第8話 ‐悪魔の慈愛‐ ~レイプ・ア・プア・ペット~
その頃、僕は苦戦していた。
ゲートをくぐった瞬間、嵐に飲みこまれ、千夜とはぐれ、
空中から落下し、海に溺れ、砂漠を渡り、
そして、今は、猛吹雪の真っただ中だ。
体内の気を活性化させ、循環させることで、
かろうじて、凍死だけはまぬがれているが、
――寒い。とにかく、寒い。
油断すれば、眠ってしまいそうだった。
「くっ……まだ、千夜の処女をもらってないのに……。
僕の精通は、一体、いつ、来るんだよ……」
こんなところで死ねるか、と僕は、
ちいさな躰に全身の力をこめて、全力で雪をかき分ける。
術を使ってもよかったが、魔女のもとに辿りつく前に、
蓄えた霊力が、枯渇してしまっては、元も子もない。
術は温存し、できるだけ省エネで、
この窮地を乗り越える。
ふと、千夜の、ささやかな双丘に顔をうずめた、
あのヘブンな感触を思い出し、首を振った。
挿入こそできなかったが、十分楽しんだ。
あとは、千夜と僕の、肉体的成長を待つばかりである。
その時のことを妄想すると、思わずよだれが垂れそうになる。
……いかんいかん。今は、生き残ることだけを考えるんだ、僕。
不埒な妄想を振り払うと、僕は、
一軒の山小屋に目を止めた。
この一面の雪景色に、あばら屋。
いかにも罠です、という感じだったが、
どうせ、手の内は知れている。
ためらわずに足を踏み入れた。
ぼろい木の扉を押し開けると、
なかは意外にも、豪奢な屋敷だった。
あからさまに外観と違っていたが、
振り向くと、さきほどの扉はもうなかった。
(閉じ込められた……か)
僕は心のなかでそうつぶやくと、まっすぐに内部へ足を進めた。
広がる景色は、平安時代にしばしば造られた、
気品あふれる漆と金箔の壁。
床は、ひのきでできており、はだしなら、さぞかし心地よい感触だろう。
そこはもう、勝手知ったる僕の、
いや、平安の貴族、暁の住まいだった。
平安の折、僕はここで、たくさんの愛人を囲っていた。
創世の女神、花蓮は、
古の、聖なる乙女だ。
夫である、のちの邪神、男神空魔と、
契り、のちに、我らが人類の姉弟、アマテラスとスサノオを産んだ。
空魔は、人間を孕み、死んだ妻、
花蓮を蘇らせるため、
魔神とかし、ありとあらゆる、蛮逆の限りをつくした。
ゆえに、女神・花蓮とその娘、アマテラスの子孫である、
天王の直系の女は優遇され、
邪神・空魔とその息子、スサノオの子孫である、
天王の直系の男は、いわれのない差別を受け、
直系の女が、子をなさなかった場合の、保険……。
――ようするに、種馬としてしか、扱われなかった。
僕は、天王直系の男君、暁は、
そんな待遇に嫌気がさし、正妻をとらず、
愛人ばかりを寝所にはべらせた。
そんななか、奴隷市場を沸かす、
世にも美しい奴隷が、最近、入荷したことを知った。
なんでも、男でありながら、信じられないほどの上玉で、
史上最高の売り値をたたき出したとか。
僕は、その足で向かった。
正直、ただの酔狂というか、暇つぶしにすぎなかった。
だが、「それ」を一目見た瞬間、
まるで波のように鳥肌が立ち、
全身の血液が沸騰した。
――艶のある腰まで届く、ぬばたまの髪。
――触れれば、たちまち、穢してしまいそうな、
きめの細かい、白磁の肌。
――やせ細ってはいるが、
バカな男どもが欲情するに値する、
華奢な体躯。
……そして、あれはどうだ。
――赤く妖しい輝きをはなつ、
潤んだ、切れ長の双眼。
美しいという次元ではない。
それは、美しさをこえ、いっそ、おぞましかった。
僕はその日のうちに、大枚をはたいてそれを買った。
僕は、それに手ずから首輪をはめてやると、
その細い顎をすくった。
「君はみにくいね。みにくすぎて目がくさりそうだ」
現代語に訳すと、そういう風なことを言った。
奴隷は答えず、嫌そうにしていた。
どんなひどいことをして、上下関係をわからせてやろうと、
その服をめくると、全身に痛々しい傷跡があった。
僕は、奴隷を寝台に押し倒すと、
その傷に、バカ高い薬をぬってやった。
奴隷は、困惑していたし、怯えていた。
僕は、奴隷の唇をなめ、その日のうちに抱いた。
男を抱くのは、はじめてだったが、やり方は知っていた。
奴隷は、終始、従順で、
少しも、抵抗しなかった。
その姿は、今まで、何人もの男に、抱かれていたことを、
彷彿とさせ、どす黒い感情が浮かんだが、
奴隷はとてもいい声で鳴いた。
僕は毎晩、奴隷を抱いた。
僕は、この哀れな愛玩動物が、
僕に、どう溺れていくかをみたかった。
だが、どんなに調教しようと、
奴隷は、僕になつかなかった。
僕はいらだち、乱暴に抱いた。
やがて、この奴隷を、喜ばせることを思いついた。
僕は、愛人の女のひとりを、くびり殺して、みせてやった。
奴隷は、悲鳴をあげた。
結果は、ものの見事に大失敗だった。
奴隷は、声をあげて泣いた。
僕は舌打ちをして、無理やり抱いた。
奴隷は、終始すすりないていた。
僕は、少し、趣向を変えてみることにした。
庭園自慢の梅の枝を折り、
そのなかでも、一番美しく、見事な花をみせてやった。
奴隷は表情を変えた。
ぱっと花開くように笑い、その花の香りを、めいっぱい吸い込んだ。
僕は満足し、それからは、
奴隷の笑顔見たさに、奴隷の望むようにしてやった。
奴隷が行きたいところに連れて行ったし、みたいものをみせてやった。
いつしか、奴隷は僕に向かって、自然に笑いかけるようになり、
気をよくした僕も、優しく抱くようになった。
だが、それを、愛人たちが、よく思うはずもなかった。
愛人たちの奴隷へのいじめは、徐々(じょじょ)にエスカレートし、
とうとう奴隷は、全身に鞭を打たれ、ぼろぼろになった。
僕は激昂し、主犯の女を突き止めると、
その頬を思いっきり打った。
「何やってるの? 僕の言うことを聞かない豚は、いらないよ」
そんな風なことを言い、その日のうちに、愛人たちを、
全員、お払い箱にした。
寝台に押し倒された奴隷は、
切羽詰まったような表情の僕に、
不思議そうな顔をしていた。
僕はその日から、
一層奴隷にのめりこみ、溺愛した。
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暁は今まで夜になると、
オレに乱暴したが、その日は違った。
愛人に鞭で打たれた後、寝所で痛みをこらえ、うつぶせになっていると、
ずかずかと足音を立て、やってきた暁は、
オレを寝台に組み敷くと、
血の滲み出る傷を、丹念になめ、
そしてオレの貧相な胸を、枕にして、眠った。
オレは戸惑った。
暁の舌は、すこぶる優しく、まるで慈愛に満ちていた。
翌朝、目覚めた暁は、一睡もできなかったオレを、
ぼんやりとみつめると、胸に顔をこすりつけ、頬と頬を合わせた。
「おはよう。メス猫。ごはんだよ」
そんな風なことを言った暁は、いたずらっぽく、だが優しく笑んでいた。
オレは、また驚いた。
暁が普段、食べている、豪華な食事が目の前にある。
暁はそれを、自室に持ってこさせて、
ひとさじ、ひとさじ、オレの口に運んだ
「なあに、もういらないの。困った豚だね。
僕の飯がくえないなんて、何様のつもり?」
そんな風な事を、のたまう暁は、言葉とはうらはらに、
とてもとても、楽しそうだった。
暁はその日から、オレに乱暴しなくなった。
やがて命は、世継ぎを作らないどころか、
男に懸想していると噂され、
オレは、身一つで屋敷を追い出された。
――そして、オレは、血闇に出逢った。
オレは、まるで木から林檎が落下するように、
自然に、決まり決まっていたかのように、血闇と恋に落ちた。
暁と再会したのは、処刑場だった。
暁は、酷薄そうな顔で笑った。
「――裏切ったんだね」
“相之宮、こやつを殺せ”と暁は言い、
そのまま、オレの首が、落とされるのを、
ゆるりと、見物する気だった。
――あの優しかった暁の姿は、もう、どこにも、見当たらなかった。
オレは、走馬灯のように、
血闇を想いながら、舌を噛み切った。
最後に、暁の、信じられないような表情がみえた。
暁は、家来の制止も聞かず、
オレに駆け寄ろうとしていた。
だが、それより、噛みちぎられた舌が、オレの喉につまり、
窒息死するほうが、早かった。
オレはゆっくりと、深い泥の中に、堕ちていった。
やがて目を覚ますと、蓮の花のなかに座っていた、
悲しい目をした女神さまが、オレの頬に触れた。
それは、血闇とだぶってみえた。
血闇は、オレの頬にくちづけ、オレを抱きしめた。
「すまぬ。わらわのせいだ。赦せ。
わらわも、後を追うから。
……きっと、もう一度、捕まえてみせるから」
オレは、首をふった。
そして、千闇の額に、まぶたに、そして唇に口づけを落とすと、
その両の頬をつつみこみ、微笑んだ。
「いいんだ。もう、いいんだ。千闇。
お前は、忘れていい。なにもかも。
オレも――空魔も、自分のことも。
――また逢おう。
……今度はオレが、必ずオレが、お前をみつけるから」
オレは、そうして、掻き消え、新しい魂をもらって、
水図千夏……“チカ”として、生きることにした。
最初は、記憶がなかった。
オレは、血闇のことも、花蓮のことも知らぬまま、千夜に恋をした。
千夜を殺したあの日、オレはすべてを思い出した。
崩れ落ちたオレは、誓った。
――もう一度、もう一度、オレにチャンスをくれ。
今度は、間違えたりしないから。
……今度は、必ずオレは、
お前を護って、愛しながら死んでいくから。
まもなく、慈悲深い声が聴こえた。
「いいわ。あなたにチャンスをあげる。
その代わりあなたは、あたくしの玩具となるのです」
それは、悪魔の囁きだった。
だが、オレは、もう、かまわなかった。
血闇を、花蓮を…「千夜」を手に入れるためなら、
オレはなんでもしようと思った。
たとえ、オレが、オレでなくなっても。
――たとえそのせいで、世界が滅びても。
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“Rape”~レイプ~
〈女性を〉「強姦する,レイプする」
(戦争などで)〈国・都市などを〉「略奪する,破壊する」
【語源】
ラテン語「力ずくでつかまえる」の意
“Poor” ~プア~
「貧しい,貧乏な (⇔rich)」
「貧弱な」〈体・記憶など〉「弱い; 〈健康・気力など〉悪くした,害した」
〈衣服・住居など〉「見すぼらしい,貧相な」 (質の)「悪い,粗末な,劣等な」
(やり方の)「下手な,まずい」
「哀れな,不幸な,気の毒な」 「故人となった,今は亡き」
[謙遜してまたは戯言的に] 「つまらない」
“Pet” ~ペット~
「愛玩動物,ペット」「お気に入り」
[通例単数形で] 《口語》 「いいやつ,かわいい人,いい子」
「すてきなもの,あこがれのもの」
【動詞】 【他動詞】
(pet・ted; pet・ting)
〈…を〉「かわいがる,愛撫する,甘やかす」
《口語》〈異性に〉「ペッティングをする」
“Rape a Poor Pet”
~レイプ・ア・プア・ペット~
「哀れなペットをレイプしろ」
「哀れでかわいい子(いい子)を略奪しろ」
「貧しい(貧相な)愛玩動物(お気に入り)を力づくで捕まえろ」
 




