第12話 「手錠を壊せ」 ~ブレイク・カフス・メルティング・クライ~
――それは、長い話だった。
進藤の表情は固く、神妙そのものだったが、その話ぶりは、簡潔明瞭で無駄がなく、全てを語り終わるまで、たぶん一時間もかからなかった。
話し終えると進藤は、重い溜め息をつき、最後にこう締めくくった。
「これでわかったろう。僕は、君の思うような人間じゃない。……幻滅しただろう?」
「――ううん、納得した」
「なんだって……?」
あっさりと否定すると、進藤はおかしな顔をした。
「……納得した。進藤が何で、今の進藤になったか。――何で、あたしを騙そうとしたか。――何で、優しくしたり、突き放したりしたか」
「――なら……」
「……でも、あたしは進藤を憎んだりしない」
驚いた顔で、口を開こうとする進藤を遮って、あたしは言った。
「……許すよ。進藤が、優しい言葉と嘘で騙したことも、薬で、わざと記憶を失わせたことも、チカの記憶を、取り戻しつつあったあたしを、より強い薬で、コントロールしようとしたことも」
何か言いたげな進藤が、再び口を開く前に、重ねて言った。
「――雷門が言ってた。進藤が処方した新しい薬、一回目は更に記憶を奪うものだったけど、その次のは、そんな効果なんか全然ない、偽薬<プラシーボ>だって。親父なんかいなくなっちまえって話で、進藤が怒った意味もわかった」
「悪いと思って謝ったあのとき、進藤が、あたしを拒絶するような、冷たい態度を取ったのは、まだ怒っていたからでも、許せなかったからでもない。……これまで優しい口ぶりで、あたしを騙して記憶を奪った、“自己嫌悪”からだったんだな」
「…………」
進藤は、否定も肯定もせず、硬い表情で沈黙した。
そんな、頑なすぎる進藤に、肩の力を抜いて、語りかけた。
「……でも、それだけじゃないだろ。今の話を聞いてわかった。進藤はあたしに、進藤を嫌って欲しかったんだろ。これ以上あたしが、進藤の嘘に騙されないように、これ以上あたしが、進藤を好きにならないように」
「――でも、もう遅いっつの。たとえ進藤が、あたしの頭を撫なでなくても、たとえ、進藤がどんなにあたしを突き放しても。進藤はこうやって、あたしに冷たくなりきれない。そういうヤツなんだよ、あんたは。偽善は言えても、悪にはなれない」
「――だから、あたしは進藤が好きなんだ。いいヤツにもなれないし、悪いヤツでもいられない。そんな仕方ない進藤だからこそ、あたしは好きになったんだ」
そこまですらすらと言い切ると、立ち尽くしたままの進藤に、笑ってみせた。
「だから、進藤も、もっと胸を張れよ。進藤は立派な人間じゃない。けど、進藤は、進藤だ。同じヤツはこの世のどこにもいない、一人しかいない進藤なんだ。そんな自分をもっと誇れよ。――だって進藤は、“あたしの大好きな進藤”なんだから」
そして、今度は自分から進藤を抱き締めた。
「……だから、観念しろよ、バカ」
進藤は、驚いたように身を固くしていたが、やがてゆるゆると力を抜くと、おずおずと、確かめるように、あたしの背に手を当てた。
(そんな、おっかなびっくりしなくても、あたしは逃げないっつの。)
心の中で思ったが、この沈黙が心地よくて、黙って、抱き締めた腕に力を込めた。
長い長い静寂が、床に降り積もる頃、進藤は、息を吐くように、たった一言、呟つぶやいた。
「――ああ……」
その安心したような、観念したような吐息は、あたしの心に染み渡って、くすぐったいような、柔らかな心臓の音と混ざりあっていった。
その、あんまりに充分すぎる答えに、なんだか胸が熱くなって、ぎゅう、と進藤を強く抱きしめた。
進藤の体は冷たくて、かたくて、進藤の心みたいだった。
凍えて、こわばって、こわがりな進藤。そんな進藤を、もっともっと、抱きしめてやりたいと思った。
ふいに、進藤が鼻をすするような音がして、くすりと笑った。
——本当に、仕方ないヤツ……。
溢れるように、愛しさが込み上げてきて、進藤の背をよしよしと撫でた。
——ふと、ぶるりと寒気が襲って、進藤を突き飛ばした。
次の瞬間、ざくり、という鈍い音と共に、肩に激痛が走った。
「……ッッ!!」
振り向いたその目にうつったのは、全身から血を流し、歪んだ笑みを張り付けた<ヤツ>だった…… !
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“Break cuffs,melting cry”
Break cuffs ブレイク・カフス
「手錠を壊せ」
melting cry メルティング・クライ
「溶ける涙」
(涙を流すことをcryという。他に求めて叫ぶ意味も)
「ほどける涙」「解凍される涙」
“Break cuffs,melting cry”
~ブレイク・カフス・メルティング・クライ~
「手錠を壊せ、溶けだす涙よ」




