第12話 -史上の宝- ~プレイ・オブ・フラワーズ~
「なあ、お前って、チカが好きなのか」
ナズナの謎発言に、僕は、咳き込んだ。
「なんだい? 藪から棒に」
「いや、だってお前、あいつにだけは優しいだろ」
「君にも優しくしてるつもりなんだけどね?」
「どこがだよ」
「でも、まあ、好きといえば好きかな。宝物だと思ってる」
「じゃあ、抱きたいと思ったことは?」
「…………」
ない、と断言できないのが、辛いところだった。
今までなら、即座に否定できた。
だが、さきほど見た夢――。
チカそっくりの子を、犯す夢をみてからというもの、
僕はどうかしてしまった。
あの裸体が、現実のチカとダブり、
自身が高ぶるのを、押さえつけられない。
だが、今の僕は、ほぼ裸体だ。
これ以上、この件について考えるのはまずい。
「ないよ」
「今の間はなんだよ」
「ないって言ってるだろ」
「ムキになるのが怪しい」
「振り落とされたい?」
「あたしが悪かった」
「……ナズナは?」
「え?」
「ナズナは、僕のこと、どう思ってる?」
「どうって……」
試すように尋ねたが、答えは明白だった。
ナズナは、僕に惚れている。
どんなに、ひどい態度をとられても、
僕から離れられないのが、その証拠だ。
「うーん、しいていうなら、お前の傍にいたいな。
お前が、さびしくないように」
「え?」
思わず聞き返した。
「気づいてないのか?
ひとりでいるときのお前は、いつもさびしそうだ。
チカがいるときだけ、少し楽しそうで、
あたしがいると、ほっとした顔をする。
だから、あたしは、お前をほっておけないんだ」
「そんなこと……」
「あるだろ? なあ、遠馬。
――いや、双馬。
お前は、チカを愛している。
あたしは、いつだって二番だった。
お前は、チカのためならあたしを殺せる。
――そうだろ?」
「…………」
僕は、黙った。
鼻で笑うこともできた。
なにをふざけたことを、と。
だが、そうできないのは、図星だったからだろう。
僕は、チカを愛している。
ひょっとしたら、この世で一番。
大切にして、慈しんで、見守りたくて、
こっぴどく傷つけて、めちゃくちゃにしたい。
そんな感情がめばえたのは、いつからだろう。
――あの笑顔をみた日から?
――泣けないその喪失をのぞいた日から?
……いや、きっと、最初からだ。
今の僕は、チカなしでは、呼吸もできないガラクタだ。
とっくのとうに、僕の心はチカに奪われ、
ひょっとしたら、カラダも魂も、
すべて捧げることだって、できるかもしれない。
チカは、僕の救世主<メシア>で、神で、天使で、悪魔で、
そして史上の宝、なのだった。
「……だと言ったら?」
僕は、なるべく酷薄そうな顔をして言った。
「別に。お前がそうしたいなら、するといい。
でもあたしは、タダでは殺されてやらないから」
――きっと、お前を手に入れてみせるから。
言って、ナズナは、足りない胸を押し付けるように、
僕の裸の背中に、ぎゅうっ、としがみついた。
「ふうん」
僕は気のない返事をしたが、内心は大嵐だった。
何も考えていない、バカな女。
そうナメていた自分を、蹴り飛ばしたくなった。
この子は、こんなにも、強かったのか。
僕は、溢れる感嘆とともに、
ナズナを背負う腕に力をこめた。
おしつけられた背中が熱い。
あのうすっぺらい双丘が、僕のオスを、反応させていた。
いよいよ、まずいことになったぞ、と思ったが、
幸い、ナズナは僕の背中だ。
前がみえない以上、なんとか隠し通すことができるだろう。
僕は気づかれないように息をはくと、
海岸を背にして、再び、歩き始めた。
所変わって、砂漠。
「あちー、死ぬ、マジ死ぬ……」
「グダグダ言うな、さっさと歩け」
「だって、あちいんだもん!
ノドも渇いたし、あたしもう歩けねえ!」
「仕方ねえな」
あたしは、乙女をお姫さまだっこして、抱えた。
「おわ……っ! 姫!??」
乙女が、素っ頓狂な、
声をあげて、じたばたするが、
あたしは、その頬に、ぷちゅっ、と口づけて黙らせた。
「ぴーぴーうるせえ。黙って捕まってろ」
乙女の身長は、あたしより十センチ以上も高いが、体重はそうでもない。
普段から鍛えており、小柄ながらも、
鬼の血をひくあたしには、
乙女を抱えて運ぶことなど、楽勝だった。
「なんか、すげー恥ずかしいな……」
乙女は、顔面をゆであがらせ、両手で覆っている。
「てめーは楽だろ。大変なのは、あたしだ。
おとなしく、お荷物やってろ」
「ちぇっ。
計画では、あたしが姫を、エスコートするはずだったのによ」
「諦めろ。向いてねえ」
「ぶう」
乙女は頬を膨らませ、唇をとがらせた。
クッソ可愛いが、無視だ、無視。
それにしても、暑い。
このだっだひろい砂漠を、歩き出してから、何時間たったろう。
そろそろ、カラダが干からびる。
あたしは鬼の血を引いているがゆえ、
見た目より頑丈だし、
乙女も、女神と魔神の血をひいている。
そう簡単には、くたばらないが、
こうも耐久戦を強いられると、
苦しいものがある。
早めに、カタをつけないと、そう遠くないうちに、
このまま、ここが墓になるだろう。
ヴァルハラレディースのメンバー、ようするに、
あたしの式神を呼ぶ手もあったが、
先ほどから、何度呼びかけても、応答がない。
どうやら、ペアリングが切られたとみるべきだ。
やつらが使えないとなると、
もう自力でなんとかするほかない。
あたしは舌打ちをして、作戦を練った。
ツクヨミを呼ぶしかない。
あいつを呼ぶのは気が引けるが、
あたしのカラダと同化しているあいつなら、
あたしが死なない限り、ペアリングが切れるということもないはずだ。
「ツクヨミ。あたしだ。聴こえるか」
(( イエス、マイプリンセス。御呼びでしょうか。))
はたして、ツクヨミが、あたしの影から姿を現した。
「おわっっ」
乙女が驚き、腕から落ちそうになったが、
あたしは、ぎゅっと抱きしめて、かかえなおした。
「なんだ?!! 誰だそいつ!!!」
乙女は、警戒心丸出しで、
フーフーと威嚇している。
――猫かよ。
「姫との甘い時間を、邪魔すんじゃねえ!!」
とりあえず、あたしはデコピンの代わりに、
頭突きして、黙らせた。
「いひゃっっ!」
乙女は舌を噛んだらしく、べろっと出して、ひーひー言っている。
舐めて治してやろうかと思ったが、
さすがに、それは耐えた。
「相変わらず、百合百合してますね」
ツクヨミが、長いストレートの、銀髪を揺らして言った。
「ほっとけ」
あたしは、ふん、と鼻息をひとつ着くと、ツクヨミに囁いた。
「乙女が限界だ。運んでやれ」
「姫はどうなさるのです?」
「あたしは平気だ。それよりこいつが心配だ。
お前なら飛行して、砂漠を渡れるだろう?」
「ふうむ……プリンセスのお頼みとあれば、断れませんが、
貴女をさしおいて、この小娘を、
優遇するのも、気が引けますね」
「何が望みだ」
「――姫様が欲しいですね?」
「仕方ない奴だな」
あたしは、背伸びして、ツクヨミの髪をひっつかむと、
その形のいい唇に、ためらいなく口づけた。
「ん……ッ」
まもなく、ツクヨミの舌がすべりこんでくる。
唾液と舌が絡み合い、
唇からなまぬるい液がこぼれた。
乙女の声にならない悲鳴が聞こえるが、無視した。
「――約束は守れよ」
あたしは唇をぬぐうと、やや染まった頬でそう言った。
「イエス、マイロード。続きは帰ってから、ですよね?」
「好きにしろ」
「おま……っ!? なっっ……!??」
乙女が、真っ赤な顔で、ぱくぱくと、口を開けたり、閉じたりしている。
「マヌケヅラしてんじゃねえよ」
あたしは笑って、乙女にデコピンした。
「――ひゃっ」
「心配すんな、こいつはただの、あたしの下僕、ペットだ。
お前の思うような関係じゃねえよ」
「だって……キス……!!」
「ただのご褒美だ。それとも」
――お前もしてほしいか?
そう耳元で囁くと、
案の定、耳まで真っ赤にして暴れた。
「むきーー!! むきーーー!!!!」
「騒ぐなサル。
行儀の悪いペットは、愛されねえぜ?」
あたしは、乙女の顎をすくって、黙らせた。
「ゴホン」
ツクヨミの咳払いに水をさされ、
あたしは、舌打ちして離れた。
「邪魔すんじゃねえよ。
そんなにご褒美が欲しいなら、
最後までさせてやるから、我慢しろ」
「まあ、もらうものは、もらいますけどね?」
ツクヨミは、美しい銀色の瞳を、甘く緩め、唇をなめた。
「さ、さ、最後までって……!!」
乙女が、また泡を食っている。
「ガキは、知らなくていい世界だ。
お前には手を出させねえから、安心しろ」
「まあ、私としても、
こんな品のないガキはお断りですけどね?」
「やっぱり、ご褒美抜きな」
あたしは、調子にのるツクヨミに、冷たく言い放った。
「ちょ、待ってくださいよ姫え!!」
「うぜえ。いいから、さっさと乙女を運べ」
「仕方ないですねえ……じゃあ、小娘、ちょっと失礼」
ツクヨミは、乙女を荷物かなにかのように、
肩にかつぐと、そのまま飛び去った。
「ふん。最初からそうしろっつの」
あたしは、周りが鵺達で、
囲まれているのを、みてとって、唇をなめた。
「さあ、愉しい遊戯をはじめようか」
“Play” ~プレイ~
〔動詞(+副詞(句))〕〈子供などが〉(…で)遊ぶ,戯れる.
〔…を〕もてあそぶ,いじくる
〈光・笑いなどが〉(…に)ゆらゆら[ちらちら]する,きらめく;
〈風が〉(…に)そよぐ,ゆらめく.
〈噴水・ホースの水などが〉(…に)水を噴出する.
〈砲火・のろしなどが〉(…に)発射される.
競技[試合]を行なう[に出る].
〈楽器・音楽が〉演奏される,鳴る;
〔…に〕出演する,〔…で〕演じる 〔in〕; 〔…の相手役で〕演じる
劇・映画などが〉〔…で〕上演[上映]されている 〔in,at〕
〈番組が〉〔テレビで〕放映されている 〔on〕.
〈…に〉ふるまう.
〈…の〉ふりをする.
〔…をして〕遊ぶ,〔…ごっこを〕する.
〔…と〕ゲーム[トランプ,チェス(など)]をする.
〔…を〕賭ける,賭けて勝負する.
〔人の同情心・恐怖心などに〕つけ込む,〔…を〕利用する 〔on,upon〕
〈…と〉争う 〔in〕; 〔…を賭けて〕〈…と〉戦う 〔for〕.
(競技などで)〈あるポジションを〉務める,守る
〈(…の)役を〉演じる,〈…に〉扮する
〔…で〕〈…の役割を〉果たす (cf. 3b).
〈本分を〉尽くす.
〔人に〕〈いたずらなどを〉しかける; 〈詐欺などを〉働く.
“of” ~オブ~
「~の」
“Flowers” ~フラワーズ~
「花々」
“Play of Flowers”
~プレイ・オブ・フラワーズ~
「花々の遊戯」「花々の戯れ」
「花々をもてあそぶ」「花々の悪戯」
「花々の賭け」「花々の役割を果たす」
「花の真似、花のふりをする」




