第16話 「審判の時」~ビギン・ザ・ジャッジメント・エクスピエーション~
『ぼくは、大人になったら、おいしゃさんか、かがくしゃになりたい!』
『へえ、明、偉いわね。――じゃあママも、がんばらなくちゃなあ!』
結局、僕は、医者にも、科学者にも、なれなかったな。
それが、僕らしいとも言えるが。
いつだって、僕は、ついていなかった。
飛行機事故で両親を失い。
養ってくれた、医者一家の顔を立てるために、念願の医者になれると思った矢先、婚約者を死なせ。
――それどころか、年を取らない奇病にむしばまれ、奇異な目でみられた。
はじめにコンタクトをとってきたのは、健全な子ども達の育成をうたい、国から申請を受けた団体だった。
――青少年保護育成協会。
東京府に拠点をかまえ、深くおかしがたい根を張ってきたこの施設も、まだあの頃、たったひとつの支部しか持たない、きわめて認知度の低いものだった。
まっとうに許可が降りたことすら、疑問を抱いたほどだ。
――そんなうさんくさいところに、なぜ所属する気になったか?
“最先端の医師団と、提携を結んでいる私達なら、あなたの病に関する情報提供ができるかもしれません?”
“かわいそうな子ども達を救いましょう?”
そんな甘言に騙されたわけでは、けっしてない。
だが、最愛の彼女を失った僕はずいぶんと我を失っていたし、正直、もうどうにでもなれ、と自暴自棄じぼうじきにもなっていた。
――それこそ、あの少年のように。
母親を死なせ、父親を殺めてしまった幼き双子坂君を、 この呪われた施設に縛りつけたのは僕だ。
だが、すでに鵺の血液を採取し、時間がたちすぎた彼を救うには、あの方法しかなかった。
あの、本人に自覚する術もないうえに、あまりに殺傷性の高すぎる能力をコントロールもせず、 あのままにすれば、彼はあわれな、大量殺戮者にでもなっていただろう。
だからこそ、脳の司令塔である前頭葉に、 直接、チップを埋め込むという、高すぎるリスクを支払ってもらった。
――だが、それが、果たして正解だったのか。その解答を、僕はいまだに持ち合わせていない。
だからこそ、僕は、ゆかねばならない。
今まで管理してきた、時には騙し誘導してきたあの子達と……千夜のために。
僕は、今こそ自分のすべきことを、せねばならない。
願わくば、「彼」が……、革命をもたらし、彼らを救ってくれることを。
僕は十字を切って、扉を開けた。
「Dr.進藤?」 「なぜここに……。」
ざわめく会議室をよそに、 僕は、用意された言葉を、用意されたタイミングで口にした。
「あなた達は、あまりに欲深すぎた。神は、そのような肥えすぎた家畜を、けっして赦しはしないだろう」
「何を……」
「――我、ノアの名のもとに、救済せしもの。裁くものにして、死を運ぶもの……。さあ、頭を垂れ、懺悔するといい。未来ある子ども達を飼い殺し、自らの欲望のために使い捨て、あまつさえその命を切り刻み、魂すらも奴隷とした罪深き者達よ」
「 「……――あなた達は地獄に落ち、永遠の責め苦を受けるといい――!」」
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それからのことは、よく覚えてはいない。
覚えているのは、白衣の下に幾重も巻き付けた、爆薬がはぜる音、重役どもの脂ぎった悲鳴と、爆音……衝撃――。
――気が付くと、僕は、地面に、這はいつくばっていた。
焼け付く痛みは、やがてしびれへと代わり、すぐに、血反吐を吐くことも、ままならなくなった。
思考だけは、不思議と、冴えわたっていた。
僕は、こんなことをして、罪滅ぼしのつもりだろうか。
正義ごっこをする少年でもあるまいに、ずいぶん大口を叩いたものだ。
あるいは、バカな男だと笑ってくれても良い。
破滅の道にわざわざ進んだ、愚か者と。
だが、このなんとも言えない充足感はなんだ――?
散々な人生だったはずだ。
両親を亡くし。――婚約者を死なせ。
奇病に苛まれたあげく、やけになってはじめた生業は、くそったれで。
――ああ……そうか。僕は初めて、誰かの為に、生きて死ぬのだ。
僕は笑った。天を仰いで笑った。
――清々しい。なんて清々しい空だろう。
……千夜。僕の星。君は、君の道を歩むといい。
千の輝きを灯し、闇夜を照らす導となれ。
そして、願わくば、君が、君こそが、あわれな子ども達を導く、もう一人の救世主たらんことを。
――真夜中はもう過ぎた。あとは……明けるだけだ。
(( ……戦う君よ。――幸多かれ、憂いなしにも――……。 ))
「――そんなキレーな終わりなんて、やれねぇな」




