表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-第二章- 「“施設”<オルタナティブ・ダークナイト>編」
14/133

第4話 “生命停止<バイタルラウンド>”【前編】

  雷門らいもんと戦った後、あたしは、乙女おとめ有姫ゆうきと仲良くなった。

  乙女はいいやつで、「困ったことがあれば、いつでも言えよ!」と言ってバイクで送ってくれた。


  すでに深夜二時を回っていたが、なじみの友達は、こっそりと泊めてくれた。


  あたしはパソコンを借りて、掲示板であたしと雷門を出合わせた人物、双子坂ふたござかとコンタクトを取った。


 二重人格者、とか聞いていたので身構えたが、少なくとも好青年こうせいねんよそおっており、自分は高校2年生だと告げた。


 双子坂はこうも言った。



『チカは僕の友人だ。いなくなって寂しいのは君だけではない。女の子にこんなことを言うのもなんだが、一度話をさせてくれないか』


『もちろん、危険性を考えて、場所も時間も君の指定でいい。幸い、僕は東京府とうきょうふに住んでいて、府内ならどこへでもアクセス可能だ。もし不安なら、友達も連れてきてかまわない。絶対に危害は加えないことを保証しよう』



 言葉の全部を信じたわけではないが、どちらにせよ、ツテはこいつしかいない。


 場合によっては最悪の事態だが、雷門に出会ったことにより、あたしは前進を感じていた。


  この機会を逃せば、チカに関する手がかりを、二度と失うかもしれない。

  焦燥しょうそうはやがて、高揚感こうようかんに変わり、あたしはキーボードを打った。


「会いたい。場所は白縫町しらぬいちょうのカフェ。時間は午後3時。あたしの知っている情報をすべて話す。お前がチカのダチだというのなら、お前の話を聞きたい」


 返事はすぐに返ってきた。


 次の土曜、あたしは賭けに出る。


 

 白縫町しらぬいちょうは、ブルーや白を基調きちょうとした一軒家が立ち並び、ちょっとしたショッピングモールもある、小さな町だ。


 赤羽町あかばねちょうの隣にあって、地域と警察が密着しており、犯罪の数も少ない。

 その理由は、 市民の防犯意識の高さだ。


  万引き程度のちいさな犯罪でもすぐに通報されるし、住民全員で、スマホやパソコンの市公式HP、および町中の掲示板にて、リアルタイムで情報を共有し、常時、「ノー犯罪キャンペーン」が行われている。


  犯罪者には少々、肩身が狭いだろう、結束けっそくのかたい町だ。


 そこの繁華街はんかがいにあるカフェは、こじんまりとしているが、リーズナブルな割にお洒落しゃれで、学生の姿も多い。


 この町なら、少なくとも下手な繁華街や、しみったれた住宅街よりかは安全だろう、という感覚で選んだ。


 楽観視しているのは、おもわぬ味方ができたからか。


 

 ともあれ、緑豊かなプランターの横、窓際の席で、あたしは紅茶を飲んでいた。


 窓ガラスに反射する日差しがまぶしく、まばたきをしながらも、周囲の警戒は忘れない。


 相手が雷門らいもんのような、人外スレスレのやつなら、逃げるのが精一杯せいいっぱいだ。

 だが、あの時の雷門は、今から考えれば、明らかに手を抜いていた。


  だいたい、あんなキチガイじみた能力があるなら、一瞬で、あたしたちを倒せたはずだ。


  それをしなかったのは、ただの注意勧告ちゅういかんこく、いや興味本位きょうみほんいで様子を見にきただけ、ということだろう。

 つまり、「殺意など、最初からなかった」ということだ。


 カランカラン、とドアベルがなり、まず目を奪われたのは、切れ長の瞳だ。


 

 冷たくも澄んだ輝きをたたえた、それを引き立てるのは、さらりと揺れる短い黒髪。

 青いストライプのシャツは清潔感があり、スラックスにはノリがきいている。


 だがお坊ちゃまというには、そのたたずまいはこなれており、まるで雑誌のモデルか、若い俳優のようだった。


 高校生らしいな、と思ったのは、スレンダーながら、白い肌に浮く鎖骨さこつや細い手足に、大学生にしては、どこかほんの少し、あどけないところがあったからだ。

 計算で、かもしだしている雰囲気なら、相当上手そうとううわて詐欺師さぎしだろう。


 その美形は、あたしをみるなり、にこりと微笑んだ。

 こなれた笑みではあったが、嫌味はなく、どこか爽やかにすら思えた。


 あたしは、思わず見惚みとれていたことに気づき、姿勢を正した。

 まずい。もうこいつのペースだ。

 


 慣れたしぐさで、席についたやつは、再び微笑むと、雷門が言った通りの名で名乗った。


「僕が、双子坂ふたござか遠馬とおまだ。警戒させてしまったらすまない。だが、チカを探す者同士、仲良くしてくれたら嬉しい」


  言って、手を差し出してきた。

  迷ったが、その手を握る。


  双子坂の手はひんやりとしていた。

  存外ぞんがいに優しく握り返され、戸惑とまどったが、顔には出さないようにつとめて、口を開いた。



「ああ。あたしは千夜。七織ななおり千夜ちやだ。こちらこそよろしくな」


「千夜か。下の名前で呼んでも?」


「いいぜ。お前は双子坂っていうんだな。遠馬とおま……って呼ぶのもなんだかな。……双子坂ふたござかでいいか?」


「ああ。好きなように呼ぶといいよ」



 双子坂は、出されたコーヒーを受け取ると、ウエイトレスに会釈えしゃくをした。


 その軽やかな微笑みに、高校生ぐらいだろう彼女は赤面し、そそくさと去っていった。

 こいつ、絶対たらしだな、と思いつつ苦笑していると、双子坂はこちらをみて、首を傾げて微笑ってみせた。


「可愛い人だったね」


「お前、モテるだろ」


あきれながらそう返すと、双子坂はひょうひょうとしたしぐさでコーヒーに口をつけ、こくりと飲んだ。


「……どうかな。比較したことがないから、わからないな」


「その謙遜けんそん、むかつくな」


「よく言われるよ」


  双子坂は、再び微笑んだ。


  いたずらっぽい笑顔に、思わず胸が高鳴るが、待て待て。本題を忘れるな。



「そういえば、お前はチカのダチなんだよな。きっかけは?」


  探るように、そうたずねた。


  別の意味で、ドキドキしてきた心臓を落ち着かせるため、あたしも紅茶に口をつけ、一口飲んだ。


 本当に、チカのダチだというのなら、当然、なにかきっかけがあるはずだ。

 そこで言いよどんだり、表情やしぐさに不審ふしんな点があったら、もう疑うしかない。



「ああ、僕には身寄りがいなくてね。ちょうど、チカと似た境遇きょうぐうなんだ。それで、後からやってきたチカと、もう3年くらい同じ施設で過ごしていてね」


「ふうん……お前も、施設のガキなのか」


「まあね。途中、支部が変わったりしたから、心配で追いかけてしまった。あの子は危なっかしいから、誰かがまもってやらないと、翌日にはくたばってしまいそうだからね」


  双子坂の口調は、意外に気さくで、話しやすい印象だった。

  ただ、チカ=危なっかしいには前面に同意だが、あいつが、おとなしく護られるようなタイプにはみえなかった。



「護ってやっていたのか? あのヘンなやつのことを」


「うん。ああみえて、可愛いところもあるんだよ。ハンバーグとカレーが好きで、人の分までもらおうとする。僕はあまり食べないからいいんだけど、食い意地いじが張っているというか、意地汚いというか。……まあ、寝顔だけは天使だけどね」


 主観しゅかんが入りすぎているトンデモ発言に、あたしは思わず、ぽかんとした。


「……なんか、それフィルターかかってないか? 天使っていうか……」


「ああ、小悪魔だよね。イタズラが趣味で、すきあらばくすぐってくる。やり返すと、嬉しそうにするから、基本スルーだけどね」


「Sかよ」


「……いやいや?」


 双子坂は微笑むと、再び、コーヒーに口をつけた。



 なんというか、隙がなさそうな立ち振る舞いのわりには、発言が天然だ。

 これも、計算だったらすごい。


 はじめは警戒していたあたしだが、チカについて話すその表情は柔らかく、まるで、できの悪い妹を甘やかす、「兄」のようだった。


 そういえば、高校2年生という申告が本当なら、あたしやチカより3つも上だ。

 それぐらい離れると、もうケンカとかもしないのかもしれない。


 とりあえず、まったくの嘘でもなさそうだ。今のところ、特に疑う余地よちはない。



「雷門、って知ってるか」


「ああ……」


  そこではじめて、双子坂の表情がかげった。


「施設でも指折りの戦闘力を持つ、風使いだね。残念ながら、僕は彼に嫌われていてね。理由は単純なんだけど」


「単純って」


「彼は、チカに惚ほれているんだ」


「~~げほっっ!??」


 思わずむせた。


「大丈夫?」


  双子坂が目を見張って、紙ナプキンを手渡してくれた。


「――チカを!? 正気か、それ……っ」


 確かにチカは、やばいぐらい美人だが、中身がアレすぎる。

 一人称がオレで、口癖が「暗黒微笑」の女子って、いくら美少女でもねーだろ。



「残念だが、事実だね。正直、理解に苦しむよ」


「いや、あんたさっき、天使って言ってたろ」


「観賞用であって、彼女にはごめんだね」


「ああそう……」


 っていうか、なにげに発言ひどくないか?


「それはそうと、千夜。君は、チカを……」


 

 そこまで言ったところで、いきなり何かが割れるような、けたたましい音がした。

 驚いて窓の外をみると、カフェの外の植木が、粉々になっていた。


 その先に立つ男をみて、あたしは息をのんだ。


「雷門……!!」


 遠目からでもわかる、ぎらぎらとした野獣のごとき瞳が、ガラス越しに双子坂をにらみつけていた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ