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『ミッドナイト・ロストサマー』 ~この100回目の夏を、「輝ける悪魔」と~  作者: 水森已愛
-アフターアポカリプス- 「“MS+ND”<ミッドサマー・ナイツドリーム>編」
120/133

「狂犬と暴力的な彼女 ~キス&ステイ~」

ぷらいべったーで、特別公開していたものです。

なんと、あのチカが女子高生な恋愛パロです!


水戸千夏(チカ)(高1)

女子高生。一人称は「オレ」のヤンキー。

遊んでる不良女で有名だが、実は処女



犬神雷門(高2)

バリバリのヤンキーとみせかけて、超純情。

 硬派すぎて、子犬呼ばわりされる。



そんな問題児なヤンキー×ヤンキーが、本気で恋愛すると、さてどうなる――!?


 ふらりと立ち寄ったコンビニで、ごそごそしているやつを見つけたのが運のツキだ。


 パーカーとズボンをだらしなく着たそいつは、黒いバッグのなかに、なにかを放り込んでいた。


 しかも監視カメラの届かない死角で、だ。


 万引きだな。と一目でわかった。


 無視することも出来たが、あいにく俺はそういうみみっちぃコソドロが嫌いだ。


 背後に忍び寄り、思いっきり殴ってやった。


 ガッ、という鈍い音と、万引き野郎が商品棚に突っ込み、商品を撒き散らす派手な音。


 店長らしきハゲが駆け寄り、これでこいつも御用だな、と手を払いながら立ち上がると、そいつは俺の膝にバッグを投げつけ、手をひねり上げてきやがった。


「おい……っ」


 痛み自体はそれほどでもないが、なにしやがんだこいつ、といういらだちが俺の眉間をひきつらせた。


「おい、君……」


 小太りの店長の視線が万引き犯とそいつにホールドされている俺の間を往復する。


「こ……この高校生が万引きしたのを止めようとしたら、殴りかかって来たんです!」


 だから早く警察に、と男は血走った目でまくし立てた。


「この少年が……?」


 店長はいぶかしんだが、俺の膝元にあるバッグからは未会計のブツがこぼれ落ちており、更に俺の金髪やら気崩した制服やら、キレ気味の表情やら、い殺しそうな眼光をみるなり、「話を聞こうか」とやや引きつった顔で言った。


「ちょっと待てよ……」


「君もわかってると思うけど、万引きは犯罪だ。未成年なら、親御さんに責任を取ってもらうことになるよ」


「だから、俺じゃねえ」


 周りがざわざわし始める。


 ーー万引きだって。あいつ、見るからに不良だもんな。ごまかす気? あいつ犬神じゃね? ツィッターで拡散しようぜ。

 

 流れがおかしい。このままだと無事誤解が解ける前にネット上で俺のあることないことが拡散される。

「君、抵抗はやめてこっちに」

「だから、話を聞けって言ってんだろ……!」


 俺は、今すぐこの場で誤解を晴らすべく、店長の腕を払った。すると、店長は盛大にこけた。


「うわ、あいつ最低!」


 ざわめきがマックスになる。


 (ふざけんな! 俺が何をした? なんでこんな汚名を着せられなきゃなんねーんだよ!!)



「そいつ、万引き犯じゃねえぜ」

 

 ぱちん。ガムが弾けるおとがして、俺は斜め上を見上げた。

 

 赤いパーカーに、高く結んだサイドテール。


澄んだ炎みたいに輝く瞳。小さな顔に、しゅっとした眉。すらりとした健康的な手足。

 俺は息を飲んだ。

 

 少女は、美しかった。

 

 再びガムを膨らませながら、少女は言う。

 

「そこの殴られたほうが、本物の万引き犯だ」

 

「しかし、この少年が殴るのを見たんだぞ!」

 

「だから、万引き犯をとっちめようとして殴ったんだろ。その証拠に、こいつは、この転がってる商品には触れてねえ。監視カメラを見れば、すぐわかるはずだぜ」

 

 およそ少女らしからぬ言葉使いにも驚いたが、さらに驚いたのは、この俺をかばったことだった。

 

「本当なのか……?」

 

「とりあえず、犯人扱いする前に、みてみろよ――ほら、お前、立てよ」

 

 少女はきっぱり言い切ると、俺に手を伸ばした。

 

「ん」

 

 早くしろよ、とばかりに 手をさしのべる少女の手を、俺は取った。

 

 はじめて触れた異性の手は、すべすべとして、柔らかく、しっとりとしていた。

 

「じゃあ、次はもっと上手くやれよ」

 

 少女は、たちあがった俺にヒラヒラと手を降ると、何事もなかったように歩き去っていった。

 

 正直、その凛とした姿に惚れた。


 実はいい女……なのか?

 

 俺は、茫然とその背中を見送った。

 後日、その女――チカが、俺の通う高校の転校生だと知った。

 

 俺はその足で、チカを校舎裏へと呼び出した。

 

「俺と付き合ってくれ」


「いいけど」

 

 あっさりうなずいたチカに、俺は目をむいた。

 

「えっ……いいのか」

 

「なんだよ、お前からこくってきたくせに」


正直、ダメ元だった。

一回で上手くいくわけがないから、まずは顔を覚えてもらうつもりだったが、まさか二つ返事で了承されるとは。

 

「あの噂」がちらついたが振り払った。


人の噂なんてくだらない。俺は自分のみたものしか信じないと決めたのだ。


放課後、早速待ち合わせて出掛けた。


人生初デートだが、うまく行き過ぎて喜ぶに喜べなかった。


これ運使い果たしてねえか。


 

向かった先は近隣の繁華街だった。


チカはクレープ屋でソフトクリームを頼むと、それをぺろりと舐めた。


舌が赤く色づき、唇までもが艶やかだった。

ちらつく舌が特にヤバい。


(すげーエロいな……)



思わずまじまじとみつめていると、チカは、だしぬけに口を開いた。


「オレの噂知ってるか」


「……まあな、でも……」


噂は噂だろ、と俺は続けようとしたが、チカは被せるようにこう言った。



「男と手当り次第に付き合っては振る最悪の不良女」


チカは息をはきながら間食したコーンの包みをぐしゃりと丸め、俺の胸に押し付けた。




「それについては否定しねえ。でも」


最後までしたことはねえ、とチカは少し心細そうに言った。


その手が少し震えていた。


抱きしめようとする前に、チカはすっと離れ、強がるようにこう言った。


「だってみんな、キスがヘタなんだっつの。キスがヘタなやつにされたくねえ」

 


チカの言葉や態度をどこまで信じるべきか。とは思わなかった。


たとえ今日初めて付き合ったばかりの、何も知らない相手だとしても。たとえ、明日には俺も他のやつらみたいに振られてるとしても。


こいつは今、俺の女で、俺は仮にもこいつの彼氏だ。


俺が信じなきゃ誰が信じる。

惚れた女のことを信じられないようなやつに、女を大切にできるわけがない。





 

「……そうか、なら、試してみるか」


俺は、腰をかがめ、チカの顔をのぞき込んだ。

 キスの経験は、残念ながら俺にはなかった。だからこれも虚勢半分だ。……それでも、嘘じゃない。

 


――試してみたい。

 誰にも満足できないと言った、 こいつのこの唇を、今だけでいい、俺のものにしたい。


 顎を上げると、チカは恥じらうことなく俺を見上げた。その赤い唇に、噛みつくように唇を合わせた。


濡れた唇が吸い付く。甘いバニラの香りにくらくらしながら、唇を押し当てる。


わずかに残ったクリームを舐め取るように……なんて色男さながらなことはさすがにできなかったが、不器用ながらも、全力で情熱的なキスを見舞ったつもりだ。

 

 ぷはっ、とチカは唇を離した。

 

「……てめえ、酸欠にさせる気か」

 

 にらみつけるチカはすでに、だいぶ涙目だ。

 

「――じゃあ……」

 

 俺は、絶望的な気持ちになって、問いかけた。

 

「――ああ。もう一回だ」

 

「――え?」

 

 俺は、思わず目を見開いた。

 

「下手くそ!もう一回」

 

 俺とチカは、何度もキスを交わした。

 

 そのたびに、ヘタだの優しくしろだの、もっと乱暴にしろだの、色々文句を言われた。

 

 キスの回数が、二十回を越えた頃、

 

「今日は、この辺で許してやる。明日会うときまでに、もっと上手くなってろよ!」

 

 と、真っ赤な顔で、びしっと指を突きつけて、チカは足早に去っていった。

 

 やがてチカは、頻繁ひんぱんに俺の家に訪れるようになった。

  狭いアパートに、思春期の男と女。

 

 だから、そういうムードになったのも、致し方ないことだった。

 

 はじめに、しかけてきたのは、チカだった。

 

 呼んでいた雑誌を投げ捨て、おもむろに脱ぎだしたのだ。

 

 俺は、当然慌てた。

止めに入った俺を、チカは信じられないようなモノをみつめる目で、にらみつけた。

 

「好きだから大切にしてえんだ」と、真面目な顔で訴える俺に、チカの声が降った。

 

「なんだそれ、いみわかんねえ」

 

 ――もういい。冷めた。帰る。

 

 チカはそう吐き捨てて、服を着なおすと、かばんをつかんだ

 

「――もう、しばらくここには来ねえわ」

 

 チカは冷たい瞳でそういうと、話はそれで終わりだとばかりに、音を立てて立ち去った。

 

 学校で何度か話しかけようとしたが、チカは取り合わなかった。

 

 やがて、校門でまちぶせていた俺に、チカはやっと俺と話す気になったらしく、一緒に下校することになった。

 


 下校途中、コンクリの壁にもたれ、チカが言う。

 

「オレのお袋は、交通事故で死んだんだけどよ」

 

 ――親父が、女作りやがって、家に引き込んだんだ。

 

 ――家に、オレの居場所なくて。

 

「なれなれしい女もキライだったし、いっそ男でも作って、親父のキモを冷やしてやりたい、そう思ったんだ」

 

 ――なのに。

 

「あいつは、変わらなかった。千夏も年頃だからな、自由に遊べよ……って」

 

 チカは、靴の先を見おろしながら続けた。



「だからオレは、手当たり次第に男と付き合った。朝帰りのフリまでした。でも、全部、無駄だった。あいつはオレのことなんて、みてない。オレのことなんて、もうどうでもいいんだ」

 

「チカ……」

 

「これでわかったろ、オレが最低の女だって。いつでもふっていいぜ。別に、慣れてるし」


チカの瞳は濡れていなかったが、その体はひどく小さくみえた。

噛み締められた唇。小さく震える体。

涙を忘れるぐらいに諦めきってしまったのか。


怒りと、それ以上に育ってしまった、はち切れんばかりの痛みが、チカの胸をどれだけ圧迫してきたのだろう。


チカはきっと、母親のことが好きだったのだろう。だから、父親のことが許せなかった。チカは新しい女、と言った。新しい母親、でもなく。


その新しい家族は、チカにとっては異物だったのだろう。父親はフォローもなにもしなかったのか。その女も家族になる努力をしなかったのか。


事実はわからない。だが、同じことだ。チカはこんなにも苦しんでいる。


だから、手当り次第に付き合ったのも、軽い気持ちじゃない。


最低だとわかっていた。それでも、どうしようもなかった。


きっと、チカはわかってほしかったのだ。自分がどれだけ心細い思いをしたのか。裏切られた気持ちになったのか。


それを、父親に思い知らせたかった。気を引きたかった。叱って欲しかった。愛されていると、実感したかった。


ああ、と息を吐いた。


護りたい。


この、虚勢をはって強がってばかりの、強くて弱いこいつを、俺の手で、救い出してやりたい。


俺は、チカを抱き締めた。


チカの体が、驚いたように跳ねる。

 

「辛かったんだな」

 

「――寂しかったんだな」

 

「ちが……」

 

「俺は、お前に愛想あいそつかしたりしねえから。ワガママもいってくれていい」

 

――だから、思いっきり泣けよ。

 

「ら……」

 

 らいもん、とチカは涙をこぼした。

 

 抱擁ほうようを解くと、チカは可愛い顔を、くしゃくしゃにして泣いていた。

 

 そのまぶたにキスを落とした。そして、いやいやをするように首を振ったチカの唇に噛みついて、優しく、その舌を吸った。

 

 チカは、しばらく抵抗していたが、俺が手首を掴み、壁に押し付けると、おとなしくなった。

 

 はあ、はあ、とチカが息をする。

 もうどちらの呼吸かわからなくなって、気がつけば、俺の手はチカの服の下に伸びていた。

 

「うわー、チカじゃん」

「何、新しい男ぉ?」

 

「次はいつふるわけ?」

「お楽しみ中ですかー」

 

 下卑げびた声たちが降ってきたのは、そんな時だった。

 

 それは、見覚えのあるやつらだった。

 

「――あ、こいつ雷門じゃん。轟中とどろきちゅうの」

 

「不良の女は不良かよ、趣味わりー!」

 

 ひゃははは! 声高々に笑う男たちに、俺は逆上し、チカを背後へとやった。

 

「てめえら……」

 

「ああ~ん? なんでちゅか~? 轟中のワイルドパピーくうん??」

 

 野性的な子犬<ワイルドパピー>。その名には、覚えがあった。

 

 ヤンキーそのものの外見だった俺は、中学入学当初、おそれられていた。

 

 だが、女に対する免疫めんえきのなさから、告白してきた女に真っ赤になり、以来俺は、見た目は狼、中身は子犬のチェリーボーイと噂され、居場所をなくした俺は、中学を転々とした。

 

 高校でも、相変わらず俺はうまくなじめず、問題ばかり起こしていた。

 

 遠くに引っ越し、あの頃の同級生からは距離を置いたつもりだった。

  もう二度と会うこともない。そう思っていた俺が、甘すぎた。

 

「パピーくぅん、ちょうどいいや、その女貸してくれねえ?」

 

「そうそう。おれらがお前の分までたっぷり可愛がってやるからさあ!」

 

「なんっ……」

 

 立ち上がりかけたチカを、俺は制した。

 

「逃げろ。俺は、こいつらを片付けてから行く。お前は、安全な場所まで非難してろ」

 

「雷門……!!」

 

 チカは、眉をつりあげた。

 

「チカ。俺がこいつらに負けるとおもうか?お前はただ、俺を信じていればいい。言うことが聞けるな? チカ」

 

 チカは、なおも不満そうにしていたが、

 やがてこくりとうなずくと、まっすぐ後ろに駆けだした。

 

「あ……っおいコラ! 逃げてんじゃねえぞ!!」

 

 追いかけようとした男の腕を、俺は掴んだ。

 

「お前の相手は俺だ」

 


 ――失敗した、と思った。

 

 やつらは、武器を持参していた。

 

 バットで殴られ、時代錯誤じだいさくごなメリケンサックで、

 めちゃくちゃに殴られた。

 

 俺だって、腕には自信がある。

 

 だが、多勢に無勢、さらに、武器携帯とは、相手も抜け目がなかった。

 

「もう終わりでちゅかあ?」

 

「ひゃはは。お前の彼女、警察呼ぶ気配もねえじゃん。

  コレ完璧に捨てられたな」

 

「今の気分はどうですかあ? 捨て犬ちゃあん?」

 

「てめえら……」

 

 もう、キレる気力もなかった。

 

 だらり、と腕を下げ、硬い地面に押し倒されたまま、自分の甘さを呪った。

 

 チカは、うまく逃げられただろうか。

 

 ふと、あの勝気な、だが無邪気な笑顔が浮かんだ。

 

 ああ。アイツが無事ならいい。

 

 それだけで、俺はもう、ここで、くたばって死んだってかまわねえ。

 

 その時みえた、光と、足音を、俺は一生忘れないだろう。

 

 男どもが、目をむく。

 

 俺は、痛む首を動かし、その方向をみた。

 

「ヴァルハラレディース、一か条。女に手を出す奴は、万死ばんし

 

「ヴァルハラレディース、一か条。袋叩きは、正義のためだけに」

 

「一か条。あたし達は、おまえらを許さねえ。」

 

 そこに現れたのは、めいめいに武装し、赤いスカーフを巻いた女達だった。

 

 ヴァルハラレディース。聞いたことがある。

 

 このあたりを根城ねじろにする、女暴走族。

 

 一説では、政界ともつながり、

 ここら一帯の風紀を取り締まっているという、

 正義の番人<ジャスティス・プリンシバリティ>。

 

「チカ、やれるな」

 

 正面に仁王立におうだちした金髪の女が、

 くい、とあごをひき、その後ろから、華奢な女が姿を現した。

 

「……チカ」

 

「ようお前ら。よくも、オレの男をやってくれたな」

 

 チカは、金属バットをかまえ、男どもを見回した。

 

 そして、最後に俺をみると、一瞬泣きそうに顔をゆがめた。

 

 きっ、と眉を吊り上げると、

 チカは、男どものリーダー格に近づいて行った。

 

「……ひっ……おい、何するつもりだ、このアマぁ!」

 

 情けない声を上げた男は、次の瞬間、顔面をけられた。

 

 ガツッ!! 痛々しい音がし、

 チカのミュールのヒールが、その鼻のあたりにめりこんだ。

 

「痛っっ……!!」

 

 顔面に手をやった男は、その鼻が折れ、

 血が溢れ出しているのをみて、一瞬で蒼白になった。

 

「ひ……っっ、こいつ、バケモノかよ」

 

「信じらんねえ」

「悪魔だ」

 

 男どもの間に、動揺が走る。

 

「これぐらいで済むと思ってんのか?」

 

 チカは唇を吊り上げると、次は、腹を蹴った。

 

 ドゴッ!! ありえない音がし、

 リーダー格の男は、腹を抱えてうずくまった。

 

「次は、どこから殴られたい?」

 

 チカは、その瞳に凶悪な炎を灯すと、

 その金属バットを勢いよくふりあげた。

 

「ひ……ッッ!! す、すいませんっ! すいませんでしたあ!!」

 

 男は、地面に頭をつけ、土下座した。

 

「もうしねえ?」

 

 チカは、ねだるような甘い声で、男の顎を持ち上げた。

 

「しません!! おい、お前ら、そうだよな!!」

 

「ハイ!! しません!!」

 

 ヴァルハラレディースに囲まれ、メンチを切られたモブ男たちは、

 皆一様にうなずいた。

 

「じゃあ、お前ら、今日からあたし達の奴隷な」

 

 金髪の女が、かかっと愉しそうに笑い、女どもがそれに続いた。

 

 男どもは、ショックを受けたような顔をしていたが、

 やがてしょんぼりとうなだれ、

 

「……ハイ」とうなずいた。

 

「よーし、じゃあさっそく、町内のゴミ拾いでもしてもらおうか。

  お前ら、行くぞ!! こいつらがサボらねえか、監視しとけ!!」

 

 金髪の女は、チカに歩みよると、拳を突き合わせた。

 

 チカは微笑むと、女どもと、

 肩を落としながら、それに続く男どもを見送った。

 

「――ん」

 

 チカは、地面に転がったままの俺に、手をさしのべた。

 

 俺が手をつかむと、よろめきながら立たせ、

 そして、俺の大きすぎる体を、包み込むように抱きしめた。

 

「だせえの。なに、こんなにケガしてんだよ。お前のかっけえ顔が、だいなしだぜ」

 

 言って、俺の頬を、その柔らかい掌でなぜた。

 

 やがて、どちらともなく、唇が重なった。

 

 いや、先に口づけたのはチカだろう。

 

 俺たちは、唇を食みあい、舌をからませ、腰に腕をからませ、そして、もつれあうように倒れこんだ。

 

「……なあ雷門、しようぜ」

 

「……ああ。家に帰ってからな」

 

「……ケチ。ヤらせてやんねえぞ」

 

「どの口が言うか」

 

 俺たちはくすくすと笑いあい、ふたりで支え合いながら、俺の自宅へと戻った。

 

 先に服を脱いだのは、やはりチカだった。

 

 ケガをした腕で、服と格闘している俺をみて、ブラジャーを外し、パンツ一枚で、俺の服に手をかけた。

 

「おせえ。まったくお前は、世話が焼けるな」

 

 そして、優しく俺の服をはぎとると、俺をベッドに押し倒し、胸のあたりにキスを落とした。

 

「あったけえ」

 

 言って、そのまま、俺の胸に顔をのせ、ばくばくいう、心臓の鼓動を盗み聞くように、頬をこすりつけ、耳をすませた。

 

「なあ、雷門、オレのこと好き?」

 

 耳元をくすぐるような、甘い声。

 

 チカは、まぶたを閉じ、俺の返事を待っているようだった。

 

「――好きじゃねえ。……とっくに、愛してる」

 

 俺は、痛む体でチカを反転させ、組み敷いた。

 

 チカの澄んだ瞳が、期待するように輝き、燃えている。

 

「愛してる。だから、俺の物になってくれ」

 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


 セックスの後、チカは足をばたつかせ、言った。

 

「なんか、決まってた感じがすんだよな」

 

「何がだよ」

 

 俺は、満腹の獣のようにくつろいだ声で返した。

 

「なんつうか、はじめてお前をみつけた時、万引き犯を殴って、店員に取り押さえられてるお前をみたとき、ぴんときたんだよな」

 

 不思議がりつつ、続きを待った。

 

「こいつは、きっとオレを好きになる。そんでオレは、お前のモノになる。そんな予感が、頭からつま先まで、走ったんだよな」

 

 チカは、なんでもないことのように、いっそう足をばたつかせる。

 

 俺は、その足をつかみ、やめさせた。

 

「恋に落ちた、ってやつか」

 

「ちげえよ。もっと直接的で、野性的なやつだよ。あ、こいつに抱かれてえ。そう思ったんだ」

 

 チカは、いたずらっぽく笑うと、

 俺の腕を、つかまれてないほうの足で蹴った。

 

「すげえな」

 

 さすがお前だぜ、と俺は感心しながら、チカの頭にキスを落とした。

 

 くすぐってえ、とチカはけらけらと笑い、俺はそんなチカを抱きすくめた。

 

「でも、俺もかもな」

 

 ん? とチカが、俺の腕のなかで尋ねる。

 

「お前をはじめてみたとき、お前の手に触れたとき、ハラハラして、ゾクゾクした。今から考えれば、俺もあの時すでに、お前に欲情してたのかもしれねえ」

 

「それいいな」とチカは、俺の胸に、再び顔をこすりつけた。

 

「じゃあオレ達、一生離れらんねえな」

 

 ん? と今度は俺が聞き返した。

 

「だって、それって、運命ってことじゃん。なあ、運命っつーのは、決して逃げらんねえもんなんだってよ」

   

――そう、たとえどんなに否定して、拒絶して、泣いて嫌がっても。

 

「オレ達は、永遠に、この運命の糸に縛られあうんだ」

 

 そう、歌うように言って、チカは至極しごく嬉しそうに、俺に、しがみついてきた。

 

「そうだな」

 

 俺は、チカを優しく離すと、もう一度ベッドに沈めさせた。

 

「じゃあ、さっそく愛し合わねえとな」

 

 同感、とチカは言って、俺に手を伸ばした。

 



 後日、チカの家に俺は行った。

 

 愛人だという女も、チカの親父も驚いていたが、俺は構わず頭を下げた。

 

「どうも、そちらの娘さんと付き合っている者です」

 

 なるべく、ちゃんとした言葉使いになるよう気をつけたが、もしかしたら、ところどころ、噛んだかもしれない。

 

「な、なんだ君は……」

 

 男遊びを許していたくせに、親父の反応は、いっそ小気味いいほど悪かった。

 

「まさか、千夏にもう手をだしたのか!!」

 

 顔を真っ赤にして、いまにも、つかみかかりそうな親父に、ああ、こいつ矛盾しているな、と皮肉気な笑顔を返しつつ、俺は言い放った。

 

「ああ。千夏は、チカは、もう俺のモノだ。あんたの所有物じゃねえ」

 

 泡をくったように黙った親父が、わめき散らす前に、俺はさらに爆弾を落としこんだ。

 

「だけど、俺はあんたじゃねえ。ちゃんと、ケジメは取る。――お父さん、千夏を俺にください」

 

「――君、何を言ってるかわかって……!!」

 

 髪を振り乱し、いまにも、つかみかかってきそうな、親父の腕をつかみ、俺は言った。

 

「俺は、こいつを一生大切にする。もう誰にもやらねえし、泣かせねえ。それが、あんたにできるのか?」

 

 親父は、ぐっと口をつぐみ、黙った。

 

 愛人の女は、おろおろと目線をさまよませている。

 

「話はついたな。もう、お前らの好きにはさせねえから。チカは、今日から俺の家で暮らす」

 

 不思議なほど黙りこくっていたチカは、「じゃあな」と親父の肩を抱き、ボストンバック片手に、俺に続いた。

 

「本当に、よかったのかよ」


とチカは、俺の後を、ててっ、と歩きながら、息を弾ませて言った。

 

「お前こそ、俺についてきてよかったのかよ」

 

 今ならまだ戻れるんだぜ、と俺は暗に言った。

 

「別に、オレは親父のペットじゃねえし、自分の行きたい方向に行くっつの」

 

 言って、俺の横に並び、にやりと微笑んだ。

 

「――なあ、今、何考えてる?」

 

「お前のウエディングドレス姿」

 

「ばっか、まだはええよ」

 

 チカは俺の体をひじでつつくと、俺より先に、俺の家の玄関に向かって、駆けていった。

 

 そうして、ぱっと振り向き、太陽に溶かした蜂蜜はちみつみたいに微笑った。

 

「なあ、オレもお前のこと好き! 愛してる!!」

 

「――知ってるっつの」

 

 俺は苦笑しながら、チカの後を追った。

 


 これから、色々なことが、それはもう、嫌ってぐらいあるだろう。

 

 それこそ、面倒くさいことも、山積みだ。

 

 だが、俺はこの愛しい女を守るためなら、なんだって、できそうな気がしていた。

 

 三年後、俺は、こいつとキスをする。

 

 それは、誓いのキスだ。

 

 いるかいねえか、わかんねえ神サマの前で、永遠の愛を誓う。

 

 それは、運命とやらの糸で縛られた俺たちが、その運命に殉職じゅんしょくし、いつか果てるまでの契約だ。

 

 いつかそう、こいつが俺の子を産んだら、その時は、言ってやろうと思う。

 

 俺がいかに、こいつを愛しているか。

 こいつのためなら、いかに、死ねるか。

 

 そして、こいつを護って死んでいくと誓った、その言葉を繰り返すのだ。

 

 俺たちの子は、きっと微笑って、こう言うだろう。

 

「――そんなの、知ってるっつの!!」

 

 そして、俺はその、小さな頭をがしがしと撫で、チカは、頭ごとぎゅっと抱きしめるだろう。

 

 未来予想図は、果てしない。

 

――オレは、今、最高に幸せだ。

 

……お前もそうだろ?

 

――なあ、俺の、最高しょうりの女神様。


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