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『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-第三章- 「“HEG”<ホロコースト・エンゲージギルティ>編」
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第5話 「静かなる暴力」 ~コール・サイレンス・ヴァイオレンス~


七織ななおり。君には、親御おやごさんがいると聞いたよ。だが、いくら連絡しても繋がらないんだ。なにか、事情でもあるのかい?」


 進藤にそう尋ねられたのは、チカが二度目に現れた、その翌日だった。

 それは、常識的に考えれば、むしろ、遅すぎるぐらいの問いかけだったが、あたしにとっては、すでにどうでもいい質問だった。

 

「……別にあんなん、いらないし」


「……いらない?」


進藤はかすかに眉をひそめた。



「……飲んだくれで、娘のあたしには目もくれない。たまに話しかけてきたと思ったら、世間への不満だの、愚痴だの。“お前も俺を捨てるのか”とか、酔っぱらって、意味不明なこと言ってきたこともあったな。とにかくうぜえし、いっそもう、噂の通り魔かなんかに刺されて、消えてくれたほうがいいっつの」


「――七織」

 

 進藤は言った。



「……人を殺すということは、未来を奪うということだ。その人に訪れたかもしれない、当たり前の幸福を汚い足で踏みつけ、つばをかけて葬ることだ。――そんなことが許されるなら、もう神なんていらないんだよ」


 そして、それを願う君も同罪だ、と進藤は言った。


 これまで温厚で、優しげだった進藤の、ストレートな拒絶に驚いた。

 その口調は、とても静かだった。

 

 でも、その瞳は怒りの炎を灯していたし、有無うむを言わせない口調は、それ以上に怖かった。


「しんど……」


「診察は終わりだ。“七織君”、しばらく頭を冷やすといい。しばらく僕は来ないから、そのつもりで」


 そう言って、進藤はあたしの病室から去った。


 明日になっても、進藤は来なかった。

 いつもの時間に、あたしの病室を訪れたのは、見知らぬ若い看護婦だった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「進藤。進藤には、家族はいるのか……?」


 あたしが、進藤のいる診察室の、ドアをノックしたのは、その2日後だった。



「……何か?」



「――この前はごめん。あたし、あんな風に酷いこと言ったけど、親父が死んでいいなんて、思ってない。たしかにうぜーし、いらないけど……」


 “死ぬのは、なんか嫌だ”


 あたしは、ぽつりとつぶやいた。


 うつむいたたしの頭を、進藤が触れようとしたのが、わかった。

 でも、顔をあげたころには、その腕はもう、おろされていた。


 進藤はもう、こちらをみていなかった。

 カルテをみながら、彼は言う。



「薬を変えよう。七織」


「……進藤? この前変えたばっかじゃ……」


「七織。僕の指示は絶対だと言ったろう。新しい薬を調合するから、それを飲むんだ」


「なんだよ、それ……! じゃあ今までの薬は……」


「すべて捨てるんだ。これまでの流れを廃止して、新しい治療方法にする」


「はあ……!?」


「僕の言うことは以上だ」



「ちょっと待てよ、進藤……!」


「――いいか。君にできることは、一刻も早く、元の記憶を取り戻すことだ。わかったら、もう口を閉じていてくれ」


 そう言った進藤の表情は、これまでみたどの顔よりも、硬くこわばっていた。

 まるで、何か、触れてはいけないところに、触れてしまったような。


 でも、なんで? 今度は、うまく言えたはずなのに。


 ちゃんと、思ったことを伝えた。真剣に謝りもした。

 進藤の気持ちだって、自分なりに、ちゃんと考えた。


 それでも、この一歩が遠くて。ただ、進藤の診察室を後にするほか、なかった。

 悔しくて悔しくて、まなじりを強くこする。今のあたしにできることは、もうなにもなかった。




 あれから、進藤は再び、あたしの病室から遠のいた。

 治療方針を変えるとかいいながら、まるで放置なことに、正直、腹が立っていた。


 新しい薬とやらも、飲んだふりをして捨ててやろうかとまで思ったけど、それはやめた。


――無遠慮なことを言って、傷つけた進藤を、もう裏切りたくはなかったから。


 それでも、日に日に、不安はつのった。

 あの時、あれほど身近に感じられた進藤が、今では遠い存在のようで。


(……ぜんぜんわかんねえよ……!)


 進藤が、一体何を考えているのか、今のあたしには、さっぱりわからなかった。


 それでも、不思議と、嫌いになれなかった。

 むしろ、前よりずっと、進藤のことが知りたくて、しょうがなかった。


 それがなぜなのか、まったくわからなかったけれど、どうしてか、それに違和感はなかった。


 チカが言うような、モルモットとか、実験台なんて、バカげた冗談を信じる気にはなれなかったし、記憶をまるごと奪われたあたしにとって、進藤はすでに、隠しようがないほど、大きい存在になっていたから。





 一週間ぐらいたった後だった。

 消灯時間を過ぎた頃、進藤は、あたしの病室に、なんの前触れもなくやってきた。


 無精ぶしょうひげこそなかったが、月明かりに照らされた清潔感のある白衣は、漂白でもしたのか、いつにもまして病的に白かったし、その頬はこけ、完全にやつれていた。





「――問診の時間だ」



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