第11話 ‐偶像破壊‐ ~レスト・フロム・ザ・メサイア・ペイン~
<< いや……いやああああ!! >>
リンドウの瞳がかっと見開かれ、僕は吹き飛ばされた。
「あ」
僕は、間抜けな声をもらした。
錫杖が、僕の錫杖が、腹に突き刺さっていた。
「――ぃ……っっ」
思わず、しゃがみこむ。
咄嗟に、練成により、
痛覚を、遮断するが、
こうしている間にも、血は、どばどばと流れ続ける。
本来なら、自己治癒能力もMAXで、活性化されているはずだが、
出血はまったく止まらない。
恐らく、魔女の呪い、
腐属性の、貫通魔法がかけられているのだろう。
当然、抜けば、出血多量で即死だ。
「まずい……な……」
こうしている間にも、体の自由が利かなくなっている。
(せめて、リンドウだけでも……)
このままだと、力を使い果たしたリンドウの魂は眠りにつき、
当分目覚めないだろう。
百年後か、千年後か。
いずれにせよ、すべてが終わった後だ。
リンドウの治癒魔法、蘇生魔法がなければ、
僕達は、おそかれ早かれ全滅するだろう。
それだけは、避けなければ。
僕は、最後に残った、練成の力をMAXにし、
震える足で、リンドウに近づいた。
一歩近づくごとに、手足はしびれ、意識はとおのいていく。
「りん……どう……」
砂嵐がやんだ一瞬を見計らい、僕はリンドウを抱き寄せた。
「いや……いや……」
リンドウは、首を振り、力なく暴れた。
僕は、その頬を片手でなぞると、息を吐き、唇を合わせた。
「ん……っ」
リンドウが、びくりと躰を震わす。
唇を離し、僕は言った。
「リンドウ。一度しか言わないから、聞いてよ。
……僕が悪かった。
お望み通り、君の光になってやる。
お星さまだろうが、お月様だろうが、なんにだって、なってやる。
君が望むなら、救世主<ヒーロー>にだって、なってやる」
もう一度、今度は舌を這わせ、リンドウのそれにからめた。
頭がしびれる。それは、出血のせいか、それとも。
呼吸するため、もう一度離すと、唇から、透明な液が後をひいた。
「だから、僕を選んでよ、リンドウ。
君だって、僕が欲しいんでしょ。
……あげるよ。
僕の過去も未来も、全部、君にあげる。
ねえ、リンドウ。……新芽。
教えてあげようか。
君があの熱い一夜の後、とんずらこいて、
僕が、どんなにがっかりしたか。
君の姿を、何度、探したか。
どれほど、僕が、君を求めていたか。
……知らなかったでしょ?
バカなリンドウ。
ねえ、僕は、君を離さない。
今だって、一秒だって、離れていたくない。
でも、君はどうせ、年はどうとか、カレンシュウのトウシュがどうとか、
くだらない言い訳をして、逃げるんでしょ。
そんなの、許さないから。
僕は、君が泣こうがわめこうが、絶対に、君をモノにする。
強姦・レイプどんとこいだ。
……ねえ、リンドウ。
それでも君は、ノーと言える?」
僕は、荒い息を隠すように、わざと、意地悪そうに微笑むと、
リンドウの、赤く熟れた唇をなぞった。
「――ひゃっ!」
思わずだろう、生娘のように、
リンドウは、躰をはねさせ、目をつぶった。
風はもう、すっかりやんでいた。
「ひゃっ、じゃなくてさ。
返事をしてよ。それとも、このまま犯されたい?」
これは、ハッタリだった。
僕は小学生で、当然、まだ精通していない。
だから、ヤりたくても、最後まではできないのだ。
それでも、パニック状態で、慌てているリンドウは、
案の定、顔を真っ赤にして、震えている。
「その反応、OKでいいのかな?」
「そん……っ、み……っ!」
そんなこと言ってないよ、命!!
と言いたいのだろうが、ろれつが回っていない。
僕は、そんなリンドウに、再び口づけた。
そして、彼女が抵抗しないのをいいことに、
再び、ちゃっかりと、舌を差し込んだ。
歯列をなぞり、舌の裏の敏感なところも、
隙なく攻める。
びくびく、とリンドウの躰が痙攣し、力を失っていく。
「……んぅ……っ」
目を白黒して、されるがままになっているリンドウに、
ふと、悪戯心が、芽生えて、
その舌を、噛んでやった。
「いひゃ……っ」
むろん、甘噛みだが、
リンドウは痛みより、羞恥からだろう、涙目だ。
僕は、たっぷりと味わいつくすと、唇を離した。
白い糸が引き、そのことに、またリンドウが赤面する。
「何はじらってんの、年増。それとも、はじめてだった?」
にやり、と微笑うと、リンドウは、やかんのように、顔を真っ赤にして、
殴りかかってきた。
「き……きみは……っっ! 最低の男だな!!」
お子様から、男へと、ランクアップしたことに、
内心、ほくそえみつつ、僕はリンドウを離した。
「それで、野次馬は、
いつまで、そこで突っ立ってるつもり?」
はっとしたように魔女は、こちらを睨みつけると、
無理やり、唇に弧を描いて、嘲るように笑った。
「あらあら。このあたくしを野次馬よばわりとは。
よほど、自分に自信があるのね。
でも、あなた、大事なことを忘れていない?
女神・花蓮の聖なる力は、清らかな乙女に宿るもの。
あなたが、この娘を犯せば、この子は、お役目をまっとうできず、
花蓮宗の当主としても、いられなくなる。
あなたのエゴで、この娘の人生はめちゃくちゃになるのよ?」
「アホみたいな、御託だね。
もとより、黒幕の君を倒せば、面倒なお役目なんて、なくなるんだよ。
それに、花蓮宗の当主? ちゃんちゃらおかしいね。
奇跡がないと、ついてこない愚民なんて、
捨て置けばいいんだよ」
「そんな……命!!」
抱きしめられているリンドウは、僕を押しのけようとした。
だけど、君、気づいてないよね?
正気を取り戻した君との、深い口づけは、輪廻<リンネ>……、
そう、君の持てる、最上級の治癒・蘇生魔法に値することに。
今の僕は、霊力も体力もMAX、フル充電だ。
これで、クソ老女とも、万全の状態で戦える。
「あのね。君についていってる信者どもは、
君の奇跡なんかに、期待してるんじゃない。
君の嘘偽りない、不言の実行力や、
誰にもおもねらない気高さ、
そして、分け隔てないその愛情を、
心から崇敬しているんだ。
君のその、おまけみたいな、奇跡の力がなくなったところで、
彼らは、君を見捨てたりなんかしない。
そもそも、そんなことで、見限るようなやつらなんて、
最初から、神なんか、信じちゃいなかったんだよ」
僕は、やれやれといった風に、ぺらぺらまくしたてた。
「さて、これで、僕達は、最高のコンディションで戦えるわけだ。
――どうする? 今、戦う?」
僕は、刺さった錫杖はそのままに、
精一杯、強がってみせた。
「――気が変ったわ。
あなたたちは、最後のデザートに、取っておいてあげましょう。
どうせ、千夏さえ手に入れば、こっちのものですもの。
その時になって、泣いてすがっても、赦してあげるものですか」
負け犬くさい遠吠えをしたのち、魔女は高らかに笑って、消えて行った。
「ふう、やっとお邪魔虫が消えたね」
僕は、躰の力を抜いて、リンドウにもたれかかった。
「早く抜いてよ。気持ち悪いんだ」
ぐい、と錫杖の刺さった腹を押し付ける。
「命……そのセリフ、すさまじくエロいよ」
「いいから早く」
「うん。命、力を抜いてね」
「……ん……ッッ」
錫杖を抜くなり、口づけられ、僕は軽く酸欠になった。
「はあ……っっ」
涙目で、口をぬぐった。
「よし、痛みも消えたようだね」
「なんか、すっごい変だったんだけど……」
あれ何、と僕は真っ赤な顔でもたれかかった。
「ああ。抜く瞬間、痛いと嫌かなと思って、
麻酔をかけておいたんだ。
確か副作用に、催淫効果があったかな?」
「それか……っ」
めちゃくちゃ気持ちよかった、とはまさか言えなかった。
それにしても、なんてことを。
リンドウが女でよかった、と心の底から思った。
身も心も開発されてしまう。
――本当に危ないところだった。
「ねえ命、さっきの本当?」
リンドウは、ぽうっとした顔で、僕の頬をなぞった。
「……別に」
今更はずかしくなってきて、僕はふいっと視線を逸らした。
「命、僕はね」
立ち去ろうとする僕に、リンドウはててっ、と寄ってきた。
「きみがすきだよ」
リンドウは、少し上気した頬で、僕の顔を覗き込んだ。
……ふん。
「知ってるよ」
僕は鼻息一つ立てると、さっさと歩いて行った。
リンドウが僕を追いこし、手を繋ぐ。
大人の歩幅と、子どもの歩幅。
でも、みてなよ。
すぐに追いこして見せる。
その時になって、慌てても遅いんだからね?
僕は、嬉しそうに、心底、楽しそうに笑うと、リンドウの手を引いた。
――ねえ、リンドウ。
僕も、君が好きだよ。
チカより、千夜より。
……世界で一番、愛してる。
ふと、流星が空を飾った。
空が、光で溢れていく。
乙女座の流星群。
まるで、君みたいな、光の雨だ。
そうだよ。
最初から、そうだったんだ。
今、断言しよう。
君は、偽善者でも、娼婦でもない。
この世で一番綺麗な、僕だけの聖母様だ。
――いつか、そう、いつか。
“僕は、君に、永遠の愛を誓う”
“Wrest” ~レスト~
〈ものを〉〔…から〕(無理に)ねじ取る,もぎ取る 〔from,out of〕.
※強制的に、暴力的にまたは比喩的に捕えることで得る
〈同意・生計などを〉〔…から〕無理に[骨折って]得る 〔from,out of〕.
〈法・事実などを〉〔真意などから〕曲げる,〈意味を〉歪曲する 〔from,out of〕.
奪う、奪い取る
“Messiah” ~メサイア~
[the Messiah]救世主:
【ユダヤ教】 (ユダヤ人が待望する)メシア.
【キリスト教】 キリスト.
【可算名詞】 (被圧迫者・国家の)救世主,解放者.
Pain ~ペイン~
 
(肉体的)苦痛,痛み
(精神的な)苦痛,苦悩,心痛.悲嘆
[a pain] 《口語》 いやな人 [こと], うんざりさせる人[こと].
(精神的な)苦痛, 苦悩, 心痛, 悲嘆
[〜s] 産みの苦しみ, 陣痛
((略式))[a 〜] 不愉快な人[物, こと];不快感
((古))罰, 刑罰
“Wrest from the Messiah Pain”
~レスト・フロム・ザ・メサイア・ペイン~
「悲しめる救世主<メサイア>を奪え」
「救世主の罪を奪い取れ」
 




