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『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-第三章- 「“HEG”<ホロコースト・エンゲージギルティ>編」
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第11話 「優しい痛み」 ~ジェントル・ペイン・ハーティングハート~

「“雷門らいもん”……?」


『やっと思い出したか。――久しぶりだな、千夜』



「……ッ」


 再びガンガンと鳴り出す痛みに、頭を押さえた。


『……まだ痛むか。進藤のヤローに薬づけにさせられた時は、はらわたが煮えくり返ったが、どうやら新しい薬は、記憶を失わせる効果のない偽薬<プラシーボ>のようだな。ゆっくりとだが記憶がもとに戻りはじめているのが、その証拠だ』



「なんだって……?」



『死人に口なしとはいうが、チカのおかげで俺はしゃべれるし、耳もある。隠密おんみつに動くのに、これ以上のアドバンテージはねえ。今の俺に隠し事なんて不可能だ。――それより、時間がない。今から、双子坂と接触する』


「双子坂……ッ? ――でも」


 割れるような頭痛に耐え、引きずり出した記憶の断片によれば、あたしが記憶を失ったのは、双子坂の謎の攻撃によって、血を吐いて倒れてからだ。


(本当にヤツを信じていいのか……?)


 不満げな様子が伝わったのか、雷門は重ねるように言った。


『双子坂は、チカのダチだ。あいつは利用価値のある人間を、簡単に死なせたりしねえ。――信用はできないが、今はヤツの力を借りるしかない』



「――っ……!」


 正直迷ったが、ぐったりと意識を失ったチカをみると、もういてもたってもいられなかった。


「雷門。お前に任せる。――あたしは何をすればいい」


『了解だ。――まずは……』


 

 雷門の指示はこうだった。


 病院内のすべての通信機器は、生物以外のすべてのモノを、刃物へと変えるリッパーの能力、<チェンジリング・リバーエッジ>により、使い物にならない。


 よって、双子坂を呼ぶ方法はひとつ。

 幽霊である自分が直接呼びに行く。

 

 近くに、それらしき波動があるため、今すぐ向かうが、この病院には施設の者の息がかかっている。


 何が起こるかわからないうえ、あたしには能力がない。

 チカのからだを庭のしげみに隠し、後は俺に任せ病院を出ろ、と。


 あたしも残る、という息巻いた主張は、


『なんのためにチカが身をていして、てめえを助けたと思ってる。てめえになにかあったら、チカのやつはただのピエロだ』と言う正論に、見事にぶち壊された。


 

 悔しいが、大人しく引き下がるしかない。


 しぶしぶ指示に従い、チカの躰を、茂みの奥まったところに横たえたものの、出口寸前まで来たところで引き返し、敷地内の研究棟へと向かった。



 あの時のことを思い出すだけで、吐き気と震えが止まらない。

 ひとつ間違えれば、あたしも臓腑ぞうふをぶちまけ、物言わぬ死体となっていただろう。


 チカを大怪我おおけがさせたい目もある。

 ナイフがささったままの脇腹からは出血が止まらず、へたしたら、命にかかわる酷い傷だった。


 それでもチカは恨みごとのひとつも言わず、むしろあたしを気遣ってくれた。

 罪悪感と悔しさで、今も涙をこらえるのに必死だ。


 

 それなのに、あたしは、今、雷門との約束を破り、チカを茂みに置き去りにして、自分の命まで粗末にしている。

 それでも、ただ、進藤の安否あんぴが心配だった。


 薬漬け、とか偽薬、とか散々聞いたが、どうしても信じられなかった。

 

 進藤が無事かどうか確認し、真実を自分の目で確かめる。

 それしかないと、決意していた。


 進藤は、医者であると同時に、科学者でもあるという。

 もし、まだ生存せいぞんしているとしたら、大量虐殺の場となった病院内ではなく、隣接りんせつした研究施設の方にいるはずだ。


 あたしは、周囲をうかがいながら、そこへ向かっていた。


――右よし、左よし。

 しげみを抜けて、すばやく、非常口へと足を進めた。


 ゆっくりとドアノブに手をかけると、かぎはかかっていなかった。

 一瞬、安心したが、すぐにわなかもしれない、と思い直し、なるべく音をたてずに開く。


……ぎい。


 外からみたとおり、明かりはない。

 ぞくりと背筋を泡立てながら、あたしは忍び込み、そっと扉をしめた。


 血が止まったばかりの右手の、ひりつくような痛みを感じながら、足音の目立つスリッパを脱ぎ捨て、ひたひた、と裸足はだしのまま歩いた。



 階段をのぼり、二階へとたどり着いた時だった。

 わずかな明かりがもれている。――それも、たった一部屋だけ。


 ゆっくりと足を進め、わずかに空いた扉の隙間から、中をうかがった。



(……進藤!)


 後ろ姿だけだが、あの白衣と体格は、あたしのよく知る進藤に違いなかった。


(――よかった、生きてたんだな……!)


 ドアに手をかけようとして、様子がおかしいことに気づいた。

 何か、誰かと話している。



――その相手は……。


(……っ?!)


――チカを追っていた、ガスマスクの男達だ!

 思わず後ずさると、何かに蹴躓けつまずいた。


――ズダッ!


 勢いよく尻餅しりもちをつき、青ざめるが、もう遅い。


「――誰だ!」


 ガスマスク男の声に、びくりと肩を揺らし、開かれた扉の先の進藤を、ただ見上げた。


 進藤は無言だった。

 こちらを見下ろす、黒ぶち眼鏡めがねの奥の瞳は、いつもの優しい色ではなく、無感情に細められていた。



「しん…… 」

 

 進藤、と呼ぼうとしたが、その声はさえぎられた。


「――進藤教授、それは例の被験体ひけんたいでは?」

 

 ガスマスクの一人が、進藤の背に向かって話しかけた。


「いや…… 人違いだ」


 進藤は首を振ると、あたしの首をつかんだ。


「だが、余計よけいなことをらされると困る。……そこの注射器を取ってくれ」


「――しかし、進藤教授……」


「構わない。後はわかるね? 君は席を外すんだ。……後は僕が処理する」



「はい……! おい、お前、席を外せ! 進藤教授のご命令だ!」


「はい…… !」「――はい!」


(……しゃべれない……!)


 指で、喉の部分をぎりり、と締め付けられ、ぱくぱくと口を開いた。


(苦しい…… ! ――なんで、進藤――!!?)


 絶望で頭が一杯になり、涙が浮かんだ。


 ガスマスク達の足音が遠ざかり、ゆるんだ拘束こうそくに、ゲホゲホとせきをした。



何故なぜ、こんなところに来た」


 進藤は恐い顔をして言った。


「……しんどう、が……っ、しんぱい……っっ…… 」

 

 喉を抑え、しゃくりあげるように言うと、容赦ようしゃない怒号どごうが降りそそいだ。


「――君は馬鹿ばかか!! 大人しく病室にいれば、そんな怪我けがをしなくて済んだんだぞ!!」


 進藤は荒々しくあたしの手を取ると、乱暴に消毒液をかけ、きつく包帯を巻いた。

 今までになく、怒りをあらわにする進藤に、ぽつりと語りかけた。


「……進藤……進藤も、あたしが心配だったのか……?」


「…………」


 進藤は答えず、眉を上げた。


「進藤、あたし、今日たくさん進藤のことを聞いた。皆すっげえ悪く言ってて、驚いたし、ムカついた。……でも進藤は、やっぱり、進藤なんだな」


 不安になったことはあえて告げず、確かめるように、進藤を見上げた。



「……君の思う“進藤”は、僕じゃない」


 進藤は冷たく告げると、うつむき、あたしをぎゅっと抱きしめた。


「……でも、……」


 進藤の声は、ひどくかすれていた。

――それでも、あたしの耳には届いた。



“……君が無事で、よかった――”



 進藤の背に手を回し、しっかりと抱きしめかえした。

 あたしより、進藤の方が泣いているみたいで、声に出さずに思った。



(ああ……、進藤は“大人”じゃない。進藤は、進藤だ)


 そして、いつまでも抱擁ほうようをやめない、進藤をあやすように、その頭をなでた。

 

 進藤は、それには何も言わず、ぽつり、とつぶやいた。


「――七織ななおり、君は、僕の話を信じるか」


「……うん」

 

 こくりとうなずいた。


「あたしは、進藤を信じたいと思ったあたしを、信じる。だから、進藤が自分のことを、どんな嘘つきだって、ひどいヤツだって思っていても、関係ない。あたしは、進藤の味方でいてやるよ。……仕方ないから」


 

 進藤は、ようやく抱擁ほうようくと、安堵あんどめ息をついた。


「……仕方ないのか」


 進藤は眉を下げ、苦笑した。

 そのあと、確認するように、真っ直ぐに、こちらの瞳をのぞきこむ進藤に、こう言った。


「――そうだよ。だから進藤も、進藤を信じろよ。そして、もう嘘はつくなよ。――進藤が傷つく」


「……君じゃなくて?」


「……あたしより、進藤が、だっつの」


 口をとがらせ、主張すると、進藤は目を細めた。

 


「――君は優しいな…… 」


 進藤だって優しい、と言おうとしたが、安心したようにあたしの右手を包み、目をつむった進藤をみたら、なんだか言う気も失せて、むずがゆくなった。

 


――やがて進藤は、顔をあげ、重たい唇を開いた――。

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