表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/133

第13話 -鮮血の舞- ~ラスト・プリンセス・ビースト・エッジ~

 対鵺戦たいぬえせんは、なかなかに骨がれた。

 もともとあたしは、退魔たいまにひいき出た陰陽師おんみょうじだ。一匹一匹を撃滅げきめつするのは、たやすい。


 だが、こうも数が多いと。

 着実ちゃくじつに傷ついていくからだに、若干じゃっかんあせりつつあった。


 刀神、禍津神まがつかみざん。鵺をるためのきば

 これをるう限り、あたしは負けない。


 だが、とうとうひざを折った。鬼の血を使いすぎたせいで、肉体が限界に近づいているのだ。

 舌打したうちをして、目の前の鵺をにらみつけた。


――やれるか。

――いや、やるしかない。


 立ち上がろうとした時だった。

 目にもとまらぬ、疾風しっぷうの影が、目の前におどり出た。



「――どっせええええい!!」


 影は、鵺を見事みごとなハイキックで片付けると、あたしに向かって、手を伸ばした。



「助けに来たぞ、姫。あたしが来れば、もう安心だ」


「乙女……お前……っ」



 ツクヨミと一緒に離脱りだつしたんじゃなかったのか、という当然の問いは、当人によって答えられた。



「そのつもりだったんですがね。どうも、きなくさい気配がしたもので、戻ってきてしまいました。僭越せんえつながら、私も尽力じんりょくしますよ」


「そういうことだ。さあ、このやんちゃな子犬どもを片付けるぜ!!」


 子犬と呼ぶには、鵺達は、あまりにグロテスクだったが……。

 まあいい。これで、本格的に死ねなくなった。


 あたしは、溜め息をついて、立ち上がった。


「乙女、絶対に生き残るぞ」


「当たり前だろ! 合点承知がってんしょうちだぜ!!」



 鵺どもをあらかた殲滅せんめつしたころ、それは現れた。

 あたしは言葉を失い、乙女は真っ青な顔で凍りついた。


 それは、美しい女だった。

 だったが……。柔らかな微笑みを浮かべ、口から血を垂らしていた。


 コフー、コフーと、息をしている。生臭いにおいが、あたり一面にただよった。



「お…かあさ……」

 乙女が、フラフラと近寄る。


「危ない!!」


 あたしは、それを叩き切った。

 まもなく、女は、乙女の母は崩れ落ちた。


「姫……てめえ!!」


 乙女は暴れ、物言わぬ死体にけ寄ろうとした。


 あたしは、羽交はがめにして止めるが、力量りきりょうが違いすぎる。

 あたしも乙女も、必死ひっしだった。



「乙女! こいつは、お前を殺そうとしてたんだ! 魔女に操られて! 倒さないといけない相手だったんだ!!」



「うるさい! うるさあい!! お前なんか……お前なんて……」」




 << ―― 大嫌いだ! ―― >>




 乙女はそう叫ぶと、そのまま走り去っていった。



「あいつ……」


 追いかけようとしたが、膝が、がくんと落ちた。

 能力を使いすぎた。プラス、乙女に拒絶きょぜつされたのが、予想外なほどショックだったらしい。

 戦う気力は、もうびた一文残っていなかった。


「大嫌い、か……」


 まもなく、数えきれないほどの鵺が、押し寄せてきた。血へどをはいて、立ち上がった。


「戦うしかないな……」


 乙女のあとは追わせない、この命にかけても。

 あたしは、あの言葉を思い出していた。


<< 王族の最後の一人である、誇りを忘れるな。 >>

<< ――なんじ、究極の女たれ。>>


――女って何だ。美しく髪をゆい、あでやかに着物をまとい、しとやかに振る舞う生き物か。

――なら……あたしはそんなモノ、要らない。


 はきだまりで育ったあたしが、今さら姫ごっこなんて、ちゃんちゃらおかしい。あんた達があたしに、そんなモノを求めるなら。

 あたしは壊す。その幻想を。その期待を。あたし自身すらも。壊して壊して、壊しつくして、作り直す。

――革命だ。ただ、一本の(つるぎ)となれ。月光にれ、風に踊り、血飛沫ちしぶきと舞う、美しく勇猛ゆうもう舞姫まいひめたれ。

 これがあたしの流儀りゅうぎ

 あたしは、邪を切る邪姫。鬼の血を宿す鬼姫。姫、姫、姫。それでいい。姫がどうした。

 あたしは、すべての概念がいねん蹴飛けとばす、不良になろうとした。でも、真実から、事実から目をそむけ、逃げ続けることは出来なかった。


 あたしは最後の姫だ。

――それでいい。あたしの代わりはどこにもいない。なら、最初で最後の、鮫島有姫さめじま・ゆうきであればいい。


――――あたしは今、あたしになる――――




「姫。それ以上力を解放したら……」

「……月読ツクヨミ。お前の助けはもういらない。――お前は、乙女のほうへ向かえ」


「しかし……」

「大丈夫だ。あたしは死なない」



――こんなところで、死ねない。


「だから、乙女をまもりに行け」

「……御意ぎょい


 ツクヨミは、一礼いちれいをすると、一陣いちじんの風となり、飛び去った。


――びゅう。風におどる黒髪のうっとしさに、あたしは、髪をかき分けた。



「……乙女。無事でいろよ」


 ああ。お前が生きているなら、それでいい。

 あたしはそれだけで、この命がけの戦いに身を捧げることができるだろう。


「――お前とケンカしたのは、あの時ぶりだっけな」


 あたしらしくもない弱音をもらし、刀を構えなおした。ぬえを切り伏せながら、誰にでもなくつぶやく。



 ――小学生のころ、あたしと乙女は出会った。あたしは季節外れの転校生で、乙女もそうだった。


 孤立こりつするあたしとは裏腹うらはらに、乙女はすぐ人気者になった。

 明るくて、奔放ほんぽうで、無邪気むじゃきで。誰に対しても、笑顔と愛とをりまくやつだった。


 あたしは、そんな乙女に憧れると同時に、嫉妬しっとしていた。住む世界が違う、とも。

 しかし、乙女は、ある日突然、話しかけてきた。


「お前。下の名前、有姫ゆうきっていうんだろ。勇気。すげーバリカッケーな」

「別に」


 あたしは驚いていたが、それを表に出すのはプライドが許さなかった。


「今日から、姫って呼んでいい?」

「……ッ!」


 あたしは、勢いよく椅子から立ち上がった。


 貧乏な家庭に生まれたあたしが、突然、貴女あなた天王てんおうの最後の生き残り、有月様なのです、と言われたのが半年前。


 ここに引っ越してきたのが、一か月前。


 その頃には、王族の伝統だの矜持きょうじだの、まるでよくできたロボットのように、繰りかえし、繰りかえし、言いふくめられていた。


 身分をかくし、平民へいみんじりその暮らしぶりを学べ、とも。


 そいつらは、決まってあたしを、姫、と呼んだ。平安時代の天王の跡取り、有月姫の姿絵に生き写しだと。


 あたしは、肩を震わせた。


 そんな、あたしの心境を、知ってか知らずか、乙女は、なれなれしく、あたしの肩に手をおいた。


「姫、あたしと仲良くしよーぜ!」


――ぱんっっ!! 

 気が付くと、あたしは乙女の手を叩いていた。



「……近寄るな。あたしのことは放っておけ」


「……姫」


 乙女は、信じられないような顔をして、立ち尽くした。


 あたしは、きあがる胸くそ悪い罪悪感(ざいあくかん無視むしするように、荒々しく教室を去った。

……その夜、あたしは泣いた。もう、誰にも、何にも、干渉かんしょうされたくなかった。



 だが、翌日乙女は、下校げこうしようとする、あたしの前に立ちふさがった。

 通せんぼをするように両手を広げて、仁王におう立ちする乙女を、すり抜けようとした時だった。


「――待てよ」

「……なに」


「ケンカ、しよーぜ!!」

「……は?」


「――間違えた。決闘けっとう

「……何言ってんのかわかんねえ」


「昨日のお前の平手ひらて、やばかった。お前はきっとケンカもつええ。だから、あたしと勝負しろ」

「やだって言ったら」



「お前が勝ったら、あたしはお前にもう近づかない。話もしない。でもあたしが勝ったら」

「……勝ったら?」


「――あたしの、戦友<ダチ>になってほしい」



 正直、勝負は、最初から決まっていた。


 あたしはこの半年間、天王の跡取りとして勉学だけでなく、護身術ごしんじゅつ弓道きゅうどう、それに、竹刀しないではなく真剣しんけんを使った、本格的な剣術・武術も叩き込まれていた。


 ここであたしが、こいつをたたきのめせば、もうあんな面倒くさい羽目はめにはならない。


 さらには、ガキ大将だいしょうのようなポジションの乙女を倒したことで、あたしが見かけより、凶暴きょうぼうだといううわさが流れ、以後、誰からも干渉かんしょうされなくなるだろう。

 そんな打算ださんが、あたしをこくりとうなずかせた。


「いいぜ。ただし、約束は守れよ」

「――オンナに二言にごんはねえ」


 乙女は不敵ふてきに笑うと、わくわくしたように目を輝かせ、こう言った。


「勝負形式は、殴り合い。最後まで立ってたほうが勝ちな」



 乙女の指定通り、勝負は河原かわらで行われた。

 まるで一昔前の青春映画のような、ベタさに嫌気がさしたが、どうせ、これで終わりだとおもうと、胸がすいた。



「――はじめようぜ」


 あたしは、一瞬で、乙女の間合まあいに入った。そして、その頬に拳を振り上げた。


――ブンッ!!


 しかし、その拳は空振りに終わった。乙女が、身をひいたのだ。

 ツメが甘かったか? あたしは舌打ちをして、今度は背後を取った。


 しかし乙女は、まるで後ろにも目がついているのかといわんばかりに、後ろ向きのまま軽々とかわした。

 乙女は、その後も、あたしの攻撃を避け続けた。しかし、一向にこちらを攻めてこない。

 あたしは、だんだん腹が立ってきた。疲弊ひへいもしていたし、あせってもいた。

 門限があるのだ。それも、5時に。


 一瞬で終わると思っていた勝負は長引き、もう門限まであと30分もなかった。

 夕暮れが、空と河原を、オレンジ色に染める。


 あたしは、次で終わらせると覚悟して、とうとう、奥の手を使った。



――ぱあん。


 盛大な音が鳴り響き、乙女は崩れ落ちた。

 勝負、あった。


 ほっとひと息をついたあたしだったが、乙女は、地面に膝をついていなかった。

 あたしは、舌打ちをして、とどめをさそうと拳を振り上げた。


 しかし、その拳は、乙女につかまれた。


「姫、怪我けがしてねえか」

「……は?」


 乙女は、しげしげと、あたしの拳をつかんだまま、ながめた。


「やっぱりな。血ィ出てる。ごめんな、うまく受け身が取れなかった」


 そして、自分の髪をくくっていた赤いバンダナをほどくと、あたしの拳にまいた。

 その巻き方はおそろしくへたくそで、あたしはこんなときだが、あきれて笑った。


「……ぷっ」

「あ。」


「……?」

「――はじめて笑った」



「ハア?」


「だってお前、教室でもどこでも、一度だって笑ったことなかっただろ。……うっは。すっげーいいモンみた」



「ずっと、みてたのか」

「わりい。だってお前、可愛いから。気になって」


「――可愛い?」

 あたしは、いいかげん、いぶかしげな顔で、き捨てた。


「……見間違いだろ」

「いいや。お前は可愛い。今までみたどの女より。――つうか、世界一、かわいい!」



「……なっ!!」

 あわてて、手を引いた。


「おま……なに……っっ」

「だから、あたしと友達になろーぜ」


「――なんだそれ!! 勝負は?!」

「無理。姫を殴るとか。でも、あたしは最後まで倒れなかったろ? だから、この勝負、あたしの勝ちな!」


「なんだよそれ……」

 勝手すぎる言いぶんに、あたしは腹が立って、もう一度、拳を振り上げた。


「だーめ。お前は怪我してんだから、殴らせねえよ?」


 乙女はそう言って、あたしの本気の鉄拳を軽くキャッチすると、両手で包んだ。


「痛いのいたいの、とんでけ! ――早く治せよ!!」


 乙女はそういってさわやかに微笑うと、颯爽さっそうと立ち去っていった。



「――なんなんだ、あいつ……」

 あたしは茫然ぼうぜんとして、その背を見送った。


 家について、侍女じじょ達に手の怪我をみられ、悲鳴を上げられたが、かまわず無視した。

 汚らしいバンダナも捨てられそうになったが、たしは自分で手洗いして、かぎつきの引き出しにしまった。


 別に、なんらかのおんを感じたわけじゃない。けれど、誰かに、あんな風に触れられたのは、はじめてだったから。


 後日、乙女は、怪我をさせたおわびだといって、あたしに付きまとった。給食を食べさせてやるとか、荷物にもつをもってやるとか。


 すべて断ったが、乙女はどんなに邪険じゃけんに扱っても、まるで、飼い主になつく子犬のように、嬉しそうだったから、しばらく、放っておいてやることにした。


 やがて中学にあがり乙女が暴走族を作ったとき、あたしは副長ふくちょうにさせられた。


 それが、信頼、とかきずな、だというモノだと知るころには、あたしにとって乙女は、もうかけがえのないモノへと、なっていた。


 あたしは回想かいそうを終え、最後の一匹を切りせた。


 その頃には、手足は無数むすうの切り傷でズタボロだったが、あたしは構わず、足を進めた。


――乙女。あたしの、最後の希望。

……お前だけは、ぜったいに死なせない。たとえ、この身がてても。


 あの太陽を、あの笑顔をまもって死ねるなら、それで、じゅうぶんだと思えた。


 あたしはける。――……獣のように。

 あたしはかける。――……一陣の風のように。


 この世で一番尊い、あの宝を護って死ぬために。



――あたしは、もう、ためらわない。――



“Last” ~ラスト~

「最後の」


“Princess” ~プリンセス~


王女,内親王.

美しい[魅力的な]女性.


“Beast” ~ビースト~


動物; (特に,大きな)四足獣


(人間に対し)獣,畜生.


[the beast] 獣性.


家畜,牛馬.

ひどい人; いやな人[やつ].


“Edge” ~エッジ~


(刃物の)刃

(刃の)鋭利さ,鋭さ.


(欲望・言葉などの)激しさ,鋭さ,痛烈.


強み,優勢.

危機,あぶないはめ


“Last Princess Beast Edge”

~ラスト・プリンセス・ビースト・エッジ~


「最後の姫の獣の刃」

「最後の美しい女のひどい(欲望)の激しさ」

「最後の姫の家畜の危機」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ