第18話 ‐禍の前夜‐ ~ア・プレリュード・オブ・ザ・テンペスト~
 
時は、さかのぼる。
この残酷な物語の、操り手を気取り、
俺たちをあざ笑いやがる、魔女と戦うため、
俺、雷門とチカ、千夜をはじめとした総員が、
やつのテリトリーに乗り込んだ。
のはいいが、魔女の策略に、まんまとハマり、
俺たちは、バラバラに、魔女の結界内に飛ばされ、
結果、俺とチカはクソせめえ、山小屋に閉じ込められた。
脱出方法は、俺たちがセックスすること。
途中、着ていた服がロストし、全裸になるという、
とんでもねえアクシデントが起きたが、
すんでのところで耐え、俺たちは、
貞操を失うことなく、なんとか、脱出に成功した。
「ほらよ。約束のブツだ」
「げっ……」
すっぱだかのチカは、獲物をみるなり下品な声を上げた。
「げっ、とは何? せっかく、この僕が、助けにきてあげたのに」
むっすー。と頬を膨らませた、新たな旅の道連れは、
そう、チカを自宅に監禁し、ヤりたい放題しやがった、
淫乱小学生こと、命だった。
「お前は呼んでねえ。さっさと帰れ」
チカは、あからさまに、イヤそうな顔をすると、
しつけのなってないノラ犬を追い払うように、しっしっ、と手を払った。
「いい返事だね。というか、なんで君ハダカなの。押し倒されたいの?」
命が、心なしか、ハアハアしている。
ヒトのことは言えねえが、すげー気持ち悪りぃ。
「てめーのためじゃねーから、安心しやがれ」
くだらねえ軽口はともかく、命のファインプレイにより、
無事、外に出た俺たちは、ついでとばかりに、
命の錬成した、服を羽織って、
猛吹雪のまっただなかを、歩き始めた。
「つうか寒い。マジ、凍死する」
チカは俺の体に、コアラのごとく、ひっついている。
「なあに、チカ。君、自分で錬成もできないの」
「錬成?」
「うん。体内の気を練り上げ、活性化させるんだ。
そんなことも知らないなんて、呆れた家畜だね」
チカは、あからさまに、むっとした顔をしたが、おとなしく聞き返した。
「どうやんだよ。教えろよ」
「やだね。まあ、キスしてくれたら、教えてあげてもいいけど?」
言って、命は、その天使のようなツラに似合わない、
淫靡な笑みを浮かべた。
「マジか」
チカは、命の服の襟をひっつかむと、
ためらいなく、ぷちゅっ! っと口づけた。
「これでいいだろ」
ぺいっ、と命をほおると、チカはごしごし、と服のそでで、唇をこすった。
命は、「チカが……はじめてチカから、僕にキスを……」
と赤い顔で口をおさえ、ぷるぷるしている。
こいつ、こんなキャラだったか?
俺は、頭痛がしてこめかみを押さえた。
あー、すっげー、面白くねえ。
「おい。ちゃんとしたぞ。踏み倒すんじゃねえぞ?」
「わかってるよ。僕は約束は守る。特に君との約束はね」
命は、冗談か本気かわからない、戯言じみた事をのたまうと、
唇に、その白魚のような指をあて、かすかに微笑った。
「ここに、心臓があるでしょ。
それがきちんと脈動していて、
赤い血液と、同じ色の気が流れている。
……まずはそれをイメージするんだ」
「――わかった。こうか?」
チカは、渋い顔をして、目をつぶった。
「そして、それが全身に循環し、カラダが熱くなる。
そのイメージを何度も繰り返し、
体温を、内部から上昇させるんだ」
命のいうことはシンプルで、いかにもお手軽そうだったが、
実際にやろうとすると、やはり、難しいのだろう。
チカが、完全にマスターするまで、きっかり十分か、十五分ほどかかった。
「あっ、できた。すげえ、超体あちい」
チカがはしゃいだような声で、ガッツポーズをした。
「さすが僕のペット、上達が早いね」
「誰がてめえの愛玩動物だ。死んで出直せ」
「あは。誰にものを言ってるのかな?」
ケンカがはじまりそうだったので、
俺はどうどう、と仲裁に入った。
やがて、2、3時間ぐらいだろう、足が疲れだしたころ、
いかにも、年季の入っていそうな、
豪奢な洋館に辿りついた。
手入れが、行き届いているらしく、キラキラピカピカのそれは、
いかにも、あの魔女の好みそうな、シュミのわりぃ、ロココ調だった。
「とうとう着いたね。ここに、あの老女がいるんだね」
さっさと入ろうとした命と、チカを、俺は止めた。
「待てよ。どんな罠があるか、わかったもんじゃねえぞ。
ここは慎重に……」
「雷門。グダグダ言ってねえで行くぞ」
「弱虫は置いておくよ」
「おいおい……」
こいつら、正気か。
つうか、何気に、息が合ってる気がすんのは俺だけか?
洋館の内部は、冷え冷えとしていた。
明かりは最低限で、俺たちは、
命が掌から出した、光の玉を頼りに、進んでいった。
なかなか、敵の本丸は現れず、
警戒していた、罠の類もなかった。
すっかりふぬけた様子で、チカが切り出した。
「なあ、命もホモなのか」
――俺もホモじゃねえ!!! と、ツッコもうかと思ったが、
命の返事が気になって、ぐっとこらえた。
「はあ? なにいってるの?
僕は、君をいじめて泣かせたいだけで、
君なんか、好きでもなんともない。
おかしな勘違いしないでくれる?」
「あっそ」
チカは、興味なさそうに、そう返した。
それを、世間では、好きっていうんじゃねえの?
……つうか、こいつ、まさかツンデレか。
――超めんどくせえ。
俺は呆れたが、話がややこしくなるので、黙った。
ふと、足元をちょろり、と何かが駆けて行った。
命が真っ先に気づき、対象を撃滅しようとしたが、
チカが声をあげた。
「待て!! そいつは、たぶん……」
ちょろりは、俺の足を上って、肩まで乗ってきた。
「おわ……っ!? なんだこいつ……!!」
びくったが、よくみると、そいつは、
オコジョと狐の中間のような、意外とキュートな見た目をしていた。
「くう」
オコジョキツネもどきは、可愛らしく鳴くと、
俺の鼻先に、そのちいさな、しめった鼻をこすりつけた。
「雷門! チカ!! ……と、誰だ?」
ぱたぱた、という足音と共に現れたのは、ナズナだった。
続いて、双子坂も遅れてやってきた。
「双子坂!!」
チカがぱあっ! と目を輝かせ、双子坂に駆け寄った。
「無事だったのか!! さすがオレの相棒!!」
「君こそ無事でよかったよ。……と、それは……」
命に目をつけた双子坂が、警戒心を丸出しにする。
「やあ、メガネのおにいちゃん。僕がどうかした?」
確信犯だろう、
命はにやりと笑って、可愛らしく小首をかしげた。
すかさず、臨戦態勢に入った双子坂に、
チカがまたもや、声をかけた。
「待て、双子坂。
こいつは敵だが、今は、あの女を倒す気でいるらしい。
今のところ、休戦協定を結んだほうが、
無難じゃねえ?」
「……ああ、そういうこと」
納得した風なことを言ったが、命をみつめる、双子坂の眼光はキツかった。
ガキ相手に大人げない、とは、とても言えない。
こいつは、無抵抗のチカを、自宅に監禁し、
あんなことやそんなことまで、好き放題しやがったのだ。
その証拠に、再会したチカの目は、完全に死んでいた。
命がまだ小学生であり、精通が、まだだったことが幸いして、
処女だけは失わずにすんだが、
きっとその手前までは、散々されたのだろう。
誇り高いチカにとって、どれだけ、屈辱だっただろう。
いったい、どんなひどい、辱めを受けたのか。
実は、霊体である俺は、
その一部始終をみている。
命に、弱みを握られているチカは、俺に何もするなと言ったが、
俺にとっても、その行為をみせつけられるのは、
耐え難い苦痛だった。
だが、本当になにかあったとき、すぐさま助けに入れるよう、
おちおち、目を離すわけにもいかなかった。
あれから、チカをみつめる俺の目は、
以前よりいっそう、欲にまみれたものになった。
ただでさえ、美しく可愛らしいチカの、
あんな痴態をみてしまって、
今更、前のような、ピュアな感情を抱くことはできなかった。
「それはいいけど、なにもなかった?」
やはり心配なのだろう、双子坂がチカに問いかけた。
「ああ。雷門と山小屋に閉じ込められたが、なにも起きなかった」
「そう」
「ついでに途中で服がロストしたが、大丈夫だったぞ」
「――へえ」
双子坂の俺をみつめる瞳が、ブリザードの域だ。
――こええ。超こええ。なにこいつ、ガチじゃねえの?
俺の心を読んだかのように、チカが、双子坂に、こう言った。
「なあ、お前もオレのこと、好きなの?」
こいつダチにまで、おんなじこと聞きやがった!!
――全員に聞いて回る気か!?
「そんなわけないだろ。僕は、君なんか大嫌いだよ」
「ふーん。よかった」
騙されるな。
そいつはただの鬼畜系のツンデレだ。
いつか、寝込みを、襲われねえように、気をつけろ。
「なに?」
当の鬼畜に、メガネごしに、にらみつけられ、
俺は冷や汗をかきつつ、目をそらした。
「……いや?」
やべえ。こいつ、サトリかよ。
俺は、内心、めちゃくちゃびびっていたが、
それを態度に出すのは、プライドが許さなかった。
俺と双子坂の、静かなる攻防戦に、
当のチカは、ハテナマークを浮かべて、
こてん、と小首をかしげていた。
いつもながら、クッソ可愛い。
どこぞのエロガキとは、大違いだ。
「チカ達と合流できてよかったな」
ナズナが、明るい声で言う。
ちょろりは、チカが気に入ったらしく、
チカの肩を定位置に決め、じゃれついている。
チカも、愛くるしい、ちょろりの喉を、撫でてやったり、
しっぽを触ったりして、やたらと、いちゃついている。
――別に、羨ましくなんてねえからな!!
命が、「狐って焼いたら美味しそうだよね……」と、
恨みと憎しみのこもった、危ない発言をしているが、
幸い飼い主である、ナズナには聞こえていないようだ。
やがて、いかにも、といった扉が目に付いた。
「あたくしの玩具ご一行」
という、ご丁寧なプレート付きだ。
チカがイラついたように、乱暴にその扉を開けた。
ぎいい……、軋みながら開いた、その先には……。
Tempest ~テンペスト~
「嵐」
Prelude ~プレリュード~
「序曲」
“A Prelude of the Tempest”
~ア・プレリュード・オブ・ザ・テンペスト~
「嵐の序曲」
 




