――ん……っっ」
「チカ……!?」
「……ちや……? ここは……」
「やあ、遅いお目覚めだね。
女王様<マイ・プリンセス>を、あまり待たせないでほしいな」
「リンドウ、てめえ、なにしてやがる……」
チカが眉を吊り上げ、リンドウを押しのけた。
「なにって、人工呼吸だけど。なにか、まずかった?」
リンドウは、白々(しらじら)しく言ってのけた。
「唇が汚れるだろうが!!
ちっ、よけいなことしやがって……」
チカは、ぐいぐいと唇をこすると、
不快感を隠そうともせず、顔をそむけた。
普段、誰に対しても、基本、友好的なチカの、
あからさまな嫌悪に、あたしは目を丸くしたが、
考えてみれば、命や進藤に対しても、こうだった。
だが、今回のそれは、少し毛色が違っていた。
チカは、明らかに、なにかに、いらだっている。
一体、なにに?
「やれやれ。
僕をみていると、花蓮さまを、
救えなかった自分を思い出すんでしょ、チカ?
……いけない子だね? 僕が調教してあげようか?」
チカの顎をすくったリンドウに、
チカは憎悪の瞳で、荒々しく手を祓った。
「黙れ買女。
オレは、てめえなんかの情けはいらねえ。
わかったら、二度と、オレに話しかけんじゃねえ」
「いい返事だね。このまま、土に返してあげようか?」
「やれるもんならやってみやがれ。
地獄から蘇って、呪い殺してやる」
「こわいこわい。その調子で、魔女さまも倒しておくれよ」
「望むところだ。てめえなんかいなくても、オレはあいつを手に入れる」
「……あいつ?」
「!! いや、こっちの話だ……」
チカが急にしどろもどろになって、顔を赤らめた。
「青春はそこらへんにして、さっさと皆と合流するよ、チカ」
「言われなくても……」
チカは、そこで、ぴたりと立ち止まった。
「チカ?」
「千夜、お前は、リンドウと行動を共にしろ」
「何言って……お前は?」
「オレには、雷門がいる。
今はリンクが切れているが、
前頭葉中枢<メインブレイン>にアクセスし、あいつをよびだせばいい。
――だから、オレの心配はしなくていい」
「そんなこと……人数は多い方がいいだろ?」
「鮫島の言ったことを忘れたか。
オレと共にいればいるほど、お前の死亡率は高まる。
これ以上、お前と一緒にはいられない」
「――ふざけんな!!」
あたしは、怒鳴った。
「勝手なこと言ってんじゃねえ!!
今だって、リンドウがいなかったら、どうなっていたか……」
「千夜、オレが死ぬのは嫌か」
「当たり前だろ!!」
「なら、わかってくれ。オレも、お前が死ぬのは嫌だ。
だから、今だけは、オレの言うことを聞いてくれ。
もし、オレのことを大切に思うなら、
あのクソババアを倒すまで、オレから離れていてくれ。
――すべてが終わったら、オレは、もうお前から、離れねえから」
――この躰果てるまで、二度と。
チカは、そこまで言うと、あたしに、歩み寄った。
「約束してくれ。オレのことを、どんな時も、信じると。
病める日も、健やかなる日も、
オレを想い、オレだけのことを信じ、すべてを預けると。
そのためなら、オレは、なんだってできるから」
チカの瞳は、
真っ暗な闇の業火のようにも、
果てしない奈落の底のようにもみえた。
あたしの胸は早鐘を打ったが、
気が付いたら、うなずいていた。
「約束する。あたしのすべては、お前のために。
あたしの躰も、魂も、せんぶお前に預ける。
必ず、魔女を倒せよ。あたしは、待ってるから」
――何千年でも、何億年でも。
あたしの唇は、まるであたしのものではないかのように、
すらすらと動いた。
「ああ。じゃあ、契約をしよう、千夜。
これは、その前払いだ」
チカは、あたしの額に口づけると、
あたしの躰を、柔く、抱きしめた。
いつの間にか、空には、流星が降っていた。
それは、あの日と同じ、こと座の流星群。
“織姫への口づけ”<ベーゼ・フォー・エリス>。
運命に引き裂かれた、彦星と織姫、
オルフェウスとエウリディケ、イザナギとイザナミ、
そして、空魔と花蓮の、永遠の契り。
あたしは、嗚咽をこらえ、チカに語りかけた。
「花火、みような」
「ああ」
「……海も、行かなかったら殴る」
「……ああ」
「約束、今度破ったら、許さねえからな」
「そしたら、嫌いになるか?」
「もう、大嫌いだっつの」
「――そうか」
「ああ。世界で一番、お前が大嫌いだ」
あたしは、チカの胸にぶつかった。
「だから、絶対に守れよ」
「わかった」
チカは、緩く、あたしの体を抱き止めた。
「必ず守ってやる。お前も、約束も」
だから、とチカはあたしを離した。
「待っていてくれ。たとえオレが死んでも――」
<……――オレの魂は、お前のもとに――……>
チカはそういって微笑んだ。
震えるほどに、美しい笑みに、あたしの胸がどくん、と嫌な音を立てた。
「待……!」
「――じゃあな。もう泣くなよ、チャチャ子」
チカはそう言って、くるりと背を向けた。
まるで、散歩にでも行くような気安さで。
あたしは、茫然としていた。
一瞬後には、またくるりと振り返って、
「なんてな。冗談だっつの」なんて、言ってくる気がして。
――嘘だ。そう思いたかっただけだった。
チカの背がみえなくなってはじめて、あたしはしゃがみこんだ。
一歩も動けなかった。
――なんて弱虫なんだ、あたし……!
……強くなったつもりだった。
泣いて叫んで、戦って。
成長した、つもりだった。
だけど、あたしはこんなに無力で、弱い、虫ケラだった。
チカを、守りたい。
だけど、あたしには、その力がない。
力が、ない……?
本当に、そうか?
あたしは、はた、と思い当って、自分の掌をみつめた。
……できる。
あたしにもできることが、たったひとつだけ、ある。
あたしは、唾を飲み込み、震えに耐えた。
怖い。自分が、自分でなくなってしまうのが。
それでも、あたしを守ってくれた、チカを守るには、これしかない。
「チカ……!」
あたしは、嗚咽をこらえるように、小さく叫んだ。
「……――あたしは、お前を……!」
ずっとずっと、ずっと。
お前に憧れていて。追いかけてきた。
あの日、秘密を打ち明けてくれたのも、
最初はショックだったけど、やっぱり、嬉しかった。
だけど、やっぱりお前は、あたしを置いていく。
いつだって、いつだって、置き去りにする。
だとしたら、あたしだって、もう、諦めたりしない。
お前があたしを守るために、遠ざかるなら。
あたしだって、もっともっと、強くなる。
お前の隣に立って、追い越して。
あたしを、追いかけさせてやる。
――もう、怖くない。
本当は怖いけど。震えるし、吐きそうだけど、それでも。
<< あたしだって、お前を、守る……!! >>
あたしは、涙をぬぐうと、チカとは反対の方向へ、振り向いた。
そして、歩き出す。
その歩みに、もうためらいはない。
この時、あたし達は、再び、別の道を歩んだ。
その先に待っているのは、〈約束された喪失〉か、それとも?
リンドウが、空虚な瞳で、
そんなあたしを眺めていた。
――その未来は、神のみぞ知る……。
“Meteor” ~メテオ~
流星.隕石.
“Light” ~ライト~
【不可算名詞】 光,光線.
【不可算名詞】 [また a light]
(目に映る)明るさ,光輝,輝き; 明るい所.
【不可算名詞】
[通例 the light] 日光; 昼,白昼.夜明け.
【可算名詞】 発光体,光源.
【可算名詞】 [しばしば集合的に]
灯火,明かり; (信号の)光,交通信号灯; (電算機類の)表示ランプ.
【可算名詞】 灯台; のろし.
【可算名詞】 天体.
[複数形で] (舞台の)脚光.
【可算名詞】 (発火を助ける)火; 点火物 《マッチなど》; (たばこの)火
《★【比較】 この意味に fire は用いない》.
“Silent” ~サイレント~
静かな
“Prayer” ~プレイヤー~
【不可算名詞】
祈り,祈祷.
[通例 P] 【不可算名詞】 (教会での)祈祷式.
[複数形で] (学校や個人の)礼拝.
【可算名詞】 [しばしば複数形で] 祈りの文句,祈祷文.
【可算名詞】 嘆願; 願い事.
[a prayer; 否定文に用いて] 《米口語》
わずかな見込み,かすかなチャンス 〔of〕.
“Meteor Light Silent Prayer”
~メテオライト・サイレント・プレイヤー~
「流星の光(輝き)、静かなる祈り」
「流星ののろし、静かなる願い」




