第18話 ‐生贄の羊‐ ~ワイプアウト・パセティック・ホールド~【後編】
「――殲滅しろ」
チカの声と共に、雷門が駆ける。
――駆けた先は?
あたしは、目を疑った。
有姫のすぐ近くに、雷門は肉薄していた。
ガツン、と、刀と風がぶつかり、はじける音がした。ややあって、カラン、とその刀が、掌から離れる。
「――姫!!」
乙女の声が降る。
(( ――ポルターガイスト―― ))
その時聞こえた声を、あたしは忘れない。
有姫をかばうように、双子坂が立っていた。
双子坂の頬から、ひとしずくの赤が伝う。
「――双子坂……」
雷門が舌打ちをする。
だが、その表情は、しまった、という悲痛な後悔に満ちていた。
「……てめえが敵になるとはな」
「先に敵になったのはどっちだい? チカの命令とはいえ、君と闘うのは気が引けるな」
「そんなこと言って、目が笑ってるぜ? 本当はずっと前から、俺をけちょんけちょんにしたかったんだろ? ――なあ」
「君のほうこそ、チカを独占していた僕を、いつも殺したそうに、にらみつけていた癖に」
「……けっ、お見通しかよ」
雷門が唾つばを吐いた。
「らいも……」
ふたりに声をかけようとしたが、もうふたりの目に、あたしは映っていなかった。
「……じゃあ、はじめようか」
双子坂が、手を広げた。
「――言われなくても……!」
雷門の周囲に、台風とハリケーン、トルネード……。すべての風が、膨れ上がるように生まれた。
そのまま、双子坂の躰を食い破るように、一気に襲いかかる。
普段の双子坂なら、圧勝だったろう。
なにせ、双子坂の能力は、気だ。
しょせん大気のひとつ、「風」では、それらすべてを牛耳る双子坂には、とうてい敵わない。
だが、消耗の激しい、バイタルラウンドを連発した双子坂の躰は、すでに限界を超えていた。
――このままじゃ、双子坂が。
息をのんだあたしの瞳に、疾風のように躍り出た、華奢な体躯が映った。
――有姫!!
有姫の刀は、もうあの、ノコギリのような鈍ではなかった。
すらり、と磨きこまれた、その刀身は、白銀。
雛菊の紋章のそれは、まるで、天駆ける龍のようだった。
霊刀――<禍津神の懺>。
雷門を一瞬で切り伏せたそれは、まさしく、神に選ばれし剣だった。
「…………!!」
音もなく、雷門の姿が掻き消える。有姫は片膝をつき、ふう、と息をはいた。
「双子坂、礼を言う。この借りは、早いうちに」
「僕のほうこそ、君には助けられた。これでチャラってことでどうだい」
「話がわかるな。あたしもお前には、借りを作りたくない」
有姫と双子坂は、ニヒルだが、すっきりとした微笑みを交わした。
「あーあ。つまんないの。せっかく、面白いショーがみれると思ったのに」
命は、やれやれと言った風に、溜め息をつきながら、こちらに歩み寄った。
双子坂達に、緊張が走る。
「でもいいよ。今回のところは、負けを認めてあげる。これである程度データはとれたし、チカの味も存分に味わったしね」
ほら、と命は、チカをあたしのほうへ押しやった。
「次は、君の番かな、千夜。――君の苦痛にあえぐ姿がみたいな」
命は舌なめずりをすると、後ろを向き、去ろうとした。
「……待てよ!!」
あたしは、そんな命を呼び止める。
「進藤の居場所を教えてくれ。あたし達が勝ったんだ、それぐらいの礼はよこせよ」
「そうだね。じゃあ、勇気ある君に免じて、教えてあげようかな。チカと約束もしたことだしね。<約束の場所>に、あのヤブ医者と腐れ毒女はいる。――さて、ちゃんとたどりつけるかな?」
「約束の場所……?」
「そうだよ。<ライラ>。君が生まれた場所だ。そして、君が死ぬ場所。進藤は待っているよ。君を、君だけをね」
////////////////////////////////////////////////////////////
wipe out ワイプアウト
「殲滅する」
pathetic パセティック
「あわれな」
hold ホールド
「家畜」
wipe out pathetic hold
ワイプアウト・パセティック・ホールド
「あわれな家畜を殲滅せよ」




