Fragmentβ. -アフェクション・ラスト・ナイト ‐最期の炎‐ ~ディスペア・ギルティ・オブ・ザ・ジャッジメント~
~もし、チカが、命の言いつけどおりに、有姫を殺していたら~
バッドエンドルートです。
チカが死亡します。
――それは、起こっていたかもしれないIFのお話……。
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チカが、チカが、帰ってきた。
命に囚われていたチカは、あたしをみるなり、
情けない顔をして、いつもの大胆不敵な態度とは、
裏腹に、おずおずと近寄ってきた。
あたしは、そんなチカを安心させようと、その手に触れた。
その瞬間、ぱしっ! という小気味いい音とともに、腕が払われた。
思わず口を明けたあたしに、チカはしまったというように目を見開き、
それから、泣きそうな顔をした。
あたしは、払われた手を、もう一度掴んだ。
「……っ」
苦しそうな顔でうつむくチカの掌を、あたしは包む込んだ。
「チカ。お前に何があったのか知らない。
でも、たとえ何が起ころうと、あたしは、お前の味方だから」
「……千夜」
チカは、びくり、と震え、あたしの瞳から目をそらした。
「……ごめん」
なにかか細い声が聞こえ、あたしは、ん? と問いかけた。
「――オレは、お前の……」
「――あらあら。
お友達を殺すのはもうやめたのね? 千夏」
そこに現れたのは、進藤を攫った、
チカの母を名乗る女――千冬だった。
「何言って……」
あたしは、後ろをばっと振り向いたが、
チカの反応がないので、チカのほうに向きなおった。
チカは、青ざめた顔で俯いていた。
「チカ……お前、まさか……」
「……っ」
チカは、唇をかみしめ、無言で答えた。
「あらあら。まさかあなた、何も知らされてなかったの?
この子はね、あなたの大事な大事なお友達、
鮫島有姫ちゃんを殺したのよ。
その手で、躊躇なく、ね」
高らかに笑う女に、あたしは、
指先からつま先まで、さっと冷えていくのを感じた。
「ウソだろ、チカ……」
震える声で、チカに語りかける。
顔を持ち上げたチカの、その途方にくれたような、
すがるような瞳をみつめ返し、あたしの目の前は、真っ暗になった。
「……そ……んな……」
――くすくす。女が笑う。
「……なんでだよ。――なんでだよ、チカ……!
お前、もうあたしを裏切らないって言ったよな、約束したよな!
――なのに、なんで……っ!!」
「千夜……」
チカが、あたしに触れようとする。
あたしは、その手を勢いよく振り払った。
「――きたねえ手で、触んじゃねえ!!」
――その時の、チカの表情を、あたしは一生忘れない。
チカの顔が、一瞬で、絶望に染まる。
……そして、ゆっくりと、微笑んだ。
すべてを諦めたような、あまりに美しい笑顔で。
ぽろぽろと、真珠のような涙を、流しながら。
「……雷門」
とチカはつぶやいた。
その声に引き寄せられるかのように、
音もなく、すべるように、雷門が姿を現した。
「……雷門。――オレを殺せ」
雷門の顔が、くしゃりと歪む。
「――だが」
「……いい。もう、いいんだ。
すべて、無駄だった。もう、嫌なんだ。
これ以上千夜に嫌われるのも、これ以上、千夜が死ぬのをみるのも」
「――そうか」
雷門は、瞳をふせた。
「――ま……」
待てよ、とあたしは、チカに手を伸ばした。
チカは、あたしの手首をつかみ、一度だけ柔らかく抱きしめた。
「――さよなら、千夜」
――そして、チカは死んだ。
雷門の放った凶器のような風に、胸を切り裂かれて。
花のような鮮血が、あたしの服に、腕に、掌に舞い散った。
あたしは、それを、茫然としたまま、眺めていた。
……なんだ?
……なんだよ、これ。
どうしてだよ。
――こんな、こんなはずじゃ。
あたしは、ああ、と言った。
――ああ。ああ。あああああああ。
真っ赤に染まった掌で、顔を覆って、崩れ落ちた。
やがて、雷門の姿が、掻き消えた。
主人であるチカが死んだことにより、
囚われた魂が解放され、天に召されたのだ。
――それより、チカが。
あたしは、血まみれのまま動かない、チカの躰を抱いた。
……まだ、生暖かい。
あたしは、その唇に口づけた。
――何度も、何度も。
チカは、ぴくりとも動かなかった。
あれだけ、燃えるように輝いていた瞳は、
まるでただの空洞かなにかのように、からっぽだった。
あたしは、こぶしを地面にたたきつけ、願った。
――もう一度。
そう、もう一度だ。
やり直せばいい。
“いつものように”、繰り返せばいい。
なんだってしよう。
そのために、あたしがどうなったって、かまわない。
――だから、チカを、チカを、返せよ。
あたしは、叫んだ。
力の限り吠えた。
それは、言葉になっていなかった。
まるで、死にかけたケダモノの断末魔のようだった。
しかし、一秒がすぎ、十秒がすぎ、一夜あけても、なにも起こらなかった。
――その時初めて、あたしは、すべてが遅すぎたことを知った。
……もう一度、なんてない。
……これが、最期だったんだ。
――99回繰り返された、最期の一回だったんだ。
あたしのなかにも、一瞬で絶望が満ちた。
あたしが、チカを責めなければ。
あたしが、チカを拒絶しなければ。
――ああ。あたしが、チカを、殺したんだ。
あたしは、ふらふら、と立ち上がると、チカの死体を投げ捨て、
地面に転がっていたガラスの破片で、勢いよく喉を掻き切った。
痛みは、まったく感じなかった。
ただひたすらに、飢え渇いていた。
薄れゆく意識のなか、あたしは、はいつくばって、
地面に散らばった、チカの血液をなめた。
やがて、あたしもまた、事切れた。
もう、あたしは、二度と、やりなおさない。
チカと一緒に、地獄の果てまで逝くんだ。
……ああ。なんて、なんて、幸せなんだろう――。
―BAD END―
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Fragment ~フラグメント~
「破片、断片、かけら」
「断章、未完遺稿、残存断片物」
「ばらばらになる、砕ける、~をばらばらに壊す」
β(β版)……ソフトウェアの開発途上版。
正式版のリリース前に、
ユーザーに試用してもらうためのソフトウェアのこと。
製品版(無償ソフトウェアの場合は正式配布版)の、
直前段階の評価版として、関係者や重要顧客などに配布され、
性能や機能、使い勝手などを評価される版を言う。
ベータ版は他の開発途上版と比べて重点的に、
バグ(プログラムの誤り)を解消しており、正式版の機能を一通り備えた、
完成品に近い状態だが、バグがあったり、
システムに影響を与える場合があるため、扱いには注意が必要である。
また、一定期間が過ぎると使えなくなるベータ版もある。
Affection ~アフェクション~
① (人が子供・妻などに示すような)「愛情,優しい思い」
② 「疾患,疾病」
Last ~ラスト~
「最後の」
Night ~ナイト~
「夜」
「無知文盲の状態」、「失意」、「不安などの時」
“Affection Last Night”
アフェクション・ラスト・ナイト
「愛情(優しい思い)の終わりの夜」
「愛情を終えた無知文盲(愚かさ)」
「疾患(疾病)の終わりの夜」
Despair ~ディスペア~
「絶望」
Judgement ~ジャッジメント~
「審判」
the Judgement
「最後の審判」
Guilty ~ギルティ~
「有罪の」
“Despair Guilty of the Judgement”
~ディスペア・ギルティ・オブ・ザ・ジャッジメント~
「最後の審判の罪に絶望しろ」




