第7話 ‐収束世界‐ ~ヘヴンリーデイズ・グローリーヘル~
「ちぇ。結局、この世界線かよ」
と乙女がマックのテーブルに、ぐんにゃり、べたーっと、つっぷした。
「まあ、こうなるだろうな」
と雷門がコーラをごくり、と飲みほし、
ナズナが、「あたし、最近太った気がする……」
と手つかずのポテトをみおろし、
「――幸せ太り?」
と双子坂にからかわれて、真っ赤になって、暴れた。
「平和すぎて肩がこる」
と姫がいい、
あたしは、
「みんな好き勝手言いやがって。
あたしに決めろっていったのは、どこのどいつだよ」
とシェイクをすすりながら、悪態をついた。
「でも、雷門も生き返らせてくれたし、万事解決じゃねえか。
案外あのキレーなババア、なんだかんだいいつつ、
オレ達を、でろでろに甘やかす気なんじゃねえか?」
チカが口汚くディスったので、
あたしは、その手ににぎられたハンバーガーを奪い取り、
むしゃ、と女神<フェリティシア>のかわりに、軽い制裁をくらわせた。
「でも、これが最後の世界線。
もうやり直しはできないんだから、雷門、命は大事にしろよ」
最後の一口しか、残してもらえなかったチカの、しょげた顔を横目に、
あたしはそう言って、雷門をたしなめた。
「ハイハイ。どうせ、すぐ死ぬんだから同じだっての」
雷門は投げやりに、飲み終わったコーラのカップをつぶした。
「そういうこというなよ。
……でも、あたしたちの親は、 誰一人生き返らなかったな」
ナズナが暗い顔で、しょんぼりとポテトをつつき、溜息をついた。
「バランスを取るためだろうね。あるいは、最初からそう決まっていたか」
双子坂は諦めたように、自分のトレイを片付けはじめた。
「なんか、腑におちねえ。
だから神サマなんて、くだらねえって言ってんだよ」
などと、チカが、なんかもう、身もふたもない暴言を吐いたので、
あたしはとりあえず、グーで黙らせた。
「お前は、もう少し感謝しろ。
つーか、最近、前にもまして、言いたいこといいやがって。
ちょっとは可愛子ぶれっつの」
あたしが、不満たっぷりの嫌味を言うと、
「同感」と雷門が、
ちょっと私情がはさまったような、微妙な言い方をした。
「それにしても、覚悟してた割には、楽勝だったよな」
チカが、雷門のポテトに手を伸ばし、むしゃ、とむさぼりながら言った。
つーか、自分の取られたからって、人のモン奪うなよ。
「ああ、魔神、クリストフだったね。
あのひとがいるなら、僕達はいらなかったかもね」
双子坂が、自分の分のポテトまで、チカに与えてあげながら言う。
(チカは、「あーん」してもらっていた。カップルか!!)
その時、軽やかな足音が聞こえ、あたし達の後ろで止まった。
「やあ、子羊ちゃんたち。相変わらず元気そうだね?」
凛とした声を響かせ、艶やかな黒髪を揺らしたのは、
あたしの第一騎士<ナイト>とか名乗ってる、
ちょっと(?)変な超絶美女、リンドウだった。
「今、クソ魔女とのクソバトルを思い出してたんだよ」
とチカが、文字通りクッソ汚い言葉遣いで言った。
「まあ、あっさりしすぎているのも、うなずけるよね。
あの戦い、いや、何度も繰り返された演劇自体、
天にまします我らが、最高神の、
はからいだったということじゃないかな?」
「なんじゃそら」
チカが、眉をしかめ、うなるように言った。
「あの死と裏切りの物語を、本当に操っていたのは、
千冬さんじゃなく、主だったってことだよ。
魔界の現王者、クリストフさんが眠りから目覚めたのも、
原初の魔王である、きみの力が目覚めたからだね。
なにより、最高だったのは、きみが暴走したあのタイミングで、
最高濃度の、母海の腕が、起動したことだ。
きみの、魔王・空魔の<DNA>が、発現したことによって、
千夜の、女神・花蓮の遺伝子も、また、開花したんだろう。
共鳴的偶然<シンクロニティ>。
あれが起こった時点で、勝敗はもう、決まっていたんだよ。
千夜の、きみへの愛情がMAXになった時、
母海の腕は、原始的回帰<フルパワー>状態で解放される。
きみの悪魔の<DNA>が、
同じ時を繰り返すことによって、強化されたように、
千夜の女神の遺伝子も、徐々(じょじょ)にほどけていった。
隠しキャラである僕や命が、最後の最後で、
運命のシナリオに関われたのも、その副次的効果だろうね」
「確かに、平安時代からの、すべての世界線の記憶を保有するオレも、
お前や命の存在は知らなかった。
つまり、最後の一回で、すげえツキが回ってきたってことか」
「そうだね。まさに、きみの言うとおりだよ。きみたちは、よくよく運命に愛されている。きみたちが、千年前の最低な時代に願ったことが、現代において大体、叶っているのも、我らが主の、おぼしめしだろうね」
なんてね、とリンドウは軽く目を伏せると、じゃあ、命が待ってるから、と言って颯爽と去っていった。
「でも、あれから3か月たつけど、なんも起きねえよな。なんかつまんね」
と乙女がたらふく食ったその口に、ケチャップをつけたままでごちた。
「きたねえ」と姫がごしごしとぬぐってやり、こう続けた。
「でも、この平穏な世界を、てめーらは求めていたんだろ。
それならそれでいいじゃねえか」
「まあな」とチカがストローをくわえながら、こう続けた。
「でも、こうして集まれるのもいつまでだろうな。
乙女も姫も高校受験。オレはアメリカ行くからいいとして」
「アメリカぁ?!!」
乙女がおおげさに体をそらして、ぶったまげた。
「言ってなかったか?」とチカは眉を寄せた。
「……聞いてねえ」
あたしも席から立ち上がった。
「――聞いてねえ! どういうことだよチカ! ちゃんと説明しろ!!」
「あーー……。まずオレは、前から舞台に興味があったんだけど、
ちょうどアメリカの役者養成所から、声がかかってな。
それが、つい一週間前のことなんだけどよ」
「行くのか!?」乙女が身を乗り出し、
「まあな。断る理由もねえし。そんで、千夜、今から席外せるか」
「あ……ああ、いいけど……」
あたしは内心慌てながら、そう返し、チカの後についていった。
マックの裏の人気のない路地裏で、チカは立ち止まった。
あたしは沈黙に耐えきれず、口を開いた。
「……っ、話ってなんだよ」
あの怒涛のラストバトル後、
あえて、ふたりきりになるのを避けてきた。
こうしてみんなで、ダラダラだべったりする機会が多めなのも、
ことあるごとに、あたしを誘いたがる、
チカへの牽制のつもりだった。
正直、チカのことは好きだ。
しかし、あたしは今まで、恋なんてくだらねーと思っていたので、
恋愛はかっらきしだ。
だいたい、ずいぶんと長い間、チカを女だと思っていたので、
なおさら、実感がわかなかった。
黙りこくったあたしに向かって、チカは口を開いた。
「一緒にアメリカに来てほしい、千夜」
「え……」
その問いは、まるっきり想定外だったわけじゃないが、
それでも、こうしてあらためて言われて、頭がフリーズした。
「……でも、あたしは……」
「知ってる。みんなと一緒にいたいんだろ。
お前はさびしがりだから、きっと断るってわかってた」
チカは、俯いた顔をあげ、こう言った。
「――でも、もう一度、考えてみてくれ。
答えは、一か月後。
オレがアメリカ行きの飛行機に乗るまでに、用意していてくれ」
そう言うと、チカはあたしの答えも待たず、もとの道を引き返した。
それからチカは、あたしを誘わなくなった。
代わりに、最初から、みんなを誘うようになった。
まるで、当のチカが、一番、答えを恐れているようだった。
急な話だったし、あたしは、正直戸惑っていたし、混乱していた。
あれだけ取り戻したかった夏は、こうして手のなかに舞い戻ってきた。
だからこそ、この時が永遠に続くと、あたしは思い込んでいたんだ。
今、あたしの夏は、再び、あたしの手の届かないところに、
羽ばたこうとしている。
それは、チカの将来を思えば、喜ぶべきことなのかもしれない。
だけど、あたしには、ちっとも嬉しいとは思えなかったし、
そのことを思い出すたび、あたしは抱き枕を、ぎゅうっと抱きしめて、
眠れない、長い長い夜を過ごすほかなかった。
約束の朝は、あっという間だった。
あたしは、工事現場のバイトをみつけた親父と、
食パンをかじりながら、こう尋ねた。
「なあ、親父は、なんでママにプロポーズしたんだよ。
どうせ幸せにできっこないって、知ってたんだろ」
「……プロポーズはあいつからだ」
と、テレビをみながら頬杖をつき、かったるそうに親父は言った。
「ママから? 見る目ねえな」
あたしは悪態をつき、もしゃもしゃとパンをほおばった。
「“私とあなたは共犯なのよ。だからあなたは、この子を育てるべき。
それが私とあなたへの罰よ”……だとよ」
「……へえ」
正直、初耳だったし、ショックじゃなかったと言ったら嘘になる。
進藤から聞いた話では、あたしの実の母親、
宝子さんの病状が悪化したのは、
当時、宝子さんの彼氏だった親父と、
ママが浮気したのを知ってからだったという。
いわば、宝子さんが発作で亡くなったのは、
親父とママのせいともとれるわけだ。
だけど、ママがいなくなったのは、あたしを守るためだ。
それを知った今なら、少し胸が軋む程度で済んだ。
「でも、お前が成長するたびに、あいつはよく笑うようになった。
あんな性悪女が、母親の顔をするなんて、おれだって思わなかったさ」
「……でも、愛してたんだろ」
あたしは、牛乳を飲み干すと、トレイを片付けはじめた。
「――バッカ。今も、愛してんだよ」
「それってどういう……」
「じゃあ、仕事行ってくるわ」
親父はだるそうに伸びをすると、
「もっと、いっぱい食って太れよ」
と言い残し、玄関に向かっていった。
あたしは、その話に、あることを思い返していた。
そう、問題は、チカだけではなかったのだ。
Heavenly ~ヘブンリー~
【限定用法の形容詞】
天の,天空の.
天国の(ような), こうごうしい; 天来の,絶妙な.
《口語》 すばらしい,すてきな.
Day ~デイ~
【可算名詞】
(24 時間の長さとしての) 1 日,一昼夜,日; (暦の上の)日 (cf. month 1,→year 1a).
[副詞的に] …日.
[副詞節を導いて] (…の)日に.
[しばしば D] 【不可算名詞】 [個々には 【可算名詞】] 記念日,祝日,祭日; …デー,…日.
【可算名詞】 特定の日,期日,約束の日.
【可算名詞】
[しばしば複数形で] 時代,時世,時期 (cf. year 5).
[the day] その時代,当時; 現代.
【不可算名詞】 [通例 the day,one's day] (人の)栄えた時,全盛期.
[複数形で] (人の)一生.
[the day] ある日の出来事; (特に)戦い,勝負,勝利.
Glory ~グローリー~
【不可算名詞】 栄光,誉れ,名誉.
【可算名詞】 [しばしば複数形で] 栄光を与えるもの[人], 誉れとなるもの[人].
【不可算名詞】
栄華; 成功[繁栄など]の絶頂,全盛.
【不可算名詞】 壮観,美観; 美しさ,すばらしさ.
【不可算名詞】
(神の)栄光,(み)栄え.
天上の栄光,天国.
Hell ~ヘル~
「地獄」
Heavenly Days,Glory Hell
~ヘヴンリーデイズ・グローリーヘル~
「天国のような(勝利の)日々、すばらしい一生
栄光(を与える)地獄」




