第16話 ‐暴虐の正義‐ ~ブレイブ・ブライト・<サウザンド・ナイト・ドリーム>~
夕飯を食べ終わったころだった。
「なんか、風強くねえ?」と乙女が、食後のポテトチップスをほおばりながら言った。
そして、「ちょっとみてくるわ」と、もそもそと席を立ち、倉庫の入口へと向かおうとした。
「……待て。あたしが行く」
姫がその腕をつかみ、足早に倉庫のドアを開け放った。
――ごおおおお!!!
その瞬間、すさまじい強風がなだれこんできた。
入口に差したふたつの影をみて、驚く。
「――双子坂! ――雷門!!」
「……よお。誘拐とは、いい度胸してんじゃねえか」
「――もちろん、覚悟はできてるよね?」
駆け寄ろうとしたあたしの手を、乙女が掴む。
「あぶねえから、下がってろ」
そして、姫のほう――双子坂と雷門がいる入口まで、疾風のごとく駆けて行った。
「真っ向、討ち入り(うちいり)とは、大胆じゃねえか」
姫が、唇をなめ、すらりと、ノコギリにも似た刀をかまえ、言い放った。
「姫。無茶すんなよ」
乙女が、その姫をおしのけ、前に立った。
「君が、雷早乙女? この誘拐事件を計画したのは、君かい?」
「――ああ。いかにも、あたしだ」
「悪いけど、人質の解放をしてくれないかな? あいにく、気の長いほうじゃないんだ。お願いを聞いてくれないなら、君の、玉の肌に傷がつくことになるけど、かまわないかな?」
「残念だが、了承できないな。お前と闘うのは気がひけるが、こっちも、考えなしにあんたの姫さんを誘拐したわけじゃねえ。正々堂々(せいせいどうどう)、真っ向からねじ伏させてもらう」
仁王立ちした乙女が、腕につけていたリストバンドを外した。
ゴトゴトッ、にぶい音がして、まるで、よくできたコントのように、コンクリの床にヒビが入った。
信じられない光景に、あたしは目を白黒させた。
――なんだ? 今、なにが起こってる? 双子坂たちと、乙女たちが戦う?
……なんのために?
「ゆう……」
有姫、と呼ぼうとしたその声は、静かに手をふりあげた本人によって、阻止された。
「交渉決裂。開戦だな」
有姫が、刀を手に、双子坂に肉薄する。
双子坂は、その場から一歩も動かず、手をまっすぐ有姫に突き出し、疾風を見舞った。
――ゴオッ……!
強風を物ともせず、有姫は突き進む。だが、その頬が、腕が、ぴり、ぴりり、と切れていく。
――かまいたち。
鋭い風を刃物のようにして、有姫を傷つけているのだ。
有姫が双子坂に肉薄する寸前、彼はにやりと笑った。
――ざくっっ!
小気味のいい音がして、有姫は刀を落とした。
「……有姫っ……!」
有姫の、華奢な腕が、ざっくりと深く切られ、大量の血がしたたっていた。
「……ちっっ……!」
有姫は舌打ちをして下がるが、もう、遅い。
双子坂は、その腕をつかんだ。
「バイタルラウンド」
有姫の体が、どくん、と脈うつ。
「…………ッッ」
有姫が、がくん、と膝をつく。そのちいさな体が、こきざみに震えている。
――<バイタル>。
<生命値>と呼ばれる、体温や脈拍、呼吸、肉体すべてのリズムをコントロールし、そのすべての値を思うがままに変動させ、戦闘不能へと追い込む、最悪の能力。
乙女が、音もなく、流れるように双子坂の背後に回る。
「――よくもやってくれたな――!」
静かに燃える瞳で、乙女は拳を見舞った。
あんなパンチじゃ、双子坂は……!
あせって、声をあげようとしたあたしがみたのは、信じられない光景だった。
双子坂が避けた拳が、トタンにめりこみ、すさまじい音を立てて、その壁を突き破ったのだ。
「…………っ!?」
はじめて双子坂は、表情を変えた。
当然だ。いくら古ぼけた倉庫とはいえ、この分厚いトタンは、普通の拳で破れるはずがない。
――人間技じゃない!
唾をのみこんだあたしだが、乙女は、容赦しなかった。
その驚異的な拳を、何度も双子坂に繰り出す。
双子坂は、かわすのに精いっぱいで、能力を使うヒマすら、与えられない。
そこに、ヴァルハラレディースの面々(めんめん)が、迫ってくる。
あいつら、袋叩きにする気だ!!
あせったあたしに、雷門の声が降る。
「――デーモン・シャウト」
ものすごい暴風がふきあれ、ヴァルラハレディースの女たちを、あっという間に飲み込んだ。
「――不破! 不動! ……不知火!!」
強風にあおられ、トタンの壁に叩きつけられた女たちを前に、乙女が振り向いた。
そして、その一瞬を、双子坂は見逃さなかった。
「――バイタルラウンド」
乙女がふらり、とよろめいた。
「――乙女!!」
「「「リーダー!!」」」
有姫と、女たちの悲鳴がかぶさる。
「……くっ……お前ら、ケガはねえか……」
膝をつくまいと、乙女が二本の足を開き、震えながらこらえる。
「私は、大丈夫だ!!」
「隊長こそ、ご無事か!!」
「隊長、俺っちは、まだやれるぜ!!」
いさましい声が聞こえ、叩きつけられた女たちが立ち上がり、咆哮した。
「――<<“戦いの女神よ!”>>――」
「「「「「「――<<“我らに勝利を!!”――>>」」」」」
姫が、ぼろぼろの腕で刀を上げ、女たちが、その大地を揺るがす大声に応えた。
「悪あがきだね」
双子坂が、酷薄そうな笑みを浮かべ、乙女の首をしめた。
「……っっ……」
そのまま、ぎりぎりと力をこめる。
女たちがどよめく。
「リーダー!!」
「……てめえ、よくも!!」
「――乙女を離せ!!」
「ああ。君たちがおとなしくしてくれないと、うっかり、殺してしまうかもしれないね」
たっぷり間をもたせた慇懃な双子坂の言葉に、一同は、水を打ったように静まりかえった。
文字通り、おとなしくなったのをみて、双子坂はその手を、乙女の首から離した。
「――さて、休戦といこうか。まずは、君たちが、何者で、なんのために、千夜を強奪したか――その話からしてもらおうか」
有姫はしぶい顔をしたが、乙女はけほけほ、と咳をすると、すぐに立ち上がり、頷いた。
「……ああ。わかった。お前の要求にこたえる」
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めちゃくちゃになった倉庫内を軽く片付け、あたしや、双子坂を含めた一同が丸くなってこしかけるなり、乙女は突拍子もなく、切り出した。
「この日本国の首相がだれか、知ってるか」
「……入間匡人がどうかしたのか?」
双子坂は、怪訝そうな顔をしながら答えた。
「そいつ、あたしの親父なんだ」
「……なんだって?」
双子坂は、疑うように、かすかに目を細めた。
「――真面目に話す気がないなら、もう一戦するかい?」
立ち上がろうとした双子坂を、乙女にぐるぐると包帯を巻かれ、止血済みの有姫がおさめた。
「……バカみてえな話だが、本当だ。こいつと総理は、血がつながってる」
「――そんなわけが……」
双子坂は、なおも不審そうに、顔をしかめている。
「……疑うなら、疑えよ。話し進まねえから、勝手に進めるぞ。あたしは、親父の言いつけにしたがって、お前らの所属する施設……せい……、“せいなんとか”を監視してんだ」
「“青少年保護育成協会”な」と姫がフォローをいれた。
「施設の豚どもが、ガキどもに、予防接種と称し、バケモンの血液を打ち、ろくでもねえ私欲に使ってきたことも知ってる。鵺に選ばれるに値しなかった、運のいいガキは、そのまんま無事に暮らし、血液に適合してしまった不幸なガキは、能力を得て、犬畜生みたいに飼われ、食い合わせの悪かった、哀れなガキは、みんな死んだ」
「……そいつらを救う手段は、ひとつしかねえ。――千夏<チカ>。施設の豚どもがヨダレを垂らしてほしがる、ユーレイを操って思うがままに強化し、この日本国を支配するに足る、千夏の能力を逆手に取り、豚どもに反逆すること。――そして、その鍵となるのが、お前だ、千夜」
「……あたし?」
いきなり話を振られ、困惑気味のあたしに、乙女は真面目な顔で続けた。
「ああ。あたしは三年前、ある夢をみた。それは、死んだばあちゃんの予言だった。ばあちゃんはあの日、枕もとで言った。“千の夜の名を持つ乙女が、呪われし子どもたちを解放し、日の昇る国を救うだろう。お前は、その子を護り、パパを、ひいてはこの国を救うのですよ” ……ってな」
「そんなこと……」
信じられねえ、とつぶやくあたしに、乙女は、
「あ、オトメっつっても、あたしのことじゃねえぞ」と、若干ズレたフォローで返した。
「まあ、そういうことで、乙女はお前らを監視していた。あたしはそんなこいつのお目付け役として、派遣されてきたってわけだ」
姫が、またもや乙女をフォローして、続けた。
「……派遣? お前も、すごいやつなのか?」
「ああ、まあ、な」
目を丸くして問いかけたあたしに、有姫は、煮え切らない口調と、表情で返した。
「そういうわけで、千夜は渡せねえ。てめーらが千夜を危険な目に合わせるなら、あたし達は、お前らを排除しなきゃならねーんだ」
乙女が心底、不本意そうに言った。
「排除? 笑わせるね。その僕達にこっぴどく負けたのは誰かな?」
嘲るように唇をつり上げ、双子坂は、いかにも悪役然として言った。
「お前らがケガしねえように、手加減してたんだっつの。本気を出せば、てめーらは一瞬でひき肉だ」
あの、乙女の、すべてを壊しつくそうとせんばかりのすさまじい拳を思い出したのだろう。さすがの双子坂も、顔を青くして黙った。
「……手加減とは、言ってくれるじゃねえか。――なんなら、もう一戦、交えてもいいんだぜ?」
黙った双子坂の代わりに、霊体ゆえ不死身の雷門が、挑発交じりに言い返した。
「……いや。よそう。これ以上の戦いは敵の思うツボだ。こうして敵ではないとわかった以上、争う理由はない。それより、てっとり早く同盟を組んだほうが、はるかに有益だ」
双子坂は、そこまで言うと、深く腰を折り、頭を下げた。
「――雷早くん、鮫島くん、手荒な真似をしてすまなかった。なんなら、脇腹の一本ぐらいくれてやってもいい。この僕に免じて、許してはくれないか。……そして、勝手なお願いだが、僕達に協力してほしい」
「君のみた夢――予言が本当なら、千夜や僕達を助けることは、君たちの利害と一致するはずだ。……僕達、哀れな家畜を救うと思ってくれていい。――すべてが終わったら、もちろん、僕のことは、どうとでもしてくれていい。君たちの要求は、なんでも飲もう」
「――双子坂」
あたしの制止に、双子坂は、軽く目を細め、微笑んでみせた。
「雷早くん、鮫島くん、お願いだ。――僕達を、救ってくれ」
「……あー……」乙女が、ぼりぼり、と頭を掻いた。
「――やめやめ。そういう堅苦しいこと、なしにしようぜ。あたし達は最初からお前らに協力する気だったし、今回のパフォーマンスも、お前らの意思を、確認するためにやったことだ。別に謝る必要なんかねえし。――なあ、姫?」
「そうだな。あと、姫って言うな、っつったろ」
姫は、そう答えながら、腕に巻かれた包帯を、しゅるりと解いた。
「「……っ!!」」
双子坂とあたしの驚きが重なる。包帯の下には、傷一つなかった。
「なんで……」
「まあ、そういうことだ」
有姫は皮肉気に笑うと、包帯を投げ捨てた。
そのゴミをヴァルハラレディースの部下がキャッチし、即座にゴミ箱に捨てた。
「っつーわけで、長話もなんだし、いっちょ行こうぜ」
「……行くって」
どこへ? と言外に疑問を投げかけたあたしに、乙女は両手を広げて振り向き、清々しい笑顔で言った。
「――決まってんだろ! ドクターとチカチカを、助けに行くんだよ!!」
有姫が溜め息をつき、双子坂と雷門が、ぽかん、と拍子抜けした顔をした。
「よーし、てめえら準備はいいか!! ――討ち入りだ、討ち入り!!」
あたし達の返事を待たず、乙女は、拳を突き上げ、号令をかけた。まもなく、天をつくような歓声が、倉庫中に響き渡った。
――それは、間違いなく、鬨の声だった。
約束された勝利への、カウントダウン。
あたし達は、この日、強力な仲間を得た。乙女。有姫。ヴァルハラレディースの面々。
舞台は整った。あとは――戦うだけだ。
――その先に、どんな悲劇が待ち受けているとしても――。
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“Brave Bright thousand Night Dream”
~ブレイブ・ブライト・<サウザンド・ナイト・ドリーム>~
勇敢なる(恐れ知らずの、見事な、素晴らしい)輝きの、<千の夜の夢>
「night」には、「夜」のほかに、「無知文盲(の状態); 失意[不安]の時」 という意味もある。
つまり、「恐れ知らずの、数えきれない無知(喪失)の夢(幻想)」、と言い換えることもできる。




