第4話 “生命停止<バイタルラウンド>”【前編】
雷門と戦った後、あたしは、乙女や有姫と仲良くなった。
乙女はいいやつで、「困ったことがあれば、いつでも言えよ!」と言ってバイクで送ってくれた。
すでに深夜二時を回っていたが、なじみの友達は、こっそりと泊めてくれた。
あたしはパソコンを借りて、掲示板であたしと雷門を出合わせた人物、双子坂とコンタクトを取った。
二重人格者、とか聞いていたので身構えたが、少なくとも好青年を装っており、自分は高校2年生だと告げた。
双子坂はこうも言った。
『チカは僕の友人だ。いなくなって寂しいのは君だけではない。女の子にこんなことを言うのもなんだが、一度話をさせてくれないか』
『もちろん、危険性を考えて、場所も時間も君の指定でいい。幸い、僕は東京府に住んでいて、府内ならどこへでもアクセス可能だ。もし不安なら、友達も連れてきてかまわない。絶対に危害は加えないことを保証しよう』
言葉の全部を信じたわけではないが、どちらにせよ、ツテはこいつしかいない。
場合によっては最悪の事態だが、雷門に出会ったことにより、あたしは前進を感じていた。
この機会を逃せば、チカに関する手がかりを、二度と失うかもしれない。
焦燥はやがて、高揚感に変わり、あたしはキーボードを打った。
「会いたい。場所は白縫町しらぬいちょうのカフェ。時間は午後3時。あたしの知っている情報をすべて話す。お前がチカのダチだというのなら、お前の話を聞きたい」
返事はすぐに返ってきた。
次の土曜、あたしは賭けに出る。
白縫町は、ブルーや白を基調きちょうとした一軒家が立ち並び、ちょっとしたショッピングモールもある、小さな町だ。
赤羽町の隣にあって、地域と警察が密着しており、犯罪の数も少ない。
その理由は、 市民の防犯意識の高さだ。
万引き程度のちいさな犯罪でもすぐに通報されるし、住民全員で、スマホやパソコンの市公式HP、および町中の掲示板にて、リアルタイムで情報を共有し、常時、「ノー犯罪キャンペーン」が行われている。
犯罪者には少々、肩身が狭いだろう、結束のかたい町だ。
そこの繁華街にあるカフェは、こじんまりとしているが、リーズナブルな割にお洒落で、学生の姿も多い。
この町なら、少なくとも下手な繁華街や、しみったれた住宅街よりかは安全だろう、という感覚で選んだ。
楽観視しているのは、おもわぬ味方ができたからか。
ともあれ、緑豊かなプランターの横、窓際の席で、あたしは紅茶を飲んでいた。
窓ガラスに反射する日差しがまぶしく、瞬きをしながらも、周囲の警戒は忘れない。
相手が雷門のような、人外スレスレのやつなら、逃げるのが精一杯だ。
だが、あの時の雷門は、今から考えれば、明らかに手を抜いていた。
だいたい、あんなキチガイじみた能力があるなら、一瞬で、あたしたちを倒せたはずだ。
それをしなかったのは、ただの注意勧告、いや興味本位で様子を見にきただけ、ということだろう。
つまり、「殺意など、最初からなかった」ということだ。
カランカラン、とドアベルがなり、まず目を奪われたのは、切れ長の瞳だ。
冷たくも澄んだ輝きをたたえた、それを引き立てるのは、さらりと揺れる短い黒髪。
青いストライプのシャツは清潔感があり、スラックスにはノリがきいている。
だがお坊ちゃまというには、そのたたずまいはこなれており、まるで雑誌のモデルか、若い俳優のようだった。
高校生らしいな、と思ったのは、スレンダーながら、白い肌に浮く鎖骨や細い手足に、大学生にしては、どこかほんの少し、あどけないところがあったからだ。
計算で、かもしだしている雰囲気なら、相当上手の詐欺師だろう。
その美形は、あたしをみるなり、にこりと微笑んだ。
こなれた笑みではあったが、嫌味はなく、どこか爽やかにすら思えた。
あたしは、思わず見惚みとれていたことに気づき、姿勢を正した。
まずい。もうこいつのペースだ。
慣れたしぐさで、席についたやつは、再び微笑むと、雷門が言った通りの名で名乗った。
「僕が、双子坂遠馬だ。警戒させてしまったらすまない。だが、チカを探す者同士、仲良くしてくれたら嬉しい」
言って、手を差し出してきた。
迷ったが、その手を握る。
双子坂の手はひんやりとしていた。
存外に優しく握り返され、戸惑ったが、顔には出さないようにつとめて、口を開いた。
「ああ。あたしは千夜。七織千夜だ。こちらこそよろしくな」
「千夜か。下の名前で呼んでも?」
「いいぜ。お前は双子坂っていうんだな。遠馬……って呼ぶのもなんだかな。……双子坂でいいか?」
「ああ。好きなように呼ぶといいよ」
双子坂は、出されたコーヒーを受け取ると、ウエイトレスに会釈をした。
その軽やかな微笑みに、高校生ぐらいだろう彼女は赤面し、そそくさと去っていった。
こいつ、絶対たらしだな、と思いつつ苦笑していると、双子坂はこちらをみて、首を傾げて微笑ってみせた。
「可愛い人だったね」
「お前、モテるだろ」
呆れながらそう返すと、双子坂はひょうひょうとしたしぐさでコーヒーに口をつけ、こくりと飲んだ。
「……どうかな。比較したことがないから、わからないな」
「その謙遜、むかつくな」
「よく言われるよ」
双子坂は、再び微笑んだ。
いたずらっぽい笑顔に、思わず胸が高鳴るが、待て待て。本題を忘れるな。
「そういえば、お前はチカのダチなんだよな。きっかけは?」
探るように、そう尋ねた。
別の意味で、ドキドキしてきた心臓を落ち着かせるため、あたしも紅茶に口をつけ、一口飲んだ。
本当に、チカのダチだというのなら、当然、なにかきっかけがあるはずだ。
そこで言いよどんだり、表情やしぐさに不審な点があったら、もう疑うしかない。
「ああ、僕には身寄りがいなくてね。ちょうど、チカと似た境遇なんだ。それで、後からやってきたチカと、もう3年くらい同じ施設で過ごしていてね」
「ふうん……お前も、施設のガキなのか」
「まあね。途中、支部が変わったりしたから、心配で追いかけてしまった。あの子は危なっかしいから、誰かが護ってやらないと、翌日にはくたばってしまいそうだからね」
双子坂の口調は、意外に気さくで、話しやすい印象だった。
ただ、チカ=危なっかしいには前面に同意だが、あいつが、おとなしく護られるようなタイプにはみえなかった。
「護ってやっていたのか? あのヘンなやつのことを」
「うん。ああみえて、可愛いところもあるんだよ。ハンバーグとカレーが好きで、人の分までもらおうとする。僕はあまり食べないからいいんだけど、食い意地が張っているというか、意地汚いというか。……まあ、寝顔だけは天使だけどね」
主観が入りすぎているトンデモ発言に、あたしは思わず、ぽかんとした。
「……なんか、それフィルターかかってないか? 天使っていうか……」
「ああ、小悪魔だよね。イタズラが趣味で、隙あらばくすぐってくる。やり返すと、嬉しそうにするから、基本スルーだけどね」
「Sかよ」
「……いやいや?」
双子坂は微笑むと、再び、コーヒーに口をつけた。
なんというか、隙がなさそうな立ち振る舞いのわりには、発言が天然だ。
これも、計算だったらすごい。
はじめは警戒していたあたしだが、チカについて話すその表情は柔らかく、まるで、できの悪い妹を甘やかす、「兄」のようだった。
そういえば、高校2年生という申告が本当なら、あたしやチカより3つも上だ。
それぐらい離れると、もうケンカとかもしないのかもしれない。
とりあえず、まったくの嘘でもなさそうだ。今のところ、特に疑う余地はない。
「雷門、って知ってるか」
「ああ……」
そこではじめて、双子坂の表情がかげった。
「施設でも指折りの戦闘力を持つ、風使いだね。残念ながら、僕は彼に嫌われていてね。理由は単純なんだけど」
「単純って」
「彼は、チカに惚ほれているんだ」
「~~げほっっ!??」
思わずむせた。
「大丈夫?」
双子坂が目を見張って、紙ナプキンを手渡してくれた。
「――チカを!? 正気か、それ……っ」
確かにチカは、やばいぐらい美人だが、中身がアレすぎる。
一人称がオレで、口癖が「暗黒微笑」の女子って、いくら美少女でもねーだろ。
「残念だが、事実だね。正直、理解に苦しむよ」
「いや、あんたさっき、天使って言ってたろ」
「観賞用であって、彼女にはごめんだね」
「ああそう……」
っていうか、なにげに発言ひどくないか?
「それはそうと、千夜。君は、チカを……」
そこまで言ったところで、いきなり何かが割れるような、けたたましい音がした。
驚いて窓の外をみると、カフェの外の植木が、粉々になっていた。
その先に立つ男をみて、あたしは息をのんだ。
「雷門……!!」
遠目からでもわかる、ぎらぎらとした野獣のごとき瞳が、ガラス越しに双子坂をにらみつけていた――。




