第13話 「断罪の時」 ~パニッシュメント・ギロチン・キラー~
「……ひゃは。浮気現場発見。チカに言ってやろォ~っと」
愉しそうにナイフをくるくる回すリッパーに、あたしはゾッとした。
やつは、どこもかしこも、血まみれだった。
――おかしい。急所は外したとはいえ、常識的に考えて、しばらくは動けないはずだ。
目線をその全身に走らせると、思った通り、チカが命がけで負わせた全身の傷からは、けして少なくない量の血が滴っていた。
そんな状態で、こいつは立っている、歩いている!!
その異様な光景に、ただ、呆然と立ち尽くし、声をもらした。
「……なんで……、ッッ 」
言いかけて、よろめく。肩が、火を吹くように熱い。
「――くそ……ッ!」
おずおずと手をやると、肩に深々と刺さっていたのは、想像通り、リッパーのナイフだった。
苛立ち、引っこ抜こうとすると、叫ぶような言葉が降った。
「――“千夜”……抜くな……っ!」
進藤が、あたしを千夜と読んだことにも驚いたが、さらに驚いたのは、勢いよく突き飛ばしたはずの進藤が、すぐ後ろにいたことだった。
「――進藤……! こっち来んな……っっ」
焦って、手を伸ばす。リッパーの手から放たれたナイフが、吸い込まれるように、進藤の胸に向かってゆく!
――間に合わない!!
――いやだ。――嫌だ、嫌だ……いやだ!! 進藤が死ぬのは!!
「――やめ……ッっ」
――ドオォン!!
突風が吹き荒れ、扉が開いたのは、その時だった。
「……リッパー。そこまでにしてもらおうか」
壊された扉の向こうに立っていたのは、静かに眼光を光らせた、<ダブルフェイス>……双子坂だった。
「双子坂……てめえ何でここに……!」
リッパーが腰を浮かせ、双子坂の方を振り向いた。
驚きを隠せないように、凝視するリッパーに、双子坂は感情の読めない瞳で、こう言った。
「――言ったはずだ。チカに手出しはさせないと」
「……ハーア? なんのことかなァ?」
リッパーは、バカにしたように、ひらひらとナイフをふった。
「……じゃあ、これはなんだ」
双子坂は、チカの体を転がした。
「――チカ……ッ !」
駆け寄ろうとするあたしを制するように、双子坂は、左手を上げた。
「……今は僕の能力で、バイタルを安定させているが、血液が足らない。――今すぐ手当てして、輸血しないと、チカは死ぬ」
進藤の方を見て、双子坂は簡潔に言った。そして、リッパーに向かって、一歩足を進めた。
「……もう一度言う。――“これはなんだ?”」
「……――こ、こっちくんじゃねぇよ……!」
リッパーが、怯えたように後ずさる。
双子坂の唇は弧を描いていたが、その瞳は全く笑っておらず、まるで、モノか虫ケラでも見下ろしているようだった。
双子坂が一歩近づくことに、静かに荒れ狂う冷たい闘志が揺らめき、一陣の風となって、吹き抜ける。
リッパーもまた、後ずさり続けるが、とうとう壁際まで追い詰められ、しゃがみこんだ。
「……リッパー。君の誤算は、僕の友人に手を出したことだ。“裏切り者には鉄槌を”……。――“賢い”君のことだ、それなりの代償は覚悟しているよね?」
真綿で首を絞めるように、ゆっくりと語りかけ、歩み寄る双子坂の姿に何をみたのか、リッパーはとうとう悲鳴をあげた。
「――ひっっ、…… 」
「――ああ、そんな、無様な醜態を晒さらさないでくれ。……がっかりして、思わず殺してしまいそうになる」
「お……お前には、人を殺せないはず……!」
どこか、自分に言い聞かせるように、リッパーが頬をひきつらせ、わめくように言った。
「……そうだね。でも、今ならリミッターを外せてしまいそうだ。こんなに、愉快な気持ちを味わったのは始めてだよ、“リョウ”」
双子坂は、手をゆっくりと上げ、リッパーに指を差し向けた。
「……ゲームセットだ、リッパー。――“天国”でせいぜい、後悔するといい」
「……―――うわァあア゛あ゛ぁア゛……!!」
あたしは目を疑った。リッパーが、白目をむいて痙攣している! 双子坂は、一度も、その体に触れていないのにも関わらず!
まるで、電気椅子に座らされた患者のごとく、しばらくリッパーは震えていたが、やがて口から泡を吹くと、ごとり、と頭から倒れこんだ。
「――し……死んだのか……?」
ぞっとしながら、リッパーに一歩、近づいた。
「――近づくな」
双子坂の声に、びくり、と歩みを止めた。
「……近寄らないほうが無難だ。害虫の、穢れた吐瀉物に触れたくなければね」
あまりの言いように、あっけにとられていると、双子坂は、ひとつ咳払いをして、姿勢を崩した。
「……心配しなくても、死んではいない。おおかた、気絶しているだけだろう」
「――でも……」
白目をむいて横たわるリッパーが、とても息をしているようには、みえなかった。
「――これぐらいで死ぬようなら、苦労していないよ。……やれやれ、無駄な力を使ってしまったね」
柔らかく冷笑しながら、そう言い切ると、双子坂は、進藤に向き直った。
「……進藤教授、早速ですが、チカの手当てをお願いできませんか。僕ではこのような時間稼ぎしかできません」
「――わかった。時間がない、すぐに治療しよう」
「進藤……!」
歓喜の声を遮るように、進藤は告げた。
「――ただし、あいにく生存している医者は、恐らく僕だけだろう。双子坂君、千夜。君たちの力を貸してくれ」
進藤の指示はこうだった。病院に貯蔵ちょぞうされている血液だけでは、とても足らない。
怪我をしていない双子坂と、手のひらと肩を負傷しただけで比較的軽傷の、あたしの血液をあわせて、輸血する。
血液型はどうなんだ、と気になって尋ねたあたしに対する、進藤の答えは恐るべきものだった。
「施設の子ども達はみな、<鵺>と呼ばれる特殊な生命体の血液を採取している。いったんその血を取り込み適合した時点で、その体は全く別のモノに変質する。ゆえに、血液型などの概念は無意味だ」
「彼らの血液はすでに、特殊な構造に変貌している。彼らの肉体はすべての型の血に対応し、その新鮮な血液を補食することによって、怪我を修復する。傷の程度にもよるが、自己修復機能を活性化させるには、莫大な血液を必要とする」
「水図くん……水図千夏くんの血液はもはや、生存できるギリギリまで失われている。軽く止血はしたが、その命を保持しある程度の回復を望むなら、貯蔵されたストックを使い果たしても、まだ足らないだろう」
「……そこで双子坂くんには、水図くんのバイタルの維持と、血液の提供をお願いしたい。――健康体の千夜にも、血液を適量もらうことになるが、構わないか?」
あたしは、言葉をなくした。正直、怯むことしかできなかった。
――鵺?
――補食?
進藤の言っていることは、タチの悪い冗談としか思えない、あまりに常軌を逸した内容だった。でも、こちらをみつめる、双子坂と進藤の瞳は、そんな、安い現実逃避を許さなかった。
あたしは、ごくり、と唾を飲み込んだ。
――怖い。でも、そうしなければ、チカは死ぬ。
もし、血液を捧げなければ、あたしのせいで、チカは無惨な屍になるんだ。
震える喉をねじふせ、涙をため、声を張った。
「――当たり前だろ……ッ。それでチカの命が買えるなら、安いものだ……!」
強がってみたところで、震えは止まらなかった。――本当は、怖くて怖くて、今にも逃げ出したかった。
これまであたしと同じだと思っていたチカは、まったく別のモノだったんだ。死んだ雷門も、双子坂もリッパーも、ヒトとはまったく違う、化け物だった!!
それでも、それ以上に怖いのは、そんなチカが、化け物で、人間じゃないチカが、こうして死んでしまうことだった。
死ぬ。死んでしまう。“あたしの大好きな、チカ”が――!!
――ああ、そうか。
――わかってしまった。
化け物だって、ヒトじゃなくたって。普通のフリをして、あたしを騙していたんだって。あたしにとってはこんなに大切で。……特別で、格別で。
――この世にたった一人しかいない、あたしのヒーロー、だったんだ。
拳を固く握りしめ、今度こそ、進藤に向き直った。
「……チカを治してくれ。そのためなら、あたしはなんでも、する」
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punishment パニッシュメント
「罰」
guillotine ギロチン
「断頭台」
killer キラー
「殺人鬼」
“punishment guillotine killer”
~パニッシュメント・ギロチン・キラー~
「殺人鬼の頭を切り落とし、罰を与えてあげよう」




