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『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-第三章- 「“HEG”<ホロコースト・エンゲージギルティ>編」
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第9話 「殺戮者」 ~デストロイ・ヒステリック・マーダー~



「ヒーロー見参けんざん。<マッド・リッパー>……。――今すぐ千夜から離れないと、どうなるかわかるよな?」



 長い黒髪をたなびかせ、机の上に立っていたのはチカだった。


 ナースセンターをぶち壊さんばかりに、チカを中心に、ごうごう、とうなる風。

 書類の束が、その周りで、びゅうびゅう、と音をたて、踊っていた。


 その表情は、思ったより落ち着いていたが、切崎きりさきを見つめたまま微動びどうだにしないその瞳は、なんの冗談か禍々(まがまが)しいほど赤く光っており、あたしは切崎に追い詰つめられた恰好かっこうのまま、ただひたすら戸惑とまどうしかなかった。



「はァ~~? マジうざいんですけど。このタイミングで現れるとか、いちいち計算してるわけ? しかも“ひぃろぉ”とか意味わかんねーし?」 


 切崎はあたしから手をどけると、チカを侮辱ぶじょくするように、両手を広げた。


「――千夜、無事か?」


「あ、ああ……」


 切崎を見事にスルーし、真顔で手をさしのべてきたチカに少しうろたえながら、その手をとった。


「――何、無視してくれちゃってんの?」


 切崎は、唇をゆがませ、イラついたようにあたしとチカの進路しんろを断った。

 壁際に追い詰められたあたしの体を、チカはかばうようにぎゅっ、と抱き締めた。


「つーか、その能力なんだよ。戦闘力ゼロのあんたに、そんなの使えるはずないだろ」


 リッパーはもうあたしには目もくれず、だん、と乱雑らんざつに壁に手をつき、追い詰めたチカを見下ろすように、そう言った。


「……これは、雷門の能力だ。雷門を刺し、致命傷ちめいしょうを負わせたやつがいる。――それはお前だな、リッパー」


 切崎……いや、リッパーの瞳を真下から見据みすえ、静かに答えたチカにはひるんだ様子はなかったが、抱き締められたあたしにはその震えがはっきりとわかった。


 抑えた声で、平然へいぜんと答えながら震えるチカの真意はわからなかったけれど、それは恐怖からではなく、隠しきれない激しい怒りをあらわしているようだった。


「……はぁん、霊体憑依れいたいひょうい<ゴースト・ペアリング>か……。――そうだって言ったらどぉするわけ、チカちゃァん?」


 挑発するようにナイフをチラつかせるリッパーに、チカはあたしを抱き締める腕に、力を込めた。

 今度こそ混乱した。


(雷門の能力? ゴーストなんとか? さっきから、こいつらは、何を言ってるんだ?)


 そうだ、それに、この荒れ狂う風は、いったいどこからきたのだろうか。

――リッパーの名刺めいしが突然、凶器に変わった理由は?



「だとしたら、だって? ……答えは決まってる。――この名にかけて、オレがお前を始末する。……違うか、“リョウ”」


 チカの声色が変わったのが、あたしにもわかった。


 “リョウ”。

 はじめて名を呼んだチカに、リッパ-は愉悦ゆえつするように、顔を歪めた。


「ひゃは。わかってんじゃねえか、“千夏ちなつ”。やっぱりお前は、こうでねえとなあ……!」


 喉を鳴らして、笑い続けるリッパーを前に、チカは立ち上がった。


「リョウ。墓場に埋まる覚悟はついたか」


千夏ちなつこそ、おれに殺される覚悟は?」


 あたしは、頬が、ぴり、と切れるのを感じた。


 風が、収束していく。同時にリッパーが、自分の髪を引きちぎった。

 次の瞬間、リッパーの手に握られていたのは、10本のナイフだった。チカは、何事か呟くと、そのナイフを手繰り寄せるかのように、手を引いた。


 あたし達に向かって、降り注ぐナイフ。恐怖に目をつぶったあたしは、がちぃん、と言う異質な音に、思わず目を開き直した。

 肩で息をするチカ。リッパーの回りには、9本のナイフが散らばっていた。


 あと1本は……?

 嫌な予感に、とっさにあたしを庇うようにいまだ立ちふさがったままの、チカの体をまさぐった。


 ぐっしょり、と濡れた感触が、手に触れたのはすぐだった。続いて、硬い感触。


 あたしは、震えた。チカの腹に、深々とナイフが刺さっている!!


「……チカ、お前……!」

「……大丈夫だ」


 静かに溢れ出してくる血にあたしは青ざめたが、当のチカはこちらをみようともせず、あたしの言葉をさえぎった。


「……それよりリッパー。オレにナイフを向けるのはいい。だが、千夜を狙うのは許さない。――お前の相手は誰だ?」


「ひゃは。なンのことかなァ~?」


「――とぼけるな。最後の1本、オレが弾かなかったら、千夜の胸に刺さっていた。……それぐらいのことが、このオレにわからないとでも?」


「――うひゃ。やっぱ千夏はすげぇなあ。さすが、施設の豚どものお気に入りだけある」


「軽口を叩いてる暇があったら……っっ、」

 

 言いかけて、チカはぐらり、とよろめいた。


「チカ……っ」

 

 あたしは、その体を支えて、リッパーをにらみ付けた。


「――お? 何その目? お前に何ができるわけ? ガタガタ震えてるだけの仔猫ちゃんは、黙って守られてればいいんだよォ」


 リッパーの口許くちもとは笑っていたが、そのぎょろりとした目はちっとも笑っていなかった。

 ぞくり、と怖気おぞけを感じながらも、あたしはその瞳から目を離さなかった。


「チカ、じっとしていてくれ」


「ちや……?」


 傷口を押さえながら、荒い息で膝をつくチカを背に、いまだ出血の収まらない右手をにぎる。



「切崎。――あんたは、チカを知っているんだな。……あたしの知らないチカを」


「そうだけど?」


 リッパーは、歪んだ笑みを浮かべ、答える。 


「あんた達の間に何があったのか知らない。あたしは、たぶん、部外者ぶがいしゃだ。……でも、どうか教えてくれ。――なんでお前は、チカを殺したいんだ」


「ふぅん、命乞いのちごいじゃないんだァ? まァ、どうしてもって言うなら、仕方ないよねェ」


 リッパーはチカに視線を送り、ニタリと笑った。


「――教えてやるよ。こいつがなんで、施設の奴等にご贔屓ひいきされているか。そして、なんでおれが、こいつを殺したくて殺したくて殺したくて、仕方ないか」



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