第13話 -鮮血の舞- ~ラスト・プリンセス・ビースト・エッジ~
対鵺戦は、なかなかに骨が折れた。
もともとあたしは、退魔にひいき出た陰陽師だ。一匹一匹を撃滅するのは、たやすい。
だが、こうも数が多いと。
着実に傷ついていく躰に、若干焦りつつあった。
刀神、禍津神ノ懺。鵺を斬るための牙。
これを振るう限り、あたしは負けない。
だが、とうとう膝を折った。鬼の血を使いすぎたせいで、肉体が限界に近づいているのだ。
舌打ちをして、目の前の鵺をにらみつけた。
――やれるか。
――いや、やるしかない。
立ち上がろうとした時だった。
目にもとまらぬ、疾風の影が、目の前に躍り出た。
「――どっせええええい!!」
影は、鵺を見事なハイキックで片付けると、あたしに向かって、手を伸ばした。
「助けに来たぞ、姫。あたしが来れば、もう安心だ」
「乙女……お前……っ」
ツクヨミと一緒に離脱したんじゃなかったのか、という当然の問いは、当人によって答えられた。
「そのつもりだったんですがね。どうも、きなくさい気配がしたもので、戻ってきてしまいました。僭越ながら、私も尽力しますよ」
「そういうことだ。さあ、このやんちゃな子犬どもを片付けるぜ!!」
子犬と呼ぶには、鵺達は、あまりにグロテスクだったが……。
まあいい。これで、本格的に死ねなくなった。
あたしは、溜め息をついて、立ち上がった。
「乙女、絶対に生き残るぞ」
「当たり前だろ! 合点承知だぜ!!」
鵺どもをあらかた殲滅したころ、それは現れた。
あたしは言葉を失い、乙女は真っ青な顔で凍りついた。
それは、美しい女だった。
だったが……。柔らかな微笑みを浮かべ、口から血を垂らしていた。
コフー、コフーと、息をしている。生臭いにおいが、あたり一面に漂った。
「お…かあさ……」
乙女が、フラフラと近寄る。
「危ない!!」
あたしは、それを叩き切った。
まもなく、女は、乙女の母は崩れ落ちた。
「姫……てめえ!!」
乙女は暴れ、物言わぬ死体に駆け寄ろうとした。
あたしは、羽交い絞めにして止めるが、力量が違いすぎる。
あたしも乙女も、必死だった。
「乙女! こいつは、お前を殺そうとしてたんだ! 魔女に操られて! 倒さないといけない相手だったんだ!!」
「うるさい! うるさあい!! お前なんか……お前なんて……」」
<< ―― 大嫌いだ! ―― >>
乙女はそう叫ぶと、そのまま走り去っていった。
「あいつ……」
追いかけようとしたが、膝が、がくんと落ちた。
能力を使いすぎた。プラス、乙女に拒絶されたのが、予想外なほどショックだったらしい。
戦う気力は、もうびた一文残っていなかった。
「大嫌い、か……」
まもなく、数えきれないほどの鵺が、押し寄せてきた。血へどをはいて、立ち上がった。
「戦うしかないな……」
乙女のあとは追わせない、この命にかけても。
あたしは、あの言葉を思い出していた。
<< 王族の最後の一人である、誇りを忘れるな。 >>
<< ――汝、究極の女たれ。>>
――女って何だ。美しく髪をゆい、艶やかに着物をまとい、しとやかに振る舞う生き物か。
――なら……あたしはそんなモノ、要らない。
はきだまりで育ったあたしが、今さら姫ごっこなんて、ちゃんちゃらおかしい。あんた達があたしに、そんなモノを求めるなら。
あたしは壊す。その幻想を。その期待を。あたし自身すらも。壊して壊して、壊しつくして、作り直す。
――革命だ。ただ、一本の剣となれ。月光に濡れ、風に踊り、血飛沫と舞う、美しく勇猛な舞姫たれ。
これがあたしの流儀。
あたしは、邪を切る邪姫。鬼の血を宿す鬼姫。姫、姫、姫。それでいい。姫がどうした。
あたしは、すべての概念を蹴飛ばす、不良になろうとした。でも、真実から、事実から目をそむけ、逃げ続けることは出来なかった。
あたしは最後の姫だ。
――それでいい。あたしの代わりはどこにもいない。なら、最初で最後の、鮫島有姫であればいい。
――――あたしは今、あたしになる――――
「姫。それ以上力を解放したら……」
「……月読。お前の助けはもういらない。――お前は、乙女のほうへ向かえ」
「しかし……」
「大丈夫だ。あたしは死なない」
――こんなところで、死ねない。
「だから、乙女を護りに行け」
「……御意」
ツクヨミは、一礼をすると、一陣の風となり、飛び去った。
――びゅう。風に踊る黒髪のうっとしさに、あたしは、髪をかき分けた。
「……乙女。無事でいろよ」
ああ。お前が生きているなら、それでいい。
あたしはそれだけで、この命がけの戦いに身を捧げることができるだろう。
「――お前とケンカしたのは、あの時ぶりだっけな」
あたしらしくもない弱音をもらし、刀を構えなおした。鵺を切り伏せながら、誰にでもなくつぶやく。
――小学生のころ、あたしと乙女は出会った。あたしは季節外れの転校生で、乙女もそうだった。
孤立するあたしとは裏腹に、乙女はすぐ人気者になった。
明るくて、奔放で、無邪気で。誰に対しても、笑顔と愛とを振りまくやつだった。
あたしは、そんな乙女に憧れると同時に、嫉妬していた。住む世界が違う、とも。
しかし、乙女は、ある日突然、話しかけてきた。
「お前。下の名前、有姫っていうんだろ。勇気。すげーバリカッケーな」
「別に」
あたしは驚いていたが、それを表に出すのはプライドが許さなかった。
「今日から、姫って呼んでいい?」
「……ッ!」
あたしは、勢いよく椅子から立ち上がった。
貧乏な家庭に生まれたあたしが、突然、貴女は天王の最後の生き残り、有月様なのです、と言われたのが半年前。
ここに引っ越してきたのが、一か月前。
その頃には、王族の伝統だの矜持だの、まるでよくできたロボットのように、繰りかえし、繰りかえし、言い含められていた。
身分を隠し、平民と混じりその暮らしぶりを学べ、とも。
そいつらは、決まってあたしを、姫、と呼んだ。平安時代の天王の跡取り、有月姫の姿絵に生き写しだと。
あたしは、肩を震わせた。
そんな、あたしの心境を、知ってか知らずか、乙女は、なれなれしく、あたしの肩に手をおいた。
「姫、あたしと仲良くしよーぜ!」
――ぱんっっ!!
気が付くと、あたしは乙女の手を叩いていた。
「……近寄るな。あたしのことは放っておけ」
「……姫」
乙女は、信じられないような顔をして、立ち尽くした。
あたしは、湧きあがる胸くそ悪い罪悪感を無視するように、荒々しく教室を去った。
……その夜、あたしは泣いた。もう、誰にも、何にも、干渉されたくなかった。
だが、翌日乙女は、下校しようとする、あたしの前に立ちふさがった。
通せんぼをするように両手を広げて、仁王立ちする乙女を、すり抜けようとした時だった。
「――待てよ」
「……なに」
「ケンカ、しよーぜ!!」
「……は?」
「――間違えた。決闘」
「……何言ってんのかわかんねえ」
「昨日のお前の平手、やばかった。お前はきっとケンカもつええ。だから、あたしと勝負しろ」
「やだって言ったら」
「お前が勝ったら、あたしはお前にもう近づかない。話もしない。でもあたしが勝ったら」
「……勝ったら?」
「――あたしの、戦友<ダチ>になってほしい」
正直、勝負は、最初から決まっていた。
あたしはこの半年間、天王の跡取りとして勉学だけでなく、護身術、弓道、それに、竹刀ではなく真剣を使った、本格的な剣術・武術も叩き込まれていた。
ここであたしが、こいつを叩きのめせば、もうあんな面倒くさい羽目にはならない。
さらには、ガキ大将のようなポジションの乙女を倒したことで、あたしが見かけより、凶暴だという噂が流れ、以後、誰からも干渉されなくなるだろう。
そんな打算が、あたしをこくりと頷かせた。
「いいぜ。ただし、約束は守れよ」
「――オンナに二言はねえ」
乙女は不敵に笑うと、わくわくしたように目を輝かせ、こう言った。
「勝負形式は、殴り合い。最後まで立ってたほうが勝ちな」
乙女の指定通り、勝負は河原で行われた。
まるで一昔前の青春映画のような、ベタさに嫌気がさしたが、どうせ、これで終わりだとおもうと、胸がすいた。
「――はじめようぜ」
あたしは、一瞬で、乙女の間合いに入った。そして、その頬に拳を振り上げた。
――ブンッ!!
しかし、その拳は空振りに終わった。乙女が、身をひいたのだ。
ツメが甘かったか? あたしは舌打ちをして、今度は背後を取った。
しかし乙女は、まるで後ろにも目がついているのかといわんばかりに、後ろ向きのまま軽々とかわした。
乙女は、その後も、あたしの攻撃を避け続けた。しかし、一向にこちらを攻めてこない。
あたしは、だんだん腹が立ってきた。疲弊もしていたし、焦ってもいた。
門限があるのだ。それも、5時に。
一瞬で終わると思っていた勝負は長引き、もう門限まであと30分もなかった。
夕暮れが、空と河原を、オレンジ色に染める。
あたしは、次で終わらせると覚悟して、とうとう、奥の手を使った。
――ぱあん。
盛大な音が鳴り響き、乙女は崩れ落ちた。
勝負、あった。
ほっとひと息をついたあたしだったが、乙女は、地面に膝をついていなかった。
あたしは、舌打ちをして、とどめをさそうと拳を振り上げた。
しかし、その拳は、乙女に掴まれた。
「姫、怪我してねえか」
「……は?」
乙女は、しげしげと、あたしの拳をつかんだまま、ながめた。
「やっぱりな。血ィ出てる。ごめんな、うまく受け身が取れなかった」
そして、自分の髪をくくっていた赤いバンダナをほどくと、あたしの拳にまいた。
その巻き方はおそろしくへたくそで、あたしはこんなときだが、あきれて笑った。
「……ぷっ」
「あ。」
「……?」
「――はじめて笑った」
「ハア?」
「だってお前、教室でもどこでも、一度だって笑ったことなかっただろ。……うっは。すっげーいいモンみた」
「ずっと、みてたのか」
「わりい。だってお前、可愛いから。気になって」
「――可愛い?」
あたしは、いいかげん、いぶかしげな顔で、吐き捨てた。
「……見間違いだろ」
「いいや。お前は可愛い。今までみたどの女より。――つうか、世界一、かわいい!」
「……なっ!!」
慌てて、手を引いた。
「おま……なに……っっ」
「だから、あたしと友達になろーぜ」
「――なんだそれ!! 勝負は?!」
「無理。姫を殴るとか。でも、あたしは最後まで倒れなかったろ? だから、この勝負、あたしの勝ちな!」
「なんだよそれ……」
勝手すぎる言い分に、あたしは腹が立って、もう一度、拳を振り上げた。
「だーめ。お前は怪我してんだから、殴らせねえよ?」
乙女はそう言って、あたしの本気の鉄拳を軽くキャッチすると、両手で包んだ。
「痛いのいたいの、とんでけ! ――早く治せよ!!」
乙女はそういって爽やかに微笑うと、颯爽と立ち去っていった。
「――なんなんだ、あいつ……」
あたしは茫然として、その背を見送った。
家について、侍女達に手の怪我をみられ、悲鳴を上げられたが、構わず無視した。
汚らしいバンダナも捨てられそうになったが、たしは自分で手洗いして、鍵つきの引き出しにしまった。
別に、なんらかの恩を感じたわけじゃない。けれど、誰かに、あんな風に触れられたのは、はじめてだったから。
後日、乙女は、怪我をさせたおわびだといって、あたしに付きまとった。給食を食べさせてやるとか、荷物をもってやるとか。
すべて断ったが、乙女はどんなに邪険に扱っても、まるで、飼い主になつく子犬のように、嬉しそうだったから、しばらく、放っておいてやることにした。
やがて中学にあがり乙女が暴走族を作ったとき、あたしは副長にさせられた。
それが、信頼、とか絆、だというモノだと知るころには、あたしにとって乙女は、もうかけがえのないモノへと、なっていた。
あたしは回想を終え、最後の一匹を切り伏せた。
その頃には、手足は無数の切り傷でズタボロだったが、あたしは構わず、足を進めた。
――乙女。あたしの、最後の希望。
……お前だけは、ぜったいに死なせない。たとえ、この身が朽ち果てても。
あの太陽を、あの笑顔を護って死ねるなら、それで、じゅうぶんだと思えた。
あたしは駆ける。――……獣のように。
あたしは翔る。――……一陣の風のように。
この世で一番尊い、あの宝を護って死ぬために。
――あたしは、もう、ためらわない。――
“Last” ~ラスト~
「最後の」
“Princess” ~プリンセス~
王女,内親王.
美しい[魅力的な]女性.
“Beast” ~ビースト~
動物; (特に,大きな)四足獣
(人間に対し)獣,畜生.
[the beast] 獣性.
家畜,牛馬.
ひどい人; いやな人[やつ].
“Edge” ~エッジ~
(刃物の)刃
(刃の)鋭利さ,鋭さ.
(欲望・言葉などの)激しさ,鋭さ,痛烈.
強み,優勢.
危機,あぶないはめ
“Last Princess Beast Edge”
~ラスト・プリンセス・ビースト・エッジ~
「最後の姫の獣の刃」
「最後の美しい女のひどい(欲望)の激しさ」
「最後の姫の家畜の危機」
 




