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『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-第一章- 「“誓夏”<リピート・ワンス・アゲイン>編」
7/133

-Ⅴ.“英雄”<the Devil>-


「なに泣いてんだよ」



 降ってわいた声に、あたしは、勢いよく振り向いた。


「ちっ……!」


 チカ――! と言おうとして、口をつぐんだ。



 バリバリのアイライン。ワックスでクールにセットした、短めのミディアムヘア。

 びりびりに破いたような、ワイルドな服装。


鮫島さめじま……」


「……ああ? 気安く呼び捨ててんじゃねえよ」


 鮫島さめじま有姫ゆうき

 このあたりを根城にしている、女暴走族――<ヴァルハラレディース>の副長。

 

 あたし以上にすさまじい、ヤクザ言葉で吐き捨てると、鮫島は、ずかずか歩み寄り、あたしのあごをつかんだ。



「お前の考えてること、当ててやろうか。頭おかしい施設の女にだまされて、ショックで授業に集中できません。悲しくて悲しくて、涙が止まりません。あたしは悲劇のヒロイン、ヒーローはどこですか?」


「てめえ……」


 頭に、ざあっ、と血がのぼる。


「――ああ? 殴るか? このヴァルハラレディースのナンバーツーのあたしを殴るか? やってみろよ。暗黒仮面だか、こんにゃく仮面だかしらねーが、あんなイカれたやつのために、死んでみろよ」


「…………ッ!!」



――ぱんっ!


 あたしは、鮫島の頬を叩いた。


 じわじわと熱くなる手を抑え、あたしは鮫島をにらむ。

……そして、宣言する。



「てめえは、勘違いしてる」


「……はっ」


 鮫島の目がぎらぎらと笑った。


「チカはな。すげー痛てーし、意味わかんねーし、ワガママだし、無駄に自信満々で、ガサツだし、言葉使い汚ねーし、一人称おかしいし、施設に押し込められて引き取り手もないような問題児だよ。だけど、だけどな……ッ」


 チカは、正義のヒーローなんかじゃない。

――それでも。



「――あたしのヒーロー、だったんだよ……!」


 あたしは、鮫島の顔を、めちゃくちゃに殴った。

 りを入れやった。わきっぱらに、あごに、腹に。


 あたしはぜいぜいと息をして、額に流れる汗をぬぐった。

 これが、あたしの鉄拳制裁てっけんせいさい



 すげーしょぼくて、だせえけど。

 あたしにも、できることはある。 そう証明したいんだよ。

 お前が帰ってくるまでに、あたしだって、もっともっと、強くなってやるって。


 守られるばっかじゃない、たまには、お前を守るぐらい、強くなりたいって思ったから。


……だから、待ってろよ、チカ。


 あたし、絶対、強くなるから。どっかでくたばったり、死んだりすんじゃねーよ。

 絶対、お前をえてみせるから。世界とだって、戦ってみせる。



——強がり? ……そうだよ。


——さびしい? ――本当にな。



 お前がいなくなって、すっげえさびしい。ぜんぶ、ぜんぶお前が奪っていったから。

 愛も、勇気も、希望も、すべて、すべて。

 お前がいないと、そんなのゴミでしかない。

 

 お前は、あたしの流星で。一番星で、救世主で、ヒーローだったんだ。


 こんな風に、心ごと奪ったのは、お前だけだった。

 なのにお前は、そんなあたしを、あざ笑うかのように、突然消えて、この心をぐちゃぐちゃにした。


 だから、覚悟してろよ。あたしは、お前を倒しにゆく。

 奪われたすべてのものを、取り返しにゆく。

 

——お前を、取り返しに。



「……ハッ。いい顔してんじゃねえか、七織ななおり


 鮫島が、鼻血をぬぐって言った。


「――ハア?」


「それだよ。お前はこうでねーと。クソがいなくなったぐれえでメソメソしてるなんて、お前らしくねーんだよ。また泣いてやがったら、あたしがぶん殴ってやるから、せいぜい後悔しねーように、やりたいことやって、バカ笑いしてるんだな」


「鮫島……お前……」


「……言っとくけど、お前のためじゃねえ。あたしは、あたしの正義で生きる。たまたま、利害りがいが一致いっちしたぐらいで、勘違いすんな。――行ってこい。弱虫のお前と違って、お前ごときが一瞬いなくなったぐらい、どうでもいいし、余裕なんだよ」


「……泣いてるけど」


 鮫島は、ボロ泣きしていた。ぶっちゃけ、あたしよりも泣いていた。


 バリバリにデコったアイラインが崩れて、いたいけな子猫のようなキュートな瞳が、潤んではポロリと雫をこぼし、十センチはあるヒールにいたっては、殴られまくって、脱げてしまったせいで、150もないちいさな体が、さらにちいさくなっているしまつ。


 もう、あの時の悪役感は皆無かいむだった。


(……お前、悪役に向いてねーよ)


 あたしは、ちょっと笑った。そして、鮫島に言った。



「――ありがとう」


「はあ? ぶっ飛ばすぞ」


 瞳をごしごししながら、涙声で、鮫島が、“有姫ゆうき”が言う。


「……行ってくる。そんで、帰ってきたら、あたしの戦友<ダチ>になってほしい」


「――——っ!?」


 有姫は、驚いたように、言葉をなくした。


「なあ、だから、“一緒に、世界と戦おーぜ”」


 あたしは、歯をみせて笑った。



 なあ、チカ。あたし、お前みたいにやれてるかな? 

 お前みたいに、なれるかな。

 

 あたしは、お前に会いにゆく。

 手がかりは、皆無かいむだ。けれど、お前がしてくれたように。


――あたしも、世界と戦ってやるよ。負け戦になんねーよう、せいぜい頑張ってやる。



 あたしは知らなかった。

 本当のあたしをみていてくれたのは、あのバカだけじゃなかった。

 

 鮫島も、あの時代錯誤なバリバリのヤンキーも、あたしのために、こんなひどい怪我けがまでして。


 殴り返すなり、蹴り返すなり、しようと思えばいくらでもできた。

 

 だけど、やつはいくら殴られても、蹴られても、そうしなかった。

 正義に倒される悪者<ヒール>みたいに、損な役をやってくれた。



——暴走族? ヤンキー? 不良? 

——どこがだよ。


 こんなバカみたいにいいやつが、チカの他にもいた。


 だったら、奇跡だって、起きるかもしれない。

 あの日、絶好のタイミングで流星郡が降ったように。


 あの一番星を、みつけられるかもしれない。

 ばきべき光る、カミサマだってぶっとばす、“最強の彦星ひこぼし”を。


 そして、あたしは誓った。星空じゃない、晴天に。


――倒しにいく。

 調子に乗って暗黒微笑する、あのはた迷惑なラスボスに、一発食らわせてやる。


 あたしは、臆病おくびょうで、弱虫で、強がってばかりのダメなヤツだけど。

 それでも、意地いじぐらいある。


 これだけ泣かせておいて、登場もしない、甲斐性かいしょうなしのダチなんか、口だけの戦友<ダチ>なんか……あたしが、“鉄拳制裁”してやる。


 その腐った根性こんじょう、叩き直してやる。

 だから、じっとしてろよ、馬鹿野郎ばかやろう


――あたしは、お前を殴りに行く。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




七織ななおり千夜ちや。もうそろそろかな」


 その時、どこかで発せられた、ささやくような声に、あたしはまだ、気づいていなかった。

 だが、有姫は、冷たい表情で、しげみの向こうを、にらみつけていた。


「どうしたんだ?」と聞くと、「なんでもねえよ」と、興味をなくしたように、有姫はこちらを向いた。


 その傷が、ずいぶんと減っている気がして、首を傾げた。


(あれ、さっきあんなにボロボロだった気がしたんだけど、気のせいか?)


 あたしは、まだ、何も知らない。

 有姫の正体も、いずれあたしを陥れようとする、二重人格者やつのことも。



 死と裏切りの物語は、こうしてはじまる。

 平和な日常は、もう終わりだ。


 勝つのは神か? あたしか?



——さあ、<失われた夏>を、取り戻せ……。




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