表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/133

第7話 ‐渇望の逢瀬‐ ~ネームレス×ブラッド・ダークネス~

(( やれやれ、そなたはなかなか死に中毒<マニア>じゃな。 ))


(( 一体いったい、何度死ねば気が済むのじゃ。 ))



 さやさやと、優しげな吐息といきが耳をくすぐり、あたしは眠い目をこすり、起き上がった。


 柔らかい感触。あたしをひざまくらしていたのは、同い年かそれより幼いぐらいの、呼吸を忘れるほどに可憐かれんな少女だった。


 長いまつげ、腰まで届く、ぬばたまの黒髪。

 幼い体つきとは裏腹うらはらに、色づくほおも、唇も……まるでみつを抱いた花びらのように危うい色香を放ち、甘く誘ってくるようで。


「お前は……?」


 あたしは少女の、意外にも大人びた輝きを灯す瞳を見返した。


「わらわは、血闇ちやみと申す。そなたの遠い母じゃ」


「お母さん……?」


 じくじくと痛む頭で、どうにか反芻はんすうする。


「あたし、死んだのか」


「それには答えかねるな。そなたの魂<アニマ>は、だいぶ弱っておる。だからこそ、こうして黄泉よみの海をさまよっておるわけじゃの」


 あれをみよ、と少女……血闇ちやみは、つい、とその白魚しらうおのごとき指をすべらせた。


 対岸たいがんで、チカが、叫んでいる。

 倒れたまま動かないあたしを揺さぶって、何度も声をからし、泣いている。



「……戻らなきゃ」


「待て。今戻ったところで、そなたはよみがえらない。ただの生けるしかばねとなるだけじゃ」


「じゃあ、どうしろって言うんだよ!!」


 あたしは、肩を震わし、怒鳴どなった。



「少し、話をしよう。わらわの、初恋の話じゃ」


 わらわは、生まれつき、とても美しかった。当然、五つになるころには、すでに求婚きゅうこんされていた。とんだ、幼女趣味<ロリコン>じゃな。

 じゃが、わらわには、結婚する気がなかった。

 だから、実の弟、あかつきと、指切りをした。大人になったら、契りを結び、夫婦になろうと。

 わらわたちは、天王直系の子。聖なる血を薄めないため姉弟で契るのは、もとから定められていたことだった。


 わらわは、満足していた。

 暁は、天使のように可愛らしく、いつでもどこでもわらわの後ろをついてきた。

 時には恋人の真似事で、口を吸ってみた。暁は顔を真っ赤にして……目を閉じ、一生懸命、わらわの口づけに答えた。


 そのさなか、祇園ぎおんの祭りのさいじゃ。

 わらわは、悪戯いたずら心で従者の目を盗んで、ひとり人ごみに分け入った。

 当然、大騒ぎとなったが、かえってそのことにゾクゾクしていた。


 古ぼけた鳥居とりいの前に、その少年は座っていた。振り向いた少年のひたいには、ああ、なんということぞ。「角」が生えていた。


 わらわはしかし、さして驚かなかった。その身に陰陽おんみょうの術を心得ていたし、人に化けるあやかしが珍しくないことも、また知っていた。


 少年はわらわの手を引いて、遊ぼう、と言った。

 わらわは……ときめいた。年頃のぼんと遊ぶのは、はじめてだった。

 そうして、共にはしゃぎながら、町を歩いた。


 いつしかそれが見知らぬ町に変わり、あやかしたちがうろつく黄泉の世界に変わったことも気付いていたが、構わなかった。


 あそんで。もっとわらわとあそんで。

 あそんでくれないなら、さらって。


 わらわを――そなたのものにして。


 これが恋ではないことは、知っていた。こんなの、ただのおままごとだ。自分の飢えを満たすおもちゃが、彼であっただけだ。



 やがて、あちらの食べ物を口にしたわらわは、元の世界に帰れなくなった。

 悲しくてこわくて、泣きじゃくった。暁が、小月さつきが、恋しかった。

 だが、こちらで過ごす時間が長くなるうちに、ゆっくりと、そのことを忘れていったのだ。


 自分のことも。暁のことも。愛しい姉、小月のことも。そんなさなか、どのくらいたったころか。

 世にも麗しい女が空から現れ、わらわをみるなり、抱きしめた。


 女は泣いた。


小夜さよ。こんなところにいたのか。もう二度と、わらわを捨てないで……」


 小夜。その名はわらわが、姉である有月……小月と交わした、秘密の名前だった。


 わらわも泣いた。わんわんと、ごうごうと……嵐のように。


 小月はとうに成人しており、大人の女のからだをしていたが、わらわの肉体はあの時の少女のままだった。


 わらわたちはそうして、もとの世界に帰った。

 あちらの食べ物の効果で、もうこの身は少しも年を取らなかったが、かえってそのことが、神に選ばれた少女だと呼ばれ、姉である有月を差し置いて正式な王位継承者だと、たたえられるようになった。


 だが、わらわにはその気がなかったし、そのうえ、弟……暁の記憶だけが、ごっそりと消えていた。


“そなた……誰じゃ?”


 そう言った時のあやつの表情が、今でも忘れられぬ。名だたる色男がああも、捨てられた子犬のような顔をするものか。


 愛しいと思ったが、それ以上の感想はなかった。記憶のないわらわにとって、この男はもはや、赤の他人だった。


 わらわは、暁から距離を置き、ふみ逢瀬おうせもすべて無視した。

 わらわの心は、固く閉じて行った。


 みな、わらわを天照アマテラスだとか、女神・花蓮かれんの生まれ変わりだとか、年を取らぬのは聖処女せいしょじょであるそのあかしだとか、好き勝手に噂し、結果、求婚してくるやからは、日増しに増えて行った。


……そんなある時じゃった。


 それは、し暑い夏の晩。宵闇よいやみに咲く赤い月が、わらわの瞳をうばっていた。


 足音がして振り向くと、そこには粗末そまつな服を着た、お化けが立っていた。

 おむかえがきたのだ、と思った。


 お化けは言う。


「オレを、殺してくれ」


 お化けのくせに、死にたいのか、とわらわは笑った。

 ……変なやつじゃ。


 わらわは、それに触れた。あたたかい。生きている。

 そのことに安心して、その者にわらわのからだを触らせた。

 やがて腕や太もも、胸を触らせているうちに、妙な気分になった。


 もっと。もっと、わらわに触って。


 たぶん、それが合図であったのだろう。わらわは、寝台しんだいに沈められた。

 初めての交わりは、甘く激しく、わらわは何度も、それの下で鳴いた。


 湯あみをしたそれは、呼吸を忘れるほど美しかった。


 だが、なによりもわらわを歓喜させたのは、あの月と同じ、赤々とした瞳だった。


 わらわの名前と同じ、赤い目。わらわと同じ長さの、ぬばたまの髪。

 すっかり嬉しくなって、何度もそれに口づけた。やがてわらわはそれに、名前をつけてやることにした。


 それ、とかそなた、では、不便ふべんだと思ったのだ。


……ちか。夏に誓い、炎に誓う、わらわだけの恋人。


 わらわのはらに、ちかの子が宿ったと知ったときは、思わず失神しっしんするほど嬉しかった。



 だが、結局、ちかは殺された。

 わらわのせいだ、と思った。わらわが、ちかを誘わなければ。わらわが、ちかと出逢であわなければ。

 だから、もう一度、「やり直す」ことにした。


 ――反魂はんごんの術。


 川に流された、ちかの遺体いたいを苦労してみつけ、小月と共謀きょうぼうして儀式ぎしきを行った。


 新月の日に、最初の儀式。そして本番は、願いが満ちるときとされる、満月の日だった。

 その夜の月もまた、赤かった。これは成功する、とわらわはひとり笑った。


 実際、成功だったのだ。

 だが、突如現れた男、相之宮双馬あいのみや・そうまによって、ちかの躰は刺しぬかれ、無数の蝶となって天空に消えて行った。


 置いていかれた、とおもった。そなたはわらわなどもう、いらないのだ。

 相之宮あいのみやたたいた後、わらわはくずれ落ちた。


 その後、わらわは暁と契り、夫婦となった。

 お互いやけくそで、前戯ぜんぎもおざなり、めちゃくちゃだったし、当然ものすごく痛かった。

 

 悔しくて叫びたくて、暁の背中に何度も爪を立てた。このまま引き裂いて殺してやりたい、とすら思ったが、それはただの八つ当たりでしかなかった。

 その後、夫となった暁は、初夜しょやを境に指一本触れなくなったうえ、再び寝所にこもり、愛人をかこった。



 ――わらわは、もういらないのか。やはりそなたも、ちかがいいのか。


 わらわは泣いた。そして、暁の子を産むなり、今度こそ自害じがいした。


 だが、そんなことはもう、どうでもよかった。

 ちかのいない世界は、暗くて冷たくて、生きた心地がしなかったから。


 そう、「ちか」だけが、わらわの常闇の世界を「ちかちか」と照らす、炎だったのだ。

 文字通りに。「赤い月に祈った通り」に。


 だから、誓った。

 そなたがわらわを想い、死ぬというのなら。今度はわらわが、そなたのために死のう。


 何百年でも、何千年後でもいい。必ずや、そなたに出逢であおう。

 その時はもう、間違えたりしないから。だから、わらわに触れて。わらわの名前を呼んで。


……ちか。わらわの、わらわだけの夏。

 どうか、覚えていて。わらわと契った、あの夏の晩のことを……。



「どうじゃ、これがわらわの抱いていた真実まことじゃ」


 血闇は、皮肉気ひにくげに笑った。


「そんな……ウソだろ……」


 それはあまりに現実と、かけ離れていて。

 それでも、この胸が痛い。不自然に脈動みゃくどうする心臓はまだ、動いているのか。


「だから、千夜。そなたは、選べ。このまま、死ぬか?それとも……そなたの愛する者に、喰い殺されて死ぬか?」


「そんなの、決まってる」


 そう、最初から、決まっていた。


「あたしは、あいつを救う。喰うとか喰われるとか、知ったことか。あたしは、あいつを手に入れるために、これまで生きぬいてきたんだ。だから絶対にあいつと、生き残る」


「ほう。強気じゃな。さすがわらわの子じゃ。だが、勝算はあるのか? このままだとあやつは、化け物とかし、そなたをむさぼり喰うだろう。そなたはそんなあやつを、止められるのか?」


「ああ。止めてみせる。あたしのすべてをかけて。あたしの身も心も、魂だって、あいつに捧げるって、決めたんだ。それでも、あいつにはもう、あたしを殺させたくない。だから……どんな手を使ってでも、あいつを救ってみせる」


「そうか。ならば、止めまいよ。そうじゃの。さすればわらわから、餞別せんべつじゃ。ほら、手を出してみよ」


「…………?」


 あたしは、無言で、手を差し出した。その掌に、緋色ひいろおうぎが、載せられる。


「これは、わらわの全霊力がこもった、神器じんぎじゃ。これをひとたび振るえば、その場は、そなたのもの。そなたの大事なお仲間は、そなたの舞によって誰よりも強くなろう。そして、千夜。約束してくれまいか。もし、チカを手に入れたら、今度こそ……二度と離さぬと。それがわらわからの、たったひとつのお願いじゃ」



「ああ。わかった。血闇。お前の願いは、あたしの願いだ。絶対に、チカを取り戻す。……だから、もう、安心して眠れよ」


 あたしは、血闇の頬をなぜた。


「ふふ、小童こわっぱが。生意気なまいきを叩きおって……」


 そう言いながらも、血闇は嬉しそうに、まぶたを閉じた。


「また逢おう、わらわの愛しい子。次はもっと、そなたのことが知りたい。そなたもまさか、こばむまいな?」


「もちろんだ。血闇。あたし達は、もう戦友<ダチ>だ。またおうな。その時は、もっと遊ぼうぜ」



「ふふ。おかしな子じゃの。じゃが、その言葉、忘れるなよ……」


 血闇はゆっくりと、とけるように消えて行った。


 ふと、あたしも眠くなって、その場に崩れ落ちた。



 目覚めるとチカの顔が、間近まぢかにあった。


(ひでー顔)


 チカの顔面は涙でぐちゃぐちゃで、綺麗な顔が台無だいなしだった。


「ちや……?」


 しゃくりあげるように、チカが言う。


「泣いてんじゃねーよ。……笑えよ。お前には、笑顔が似合う」


「千夜ぁ!!」


 チカは、ぎゅっと抱きついてきた。


「ちょ……、苦し……っ」


 ぎゅうぎゅう締め付けられ、呼吸ができない。


「しぬ……しぬから……マジで……」


 ギブアップして、チカの背中を叩く。


「ちやぁ……」


 あ、これはダメなパターンだ、と本能でわかった。


 チカの顔が、再び近づき、口に吸いつかれる。柔らかい舌が押し入ってきて、ぐちゃぐちゃにかきまわされる。

 やがて、チカの手があたしのブラウスに伸び、ぷちり、とボタンをはずした。


「千夜……もういいよな……」


 みると、チカも脱ぎだしている。はだけたシャツから、パッド入りのスポーツブラがみえる。

 ああ、こうなってたのか。そうだな、女装するならパッドは必須ひっすだよな。


――いやいや、そうじゃねえから!!


 あたしのボタンは、すでにほとんど外されており、最後の聖域、ブラジャーまでも外されようとしていた。


「ちょっ、ちょっとチカ!! ストップ! ステイ!!」


「ムリ。止まれねえ」


「わーー! わーーーー!!」


……犯される! パパママ、助けて!!


 もがくあたしに、冷たい声が降った。



「君たちは公衆こうしゅう面前めんぜんで、なにしてるのかな?」


 がつっ、という鈍い音がして見上げると、双子坂が、ひきつった顔で、こちらを見下ろしていた。

 後ろでナズナが、チカ、特にチカのブラジャーから落ちたパッドと、その下の真っ平らな胸をみて、こおりついている。


「……悪かった」


 しこたま殴られたチカが、正座で双子坂に謝った。


「僕じゃなくて、千夜に言いなよ。僕は怒ってないから。これっぽっちもね」


 いいながら、もう一度殴なぐる気満々で拳を作っているが、なんだこの状況じょうきょう


「千夜も千夜だ。これはこんな顔してケダモノなんだから、もっときっちりガードして、ばっちりしつけないと」


「……はい」


 色々思う所もあったが、あたしも正座で返事をした。


「わかったなら、よし」


 双子坂はやっと、にぎった拳をゆるめた。


「ち……チカが男……」


 ナズナは真っ青な顔で、ぶるぶる震えている。


 まあ、そうなるよな。だってこいつ、どっからどうみても、やべえくらい美少女だもん。


 そして、チカ=エロいという方程式ほうていしきが、今日あたしの脳に、しっかりときざみつけられた。


 双子坂が止めてくれなかったら、確実に妊娠にんしんしていた。

 だってこいつ、避妊ひにんとかしそうにないもん。


「こんなはずじゃ……」「いいところだったのに……」

 などとぶつぶつと呟いているチカを、ぞっとしながら見やった。


「なあ、チカ……お前……」


「いいとこで邪魔してくれたわね、小僧こぞうが。お仕置しおきが必要かしら?」


 魔女の声が高らかに鳴り響き、再び地面が、脈動みゃくどうをはじめた。


「ワンパタなんだよ……!」


 雷門!! とチカが叫ぶが、次に現れたのは空中をうがつ大穴。ブラックホールだった。


「ち」


 チカ、と呼ぼうとしたのか。双子坂の手は宙を切り、あっという間に全身吸い込まれた。


遠馬とおま!!」


 ナズナも、その穴に飛び込んだ。


「ナズナ!! くそ……っ」


 チカも飛び込もうとするが、現れた雷門に、はがいじめにされた。


「――あ」


 とぷん。


 地面が柔らかくなっている、と思った時には、あたしもまた、飲みこまれていた。

 底なし沼におぼれるのって、こんな気分だろうか。


 なんとなく、また血闇が助けてくれる気がして、あたしはずいぶん安らかな気持ちで、目を閉じた。

 チカの声が遠くであたしを呼んでいたが、もう心は少しも動かされなかった。

 不思議と満ち足りた気分で、あたしは再び、意識を手放した……。

“Nameless” ~ネームレス~


「名無し」


“Blood” ~ブラッド~


「血,血液」


「(活素としての)血,生命」


「(感情素としての)血,血気,激情; 気質」


「流血; 殺人(罪); 犠牲」


「純血; 血統; 血縁; 家柄,生まれ,名門. 王族」



“Darkness” ~ダークネス~


「暗闇」

「心のやみ,無知」


「腹黒さ,邪悪」



「不明瞭,あいまい; 秘密」


“Nameless×Blood Darkness”


~ネームレス×ブラッド・ダークネス~


「名無しの暗闇の女王」


「名無しの秘密の激情」


「名無しの無知な犠牲」


「名無しと血闇」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ