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『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-第一章- 「“誓夏”<リピート・ワンス・アゲイン>編」
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-Ⅲ.“チカのいた夏”<Lost Summer>‐

 ひとつ、気になっていることがあった。

 チカと出会って約2週間がたったころ、あたしは直接聞いてみた。


 公園はあいかわらず、チカとあたししかいない。


 考えてみれば異常なのだが、この平和な蝉せみの音がする真昼の公園には、なにもきなくさいところがなかった。

 ……少なくとも、表面上は。



「施設って、どんなところなんだ?」

 

 施設。それは、チカが所属している、養護施設のことだ。

 常識的に考えて、かなりデリケートな話題だ。


 でも、チカは自分が施設育ちだ、ということを隠そうとしなかったし、きっと精神的にタフか、めちゃくちゃ楽天的で、のんきなやつなんだろうと判断して、好奇心こうきしんのまま聞いた。



「ん~……<牧場>?」


チカはあごに手を当て、軽く眉根まゆねを寄せながら、首をかしげた。


「なんだそれ」


「……お前の知らない世界」


 チカは瞳を、きらり、と輝かせながら、もったいぶった口調と、悪戯いたずらっぽい笑顔で言った。



――牧場。子ども達を飼っている? 支配している?


「……なんかよくわかんねえけど、ろくな場所じゃなさそうだな」


 ため息をつくと、チカは得意そうに言った。


「まあ、世の中には、知らないほうがいいこともあるんだ、って話だな」



「……ふうん。マンガだったら、特殊な能力があって、戦ったりするんだよな」


「――まあ、ぼちぼちな」


 一瞬、チカの瞳がかげった。


「……あっそ」


 何か隠してやがるな、と思ったが、言いたくないなら言わせなくてもいいよな、そこで話を打ち切った。



 チカは、何か秘密を持っていて、それは誰にも知られたくないんだろうな、となんとなく思った。


——もっと知りたい。

 でも、それはきっと、ずけずけ聞いちゃいけない、たぐいなんだろう。


……あたしが、 ママのことを「思い出したくない」ように。




 その夜、あたしは公園に行った。

 チカは「遅かったな」と言って、丸太まるたからぴょん、と降りた。


「行こうぜ」


 差し出された手のひらを、とってしまったのは、なんとなくだ。

 チカの手のひらは、やたら、あたたかかった。


 どこか懐かしくて、ぎゅっと握り返した。


 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 結末に至る分岐点ぶんきてんがあるとしたら、きっと、この日、この時だったんだろう。


 あの流星が流れる、真夏の夜空、なぶるような、なまぬるい夜風が吹きすさぶ、防波堤ぼうはてい

 この場所で、あのセリフを聞いた時、きっと、あたしの運命が、扉を叩いたんだ。



 

……本当は、ずっと、不安だった。


 幼い記憶に残るママは、いつだって優しかった。

 でも、そんなママは、ある日突然、いなくなった。


 なんで? わたしはいい子だったよね?

 イタズラも我慢したし、学校の勉強もがんばった。

 

 なにが、いけなかったんだろう。もっといい成績を、とればよかった?

 お手伝いも、もっとすればよかった?


 そして、結論にたどり着いた。ママは、わたしを……あたしを、捨てたんだ。



 ママがいなくなって、親父は酒におぼれた。当たり散らすこともあった。


 あたしは、もう何にも、期待しなくなった。

 退屈上等。ルールがなんだ。そんなの守ったところで、ママは帰ってこない。


 家になんて、帰りたくない。あそこは、ママのにおいがする。

 においなんてあるわけがないが、今でも、その面影おもかげが、香っている。

 今は、タバコと酒のにおいだ。

 

 それでも、家にいるとママを思い出した。


 親父は、あたしをみると、嫌な顔をした。

 

――そう。あたしはもう、誰にも必要とされてないんだ……。



 がらんどうな心で、星を見上げていると、チカの横顔が飛び込んできた。


 静かな炎が揺れる瞳は、夜なのに、輝いていた。

……思わず、こうもらした。



「あたしは、あたしが嫌いだ」


「ふーん」


 そして、チカは言った。



「お前がどれだけ人に嫌われても、オレがお前をすきでいるから!」



 チカがそう言ったその時、とんでもないことが起こった。

 

 夜空が、もう一度光った。

 そして、たくさんの、星、星、星……。幾千いくせんもの流れ星が、夜空を埋め尽くしたのだ。



 いや、あたしの目を奪ったのは、そんなモノじゃない。


 流星群りゅうせいぐんをバックにして、両手を広げたチカの、満面の笑み――。

――なんて顔を、するんだろう。それは、すべてを受け止め、笑い飛ばし、包み込む笑顔だった。


 歯をむき出した、最強無敵の、<晴天の笑顔>……。

 


 胸がかちん、と音をたてた。

 

 止まっていた全身の血液が、流れ出す。

 止まった時間が、<死んだ夏>が、今この瞬間、よみがえったみたいだった。


 なんでだろう。なんで、こんな気持ちになるのか。

 

 でも、この言葉を聞くために、あたしは生まれてきたような気がしたし、このセリフを、あたしは何度だって、思い出すだろう、と思った。



「――あたしが、あたしを嫌いでも?」


 それでも、試すようにそう聞いたのは、怖かったからだ。


——本当に? 嘘じゃなく? 

 あたしは、揺れる瞳で、チカの瞳を見返した。

 

 

「……当たり前だろ!!」


 チカはにかっ、と親指をつきだした。両手で作る、チカのサイン。

 “オレはお前で、お前がオレだ!”のサイン。


 チカの、<全力全開の愛の証>……。



「あっは。オメーなんで泣いてんだよ。しっかたねぇな~っ」


 チカは、うつむいたあたしの頭を、うりうり、とした。


 そうして、涙がぼろぼろとこぼれる、みっともないあたしの身体を、強く柔やわく抱きしめた。


 チカの胸は、相変わらず貧乳で、全然ふにふにしていなかった。

 だけど、あたしは、ふと、なんとなく、いなくなったママを思い出した。

 

 似ても似つかない、ちっさい胸。

 それでも、チカからは、あの甘くてしょっぱい、ママのにおいがした。



 夜空に静けさが満ちるころ、チカはコンクリートに尻をつけ、夜空を見上げた。


「なあ、チャチャ子。楽しーな」とチカは豪快ごうかいに笑った。


 それは、あたしの名だった。

 チカしか呼ばない、変なあだ名。


「……楽しくない。ふざけんなし」


 あたしは隣でまぶたをこすりながら、もそもそ、とつぶやいた。

 そのふざけた口調は、まるで泣いたあたしを、いたわるようだったから。


 その優しさが気恥ずかしくて、またぼろぼろと、泣いてしまいそうで。



「楽しーよ。本当にな」


 チカはそういって、空を見上げた。


「――暗くれーな……本当によ」


「……何? 」


 あたしは聞き取れなくて、チカをみた。

 秘密、とチカは言って、立ち上がった。



「――帰るぞ、暴走娘」



 後ろ手を組みつつ、チカは振り向いた。


 こちらへと半回転した足が、くるりと踊るようで、さらりとおどけるようで、あたしはそのしぐさに見惚みとれた。

 

 あんたが言う? と返すと、チカは、「そうだ、このオレ様が命名する!!」といつもの<暗黒微笑のポーズ>を取った。


 あたしは笑った。けらけらと笑った。

 胸が、晴天の日に吹き抜ける風みたいにすいて、無性にチョコミントが食べたくなった。



 あたし達は一緒の道を、仲良く、まっすぐ帰った。

 あたしはクソオヤジの住む我が家へ、チカは施設へ。


 そして、それが、チカをみた最後になった。



 ――あたしの夏に、もうチカはいない。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 いずれ、あたしは知る。


 なんでチカが、あたしの前からいなくなったか、なんであたしに嘘をついて、だまして、めちゃくちゃにするのか。


 それはすべて決まっていたことだ。

 あたしがチカに惹かれるのも、チカがあたしを壊して、喰らおうとするのも。


 <輝ける悪魔の愛し仔>

 あるいは、<運命への反逆者>。


 それでも、あたしはいつも、失ってから、すべてを知るのだ――。






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