Last.Dream -誓夜- “Midsummer,Breaking Dark Night” ~ミッドサマー・ブレイキング・ダークナイト~
チカはあれから、よく泣くようになった。
いや、最初は泣かなかった。
どんなに悲しい映画を見ても、険しい顔でみて、
つまんなかったな、とぼやくのも同じだった。
でも、結婚式の日、あたしの花嫁衣装を見て、チカは泣いた。
ぼろり、と涙をこぼして破顔した。
「なんだこれ。これ現実か。すっっげー嬉しい……」
まるで、はじめて泣いた子供のように、
ボロボロと泣くもんだから、あたしはチカを抱き締めた。
「……バカ。現実なんだよ。目ぇ覚ませ、バカチカ」
笑いながら、あたしは、その広い背中に、腕を回した。
大きくなった、と思う。
華奢な躰には、筋肉がつき、もう、女にはみえない。
それでも、好きだ、と思う。
昨日より、昔より。
きっと明日は、もっと好きになる。
結婚式の前夜、あたしの前世である姫、血闇が夢に出てきた。
開口一番、血闇はこう言った。
『そなたは、わらわを、自らの起源と考えておるようじゃが、それは違う。
そなたが、わらわの起源なのじゃ。
そなたの存在は、世界にとって意味があり、
あるいはそなたそのものが、世界ともいえよう。
じゃが、そなたは、世界を救う器ではない。
そなたの力は、ただ、愛しい者を救うためにある。
そなたは、いずれその者の遺伝子さえ、書き換えるじゃろう。
そして、その過程で、たくさんの、哀れな童をも救うだろう。
その大いなる、母海の腕でな』
血闇に言われたからではないが、夏夜が生まれてから、
あたしは、新たな孤児院の創設に取り掛かった。
世界が書き換わり、なかったことになった、
命の施設の代わりをつくるためだ。
もちろん、呪われた能力はもう存在しないし、
大人たちが、子ども達を、食い物にするようであってはならない。
ここを、恵まれない子供たちの家にする。
昔話をしよう。
幸せな子ども達に不幸を与える化け物、鵺は、
創世の男神、空魔の絶望の涙から生まれた。
ならば、チカがあの時流したあの涙は、きっと、その逆なのだ。
新しい世界では、もう、鵺は存在しない。
でもそれは、本当は、勝利と幸福の女神、フェリティシアのはからいではなく。
あの時のチカの涙が、すべての嘆きを浄化し、
間違いだらけだった過去を清算し、やり直したのだと思う。
あたしは、心の底から、こう思う。
チカはもう、悲しまなくていい。
悔やむ必要も、罪の意識にさいなまれることもない。
だって、チカは、ただ、花蓮を、
あたしを、取り戻したかっただけなのだ。
ならば、そんなチカを、誰が責める?
あたしはもう、決めたのだ。
この愛しい欲しがりの悪魔を、一生愛し、慈しむと。
だからチカ、約束しよう。
あたしと、一緒に、幸せになってください。
他の誰かじゃない。
お前だからこそ。
あたしは、自分のすべてをあげたいって、思ったんだから。
チカ。
あたしの希望。
あたしの光。
あたしの救世主<ヒーロー>。
あたしの、あたしだけの夏。
いつか、あたし達の子は、新しい朝を作っていく。
夏夜。
あたし達の宝物。
あたし達の、永遠の夏。
お前は、新しい炎を、新しい夏を、作っていくんだ。
手と手が繋がり、唇と唇が重なる。
こんな幸福な日常が訪れるって、誰が想像したろう。
フェリティシアの言うとおりだった。
すべては、神さまの言うとおり。
砂糖菓子のようなほの甘い、暗黒の弾丸に、あたしは、撃ち抜かれることなく。
チカは、<七つの大罪>から解放された。
失われた夏は、こうして、この腕の中に。
あたしの胎のなかで、脈動するお前を、
ああ、どうやって、愛そうか。
でも、それは、きっと、難しいことじゃない。
チカと一緒に、お前と、新しい物語をつくっていく。
なあ、夏夜。
お前が、中学二年生になったら、きっと、チカそっくりになるんだろうな。
そうしたら、あたしは、もうババアだけれど。
きっと、もう一度、チカに恋をする。
何度でも、恋し続ける。
さあ、チカ。
お前を泣かせてやろう。
嬉しいとか、愉しいとか、いっぱいお前にやるよ。
あたしのカラダも心も、魂も、ぜんぶやる。
だから泣けよ、チカ。
あたしの、永遠の夏<エバー・サマー>。
やがて、黙示録の青馬がお前を迎えに来て、
絆と想い出は穢され、
誓い合った永遠の愛すら、約束された悪夢に消えて行っても。
それでも、あたしは、永遠に、お前を離さない。
この心臓ごと、お前に捧げよう。
いずれ訪れる、ほの甘いナイトメアに、キスを。
夏夜。
小夏。
小夜。
お前達は、死の縦糸と絶望の横糸で紡がれていく、
新しい世界を、愛と希望で塗り替えてゆく。
その結末は、ハッピーエンドだろうか。
それとも……。
 




