こんな夢を観た「さびれたオンライン・ゲーム」
「カニカマ・オンライン」にわたしはログインしていた。
運営されてすでに10年、オンライン・ゲームとしては歴史のあるものだ。
舞台は現代の「どこにでもあるような町」。ゲームの目的は特に定められてはいない。現実世界と同様、日常をごくごく普通に過ごすことである。
仮想現実としての規律はあるものの、それはゲームのルールではないため、事実上、何をしても構わなかった。
平凡に会社勤めをし、家に帰ってからは家族と過ごしたり、テレビを観たりする者もいる。
広大な世界を、ただ旅するだけの者もいる。
自ら会社を設立して、運営する者もいる。
もちろん、犯罪行為に走る者だっているのだが、ゲーム内にもちゃんと警察があって、見つかれば捕まってしまう。罪状に応じて、一定時間拘束され、保有財産や経験値のいくらかを持っていかれる。
警察に見つからなくとも、他のプレイヤーに通報されたり、直接攻撃されたりすることもある。
参加者の大半は、平和にのんびりと暮らしているのだが、中にはこうした悪役に徹するプレイヤーもあった。実世界では無茶なだけに、憧れを持つ者も少なくはない。
ただ、レベル・アップの妨げになるなど、ゲーム進行上のリスクも大きいので、全体の割合からするとまれであった。
いつもの広場へ来てみる。ログインして、まっ先に訪れる場所だ。
住宅街の真ん中に、ぽっかりと抜け落ちたような空き地。柵が設けられているものの、ひょいっと跳び越えて中へとは入れる。
草野球程度なら苦にならないほどのスペースで、隅には土管が積み上げられていて、好き勝手に登ったり、座ったりできた。
その土管の1番上に、プレイヤーの1人が腰掛けていた。頭の上には「桑田孝夫」と青字で名前が浮かんでいる。
「来てたんだ」わたしは声をかけた。
「おう、今日は遅かったな」桑田は土管から飛び下りる。
「うん、リアルの方でちょっと用事があって。少し、その辺りを歩こうか」
わたし達は町を歩き始めた。
一時は賑わっていたこの「カニカマ・オンライン」だったが、今ではすっかりさびれてしまった。
この地区だって、絶頂期には隙間なく家が建ち並び、物件は荒唐無稽とも思える高値で取り引きされたものだった。
それが今や、退会者とともに軒並み取り壊され、空き地ばかりが目立つ。こうして残っている家だって、課金はしているものの、アカウントだけ残しているプレイヤーがほとんどだ。
「寂しくなったね、こっちの世界も」わたしはしみじみと言った。
「そうだな。志茂田や中谷が現役だった頃は、ほんとに面白かった。思えば、あの時が最高だったぜ」当時に思いを馳せているのか、桑田は天を仰ぐ。
1軒の家の前で、誰かがこそこそと中をのぞいている。頭上の「ルーサー・ペリメント」という名前は灰色だった。
「桑田、見てみなよ。グレー・ネームがいる」わたしは指差した。
「ああ、『犯罪予備軍』だな。中を物色しようとしてるらしい」
あの家も、たぶん、半ば放置されているうちの1つなのだろう。セキュリティがしっかり掛けてあれば問題ないが、さもなければ、部屋に保管してあるアイテムやお金を盗まれてしまう。
ルーサー・ペリメントは、ドアを開けて、するりと家の中に入っていった。
「ロックし忘れていたんだ」とわたし。
「よし、捕まえて、報奨金をいただくとしよう」桑田は駆けだした。
この世界では、犯罪者を捕らえると、相当額のお金と経験値がもらえる。
玄関の外で待ち構えていると、ルーサー・ペリメントが出てくる。名前は灰色から赤に変わっていた。犯罪者のフラグが立っているのだ。
「ご用だっ!」桑田は相手の前に立ちふさがる。現実世界同様、障害物を乗り越えては先へ進めない。また、ゲームのルール上、自分の持ちもの以外のアイテムを、勝手にどかすこともできなかった。
「まじかよっ」ルーサー・ペリメントは、ぎょっとして立ちどまる。逃げようと向きを変えるが、反対側をわたしが通せんぼしていた。
「道幅がぎりぎりだから、こっちにも行けないよ」
ルーサー・ペリメントは、盗み出したアイテムを山のよう抱えたまま、立ち往生する。
「待てったら。お前らにも好きな物を分けてやるからよ。この家、結構貴重なアイテム置いてやがったんだぜ。ほら、この『ゾンビ・カッター』。前のイベントで、町にゾンビが溢れかえったろ? こいつさえあれば、身を守れるぞ」
「おれ達は犯罪に荷担はしねえんだよ」桑田が凄んだ。「むぅにぃ、警官を呼べ」
「うん、わかった。おまわりさーん、ここでーす!」
わたしが叫ぶと、どこからともなく制服姿のNPCが現れた。
「ルーサー・ペリメント。アナタヲ、タイホシマス!」そう告げると、赤ネームともども姿を消す。奪われたアイテムは、自動的に元の場所に戻っているはずだ。
警官が立ち去ると、わたしは桑田に言った。
「これでよかったのかなぁ。ただでさえ人が減ってきてるのに、あの人までやめちゃうかもしれないね」
「かもしれんな。けど、ああいった連中が残ったところで、この世界の活性化にゃ、何の役にも立たない。むしろ、いなくなってくれて、せいせいするぜ」
言われてみれば正論である。
「いつか、ここもサービス停止しちゃうんだろうな」この世界がオフラインになった時のことを、わたしはぼんやりと思い浮かべた。
いつもの場所を訪ねても、そこにはもう誰もいない。見かけるのは、プログラムで動き回るNPCだけだ。なんて空しいのだろう。
ぽん、っと肩を叩かれた。
「色々なことがあったっけ。考えてみりゃあ、どれもこれも作りもんなんだよな。でもよ、たとえウソだったとしても、おれはそれらの思い出を大事にしておきてえんだ」
わたしは桑田の顔を見つめ返した。その姿はコンピューターが作り出す幻影に過ぎない。
それなのに、今日はどうしてこんなにまぶしいのだろう。
「何一つ、手で触れられるものはなかったけど、ここで起こったことは、全てが本物だったよね」
わたしは言った。桑田にというより、むしろに自分自身に対して。