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『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-第三章- 「“HEG”<ホロコースト・エンゲージギルティ>編」
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第10話 「憎しみの牢獄」 ~ヘイトレッド・プリズンブレイク~

「――教えてやるよ。こいつがなんで、施設の奴等にご贔屓ひいきされているか。そして、なんでおれが、こいつを殺したくて殺したくて殺したくて、仕方無しかたないか」



「千夜…… !」


 チカが、倒れこんだ体を起こそうとした気配がしたが、あたしは、構わず言った。


「――教えてくれ。……それを聞いたら、あたしは大人しくお前に従う」


「――ふぅん、話がわかる女はいいね。じゃあ、教えちゃおうかなァ。話は5年前、まだこいつがマトモな暮らしを送っていた頃だ――」


 おれは生まれてこのかた、親を知らなかった。

 施設……と言っても、今のイカれた施設じゃねぇ、ごく普通の孤児院にいた。

 クソなのは変わらねぇけど、ここに比べればまだマシなところだった。


 おれを生んだアバズレと、おれを作ったロクデナシが、今どうしているかなんて興味なかった。

 ただひたすら、地獄に落ちろ、としか思ってなかった。


 

 こいつが顔を表したのは、おれが中1の頃だった。


 孤児院の狭い箱庭で、かったるい草むしりを言いつけられて、どうサボってやろうかと考えていた時だった。


 すたん、とへいから飛び降りてきたヤツがいた。

 それは、小学校低学年くらいの見知らぬガキだった。


「あんこくかめんさま、さんじょう!」


 そんなことをいいながら、棒を振り回してきたから、適当に相手をしてやった。


 そうしたら、何を勘違いしたか、明日も来た。明後日あさってもきた。明明後日しあさっても……、いや毎日だ。

 ウザいから居留守いるすを使ったら、おれの部屋まで忍び込んできた。



 ある日、こいつは孤児院のスタッフにみつかった。


 何を血迷ったか、とっさに逃がしてやろうと思った、おれが目にしたのは、孤児院のスタッフの微笑みだった。


「あらあら千夏ちなつちゃん、パパは?」


「くっくっくっ…… 地獄の帝王は留守だ! 代わりにこのわれが遊びに来てやった!」


「千夏ちゃん、ダメよ勝手に入ったら」


 決しておれには向けられない、本物の笑顔を、やつは独り占めしていた。


 そう、話はカンタンだ。千夏は、この孤児院の創設者の、実の子だったというワケだ。

 だが、やつに向けられた笑顔は、そんなことは関係なく、愛情あふれるそれだった。


 その時おれにわいた感情は、これまで抱いたどれよりも、暗く、ねばついた怒りだった。


 次第しだいにおれは、行き場のない感情に追い詰められていった。


 千夏の笑顔も、孤児院の女どもの笑顔も、かごめかごめをするように、ぐるぐるとおれを取り囲み、寝ても覚めても、覚めても寝ても、おびやかそうとする。


 

 おれは狂っていった。


 調理室の果物ナイフを盗んだ時には、もう、今自分がしていることが、夢か現実かすら、判別はんべつがつかなくなっていた。


 おれが向かったのは、スタッフルームだった。

 仮眠していた女に狙いをつけると、勢いよくそれを降り下ろした。


 

 ぶしゅ、という音は一瞬だった。赤い花が咲くように、鮮血が飛び散り、おれは笑った。



――それからのことは、もうわかるな?


 警察、家庭裁判所、堕ちていったおれが最後に行き着いたのは、問題のあるガキをまとめて管理し、私欲のままむさぼる豚どもの施設だった。


 そこにきて、まず、おれがされたのは、首にドッグタグをつけられ、鎮静剤ちんせいざいと混ぜられた、化け物の血を注射されることだった。



「化け物……?」


 そう、<ぬえ>の血だ。<影縫かげぬい>とも、<影鵺かげぬえ>とも、呼ばれている、得体のしれない化け物。


 おれはそのことを、<ダブルフェイス>……、情報屋の双子坂から知った。

 やつもまた、施設の豚どもに脳をいじくられ、管理される側のガキだったがな。


 だが、すべてを知ったその頃には、もう手遅れだった。

 鵺の血を接種して、しばらくたてば、完治は不可。

 

 宿主の心の闇を喰らい、成長するソレに、おれは心身ともにむしばまれていった。


 あのクソ医者の手によって、大量の鎮静剤を打たれてもなお、おれは、殺したくて殺したくて仕方がなかった。


……誰をだって? ――千夏をだ!


 あいつの父親が、あの孤児院を作らなければ。

 あいつがおれの前に現れなければ。おれは、よくある、クソな人生を送るだけで済んだ! 

 こいつさえ、いなければ!! おれは化け物になんて、ならずにんだんだ!!


……だから、殺してやったんだよ。

 まずは、こいつにこびをうった、孤児院の女どもから。


――そして、こいつの親も殺してやった!!

 こいつが、施設に入るはめになったのも、おれのおかげってわけだ。


 ああそうだ、こいつが霊をみたがるのは、死んだ親の顔がみたいからだよ。

――だから、ぬえはこいつを選んだ!!


 ヨソのユーレイはみえても、自分の親だけはみえないのは、鵺からのゼイタクな<祝い>ってワケだ!!


 可愛そうに、チカちゃんは、霊がみえるし操れる。

 使えないガキは、殺してユーレイに! 鵺の血に適合できなくて死んだ、哀れなガキも、ユーレイに!


 そしてこいつの能力、<ゴーストプリズナー>で操って強化すれば、施設のやつらの計画も、トントン拍子に進むってワケだ!!!



「――どうだ千夜ァ。楽しい話だったろォ? さて、話は済んだことだし、おとなしく……」


「……――ああそうかよ……っ!!」


 ン? と首をかしげる切崎に対し、うつむきながら、あたしは叫んだ。


「……聞いたな、チカ!! もう手加減てかげんなんてすんなよ!! ――こいつの腐った脳ミソ、叩きなおしてやれ!!」


「……な……っっ」


 リッパーが、驚いたように目玉をむいた。

――その周囲で回転するのは、九本のナイフ!!


「まさか……おれが話している間に……!!」


 リッパーを取り囲む、渦をまくような風は竜巻となり、風に乗ったナイフの回転は、どんどん増してゆく!


「――今更気づいたかよ――アホが!!」


 あたしは、傷ついた右手をかざし、もう一度叫んだ。


「……チカ!! 雷門だか、お前の親だか知らねえけど、こいつはクソだ! たくさんのヤツを殺しておいて、なんの反省もしねえ! ――今こそ、わからせてやれ!! “人のせいにしてんじゃねーよ” ――ってな!!」 


「…………っっ!!」


 チカは歯を食いしばり、目を見開いた。


――ゴウッ……!!


 風が一気に雪崩なだれ込み、夜の病院にリッパーのつんざくような悲鳴が、木霊こだました――。





「……よかったのかよ、とどめささなくて」


 あたしは、チカに肩を貸しながら、病院の庭を歩んでいた。


「……いいんだ。バカは死んでも治らねえ。それにオレの仕事は、世直しじゃねえ。色々思う所はあるが、憎しみじゃ、何も救えねえからな」


 どこか、ふてくされたように言うチカに対し、あたしは、怒ってるか? と聞いた。


「……別に。ただ、もうあんな、危ない賭けはすんなよ。血はドバドバでるし、お前はむちゃくちゃやるし、死ぬかと思った」



「……死ぬなよ」


 明るく言ったつもりが、あたしの声は震えていた。


「そんな泣きそうな顔すんなよ。死なないっつの」


 チカは、あたしの頭を、ぽんぽんしようとして、いて、と顔をしかめた。


「――早く進藤をみつけないと」


 あたしはそう言って、足を速めようとしたが、がくん、と腕を引っ張られた。



「……“進藤”?」


 顔をくもらせるチカに、あたしは首をかしげて言った。


「あたしの主治医の進藤は、今は内科だけど、前は外科も担当してたって言ってた。進藤をみつければ、きっと治してくれる」


「いや……そんなはずは……“進藤”――?」


 ぶつぶつ考え込むチカに、あたしは、どうしたんだ、と声をかけようとした。


 その時だった。



「「――みつけたぞ!!」」



 懐中電灯の光に、あたしは手をあげた。


「チカ! 助けが現れ……」


 ぐん、と手をひかれ、つんのめりそうになった。


「ちょ……――うわっっ……!」


――チカが走り出した!


 ものすごい風を背に受け、さながら、ロケットのように駆け抜けるチカに、あたしは裏門まで、一気に引きずられた。


「ち……チカ……、そんな体力どこに……――チカ?」


 みると、チカは、ぐったりと身体を倒し、青ざめていた。


「チカ……おい!! 大丈夫か、チカ!!」



「――“雷門”……後は任せた……」


『――おう』


 見知らぬ声に驚いた、次の瞬間、あたしは目を疑った。

 ぼうっと光る金色の光が、チカから抜け出すように現れ、目の前で、人のカタチになった!


 ワックスでツンツンと固められた、毛先だけ黒色の金髪。鍛えられた腕。

 獰猛どうもうな獣を思わせる瞳が、灰がかった金色に輝いていた。



「――“雷門”……?」



『やっと思い出したか。――久しぶりだな、千夜』



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