第1話 「失われし記憶」 ~ロスト・ペイン・ノーモア~
「やあ。ようやく起きたんだね」
「ん……う……」
「しゃべらなくていい。そっと目を開けるんだ。七織くん」
「なな……おり……?」
「そうだ。それが君の名前。七織。七織千夜くん。僕を覚えているかい?」
「誰、だっけ……?」
「僕は、君の主治医の進藤だ。それも、覚えていない?」
「進藤……」
「うん。僕のことはそう呼んでくれてかまわない。無理もないよ。君は不幸な事故で記憶を失った。おそらく、頭を強く打ったんだろう」
「頭……あたし……」
「だが、心配はない。君の記憶喪失は、一時的なものだ。ちゃんと治療を受け、正しく服薬すれば、きちんと治るたぐいのものだ」
「薬を……?」
「そうだ。僕の指示に従い、この薬さえ飲んでおけば、君は何も心配しなくていい」
「心配……しなくていい……」
「そうとも。ただし僕の指示は絶対だ。守らないと、もっと不幸なことが起こる。これだけは、覚えていてくれるかな?」
「うん……」
あたしは、こくり、とうなずいた。
進藤は病室から去っていって、あたしはベッドに寝たまま、天井の染みをみつめていた。
なんだか、頭がすごくぼんやりしている。
でも、この人は大丈夫だと言った。大丈夫。なら、心配しなくていい。
もうなにも、心配しなくていい。
――なにも。
……ああ、ひどく眠い。あたしは、もう一度目を閉じた。
(( 千夜……! ))
一瞬、誰かの笑顔らしきものが、目の裏に浮かんだが、それはぼやけてよくみえなかった。
「――チカ……」
呟いて、首をかしげた。
「“チカ”って、誰だ……?」
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Lost pain no more ~ロスト・ペイン・ノーモア~
「失われた痛みは、もういらない」
 




