第9話 ‐嵐の晩に‐ ~サバイバル・ラブ・ゲーム~
「……で、ここどこだ」
チカが、ぶっすーとした顔でつぶやいた。
「……俺に聞くな」
気が付けば、俺たち、ようするにチカと俺(雷門)は、
ふたりっきりで、山小屋らしき密室に、放り込まれていた。
前後の記憶はないが、どうやら魔女の言う、
<アミダ>とは、こういうことらしい。
俺たちは、まんまと、あのクソババアに、ハメられたのだ。
外では、ごうごうと、吹雪のような風が鳴っており、
そのたびに、このクソせめえ、山小屋がきしむ。
俺たちは、出口を探したが、扉も窓もまったく開かず、
そのうえ、俺の風の能力で、ぶち壊そうにも、
能力事態が発動しなかった。
やがて、チカが、ぶるりとカラダを震わせた。
「……さみい」
「そうだな」
まあ、俺は死んでいるから、どうでもいいのだが。
「あっためて」
言って、チカは俺にくっついてきた。
「……仕方ねえな」
俺は溜息をつき、その華奢な、
体躯を引きよせ、後ろから抱えるように抱きしめた。
俺は、とっくのとうに死んで、ユーレイだが、
こいつの能力、死霊の囚人<ゴーストプリズナー>により、
仮の肉体を受肉し、生前と同じ姿と、
疑似的な生命活動を維持している。
「あったかい。――つうか、あつくるしい」
チカが身をよじって、俺の瞳をのぞきこんだ。
その澄んだ炎のような揺らめきに、俺は吸い込まれそうになった。
気が付くと、俺は、チカに口づけていた。
唇を離すと、チカは変な顔をした後、むっすーと顔をしかめた。
「なに、どさくさに紛れてキスしてんだよ。
ファーストキスだったら、どうする気だったんだ」
「そんときゃ、責任取る」
「幽霊なのにか?」
「誰のせいで、死んだと思ってやがる」
俺は、こつんと軽くチカのデコを叩いた。
「いて。なんだよ、まんざらでもなかったクセに」
こいつをかばって、満足げに、死んだときのことを持ち出され、
俺は、渋面を作った。
「人の真剣な告白を、あっさり断ったヤツのセリフかよ」
俺は死ぬ直前、勢いだけで、こいつに告ったのだった。
……まあ、即フられたのだが。
「ああ、あれ、本気だったのか。てっきり、冗談だと思ってたわ」
チカが、あっけらかんと言う。
……マジかよ。すげえ。
「よく言うぜ。まあ、断ってくれて、助かったぜ。
オッケーでももらった日には、理性が崩壊してたな」
マジメな話、当時の俺はこいつにゾッコンだった。
まあ、今もそうだが。
「マジかよ……フッてよかった……」
チカはぶるりと震え、俺から距離を取った。
「離れんな。寒いだろ」
俺は、そんなチカを引き寄せ、胸に収めた。
ジャストフィットだ。
もとから大柄で筋肉質な俺と、華奢でほそっこいチカ。
意外と、カラダの相性もいいんじゃないだろうか。
「……なあ、お前、今変なこと考えてねえ?」
チカが、もぞもぞ、と落ち着かなさそうだ。
俺は、安心させるために、こう言った。
「別に考えてねえから、安心しろ」
「――あたってんだけど」
「……わりい」
俺は、全力で謝った。
何があたったのかは、聞かないでくれ。
健全な男子高校生が、本気で欲情するとこうなる。
……よい子は真似すんなよ?
「つうか、せまい小屋でふたりきりってやべえな」
俺も、もぞもぞしながら言った。
「我慢しろよ。オレお前が、初体験とか、やだ」
「俺だってはじめてが男とかいやだっつの。両親に顔向けできねえ」
まあ、とっくに死んでるんだけどな、と俺は自嘲した。
「お前ホモなの?」
だしぬけに、何をいうかと思えば、
チカは首をかしげ、興味津々な瞳で、こちらをみつめていた。
「ちげえよ」
「じゃあ、なんで、オレを好きになったんだよ」
チカは、少し不満そうに、唇をとがらせた。
――クッソ可愛いな、オイ。
「お前、自分のカッコ、鏡でみたことあるか」
「ねえ」
チカは、真顔で即答した。
「嘘つけ。どっからどうみても、完璧に美少女だろ。昔から」
「マジかよ。だから、よく、男にナンパされんのか」
「それ気づいてねーって、マジすげえな…いっそ尊敬するぜ」
「惚れるなよ?」
チカは、ドヤ顔をした。
「大丈夫だ。もう惚れてる。手遅れだ」
断言しつつ、頬をつねろうとすると、
ドン引きの表情で、さっ、と逃げられた。
「きもちわりー……」
「お前が言うな、お前が。つうか、いいかげん、男のカッコしろ」
露骨な拒絶に、
若干傷つきつつ、ツッコんだ。
「――ヤダ。施設のブタ共に、捕まりたくねえ」
「ああ、そうか、女の恰好は変装か。
どうりで、ガチだと思ったぜ」
たしかに、女装でもすれば、確実にみつからないだろう。
いくら、ガチでマブいとはいえ、施設のクソ共も、
まさか、自分たちの探している少年が、
女の恰好をしているとは、思わないだろう。
盲点をついた、ナイスプレーだ。
――眼福眼福。
俺は、ミニスカートからのぞく、チカの健康的な太ももを、
さりげなく、なぶるように、みつめながら、よからぬことを考えた。
「……さみい。てめえ、またヘンな事考えてやがるだろ」
チカが、背筋を震わせながら、微妙に距離をとった。
……チッ。
「でも、マジで、それでよかったのかよ。
てめえ、千夜にも、女だと思われてたろ」
さすがに、女である千夜に、同性愛<レズビアン>の趣味はない。
千夜をオトすなら、女の恰好では、不利なハズだった。
「いいんだよ、それで。むしろ、好都合だ。
あいつに惚れられると、困る」
「なんだそれ」
「あいつが、オレに恋したら、終わりなんだ。
千夜が、オレを好きになった途端、あいつは死ぬ」
チカは、暗い声でみじろぎをした。
「そういや、あいつの生死は、お前次第なんだったな。
カレンだか、クウマだが知らねえが、お前も苦労するな」
「まあな。正直、オレにも実感わかねえ。
オレが持ってる記憶は、平安時代までだ。
創世記とかいわれても、嘘っぽいっつの」
「ふうん、そんなもんか」
平安の記憶すらもない俺は、生返事をした。
「そういや、お前、オレのこと、弟みたいにおもったことあるか」
だしぬけに、チカが俺を見上げてきた。
「ねえな。妹ならあるけど」
「そうか」
チカは少しがっかりしたように、うつむいた。
「なんでだ?」
「……聞いてくれるか?」
チカの話は長かった。
平安の時代、俺とチカは、貧しい家庭に生まれた。
チカは、両親にまったく似ておらず、あまりに美しく、
そのうえ、世にも禍々(まがまが)しい、赤い瞳を持って生まれた。
当然、チカは愛されなかった。
ありとあらゆる虐待を受け、
ろくな食べ物も衣服も与えられず、しまいには、
人身売買の、憂き目にあった。
チカの、実の兄である俺、炎雷もまた、
チカはいないもの、として扱った。
積極的に暴力こそ振るわなかったが、
父親から殴られ、蹴られるチカを、
いつも黙って、みつめていた。
炎雷は、とうとうチカに、一度も触れることのないまま、死に別れた。
それがオレ達のすべてだ、とチカは、無感情な瞳でしめくくった。
チカの瞳は、少しも濡れていなかったが、
俺は、チカが泣いている気がして、頭をくしゃりとなぜた。
「――嘘だと思うか」
チカは、それには反応せず、短く聞いた。
「お前が、そんな嘘つくかよ」
「信じてくれるのか」
「信じるもなにも、本当なんだろ。
だったら、疑うわけねえよ」
「……そうか」
チカは、そこではじめて、嬉しそうに、俺の掌に頭をこすりつけた。
「でも、お前を嫌いだった、ってことだけはねえな」
俺は、半ば、独り言のように言った。
「?」
チカが、首をかしげる。
「俺はどんなことがあっても、
お前を、嫌いになったりなんか、しねえよ」
たとえ、現代だろうが、何百年前だろうが、と俺はしめくくった。
「――そうか」
安心したように、チカは、俺の胸に、華奢な躰を預けた。
「むしろ、納得した。
俺がお前のためなら、何でもしてえ、って思うのは、
それが原因だったんだな」
実は、昔、こんな夢をみたことがある、と俺はチカに切り出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
“Survival” ~サバイバル~
「生き残ること,生存,残存」
「残存者[物], 遺物」
“Love” ~ラブ~
〔家族・友人・祖国などに対する〕「愛,愛情」
〔異性に対する〕「恋愛,恋」
「性欲,色情; 性交,情事」
(通例男から見た)「恋人」
(神の)「愛,慈悲」
〔神に対する〕「敬愛,崇敬」
《英口語》 「愉快な人,きれいなもの[人]」
“Game” ~ゲーム~
「遊戯,遊び; ゲーム(遊び)」
「冗談,戯れ,からかい」
(競技におけるような外交・政治などの)「駆け引き」
(相手を負かす秘密の)「策略,計略,たくらみ」
[集合的に] 「猟鳥[獣]類; (猟の)獲物」
〔攻撃・嘲笑などの〕「かっこうな的」「いいかも」
“Survival Love Game”
~サバイバル・ラブ・ゲーム~
“愛のゲームを生き残れ”
“恋愛の(性欲の、色情の、性交の、情事の)、
遊戯(戯れ、からかい)を生き残れ”
“愉快な遊び(駆け引き、たくらみ)を生き残れ”




