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『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-第四章- 「“DNA”<デストロイ・ネメシス・オブ・アポカリプス>編」
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第1話 ‐死の女神‐ ~リリーフ・キス・ブレイズ・アイズ~

 意外に思われるかもしれないが、俺は、それなりに愛されて育った。


 父親似の目つきの悪さこそ、ひどいものだったが、両親は、待望たいぼうの一人息子である俺に、ありったけの愛を注いだし、俺もその期待に応えるかのように、快活かいかつな少年に育った。



――ただ、異性だけは苦手だった。


 怖い者知らずの男共とは違って、かよわい女子は皆、俺の鋭く凶悪な目つきをとらえるなり、おびえて泣き出したり、逃げていった。


 そんなわけで、俺の淡い恋心は、育つ前に砕け散った。


 そう、やつに会うまでは。








 小学生の頃のことだ。


 その公園に訪れたのは、気まぐれだった。

 なんとなく、だといえばそうだし、運命といえば、それはそれで、らしかった。


 大きな木の下で、寝ころんだ時だった。


 空から、「なにか」が落ちてきた。

 


……ドスッ!


 鈍い痛みと共に、俺の腹の上には、幼稚園ぐらいの、ちんまりとした少女が乗っていた。


 少女は、いてて、とがさつに起き上がり、「わりい。いたかったか?」と舌ったらずにしゃべった。


 少女は、美しかった。

 

 愛らしいまん丸の瞳は、澄んだ無邪気むじゃきな炎を思わせ、その未発達な手足は、血色がいいのだろう、ところどころ紅色に染まっていた。



「お前……」

 

 言いかけて、口をかたく結んだ。

 早く遠ざからないと、こいつも、きっと泣き出す。


 立ち上がったそいつを避けるように、俺は後ろを向いて、立ち去ろうとした。

 だが、少女はその背中の裾すそを掴んできた。


 驚いて、思わずにらみつけた俺に、少女は言った。


「なあ、おれとあそぼーぜ」


 少女らしくない言葉使いにも驚いたが、やつは、にかりと眩まぶしい笑顔で言った。


「あんこくかめんごっこ、しようぜ!!」



 その時から、俺の運命の歯車は、静かに動き出した。


 少女は、なにごとにもおくさなかった。


 「チカ」という、可愛らしい自分の名前も、簡単に吐いたし、およそ、少女らしくない木登りや、危ない冒険を好んだ。


 俺を怖がる様子もなく、むしろべたべたと、積極的に触れてきた。


 その、あたたかい手で触れられるたび、なぜかドキドキして、むずがゆくなった。


 はらいのけたこともあった。


 だが、「腹でも痛いのか?」と、あっけらかんとして、気にするそぶりがなかった。


 

 そんなチカは、一か月ほどたった後、突然姿を消した。


 俺は途方とほうにくれたが、チカと過ごした時間を思えば、それは贅沢ぜいたく失望しつぼうかもしれなかった。



 小学生高学年に上がったころ、俺の運命は、さらなるフェイズをげた。


 そう、能力に目覚めたのだ。


 俺は、自分の意図いととは関係なく、友達や同級生を傷つけるようになっていった。


 はじめは、紙で切ったような、切り傷ですんだ。


 だが、それが、何針なんはりうような深い傷や、手足を切られる重傷になってくれば、もうごまかすことはできなかった。


 俺は孤立し、まだ中学生にもなっていないのに、異例の退学処分となった。

 母親は泣き、父親は俺を部屋に閉じ込め、まるで猛獣かなにかのごとく、なわしばりつけた。



 それから先は、もう語りたくない。


 結論から言えば、母親は、「あなたを産んでしまって、ごめんなさい」という手紙を残して死んだ。

 父親は、俺を化け物をみるような憎悪の瞳で、施設に捨てた。


 施設では、似たような境遇きょうぐうのやつらが腐るほどいた。

 

 だが、俺は、もう誰とも関わり合いたくなかったし、いつしか、死にたい、としか思わなくなった。

 いつか死ぬために、漫然まんぜんと生きていた。


 泣きたいほど辛い夜は、あの幸せだった時間を、母や父や、友達のことを思って、自分の体を傷つけた。


 だが、あの無邪気な笑顔を、あたたかい掌の感触を思い出すと、決まって俺はむなしくなって、自傷をやめた。


 自分でいい加減に手当したのがたたって、俺の体は痛々しい古傷だらけになったが、かまわなかった。


 

 第3の運命が囁いたのは、それからさらに数年後、俺が中3になったころだった。


 施設に、新入りが現れた。


 その夜色の髪と、澄んだアーモンド型の瞳、そしてすらりと伸びた手足を目にした時、俺は、目を奪われた。


 それは、あの時の少女、チカに違いなかった。


 チカは、俺のことを覚えていないらしかったが、俺にはたびたび、話しかけてきた。


 もっとも、チカは誰にでも、自分から挨拶あいさつをし、笑顔を振りまくやつだったので、それは、なんら特別なものではなかった。


 チカの秘密を思い知った俺は、正直、落胆らくたんを隠せなかった。

 だが、本当の秘密とは、そんなチャチなものではなかった。


 

 決定的だったのは、チカと仲良くしていた、子どものひとりが死んだ時だった。


 チカは、けっして泣かなかった。涙すらにじませなかった。

 そして、翌日には、今まで通り、明るい笑顔を振りまいた。


 その異常さに、チカと仲良くしていたやつらは、ひとり離れ、ふたり離れ、とうとう、ひとりもいなくなった。


 施設のガキは、その間も、何人も死んだ。

 チカは、誰が、何人死んでも、いつも通りだった。


 そんなチカを、おぞましく思ったのだろう。

 もう誰も、チカと仲良くするものは、いなかった。


 それでもチカは、特に悲しむそぶりもなく、いつも通り、挨拶あいさつをし、笑いかけた。


――チカは、完全に壊れていた。


 

 俺は、話しかけられれば答えるが、干渉かんしょうはしなかった。

 正直、過去のチカを知る俺ですら、今のチカは得体えたいがしれなかった。


 やがて、第一支部から、移籍いせきしてきたやつがいた。


 双子坂ふたござか遠馬とおま

 

 二重人格者<ダブルフェイス>という異名いみょうを持つその少年は、もとは同じ第一支部の、施設の子どもであるチカと、親しかったらしかった。


 チカを追ってやってきたのだ、ということは、すぐにわかった。


 双子坂は、チカに対して、かなり自然にふるまった。


 だが、チカ以外に対する、その酷薄こくはくな態度から察さっするに、チカを利用しようと、たくらんでいるようにしかみえなかった。


 しかし、よく観察してみると、その関係は対等そのもので、どこか、秘密を共有する悪友……いや、「共犯者」を思わせた。


 チカは、双子坂とつるみたがったし、誰が死んでも泣かないチカは、双子坂以外には無視されていた。


 あの明るく無邪気な笑顔の裏で、どんな闇を飼っているのか、俺にもとうとう、理解することはできなかった。



 俺は、双子坂を監視かんしするついでに、チカと距離を置き、遠くからみつめていた。

 だから、チカが脱走したあとも、すぐにみつけることができた。


 やつは、同い年の女に目をつけ、はたからみたら異常なほど、心を砕くだいた。


 その姿は、施設のやつらに振りまく、安いサービス精神とは、根本からまるで違う、「なにか」のようにみえた。


 なにが、やつをそうさせるのか。あの女のどこに、執着しゅうちゃくするのか。


 それが、運命という、視みえない糸でしばられたものであることは、容易よういにわかった。


 わかりたくないが、わかってしまった。


 チカは、あの女に、千夜に、恋をしている。



 チカが再び姿をくらませたあと、双子坂が、その千夜をはめようとしていることもわかった。


 そうはさせない、と意気込み、やつを止めようとして、散々、辛酸しんさんをなめたが、そんなことは、大した損失そんしつではなかった。


 それより、もっと怖いことがあった。


 チカを、あの、危なっかしい輝きに満ちた一番星を、永遠に失うこと。


 だから俺は、チカを殺そうと動いていた、リッパーに先回りして、激しい戦いを繰り広げた。

 胸を刺さされたのは誤算ごさんだったが、後悔はなかった。


 散々な人生だった。

 だが、これでいいのだと、どこか投げやりな満足感を感じてもいた。


 能力を得てからの俺は、誰からも避けられ、み嫌われ、おびえられ。


 そんな俺に、チカだけは触れてくれた。

 そのあたたかいてのひらで。


 そんなチカのためなら、俺は死ねるのだと思った。


 ずっと望んでいた、しかし機会きかいがなかった、「死」という、優しくも無慈悲むじひな女神のキスを、受け入れる覚悟はできていた。



 その時現れた、そのたなびく夜色の髪と、んだ炎のような輝きを目にしたとき、俺は、待ち望んだ女神の降臨こうりんを思い知った。


 俺を殺せ、という要求に、チカはためらうようなそぶりをみせた。


 だが、チカは叶えた。

 その、身勝手な最後のワガママを、チカは飲み込み、そして俺を抱きしめた。


 ついでに告白などもしてみたが、当然、あっさりフられた。


 落胆らくたんしなかったといえば、嘘になるが、まあ、そうだろうな、と納得なっとくすることができた。


 そして、死の女神は、俺を夜空へと連れていく。


 だが、最後の最後に、俺は、「この世で一番の幸福」を手にいれたのだ。


 チカの能力が、俺の魂に注そそぎ込まれ、霊体として、この世に生まれなおした俺は、あふれる気持ちのまま、微笑んだ。


 チカなら。

 こいつなら、きっと俺の死をかてにして、その願いをかなえることができるだろう。


 俺を最大限に利用して、「本当の幸せ」とやらを、手にするだろう。


 そう思うと、俺はとても清々(すがすが)しい気持ちで、チカの軍門ぐんもんに下ることができた。


 今日から、俺は、チカと共に、生きていく。


 とっくに死んでいる俺だが、それでも、死にながら、生きていく。

 新しい気持ちで、まるで、チカの友人のように。


――相棒のように。あるいは、右腕のように。



 それが、どんなに幸福なことか、きっとチカは、知らないだろう。

 

 でも、それでいい。伝えるつもりはない。

 ただ、その恩を、この魂のすべてを使って、返すだけだ。


 やがて、燃え尽き、消滅するその日まで。

 俺は、チカの瞳に宿やどる、光の炎でありつづける。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


“relief kiss &blaze eyes” 

~リリーフ・キス・ブレイズ・アイズ~


「解放(救済)の口づけ」・「炎の瞳」



【注釈】

 blaze<ブレイズ>には、他にも、(燃えるような色彩、閃光、強い輝き、地獄、たいまつ)(流れ星、あとをつけて〈道を〉示す)などの意味がある。


 reliefリリーフ


「(苦痛・心配などの)除去,軽減」「ほっとすること、安心、安堵」

「気晴らし」「解放」「救済」


 また、もうひとつの意味として、


「浮き彫り」「きわ立つこと,鮮明さ; (対照による)強調,強勢」

→「relief kiss」は、「鮮烈なキス」ともとれる。

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