“XXX”<エンドレスレイン・ダークブラッド>【後編】
一晩がたち、三日が過ぎるころには、オレの心はすっかり落ち着いていた。
どうせなら、一番ひどいやり方で殺してやろう。
オレが少しばかり、恵まれた容姿なのは、自覚していた。
善良な子羊のマネをして近づき、友達になる。
そうしてその心をこじ開け、オレなしではいられなくなった時点で、真実を打ち明け、絶望のなかで、その柔らかな胸に深々とナイフを突き立てる。
計画してしまえば、再び、高揚した。
そうだ。それが正しい。それが正義だ。
親父のために、世界のために、オレは悪を裁く。
俳優である親父の演じた、暗黒の勇者がフラッシュバックした。
物心ついた時からくちずさんでいだ、あのオープニングと共に、映像が駆け巡る。
オレは、誓炎だ、と、急に知らない名前で名乗りたくなった。
炎に誓い、夏に誓う、闇よりいでし、正義の使者。
その日のうちに、双子坂に報告した。
少女の個人データをすべて調べ上げ、準備は万端。
――さあ、復讐劇のはじまりだ。
あれから、一年がたった。
少女は、チョコミントが好きだという。
あんなクソまずいものがよく食えるよな、と嘲笑った。
だが、こうして食ってみると、意外と食えないことはなかった。
つん、と爽やかなミントに、あの少女のにおいが重なった。
清涼感のある、シャンプーにも似た、あの切ない香り。
苛立たげに、棒を噛んだが、どこかおかしい。
口から出すと、そこには、「あたり」の文字があった。
はあ? と思ったが、景気づけにはいいだろう。
二本目と交換して、公園へと向かった。
オレは、ウイッグを揺らし、少女に近づいた。
また泣いているのか、と思ったが、どうやら、違うようだ。
どこかの誰かのようにイライラしながら、ゴミ箱にアイスの棒を投げ捨てる。
だが、目測を誤り、棒はあらぬ方向へと落ちた。
演技、スタート。
オレは、公園の丸太に飛び乗った。
少女が落ちた棒を拾うタイミングで、高らかに宣言した。
「――暗黒仮面参上。」
「――は?」
少女は、ぽかんとしていた。
少女が、現実に絶望していることは知っていた。
だから、連れ出してやる、と宣言した。
ドン引きしている少女の前で、仮面をはずすと、少女はぼうっ、とした顔で、オレをみつめていた。
瞬間、みつめあう。
静かに高鳴る胸をごまかすように、オレは言った。
オレのダチになれ、と。
そうして、オレと少女は仲良くなった。
その心をこじ開けることは、簡単だった。
双子坂から得たデータをもとに、望む言葉をかけてやる。
そして、望みはすべて、華麗に叶えてみせる。
少女がオレに惚れるのも、時間の問題だった。
だが、オレは女のフリをしていた。
このままでは、友情のままで終わる。
だから、打ち明けた。
オレは男だ、と。
少女は、真っ青になった。
大げさだな、と思ったが、それでよかった。
少女は逃げるようにして立ち去り、そして、その日がやってきた。
雨が降っていた。長い雨が。
これで、なにもかも、終わりだ。
少女が、オレに告白することは知っていた。
それだけの布石は打った。
――でも、なんでだ?
……殺したくない。
あの少女を殺める瞬間を思うと、興奮より先に、恐怖が芽生えた。
何度もベッドから飛び起き、そのたびに冷や汗をかいた。
いや、オレは本当は、気づいていたのだ。
少女が笑うたび、オレの心が満たされていくのを。
少女が泣くたび、抱きしめたくなったことを。
きっとオレは、あいつと自分自身を重ねていた。
「あたしは、あたしが嫌いだ」
その言葉を聞いた時、オレの胸がかちん、と音を立てた。
まるで、壊れかけたいびつな歯車が、かみ合うように。
救いたい、と思った。
こんなせつない生き物を、護ってやりたいと。
――だから。
「お前がどれだけ人に嫌われても、オレがお前を、好きでいるから!!」
湧き上がる悲しみも、なにもかも、ねじふせて笑った。
この暗い、暗すぎる世界に、まばゆい星の雨を、お前に。
最初は、偶然だった。
流星群が降ることは知っていたが、まさかこのタイミングで降るなんて。
だから、運命だと思った。
お前を救うために、オレは生まれてきたんだって。
そこまで考えて、我に返った。
オレは、なにをしてる?
なんのために、こいつに近づいた?
こんなことは、間違ってる。
オレの生きる理由はもはや、こいつを殺して、親父の仇を討つことだけ。
なのに、ほしい、と思ってしまった。
少女の心がほしい。
表裏のない言動も、すぐ怒って照れて、泣く素直さも。
本当は、オレのことを好きで好きで仕方ないのに、隠そうとするいじらしさも。
すべてすべて、オレの心をゆさぶった。
そう、それは、恋だった。
むしろ、愛していた。
どうしようもなかった。
なんで、こんなことに。
もう、なにもかも終わりにしたかった。
これ以上、少女を欺きたくない。
いっそ、自分だけのものにしたい。
そうだ、殺そう。
最初から、そうだったじゃないか。
そう……これは、復讐だ。
断じて、恋なんかじゃない。
そうでなければ、ならない。
こいつを殺さないと、親父は報われない。
心に蓋をした。
深く深く沈めて、仮面をつけた。
冷たくなっていく少女の亡骸を抱きしめて、空っぽな心のまま、自らの胸を刺し抜いた。
……ああ、そうだな、千夜。
オレは、ヒーローなんかじゃなかったよ。
でも、好きだったんだ。
――愛していたんだ。
だから、次は、必ずお前を護るから。
お前を護って、死んでいくから。
どうか、オレを愛して。オレを殺して。
だから、千夜、お願いだ。
――どうか、オレだけのものになって……。
・・・・・・・・・・・・・・
ベッドから飛び起き、隣の少女に目を向けた。
すやすや、と彼女は寝ている。
その頬にそっと触れ、目をこすった。
生きてる。
こいつは、生きてる。目の前にいる。
たまらなく胸がいっぱいになって、ぎゅっと抱きしめた。
「う……っ」
少女は、苦し気にうなった。
その瞼に、震える唇を落とした。
「千夜」
「ちか……?」
千夜は目を開きかけ、そのまま、むにゃむにゃ、とオレをホールドした。
「ちかあ……」
にやにや、と笑うその姿が、愛しくて、愛おしすぎて。
そこでやっと、こいつと躰を重ねた実感がわいた。
急にそわそわしだして、起こそうか起こすまいか迷ったすえ、そっと拘束を解いて、スマホを開いた。
そこには、おかしなメールがあった。
「ぱぱ、まま、だいすき」
首を傾げ、日付をみて、凍り付いた。
それは、5年後の日付だった。
どういうことかと、スクロールしてみると、一番最後に、「みと なつや」と書いてあった。
ずるずる、と、壁にもたれ、そのまましゃがみこんだ。
イタズラだとは思わなかった。
これは確かに、未来からのメールだ。
オレ達の子供からの、ラブレターだ。
震える手で、打ち込む。
――オレもだよ、なつや。
それは、心からの言葉だった。
送信した後、気になって送信フォルダを除くと、そんなメールはなかった。
慌てて受信フォルダにも目を通すが、やはり、さきほどのメールはどこにも見当たらなかった。
寝ぼけて見た、夢?
いいや、違うな、と、確信をもって、にやけた。
オレ達は、何度も裏切りあって、傷つけあって、鉄拳で交際した。
あっという間に、かけがえのない存在になっていた。
いや、最初からだ。
はじめてあいつの涙をみた時、確かにオレの心は奪われていた。
だからこれは、きっと運命で、奇跡なのだと。
今、新しい物語が、はじまろうとしていた。
――なつや。みと、なつや。
そっと、字をあてた。
ホテル備え付けのメモパッドに、さらさらと描いていく。
「水図夏夜」
夏に誓って、夜を愛した、オレ達の息子。
なぜだか、娘でもある気がした。
誓おう、と思った。
千夜を抱いた、あの幸福すぎたひと時と、失い続けた時のループに、誓おう。
こいつを、離さない。絶対に、幸せにする。
オレのすべてで、こいつを、世界一幸福な妻にしてやる。
そうしていつしか、愛の結晶は、騎士になるだろう。
夜に誓いし、光の勇者となるだろう。
……いや、オレの息子だから、暗黒の勇者かな。
いずれにせよ、わかっていることがある。
オレは二度と、千夜を裏切らない。
二度と、死なせない。
それは、限りなく真剣な誓いだったが、どこか、おかしみに満ち溢れていた。
愉快な物語になるだろう、と思った。
次の物語は、きっと、もっとずっと、にぎやかな物語に。
今までのオレは、ずっとずっと、間違っていた。
間違いすぎていた。
それでも、お前がそんなオレすら、許すというなら。
オレは今度こそ、お前を護る。
そして、お前を看取るまで、死なない。
お前とともに、この七色の道を歩いていく。
――夏夜。
オレの永遠。愛しい宝。
オレと千夜を繋ぐ、銀色の糸。
縦糸は紡がれ、横糸へと広がりゆく。
そうだな。これからはもう、嘆かなくてもいい。
平坦な道かはわからない。苦労も困難も、あるだろう。
それでも、お前と歩くなら、どんな荒地も砂漠も、花咲く道となるだろう。
千夜。
オレの永遠の恋人。永遠の妻。
お前を愛して、オレは涙を知った。
今度は、そうだな、いろいろな涙を知っていこうと思う。
お前と共に作る思い出は、写真に納まりきらない、幸福の一ページを心臓に刻む。
さあ、次の物語をはじめよう。
今度は、オレでなく、オレの愛しい宝物が、頑張るといい。
「真実の愛の物語」、あるいは、「永遠の愛の物語」。
――さあ、失われた心臓を、取り戻せ。
→→『ミッドサマー・ロストハート』に続く→→
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